253-暴走機関車、決死の大爆走
暫く主人公が不甲斐ないってマ?
知覚外からの狙撃。魔法無し、魔力強化無し……純粋な技量による超超超遠距離狙撃。それが意味する敵の危険度に皆が青ざめ、迎撃態勢、若しくは防御態勢をする、が。
それよりも早く、第三射が───ゴーゴーピッドのいる運転台を貫き、破壊する。
「みぎゃぁ!?」
「ピッド!?無事か!?」
「うぅ、運転席がぁ〜っ!?」
「大丈夫そうだな、ヨシ!」
「もっと心配してなのです!!あーっ!別にお飾りの部屋だから大丈夫ですけども!運転台ですよ!?列車の顔なのですけど!?」
這う這うの体で車輪と残骸を残して大破した1両目から逃げてきたピッドが、ガンガンと衝動的に床を叩いている様子を無視して、次の狙撃に備える。
矢が飛んでくる方向は二回目も三回目も一緒だ。
だが、仮にその方向に魔法を飛ばしても……そも魔法が届かないという懸念点が発生。ライトの聖剣も、カドックのミサイルでも、流石に届かない距離に敵はいる。
結果的に、どうにか結界を張ることでその場凌ぎを選ぶこととなった。
「本当に無理なの!?」
「レーダーにも映んねぇ敵なんざ撃てるかァ!!つーか、あの威力の弓矢じゃあミサイルだって正面から射抜かれてパーンだよパーン!それも、威力減衰とかなんもしねぇでこっちに被弾してくるのがオチだ!!」
「っ〜〜!」
冷静に分析したカドックの叫び。その傍らで、マーチとアリエス、メードたちが胸から上を喪失したムーンラピスの蘇生を行っていた。
やることは魔力を送るだけだが。
「再生してるの!?これ!」
「び、微々たるものですけど……ほら、ゆっくりですけど元に戻ってますよ!てかこれ大丈夫なんですか!?やっぱ死んでたりしませんかラピス様ッ!!」
「意味のない憶測はやめなさい!いいから魔力を送って!私たちの魔力と呼応させて、蒼月様の体内魔力の自己治癒能力を高めるんです!」
「は、はい〜っ!」
珍しく怒声を浴びせるメードが、完全に意識を飛ばしたムーンラピスを介抱する。泣き言を喚いていたアリエスもすぐに気を取り直す。
このメンバーの中で一番強い存在が初手で潰される。
ありえないと思っていた予測の一つ、ラピスが気絶から起き上がらないという現状が全員の不安を煽る。そして、ジッと車窓を睨んでいたカリプスが、首まで再生している不気味な半死体に合唱してから、脳裏に浮かんでいた強い狙撃手一覧から、確実な一人を選ぶ。
魔法無しでこんなことをやってくれる狙撃手など、彼は一人しか知らない。
「間違いねェ、サジタリウスだ!ゴーゴーピッド!列車の速度をもっと上げろ!このままだと速射でお陀仏……ッ、ほら見ろ来やがったッ!!」
「うわー!?列車に穴が!?ちょ、防衛装置は!?」
「ダメだ結界を貫通してやがる!どんな貫通力してんだよこの弓矢……植物性、だと?」
「冷静に分析してんな!」
カリプスが忠告した同タイミングで、またしても弓矢が列車を貫通する。大破する車両から距離を取って、一同は後方車両へと逃げる。
このまま迎撃、または狙撃手の場所へと飛ぶのが唯一の反撃手段だが、生憎それをする余裕もなく。
飛んで高速移動している間に撃ち抜かれておじゃんだ。
ゴリ押しも今は難しい。そも、正確な距離すらわかっていない。
「最速で何分だ!?」
「魔力ブーストで五分!それ以上は車体が持たな……や、この際仕方ないのです!頑張って三分に縮めるのです!!研究所に突します!」
「っ、いいよ!どう蛮族する予定だったんだ!突っ込んで乗り込むよ!そんで目的のブツ回収して撤収だ!」
「……ブツってなんだ!?具体的なあれそれ聴いてねぇぞオレらッ!!」
「ラピちゃんに聞いて!」
「起きろ後輩ィーッ!」
まだ再生途中なラピスの肩を揺するが、幾ら揺すっても起きる気配はなく。珍しくも完全に意識を飛ばして気絶と洒落こんでいる後輩に、カドックは動揺を隠せない。
かつて、ここまであっさりと戦線離脱させられた後輩がいただろうか。いやいない。
魔力を送ることで覚醒を促しているが、どうにも起きる気配はない。
「初手で潰すたァ、あっちも本気だな……おい、ラピスはもう放っておけ。多分それじゃ起きねぇ。リデル、なにか案はあんのか?」
「む?あぁ、悪夢に浸せば起きるぞ。例の研究所とやら、ちょうど管理しとるようだからな」
「あん?わかんのか」
「当たり前であろう」
この緊迫した状況下でも、呑気にポテトチップスを食むリデル。そんなちみっ子に胡乱気な視線を送ったカドックだったが、悪夢に関してはこいつの方がわかるかと素直に受け入れた。
指についた塩味を舐めたリデルは、歩みを再開。
大穴が空いて、外の宇宙が見える三両目の端へ移動……篭城場所、研究所吶喊の安全圏を作ろうと設備のある後方車両へ駆け寄る皆とは、反対側へと逆走していた。
いや、逆歩していた。
「なにしてんスか女王サマァ!?」
「ダビーが連れ戻します!ちょっと!何やってるんですかリデルちゃん!逃げますよ!!」
「撤退!逃げ!」
「うるさいぞ小娘ども」
「はぁん!?」
引き留めようとするダビーとナシラを無視して、廃材と化した車両の真ん中に立つリデル。敵のサジタリウスからすれば撃ってくださいと言わんばかりの立ち位置。
開けた空間に堂々と立ったリデルは、ポテトチップスの袋を脇に挟みながら、仁王立ち。
その佇まいには、威風堂々としたオーラを感じる程。
「───あれは、確か女王様だったかな?狙っていいってことなのかな…?」
そんな光景を見せられた狙撃手、サジタリウスは、何を考えているのかと不思議に思いながらも、リデルの思惑に乗ってやろうと笑う。
悪夢の女王、皇帝が欲するユメエネルギーの塊。
重傷を負わせては話にならないと、脅し目的でリデルの横に照準を定めた、その時。
リデルの紅い瞳が、紫色に輝く。
「“ ■■■ ”」
余人では理解できない言の葉を、そう呟いた瞬間───サジタリウスは痛みを覚えた。
咄嗟に片目を抑えると……右目から、血が流れる。
「ッ、これは……」
(攻撃が届いた?いや、これは……そうか!視線を介した悪夢による干渉かッ!!悪夢化したムイアくんの遣り口と似てるなぁ!)
