252-心機一転、悪夢の苑へ
「いった!?いったーい!」
「動かないの!んもう、こーんな酷い傷つけてきた穂花が悪いんだからっ、と!」
「あびゃぁ」
夢奏列車の中、ほーちゃんが穂花ちゃんの頬にガーゼを力強く貼り付ける。結構な範囲を火傷してたり、手も足も折れていたりと酷い怪我だった後輩の3人。地面に倒れて救難信号を送ってきた時はおいおいと心配した、が。
湿布やら絆創膏やら消毒液やらでギャーギャー騒げてるから、まぁ問題ないだろう。
治癒魔法だけじゃ心許ないからね。仕方ない。
……あー、そこ。そこいい。かくいう僕はアリエスからマッサージを受けてるわけだが。
「こうです、か?」
「うんっ……」
座席を占領してうつ伏せになり、上裸になった僕の背をアリエスの柔い手が押す。ちょうどいい加減で悪くない。こんぐらいので僕は十分なんだよねぇ……
なんでこんなことしてもらってるのかって?
あのショタ爺の雷を浴びて、急拵えとはいえ動けるよう頑張ったものの。やっぱり無理してたみたいで。こうしてマッサージしてもらってるわけ。アリエスの手から魔力を流してもらって、揉みほぐしてもらいながら戦闘の影響を除去していく。
魔力療法ってヤツだ。
ちなみに、僕が躊躇いなく上裸になった瞬間、男たちはそそくさと別車両に移ってた。
紳士だ。
「っ、はふ…」
「ヤダエッチな声……それで?次が最後の目的地だっけ?何目的で行くわけ?」
「んあ?あー、言ってなかったっけ?」
「趣味と実益だろうなってのはわかってるけど」
「当たらずも遠からず…」
「ふーん?」
この旅行、将星レオードの戦争準備が整うまでの盛大な暇潰しを締め括るのは、コシュマール研究所。【悪夢】を研究して、世界の真理を紐解く!っていうよくわからない命題を掲げた研究所だ。
……そういや、将星の拠点潰ししてないな。
カンセール退場させただけいいか。メーデリアの生存も暴いてやったわけだし。
……メーデリアなぁ。あいつ生きてたんだな。びっくり仰天なんてもんじゃないよ。呪詛災害で普通に殺したもんだと思ってたのに。
よく生きてたよなぁ。その代償はデカかったけど。
それも結果的に僕が治してしまったし。うん、将来的に危ない要素を取り除けただけマシと考えるか。いや本当、ちゃんと仕留めたかったな。
んまぁ、呪いがなくなったあいつは怖くないか。
もうどうでもいいから、他の人たちにあいつの殺処分は任せようか。
「目的は略奪だよ。知識の略奪、研究対象の略奪、標本の略奪、研究成果の略奪。【悪夢】に関連する全ての情報を異星人たちから奪う」
「蛮族だぁ〜。これだから魔法少女はうんぬんかんぬん」
「自分語りか?」
何を言ってるんだ全く。正直、あちらに研究素材として【悪夢】があるかどうかもわからないけどさ。極秘研究の超機密っぽいから、レオードもタレスも使えなかったし。
アリスメアーとしては探る以外の答えがないよね。
これで僕の知らない悪夢の対処法とかが確立してたら、困るなんてレベルじゃない。未実証の状態でも破棄すべき事柄になるのは確実だ。だから潰す。早いうちに破棄して台無しにする。
悪夢を率いる者として、懸念事項は潰しておかないと。
……ただ、旅の最終地点にしたのは間違いだったかも。ここ行って満足したら、座標転移で獅子宮に飛んで同盟と合流する予定だけど、さ。
順路的に逆から行けばよかったなぁ。
これ絶対捕捉されるよね。普通に考えて、悪夢に連なる僕たちが何処に行こうかなんて看破できるよな……絶対に待ち伏せされてる筈だ。
それを指摘すれば、全員だろうなって顔をした。
うん。だよね。
「まーた戦闘〜?」
「そうなるだろうねぇ……あっ、穂花ちゃんたちは戦力外だからね。戦うなよ。怪我を癒すことに専念するように。人間の身体なんだから、無理は禁物だよ」
「えぇ〜、なんとかならないの?」
「我儘言わないの」
エルナトとの戦闘でボロボロになった3人。治癒魔法である程度は治せたけど、なんかすごいパンチとかで結構なボロボロ具合だからなぁ……休息は必要だ。
魔法だって万能じゃない。魔力で身体を治せたからっていいわけじゃないんだ。
