255-マッチアップ・ラボフェーズ
暗黒王域軍の精鋭、偉大なる皇帝ニフラクトゥに忠実な配下たち。“双星銀河”による隕石攻撃によって、研究所のある惑星コシュマールは地上が全壊。更地になった星上に将星たちは足を降ろす。
そして、彼らはすぐに散開。
研究所内部にいる魔法少女たちを狙って、叛逆者たちも討たんと侵入する。
「やぁ、カリプス。アリエスも」
「んめぇ!?」
「んん〜……そりゃあ追いかけてくるわな。んで、他には誰が来てんだ?」
「双子と天使サマさ」
「多いな…」
突如鳴り響いた凄まじい地響きと振動に驚いて、一先ずここは落ち着こうと談話室でコーヒーとココアを堪能していたカリプスとアリエス。
呑気な兄妹の元に、廊下を闊歩していたサジタリウスがやってきた。
自分たちを窮地に追い込んだ将星の登場に、アリエスはココアを吹き出した。その顔を布巾で拭いてやりながら、カリプスは冷や汗を垂らして人馬を睨む。
追ってくるのはわかっていた。
わかっていたが……こうもエンカウントすると、緊張が先走る。
「さぁて、カリプス、アリエス……ここで退場してやくれないかな?君たちは危険だ。若い子たちは君たちを舐めているけれど、それは正当な評価じゃない……君たちなら、単独で暗黒銀河を混沌に落とすことができるんだしね」
「買い被りすぎ、とは言えねぇなァ……やろうと思えば、確かにできるからな」
「わわ、私は無理ですよぉ!」
「えぇ?」
「はぁ?」
「…えっ」
最悪、夢という夢を接続して全員夢から覚めない身体にできる凶悪な能力持ちが何を言っているのか。アリエスの気質が災いしてなのか、その強硬策が取られることはまずない話だが。
物理的に星を射抜けるサジタリウスと、死の森の繁茂で世界を滅ぼせるカリプスとはまた違ったアプローチだが、アリエスの実力は侮れない。
アリエスの強さを知っているからこそ、サジタリウスは最大限の警戒を彼女に向ける。それこそカリプスよりも、魔法少女よりも。
「君に“夢渡り”されると、容易に僕たちは死ぬからね……悪いけど、討たせてもらうよ」
「ハッ、真面目だなァ。やらせるわけねェだろ」
「んめぇ…」
理論上はあの皇帝を鏡の中に閉じ込められる魔法少女がいるように。アリエスは、夢にニフラクトゥを閉じ込めて出られなくできる。
サジタリウスはそれを危惧する。
見るからに悪夢に侵されている夢羊が、暴走して世界をおかしくする前に。
それなりに広いが、戦うには狭い空間───不利な戦場であっても、サジタリウスは一切怯まず、その強弓に矢をつがえる。
「アリエス、あいつを夢に落とせるか?」
「えっ、やぁ…その……存在基盤がデカすぎて、すっごい時間かかっちゃいます……後、やってる間に殺されるのが目に見えてわかるってゆーか…」
「だろうな。知ってた」
「じゃあ聞かないでくださいよぉ!カリ兄さんなら五分で殺せるんですからね!!」
「基準教えろマジで!」
頼りにならない義妹に怒鳴りながら、双剣を交差させたカリプス。その背後にアリエスは身を隠しながら、新しいご主人様からもらった防御結界の入った魔道具を起動。
自分の身を自分で守りながら、義兄が勝つことを祈っていると。
「やぁっ!」
「強襲ッ!」
サジタリウスの背後の天井の板が、ガコンと落ちて……カリプスの召使い、ダビーとナシラがサジタリウスに奇襲を仕掛けた。
「おっと、危ない危ない」
「んにゃっ!?」
「わぶっ!?」
「奇襲を仕掛けるなら、最後まで黙ってなきゃ。まだまだ荒削りだね、君のかわいい召使いは」
「……ご指導どうも」
召使いの奇襲を弓の一振りで吹き飛ばして、膂力一筋で簡単に対処する。重厚な鉄のハンマーの衝撃すらマトモに効かない人馬は、笑って彼女たちを壁に叩き付けた。
カリプスは半笑いで忠告を受け取りながら、壁にできたクレーターから復帰した2人と共に、サジタリウスという敵を囲む。
「お前ら、生き残るぞ」
「えっ、負ける前提なんですか!?そこは勝ちましょうよご主人様!!」
「無理無理。力量差考えろって。なぁ?」
「同意!以下同文!」
「ちょっと!」
