250-油断大敵サンダーロンド
復讐者、メーデリア。
真・月魄魔法なる浄化の極光によって、彼女の復讐劇は幕を閉じた。原型を留めていなかったその風貌は、まるで魔法が解けたかのように元通り。
本来の人型に戻ったメーデリアは、地上に落ちる。
落下死することはなく、ベチャッと音を立てて土の上に液化して……すぐに人型に戻って、身体を半分液状にして生還した。
「ぐっ、ぅ…」
それでも、ダメージは凄まじく。
もう、メーデリアは一歩も動けない。呻き声を上げて、か細く抗うことしかできず。地を這う将星は、カツカツと音を立てて近付く気配に気付く。
ゆっくりと、自重に引かれながら仰ぎ見れば。
魔法で顔を作り、表情をわかりやすく表示している怨敵ムーンラピスが近付いていた。
「生きたね、おめでとう」
「ッ、このっ…」
軽薄な拍手をしながら、ラピスは敗北者を見下ろす。
その目に感情は一つとして灯っておらず、冷徹なまでな氷の冷たさが滲んでいた。殺意も敵意も感じられないが、それ以上の恐ろしさが悪寒を走らせる。
ジリジリと、距離を取ろうと足掻くが……意味はなく。
至近距離まで近付いたラピスから、逃れる術は……今のメーデリアにはない。
「ラピちゃん、その人が?」
「わーお、生きてたんだ。びっくり!」
「ね」
そして、リリーライトとエスト・ブランジェという界隈最強のトップスリーが集う。リデルの護衛をメードたちに預けてきたライトは、聖剣を肩に担いでラピスに聴く。
適当に答えたラピスは、さてどうしようかとつるつるな顎に手を添える。
「扱い面倒いなぁ、オマエ……殺すか」
捕らえて利用するか、ここで殺すか、見逃すか。普通に考えれば殺した方が早いのだが、かつてアリエスの語った排斥問題を考えて、将星クラスはある程度生かすべきかと今更ながらに考えて。
でもこいつ復讐心あるんだよなぁ、と自身に降り掛かるこれからを想像すれば……殺さない選択肢は無くなった。殺害確定である。
未だ心折れずに睨みつけてくるメーデリア。呪詛ですら死なない彼女を殺すには、もう一捻り工程を挟まなければ殺害など夢のまた夢。
だが、ラピスにはその手段がある。
魂に直接ダメージを与える魔法。かつて存在した複数の魔法少女たちから再現した魔法が幾つも手元にある。
死卵魔法、崩壊魔法、幽神魔法、朽百合魔法、深淵魔法エトセトラ…
「遺言はある?」
メーデリアの額に人差し指を突き付けて、いつでも命を奪えるように構える。
その指に集う魔力を見ても、メーデリアは怯まない。
「クソ喰らえ、ですね───ただで死んでやるほど、私は弱くないのだから!!」
───精霊魔法<マナ・キリングアート>
決死の覚悟で精霊魔法を放ち、目の前の魔法少女たちを串刺しにしようと試みるが……そんな生半可な攻撃、かの3人に通用するわけもなく。
後ろに飛び退く形で回避され、無意味と化す。
最後の一手、決まればなんとかなっていたであろう技を難なく避けたラピスは、再度近付くわけでもなく、その場から殺さんと魔法を発動する。
複雑怪奇な魔法陣が、その手に浮かぶ。
それは、関連する魔法を複合させた死の呪文。当たれば一撃で命に幕を下ろせる、魔法少女時代に培った殺害法は今でも有効だ。
「バイバイ」
そうして、将星にトドメの一撃を食らわそうとした……その時。
ゴロゴロゴロ…
───ピシャーンッ!!