一瞬で種を見抜いたサジタリウスは、列車から目を離し血を拭う。サジタリウスの視線、そこに悪夢の力を載せて対象を呪殺する……全盛期リデルが多用していた、自分を見ている相手を無差別に殺す小手先の技。
弱体化した今は、苦しめることしかできないが。
それでも、サジタリウスの目を一度潰し、視界から外すことに成功する。矢を撃つ余裕を奪われながらも、闘馬は笑って称賛しているが。
「時間は稼いだぞ」
「よくわからないッスけど、ここ離れるッスよ!」
「うむ」
とてつもない連射が止まったことにペローは驚きながらリデルを回収。ダビーとナシラに支えられながら、無事に列車後方へと駆け込んだ。
そして、その間にも列車は加速。
ゴーゴーピッドは、マジカルステッキである旗を力強く握り締めて列車に魔力を注ぎ、機関をオーバーヒートさせながら列車を強化。顔を真っ赤にして、息を荒くしながら全力を尽くす。
「ッ、見えた!」
その甲斐もあってか、全員の予想よりも早く目的の星、コシュマール研究所が視界に入る。
病原菌の一切を排除するかのような、真っ白な惑星。
それだけならアウタードームと同じなのだが、白い塔が惑星から宙へと無数に飛び出しており、イガグリやウニのような棘だらけの星となっていた。
目的の研究所、その中心は南極に位置する場所。
それ以外の星部分は内部の【悪夢】を閉じ込める機構、誘き寄せられた【悪夢】を撃退する機構などの防衛装置が目白押しであり……
夢奏列車の接近を感じ取ったのか。若しくは、車内にて呑気に菓子を貪る悪夢や、気絶している悪夢、成長途中の悪夢などを感じ取ったのか。
防衛機構が、一斉に魔法少女に牙を剥く。
途轍もない速度で、無数の熱線が夢奏列車へと砲撃から放たれた。
だが、その程度の攻撃ならば障壁で簡単に防げる。
「ハッ!あの弓よりはマシだな!」
「うぅ〜〜っ!このまま突っ込めばいいのです!?」
「いーよ!もう仕方ないから!あっ、途中下車したい人は適当に降りてねっ!!」
「死ねと!?」
先に降りて研究所を襲撃するか、車内に残って突撃して大破してから乗り込むか。
どちらの選択でもいいと笑うライトに非難轟々。
結局、衝撃緩和でダメージを最小限に抑えられる車両に全員が篭城して。
研究所の抵抗虚しく、夢奏列車は大気圏を突破し───機械装甲に覆われた地表に着陸。
火花を散らして装甲を剥がして、轟音と共に駆ける。
衝突だけでは停止できず、地表を捲り上げて……なんと加速し始める列車に、ピッドは勢いを止めんとブレーキをかけ続ける。
「うぎぃ〜っ!?」
「がっ、がんばれー!!」
「おえっ、吐く…」
「耐えて!?ちょっ、エチケット袋!大先輩のプライドはないわけッ!?」
「うるせぇ…」
悲鳴が上がる車内。ガタガタと揺れる列車は、あらゆる防衛機構を粉砕しながら地上を蹂躙し……二分ほどかけ、超特急の爆走列車は停止した。
たくさんの瓦礫を巻き込んで、ガタガタになった車体。
耳に痛い音を奏でていた列車は、ピッドの奮闘もあって八割損壊に留められた。
「死ぬかと思った!」
「はぁ……こーゆー何気ないとこで死にかけるの、本当によくないと思うんだ…」
「生身の人間だったら死んでたわな」
「セーフ!セーフです!」
「セウトかな」
安堵するのも束の間……乗員たちはふらつく足で次々と列車から飛び降りる。荷物を運ぶ暇もなく、気絶しているラピスを背負ったライトが最後に列車を降りて。
その瞬間…
ドガーンッッッ!!
夢奏列車が爆散した。
轟々と業火を巻き上げて、木っ端微塵に粉砕……宙まで魔法少女を乗せた旅の相棒は、修復不可能なまでに完全に大破した。
「マギアプレスぅ〜!?あぁ〜…」
「ご愁傷さまでした」
「いやー、オレらが無事でよかったわ。列車様様だぜ」
「ホントそれなー!!」
「ここで闇堕ちしてやるのです。ワタシが第二のメアーになるのです…」
「やめれ」
なにはともあれ───コシュマール研究所への略奪及び逃走劇が、今始まる。