弱気なカリプスの得意は、攻める戦い。守る戦いなど、不得意中の不得意と言っても過言ではない。それに、守る対象はアリエスだけではない。血気盛んなダビー、動物的本能で相手との実力差を理解しているナシラも。等しく、カリプスが守るべき“足枷”であった。
故に、内心早く魔法少女来ないかなと思いながら。
遥か格上の将星サジタリウスに、カリプス一派は戦闘を仕掛けた。
꧁:✦✧✦:꧂
「こんにちは」
「どうも」
研究所内のとある一室───無数の精密機械や魔導具が素人では理解できない配列で設置された、何らかの用途を持つ開発室にて。
2人の天使───“力天使”と“空天使”が相対する。
地球と宇宙、異なる領域において最上の天使と謳われる両者。
「そういえば……私の妹が世話になったようで。こちらの不始末を解決してくださって、ありがとうございました。お礼を言わせてください」
「別にいーよ〜。困った時はあ互様だもん」
かつて星教会で起きた惨劇。現在もまだ随時調査中で、解決の目処は立っていないが……スピカにとっては、あの地獄が終わったのなら越したことはなく。
そして、目の前の魔法少女が、件の騒動に関わっていることは知っていた。
……ちなむと、スピカとブランジェ以外にも人はいる。無関係で置いてけぼりのカドックバンカーと、退屈そうに足をブラブラさせるマーチプリズだ。
余談ではあるが、ゴーゴーピッドとメードは研究員らの吊し上げで別行動中だ。
「それじゃ、早速だけど……やる?」
「構いませんよ。そちらが良ければ、すぐにでも。私は、誰が相手でも構いませんから」
「そっか!」
会話も程々に、スピカとブランジェは矛を向け合う。
スピカは“天掌魔法”という、空間を掴む魔法によって、布を掴むように空間を引っ張って、己の前でぐんにゃりと捻じ曲げてみせる。
その光景を見たブランジェもまた、重力球を練り上げて対抗する。
「おっ、もういいのか?」
「待ちくれちゃったよ〜」
「わんぶいすりーでいい感じ?不利だよ?」
「問題ありませんとも。丁度いいハンデですよ、えぇ……好きにかかって来なさい!」
「言うねぇ〜!」
漸く戦闘かとカドックバンカー、マーチプリズも武器を手に取って、エスト・ブランジェと横並びになってスピカと立ち向かう。
戦争屋と歌姫、重力使い。
魔法少女界の上澄み中の上澄みたちが、再戦を申し込む将星と激突する。
꧁:✦✧✦:꧂
そして。
「どこだ青いの───ッ!」
「待ってくださいお兄様!」
ムーンラピスを追い求めて、研究所廊下を飛翔して進むカストルとポルクスの兄妹。道中倒れている有象無象には欠片も視線を寄越さず、ただ前を突き進む。
ただ、その進路は思ったようには行かず……
双子が出会ったのは、地下空間でガラスに閉じ込めれた子供たちを連れ出すか連れ出すまいか言い争っていた一団だった。
「おっ?」
「うん?」
「……えっ?」
突然美少年美少女が乗り込んできたことに目を点にしたエーテたちと、子供が監禁された部屋に魔法少女がいるという状況への把握に必死なジェミニスター兄妹。
暫く時間を置いて、正気を取り戻した一同は武器を構え直す。
「この誘拐犯共め…!」
「いや違う!違うの!私たちも今ここに来たばっか!これ研究所の人たちのせいだからッ!!」
「信じられるわけ、ないですよね」
「うぐっ!」
そう、双子からの視点では、子供たちをガラスの中へと閉じ込めているようにしか見えなかった。魔法少女という先入観もあって、どうしても信じられない。
初めて会う敵同士だが、相手が何者かはわかっている。
わかっているからこそ解決のしようがないジレンマ……だが、それを打ち破った女がいた。
脳天気でポジティブ、一番前向きな魔法少女、デイズが手を挙げて、宣言。
「ねぇ!戦う前に、さ!この子たち、避難できない!?」
できるでしょと指を突き付けて、誘拐された子供たちの救助を優先するよう叫ぶ。戦いの余波で巻き込んで、本当に死なれてしまっては目覚めが悪い。
助かる命があるなら、助けるべきであり。
将星がいるならば、被害者たちを安全圏まで送ることができるだろうと。魔法少女ではできない。ここは彼女たち魔法少女にとってはアウェーな領域。そう易易と助けても守れる場所がない。
そう訴えるデイズの言葉に、双子は顔を見合わせる。
