254-悪夢研究所崩壊RTA
「リデル、どこ!?」
「こっちだ。安心しろ、そう焦る必要はない」
「ラピちゃん起こさなきゃなんだから!この子起きないと守ってくれる人いないんだよ!?」
「えっ……オマエは私のこと、守ってくれないのか?」
「個人的にヤダ」
「確執がまだ…」
コシュマール研究所を駆けるリリーライト。彼女は脇にムーンラピスを、もう片方にリデルを担いで無機質な廊下を駆け抜ける。
彼女の目的はただ一つ。研究所の奥に【悪夢】があると確信めいたことを言うリデルに従って移動するライトは、その悪夢にラピスを物理的に突っ込んで回復させるというとんでもない手法を実行せんと言うのだ。
外部の【悪夢】を取り込ませることで覚醒を促すのだ。
身体の大半が悪夢に成り代わっているラピスだからこそできる裏技。強化パーツ扱いされる【悪夢】の塊の未来はどっちだ。
列車から降りてすぐ、正面から悪夢研究所をぶち抜いた魔法少女一行。立ち向かってくる研究員や警備兵、兵器を軒並み破壊しながら、彼女たちは侵攻。
次々と研究資料を閲覧したり、回収したり。
文字通り略奪しながら、魔法少女と元将星たちは自由に走り回る。
「この資料もか!?」
「知るわけないよね〜、てか読めないし。うちらじゃ判別つきませーん。ねぇねぇ、この紙って何が書いてあるの?ちょっと教えてよ」
研究室の一つを漁るカドックの横で、ブランジェは隣に倒れていた角の生えた研究員の胸ぐらを掴んで、力任せに持ち上げる。
研究員は口から血を垂らしながら、憎々しげに力天使を睨みつける。
「…誰が、言うものか…ッ!」
「……へー?そういうこと言っちゃうんだ。頭いいのに、理知的な考えはできないんだね」
「ッ!?」
せめてもの抵抗を見せるが、そんなものでブランジェが納得するわけもなく。利用価値のない命に興味などないと言わんばかりに男を放り捨て、壁に叩き付け。
その無防備な腹に、重力を纏わせた拳を叩き込んだ。
「ごブゥっ!?」
「……おいおい、そこまでする必要あったのか?」
「うーん。なんかねぇ……わかるんだよ、私。そりゃあ、善人相手にこんなことしないよ?現在進行形で悪いことをやってないんなら、そりゃあ配慮するよ。でも、あなた。精根腐ってるドス黒い人だよねぇ?」
「な、に…を…ッ!?」
「へぇ?」
つまりは悪人。善良な研究者でもなんでもないと、確信めいた目で扱き下ろす。そんなブランジェの信憑性のない言葉を、カドックは軽い雰囲気で信じた。
なにせ疑う理由がない。魔法少女は勘を大事にする。
あの“力天使”がそうだと言うのならば、きっとそうなのだろうと。
「そうか、そうか……そんじゃあ、兄ちゃん。ちょっと、オレらとお話しようぜ?」
「ここでどんな研究してるのか、事細やかに、ね?」
首を絞められ、骨張った指を握られて───命の全てを魔法少女に握られた研究者は、瞳を涙ぐませ絶望の底へと落とされた。
「止まれェ!」
「パスポートはお持ちですかぁ!?」
「来るな、侵入者め!!」
「殺せェェェ!!」
……そんな拷問が行われている研究室から、ほんの少しだけ遠い廊下にて。研究員と警備兵たちの必死な抵抗が、魔法少女たちの道を阻んでいた。
魔導機関銃という魔法弾を撃つ銃器による乱射。
立ち向かうのはペローたち三銃士と、フルーフ、彼らに守られながら行動するエーテ、コメット、デイズだ。あとぽふるんがいる。戦闘行為を禁止されている後輩三人は、大人しく命令に従って護衛されていた。
本来なら、安全圏に隠した夢奏列車で待機している予定だったのだが……肝心の列車があの有り様では一緒に行動する方が断然いい。
「なんか、武装厚くない?」
「まるでそっちに行って欲しくなさそうな…」
「……それじゃあ、行くしかないよね!ベロー、さっさと蹴散らしてっ!」