……そうやって一度身体を壊したバカが、学習しないで悪夢の大王やってるわけだけど。あの頃は若かったんだ。つーかほーちゃんと2人で日本全国津々浦々、世界にまで弾丸ツアー強制させられてたのが悪い。
つまりリデルのせい。
「やめんか」
不用意に近付いてきたバカの頬を引っ張り、せめてもの抵抗をしていると。
何かに気付いた寝子が、僕の傍に近寄る。
「うーねぇ、悪夢と言えば……あのちっこいの、研究所でどうこうするの?」
「……あぁー、いたなぁそんなの」
「忘れないであげて」
ムイアのアレか。いや忘れてはいないよ?隔離するだけ隔離して、偶に餌やってのんびり観察してただけでさ……そういやあいつどうしようか。
別に放置してたわけじゃないけど。
確かに悪夢の研究所っていう絶好のポイント。ここらで手ぇ加えるか。
そう思いながら、異空間に格納していた悪夢の卵───物体として触ることができる、黒と紫、白色がマーブルに入り交じった球体を取り出す。
もちもちするんだよな、こいつ。
「わお」
「ひょひぇっ!?」
「……ビビりすぎでしょ」
「普通じゃね?」
僕の背中から飛び退いたアリエスが、ゴロゴロ転がって壁に頭をぶつけるのを見届けてから、手の中に取り出した小さな悪夢球体を軽く握る。
意外と悪くないんだぜ、こいつ。
思念がうるさいけど。僕とリデルだけにしか伝わらないみたいだけど。
───もちもち
そうだね。
꧁:✦✧✦:꧂
コシュマール研究所。
宇宙全土、世界における最大にして最悪の超特異現象。肉体精神、魂に至るまで侵蝕する……取り返しのつかない厄災そのもの───【悪夢】。
その名の通り、悪夢についての知見を深める組織。
生活を脅かす悪夢を調べて、対処法を確立。治療法から根絶する方法。それらを見出すのがコシュマール研究所の本懐であり、意義である。
今は亡き英雄であり、厄災と化した将星を襲った悲劇。二度とあの災禍が起きないように、有志の研究者が集った平和の先駆け。
そんな研究施設に忍び寄る、悪しき影───何を隠そう魔法少女の集団である。
と言っても、目的地まではまだ距離があるのだが。
現在、魔法少女たちを乗せた夢奏列車はコシュマールが丸々専有する惑星から凡そ50km。早くとも40分弱で星に到着する計算になる。
そこに至るまで、夢奏列車は隠遁系の魔法によって姿を星空に紛れ込み、敵や第三者に捕捉されるのを防ぎながら走行している。
「なんもないねぇ…」
「……ちょっと田んぼの様子見てくる」
「ばぁちゃーんっ!?」
「誰がババアだ」
外の空気が吸いたいと、仲間たちが神経衰弱を楽しんでいる交友の輪から抜け出したラピス。列車の上に乗って、流れる星空を立ったまま眺める。
その後ろには、車内と繋がる天窓から肩から上を出して顔を覗かせるライトがいた。
静かな星の中、静寂のみが世界を支配する。
孤独を感じさせる世界を堪能するラピスに、ある疑問を抱いていたライトが問い掛ける。
「それでー?次戦いそうな将星の目星、ついてるの?」
「……そうだねぇ。今ん所、秘書ポジのヤツ以外とは全員出会ってるから……あ、でも双子と馬はすれ違い様だから実質ないか。うん。そこら辺のヤツが来そうだよね」
「まだ見ぬ強者ってやつかぁ……その人達って大分不憫な辻斬られだったよね」
「変な造語作んな。否定はしないけど」
「ひっでぇ」
この旅の目標の一つ、将星の数減らし……今のところ、カンセールしかできていないが。今回の研究所襲撃でまた成果が出ればいいとラピスは思っている。
別に、最終決戦でタイマン挑んでもいいのだが。
退屈に飽きた2人は駄弁って、あーだこーだ言い合って時間を潰す。
「顔早く埋めてね?」
「埋める埋める。もう仕方ないから悪夢で人間やめるわ。旧時代の怪人たちと同じ魔力体になって生活する予定……なんか、それ以外の道も無さそうだしね」
「人間に戻りたかったら言ってね。首から下はあるから」
「早く埋葬して」
「ヤ☆」
何回目かの穴空き顔問答の末、漸く決断したラピス。
