251-清く正しく美しく
───極黒恒星、魔城ドゥーンビーレル。
魔王城と言っても過言ではない真っ黒な城の一角には、緑豊かな自然が揃う庭園、中庭が存在する。少しは皇帝の気分転換になればと建造された空間の中心には、大きな池が存在する。
清浄に満ちた池とその空間は、少しでも邪気あるモノが立ち入れば瞬く間に浄化されるような、一種の異界として成立していた。
「息災だったな」
「いやぁ〜、面白かった!魔法少女!実にいい敵じゃ……アレは喧嘩売って正解じゃな。楽しい」
「オマエにそう思ってもらえて何よりだ」
「うむうむ」
池の畔に立つ皇帝・ニフラクトゥは、「星の回廊」から帰還したアルフェルと共に、魔法少女について語り合う。ニフラクトゥにとっては、お預けされまくっている絶対的強者との再戦を楽しみにしたく、正直アルフェルに獲物を盗られやしないかと気が気でない。
無論アルフェルもそのことはわかっている為、少しだけ惜しみながらも譲るつもりだが。
……その隣で、カンカンなリブラに叱られている同星、エルナトがいるが、男二人は巻き込まれたくない気持ちで無視している。
「損害賠償、全部あなたが払ってくださいよ!?手続きが面倒なんですよもう!!」
「仕方ねェだろ!?興に乗っちまったんだからよ!?」
「反省する気ゼロじゃないですか!」
「うぐっ!」
地面に正座させられたエルナトは、星を一つ枯れさせたことを怒られていた。壊す予定の星であれば兎も角、全然関係の無い星を死なせてしまうのは話が違う。
そも、プラネット・ラグーンは憩いの場。
下手に戦場にするには被害が大きすぎる場所であった。そういうことを考えない賞金稼ぎ集団が先んじて襲撃していたお陰で、将星による人的被害は少なく済んだが。先に避難誘導をしてくれていた魔法少女様様である。
とはいえ、惑星をぶち壊したのは彼女たち。番頭の男や従業員に払う補填は、将星二人のお金から引かれることが決定した。
「そう怒ってやるな、リブラ」
見兼ねたニフラクトゥがそれとなく助け舟を出したが、それを聞き届けるリブラではなく。財政管理も含め、国家運営の諸々を担っている文官は怒り心頭だった。そうして暫く独断専行したエルナトを絞って、説教を続けた。
ただ、敬愛する王にも怒鳴り散らす程、理性をかなぐり捨てているわけでもなく。
慌てて深呼吸したリブラは、なんとか怒りを抑えて王に向き直る。
「お見苦しいところを…」
「良い。オマエのそれは我を思ってのことだと、我は勿論皆が知っている。恥ずかしく思う必要は欠片とないぞ……耳が痛いのは本当だがな?」
「も、申し訳ございません……あっ、それはそれとして。こちら先日の損害報告書です。お納めください」
「燃やしておけ」
「ダメですよ」
異臭を嗅いだ猫のような顰めっ面で拒絶してみせるが、そんなもので誤魔化される秘書ではなく。両手にポンッと乗せられた書類の重みにニフラクトゥは諦観を覚えた。
どんよりとした雰囲気を背負った親友を、アルフェルはケラケラ笑いながら背を叩く。
かの最強と言えど女の尻に敷かれるモノなのか。
面白いことこの上ないと、不遜にも大笑いする美少年を蛇は睨みつけた。
効果はなかった。
「はァ…」
溜め息を吐いたニフラクトゥは、澄み切った水が溜まる池へと視線を送る。池の底の土や砂利までよく見えるその池の水は、いつも以上に浄化の力が働いている。
揺れ一つない水面の更に下、水中の深くに沈んだ将星は動かない。
「さて……メーデリア。よくぞ帰ってきたな。いい加減、オマエの顔を我に見せよ」
「……御意」
池の底、浄水に沈んで肉体を休めていたメーデリアが、皇帝の呼び掛けに従って浮上する。水面から顔を出して、胴体を覗かせたメーデリアは、一礼して王の前に立つ。
上半身のみを水面から出現させたメーデリアの裸体は、所々が火傷痕のように黒ずみ、シミのようになった呪いの残滓が斑になっていた。
かつては自慢だった美肌は、呪いによって損なわれた。
魔法少女に憤慨する気持ちを抑え付け、見るに堪えない風貌となったことを恥じながら、メーデリアは敬愛する王と謁見する。
「お見苦しモノをお見せてしてしまい、大変申し訳なく」
「ふむ……そう卑下するな。オマエがそう思うのは致し方ないかもしれないが、オマエの美しさは何も見た目だけで完結するモノではない。安心せよ。我の目には、オマエはちゃんと美しく見えているよ」
「! 本当ですか!?」
「嘘はつかん。そも、オマエの“美”を我が否定することもありえん話だ」
「〜〜っ!」