「あいよォ!」
もう名前を訂正する気さえ失せたペローが、魔法少女の訴えに従って猛攻を開始。魔法弾という物質化した魔力の弾丸を蹴り飛ばし、邪魔する兵の盾を奪って押し倒す。
慣れた手付きで敵を無力化するペローに、敵兵の一人が果敢にも刃向かう、が。
その首筋に、ナイフを添えられて沈黙する。
「正直に言えば殺さないッスよ〜……お宅ら、この奥には何があるんで?」
「ッ、言わない…!」
「えぇ〜?そんなこと言うんスか?それなら、直接行って確かめりゃあいいッスね。そんじゃ、オマエもう用無し。死んでいいッスよ」
「ッ!?」
痰を吐いて悪足掻きをされるが、そんなことでペローが怯むわけもなく。容赦なくその後頭部を床に叩き付けて、白目を剥かせて気絶させる。
流石に殺しはしない。ペローは殺伐とした有言実行の男ではないのだ。
「どうも、敵さんは口がお堅いらしい」
「そうッスねぇ……ここまで頑固だと、裏があるんじゃと勘ぐっちゃうッスよねぇ」
「早く行こっ!」
教えて貰えないのならば、直接その目で確かめに行けばいい。廊下に倒れ伏す有象無象を足場に、彼らは研究所の秘密区域に侵入する。
まるで導かれるかのように、その足は進んでいき。
地下へと続く階段を見つけて───仄かに香る、鉄錆の香りに顔を顰めた。
「これ、って…」
「……嫌な予感がするわね」
「チッ…先行するぞ」
想像力を掻き立てる不快な臭い。妄想であってほしいと祈りながら、勘違いであることを願いながら、閉ざされた領域へと踏み入って。
そこに広がっていたのは───透明なガラスに隔たれた独房が、無数にある研究室だった。
ガラス越しに全てを管理できる部屋部屋。
その部屋一つ一つに……たくさんの死体と、子供たちが同居していた。
「なっ…」
「えっ、は?」
「ッ、そんな…」
「嘘…」
絶句する少女たちの視線の先には、痩せこけて動かない子供たちがたくさんいた。無惨な死体に囲まれた影響か、その瞳に生気はなく……死んだ目で、床や天井をぼうっと眺めていた。
貫頭衣だけを身につけたボロボロの子供たちに、全員が声を失う。
突然ガラスの前に現れた複数人がいても、彼らは一切の反応を見せなかった。
まるで人形。
否、人形であることを求められ、そして強いられた末路であった。
「……胸糞悪いな。フルーフ、このガキ共は…」
「……大丈夫、ただの子供だよ。変な術式が埋め込まれた実験体ではない。みんな生気がないけどね……あぁ、この資料に詳細が書かれてるよ」
「あん?」
悲惨な光景を前にしても動じていなかったフルーフが、棚から引っ張り出した書類、机の上に置いてあった資料を読み解き、その内容を伝える。
この空間全てが実験場。
誘拐した子供を死体の傍に置くことで発狂させ、精神を破壊。死という恐怖を身近にすることで精神のそれを悪夢へと近付けさせ、悪夢を誘引させるトリガーにならないか研究する……子供の命が悪夢にならないか、悪夢をここに近付ける要因にならないのかを調べる研究だという。
人の命を何とも思っていない、手付かずの計画。
できそうなことからやってみようという、知的好奇心が倫理観を置いていった研究の一端が、彼らの前に存在する現実である。
「は、早く助けないとぽふ…!」
「落ち着きな、ぽふるん。下手に触って感電死なんてのかあったらどうするの」
「ぽふ!?」
先走ったぽふるんがガラス格子に小ハンマーをぶつけて破壊しようとしたが、フルーフがそれを静止。そもそも、助けようにも何処に連れていくというのか。
優先順位を履き違えてはならないと、冷たく語る。
冷徹に否定するフルーフに、人命を軽視できない後輩は訴えようとするが。
その声を遮るように───突如、研究所全体が、激しく揺れ出した。