「…どう思う」
「…どう、って……うーん…」
悩む2人は、その碧眼で魔法少女たちを、そして悪夢の住人たちを見る。肌寒さは感じるが、それは無視して……彼女たちが嘘をついているかいないのか、確かめる。
双子たちは星の子。普通の“人”とは違う。
真実を見抜く目を持つ双子は、誘拐犯疑惑たちの言葉に嘘がないことを知る。
「……嘘は、ついてない?じゃあ本当ってか?研究所は、子供を誘拐して実験してたと?」
「爆速理解ッ!あっ、フルーフ先輩!あなた資料持ってたわよね!?」
「あるよ」
次いで渡された資料を読んだ2人は、次第にピキピキと額に皺を寄せて。
衝動的に、溢れ出んばかりの怒りを壁にぶつける。
瞬間、実験体を囲っていたガラス部屋が、次々に砕けて開放的にする。
「ふぅ〜……いいだろう。人道的観点から、先にこいつら被害者を救出する」
「大人なら無視しましたが、子供となりますと……ね」
優先順位を決めた双子たちは、渋々ながらも戦闘体勢を解いて、死体と一緒に生活させられていた子供たちの救助を選択した。
その結果に安堵する新世代。
なにせ彼女たち、怪我が酷いからと姉直々に戦闘制限をかけられているので。破ろうと思えば破れるが、やった後また重傷になるのは想像にかたくない。
今後の決戦までの流れを考えるに、救助活動が最適解であった。
「───ただし!」
だが、そこでカストルが声を荒らげて、ビシッと此方に指をさした。
「お前らは見逃してやる代わりに、あの“青いの”の場所を僕たちに教えろ!」
「えぇ、その通り。戦う意思のない者と殺り合うつもりはありません。後ろの紅いのと大人たちは違うようですが、私たちの獲物ではない」
「……それは」
カストルとポルクス、双子将星の目的は、“青いの”ことムーンラピス。今度こそ目に物見せてやると誓い合う双子にとって、見過ごせない相手。
目の前にいる魔法少女たちなど眼中にすらない。
双子の目に映っているのは、あの蒼い月。皇帝が認める最強だけだ。
「……いいよ、わかった。でも、今お姉さんは……ムーンラピスは、実験素材?だか何かにぶち込んで、覚醒させるって話だから、ちょっと待って欲しいかも」
「うん?うん……うん?それ、どういう原理なんだ?」
「わかんない…」
「えぇ…」
困惑の空気が流れる中、フルーフとビル、ペローは顔を見合わせて、まあいいかと頷いた。どうせ勝つのだから、殺り合いたい相手に譲るのは何も間違いではない。
久しぶりに善行でも積むかと、悪夢の住人たちは瀕死の子供たちを拾い上げた。
───救助活動、開始。
꧁:✦✧✦:꧂
各地で戦闘が繰り広げられている最中、リリーライトはリデルとムーンラピスを抱えて研究所の最奥、悪夢のある保管庫へと駆ける。
次いで邪魔する防衛機構は、光魔法を前面に出すことで大きく排除。警備兵も研究員も、容赦なく蹴散らして奥に突き進む。
「ッ、ここか!」
リデルの案内の元、ライトは最奥に辿り着き───…
そこで、カプセルに浮かんだ暗黒球体───稼働停止、意思を無くした悪魔の塊を見る。
「ッ…」
「ほう…」
無人の研究室、否、【悪夢】が外に飛び出ないように、厳重に管理された機械仕掛けの牢獄。悪夢を休眠状態へと固定する、偶然できた産物によって仮初の平穏を維持した研究所の最重要機密。
出所は二百年前、突如として発生した悪夢災害。
突発的に起きたそれは、惑星を三つ滅ぼした上に、夢を通して暗黒銀河全体に影響を及ぼしかねない天変地異へと変貌するところだった。だが、急行できたサジタリウスが弓矢一発で射貫き、沈静化に成功。
打ち倒された【悪夢】は、射貫かれた影響なのかそこで物質化。手順を踏めば運搬できる状態になっていて、その悪夢をこの研究所の最初の研究素材としたのが、目の前で動きを止めている【悪夢】、なのだが。
その結果、手に負えないと判断されて封印された。
“空間凍結”───二度と時は進まず、変化も起こらない異次元で、その【悪夢】は隔離されていた。
そんな厄ネタの塊に、ムーンラピスを突っ込んで回復、覚醒させるという。
「大丈夫なの?それ…」
不安になったリリーライトの嫌な予感が的中するまで、後五秒。