意気消沈していたメーデリアだったが、ニフラクトゥの内面の美も外面の美も評価している事実に目を輝かせて、失いかけていた自信を取り戻した。
彼女における最優先されるべきことは美しさ故に。
褒められたことに頬を赤らめ、先程までの失態など思考から消し飛んで照れるメーデリアには、さしものリブラもマジかこいつとドン引き顔。
……裸を見られて動じていない辺り、彼女の貞操観念に物申したくなったリブラであった。
この場には男が2人いるのに。
何故。
「ハッ!?も、申し訳ございません、陛下……名誉挽回の機会を頂いたのにも関わらず、ロクな成果を持ち帰ることすらできず……剰え敗北。どんな罰でもお受け致します」
「自罰的だな。殊勝なことだ」
「いえ…」
気を取り直して、メーデリアは敗北の罰を求める。折角怨敵に復讐する機会を与えられたというのに、結果はこのザマ。散々たる結末には謝意を送るしかなかった。
本来ならば、あの時メーデリアは死んでいた。
だが、二度に渡ってアルフェルに救われ、生き長らえた彼女は受けた恩が大きすぎて、そして多すぎた。返し切れない程だ。
「ふむ。罰、罰か…」
顎に手を添え、ニフラクトゥは悩む。基本仲間意識などないニフラクトゥは、将星だとしてもどれだけ配下が己を裏切ろうと、叛逆されようと気にしない。悠久にも等しい人生、その一時を楽しませてくれる娯楽として扱う。
故に、配下が死ぬことも何とも思わない。
故タウロスの訃報も優秀な配下の死を残念がっただけで終わった程だ。
悲しむ心がないわけではない。ただ希薄なだけなのだ。アリエスが生きていたことには喜んだし、レオードたちが画策して己を蹴落とそうと考えていることには興味関心が先行して許したぐらい、彼は寛容だ。
故に、生き残った配下を慈しむぐらいはできる。
そして、失敗にも寛容だ。別に死のうが生き残ろうが、次があるなら活かせばいいというのが彼の前向きな思考の一つである。
……そもそも、今回メーデリアをムーンラピスと戦わせたのには理由がある。
かつてメーデリアを蝕んでいた呪詛。薬草院で秘密裏に行われた集中治療をもってしても、癒すどころか除去することもできなかった、あの呪い。仕方なく存在させたまま延命させ、メーデリアを隔離生存させていたが。
下手人であるムーンラピスに呪詛を取り除かせてみる、そんな明暗を思い付いたのだ。
そう易々とやってはくれない相手だとは、百も承知だ。
だが、死体の状態でもメーデリアを残せば後が面倒だと思わせて、殺す前に呪詛を剥離するなりしてくれれば……という考えは、なんとか現実に実現した。ムーンラピスの思考をニフラクトゥ也に読んで、彼女ならば堅実的に対処するであろうとを予測したのは正解だった。
お陰で、ニフラクトゥは自身に絶対的忠義を誓う臣下を失わずに済んだのだ。
御の字である。
故に、全て計画通り。エルナトが我慢できずに戦場へと突っ込んで、メーデリアの復讐の手伝いとして差し向ける予定だった艦隊が機能停止したのは想定外だが。
彼女単騎で事が済んだ辺り、無駄に戦力を減らすことにならなかった為、最良な結果なのだろうが。
そう、わざわざ罰することでもないのだ。
全てニフラクトゥの計画通り。ここで罰則を与えるのは本意ではない、が。王として失敗を犯した配下に何もせず終わるというのは、示しがつかないのも事実。
故に仕方なく、渋々。ニフラクトゥは適当に思い付いた罰を下す。
「窓拭きでいいか?」
「いやバカか?なんで学校レベルの罰なんじゃ……笑っていいかの?」
「むっ」
魔城全部の窓を手拭きする。それも、魔法無しでという苦行を強いようと思ったニフラクトゥだが、アルフェルに盛大にバカにされた為即座に変更。
かと言って変更案を出しても、また却下。
結局いい案が思い浮かばず、メーデリアへの敗北の罰はお預けとなった。
「あの、陛下…」
「ふぅ……あぁ、良い。良いぞメーデリア。暫くしてから沙汰を下そう。それまで身体を休めよ。オマエはまだ呪いから解放されて久しいのだ。どちらにせよ、傷を癒すのが最優先だろう?」
「うむ。陛下の言う通りじゃ。ここは大人しく言うことを聞いておけ」
「…御意」
メーデリアは生き残った。
浄化の力と本人の運の良さ。あらゆる要因が重なって、彼女は生き長らえた。手に入れた命を魔法少女を殺す為に使うのか、それとも皇帝の為に捧げるのか。
どんな未来を辿るのかは、メーデリアの意思次第。
どちらを選んでもいいと笑うニフラクトゥは、庭園から立ち去っていく。アルフェルとリブラ、渋々と追い掛けるエルナトを連れて。
「……陛下…」
その後ろ姿をメーデリアは無言で見送り……池の底へと沈んでいくのだった。