もうその怖い顔も見納めかぁ…と、ライトは頬杖をつきながら感慨深そうに笑う。
たった数日の顔無し生活だが、まぁ慣れるのは早いこと早いこと。今ではすっかり受け入れているが、どうしても違和感と文句はできてしまうもので。
ラピスの顔が好きなライトは、最早懐かしさまで感じる素顔を想起しながら、相棒の顔を見つめて。
その瞬間。
───突如、ラピスの胸から上が、爆散した。
「は!?」
ライトは目を疑う。突然の、殺意のない急襲。
遅れて耳に届いた轟音。血肉の代わりに、魔力となって霧散する胸上。つい先程まで喋っていた頭部は無くなり、力を失った胴体が膝を着く。
我に返ったライトは、敵襲ッ!と車内に届くよう大声で叫びながら、倒れた胴体を回収。千切れた両手も拾って、さっさと起きろとラピスの背を叩く、が。
一向に反応はなく……
完全に気絶していた。
「ッ、完全に意識飛ばしてる…!」
「───お姉ちゃん、何があったの!?って、お姉さん?えっ、嘘!?」
重傷なのに外に出ようとするバカな妹に幼馴染を任せ、ライトは天窓からこっそり頭を覗かせる。
辺りを警戒するが、周りにはなにもない。
ただ、小惑星やデブリ、星雲が浮かんでいるだけで……これといって、敵性存在は見つからない。魔力検知でも、範囲外にいるのか見つからない。
そう、範囲外。
リリーライトの認知の外、それこそ、自分よりも範囲が広いラピスの感知を掻い潜って、何らかの攻撃をされたという証明。
「何処から……ッ!?」
痺れを切らして車上に立って、誘き寄せてやろうかなと決断して。聖剣を手に飛び上がった、その時。
ライトは経験で培った直感、危機察知で後方に飛ぶ。
駆ける列車の速度で、その車両から置いてかれるが……退いてすぐに。
ズドガーンッッッ!!
ライトが居た場所に、大きな矢が突き刺さっていて……夢奏列車の天井を破壊していた。
文字通り、木っ端微塵に。
「狙撃っ」
「おいライト!敵は!?」
「二時の方向!でも見えない!!」
「なんだと!?」
もしあの場にいて、しゃがんで避けた気になっていたら死んでいた。あの天井と一緒に、何も理解できずに肉塊になって……いや、肉塊どころか血溜まりになっていた。
あの防御力が高いラピスが、一瞬で塵になったのだ。
新たな脅威に冷や汗を掻きながら、矢が飛んできたのであろう方向を叫ぶが……
やはり、何も見えず。
(私たち全員が気付けない距離から、正確無比の狙撃!?いや、問題はそれだけじゃない……なんで、なんで魔力を感じ取れないの!?)
悲鳴にも似た叫びを噛み殺して、ライトはまだ見ぬ敵を警戒する。
───件の狙撃手は、そこから遥か遠くに。魔法少女の感知範囲外である超超超遠距離。
六万キロメートル離れた小惑星の上に、彼はいた。
栃栗毛とでも言うべきか、茶色の長い髪を風に靡かせたその男は、四つ足の下半身でガッシリと地面に立ち、一切ブレの無い狙撃を披露してみせる。
彼の3mの背丈よりも遥かに大きな弓で、敵を射貫く。
「全く、陛下も酷なことを言う…」
人馬一体、馬の下半身を持つ上裸の狙撃手───そう、彼こそがムーンラピスを一発で気絶させた猛者。かつての苦い思い出の仕返しとでも言うべきか。
一発退場でお相子に持ち込んでみせた、古参の将星。
その剛弓と、普通の弓矢をもって、星一つ離れた距離の敵を射貫く狩人。
“天弓闘馬”のサジタリウス───魔法を使わず、魔力で強化することもせず。
純粋な技量で、膂力で矢を届ける稀有な力の持ち主。
人の良さそうな朗らかな笑みを浮かべて、彼はもう一度矢をつがえる。
「目的地はわかっている。うん、研究員の人達にはすごい申し訳ないけど……あの子たちを仮に迎え入れるのなら、これ以上の研究は邪魔でしかない。いや理不尽だなぁ……加担してる僕が言える話じゃないけどさ!」
「───でも、ただでは到着させてあげないよ。着くまで徹底的に妨害する」
「仕事だからね」
バシュンッ───ズドガーンッッッ!!
忠実に任務をこなし、矢を穿つ。
今度は列車の運転台を破壊したサジタリウスは、冷徹に目を細めた。
蒼月「……( ´ ཫ ` )」