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同時刻。
夢星同盟による強襲に見舞われたコシュマール研究所、その遥か上空に、突如、直径三百メートル程の“星”が二つ発生した。一切の予兆なく、何の前触れもなく。
混乱に満ちた研究所は、その異星出現を感知できず。
「崩星魔法」
「奏星魔法」
号令の元、二つの星は高度を下げて───隕石となってコシュマールに破滅を齎す。自動防衛装置は為す術もなく踏み潰され、蹂躙され、地表に星は落ちる。
流星を生み出す魔法と、流星を操る魔法によって。
二つの方向から、コシュマールを挟むように落ちた星が衝突する。その瞬間、とてつもない衝撃波が惑星全体へと伝播し、超規模の破壊を齎す。
大地は捲れ、砕かれ、あっという間に鋼鉄の星は本来の土の地面を露出させられた。
地上にいた民を容赦なく虐殺した、二つの隕石衝突。
それを齎したのは───母親の腹からではなく、星から生まれた双生児。
「何処にいるんだ、あの青いの!」
「お兄様、どうか落ち着てください……おじさまが弓矢で昏倒させたとのことですから、恐らく、研究所の中に隠れ潜んでいるかと」
「なるほど!」
金髪碧眼の少年少女は、かつてムーンラピスの辻襲撃で適当にあしらわれた過去を持つ、双子の将星。
たった一つの座を二人で共有する、遊星の申し子。
「やれやれ……派手に壊したじゃないか」
そんな双子たちの元に、一人。夢奏列車を撃ち落とした人馬の男、将星サジタリウスが2人の傍に降りる。空中に降り立った凄腕の狩人は、完治した目で星を見下ろす。
仕留め損ねた魔法少女を、今度こそ射殺さんと。
「おじさん!」
「サジタリウス。もう目は平気なのか?」
「あぁ、大丈夫だとも。心配してくれてありがとう。さ、そんなことよりも。共に魔法少女を倒そうじゃないか……このままだと、陛下が痺れを切らしてしまう」
「ハッ!へーかはなんであんなのを好きになんのかな!」
「御趣味では?」
「こらこら」
魔法少女との決戦を待ち望んでいる王が、浮き足立って戦闘しに来てしまうかもしれない……ロクな準備もせずに双方の頂点がぶつかれば、滅ぶのは暗黒銀河だ。
どちらが勝っても、ただの余波で銀河系は変わる。
ならば、先に魔法少女を下して連れていけば……少しはマシな結果になるだろう。皇帝は癇癪を起こすだろうが、魔法少女が止めてくれるだろうし。
そう楽観的に、サジタリウスは笑う。
御歳700歳。この程度の動乱、サジタリウスにとっては些事である。
───そして、もう一人。
皇帝の呼び掛けで、コシュマール破壊と魔法少女拿捕の命を受けた将星が、遅れて舞い降りる。
桃色の髪を靡かせて、彼女は四枚の白翼を広げる。
「遅れました」
「いいや、大丈夫だとも。準備は大丈夫かい?」
「えぇ、まぁ───礼の一つ二つを告げてから、今度こそ勝ちましょう」
「よろしい」
新たに現れた“空天使”を加えて、4人の将星が研究所の宙に浮かび上がる。
魔法少女の進撃を止めんと、その力を削がんと。
暗黒王域軍における最高戦力たちが、続々と魔法少女に牙を剥く。
「僕の強さってのを、あの目に焼き付けさせてやる!!」
「だからお兄様、落ち着いて……冷静じゃないと、相手の思う壷ですよ」
「わかってる!!」
「どこが…」
「聴いた限りでは、10人でしたか……一人一人に言うのは面倒ですね。適当にでいいでしょうか」
「教会の件かい?まぁ……君の好きなようにでいいんじゃないかな?」
暗黒王域の十二将星
───“双星銀河”
カストル・ジェミニスター
ポルクス・ジェミニスター
───“恋情乙女”
スピカ・ウィル・ゴー
───“天弓闘馬”
サジタリウス
強襲。