突如、暗雲のない無窮に───雷鳴が轟き、鳴り響く。
「ッ!?」
天より降り注いだ雷を、ラピスたちは緊急回避で咄嗟に避ける。危うく直撃するところだったが、危なげなく回避することができた、が。
その一瞬で、メーデリアの姿が掻き消えていた。
まるで、雷に攫われたかのように───何処にも彼女の気配がない。
「ッ、新手だね」
「面倒臭いなぁ……で、何処?」
「ここで雷、か…」
張り詰めた緊張感が場を支配する。雷の発生からして、元凶は上にいるのではといった推測から、魔法少女たちは徐ろに天を仰ぎ見た。
すると、そこには。
彼女たちの予想通り、星空を背に浮かぶ小さな人影が、メーデリアの足を掴んでいた。
「あ、あのっ!す、スカートが!捲れて!ちょっ、持ち方なんとかならないんですか!?」
「なんじゃ、別に気にせんでいいじゃろうて」
「気にしますよッ!」
逆さになったメーデリアが、必死にスカートを、股座を抑えて見えないように慌てるのを余所に、またしても彼女の窮地を救った少年は呆れ顔。
こんな緊急時でも服の乱れを気にしているのは、流石と言ったところか。
「オマエは…」
魔法陣を指先に浮かべたまま、ラピスは新たな闖入者を睨みつける。視線の先にいる少年は、白・桃・赤の順で、綺麗なグラデーションを作っているショートカットの髪を風に靡かせ、ピンク色の瞳で蒼を見下ろす。
魔性の顔ばせを持つ少年は、メーデリアを姫抱きにしてから言葉を紡ぐ。
「ふむ、お主がムーンラピスか。話には聞いておるぞ……随分と好きに暴れておるようじゃが……若さが有り余っているようで何よりじゃな!」
「なんだ、このポジティブショタ野郎……あぁ、そうか。オマエが一番強い将星か」
「如何にも」
ケラケラと笑う将星───アルフェル・トレーミーが、そこにいた。
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“天魚雷神”───名が体を表すとでも言うべきか、先程浴びかけた雷からして、彼の特性はそういうことだろう。面倒極まりない。
こっちは復讐劇のされる側を楽しんでいたというのに。
後はトドメ刺すだけってとこで横槍を入れてきたのは、将星最強と名高い最高齢の老兵士。見た目はめっちゃ顔がいいショタだけど、その中身は輪にかけた老齢の戦士。
……いや顔良すぎじゃね?なんなの?
は?
「何の用」
「儂の目的はこやつの回収。悪いが、メーデリアは将星の役割以外にも色々と必要不可欠でな?弱肉強食と言えど、そう易々と死なせることはできんのじゃよ」
「難しい相談だ。残念だけど、浄水器はここで捨てな?」
「えぇ〜?こやつの水が一番美味いんじゃがなぁ」
「待ってください!ここに来てまだ私を扱き使う気ですかふざけてるんですか!?」
「ワロタ」
……仲良いな?
暗黒銀河の浄化水槽が何を言ってるんだか。汚い水でも美味しく飲めるお水にできるヤツを重宝したい気持ちは、まぁわからなくもないが。
メーデリアに頼りっきりってわけじゃないんだからさ、他ので代用しろ。
閑話休題。
さて、どうしようか。この横槍ショタ爺をどう排除してメーデリアを殺すべきか。
殺意が迸る指を構えたまま、そう思考していると。
とんでもない熱気───闘気とでも形容すべきオーラがこの場に出現する。
「よォ、ジジイ。なんでいんだ?」
「こやつが殺されんようにの。で、なんでオマエさんまでここにおるんじゃ。出撃許可出されとらんじゃろ。リブラ怒っとったぞ」
「説教は聞かねぇ」
「お主のぉ」
アルフェルの隣に現れたのは、牛鬼のような紅い女……成程、アレが殲滅部隊の。ということは、メーデリアよりマシな末路を辿ったあの牛の娘か。
ご挨拶しとくか?面倒いからいーか。うん。
でも戦ってみたい相手だな……ここで千里眼発動。お、エーテちゃんたち五体満足で無事か。ボロボロだけど……どうやら一太刀浴びせることはできたらしい。
あの女、紅い牛鬼の額から流れる血が彼女たちの奮闘を物語っている。
「……おん?おっ!!あいつがムーンラピスか?おーい!よくも親父を殺してくれたな!スゲェじゃねェか!オレはエルナトだ!よろしくな!」
「情緒」
人違いです。
「さて、帰るぞ」
「ッ、ですが!あの女たちは…」
「エルは兎も角、お主は敗北した。そも、この戦場はお主中心の戦じゃったんじゃ。ああも完敗した以上、高望みは許されんぞ?」
「ぐっ…」
……易々と見逃して貰えると思ってるなら、見当違いも甚だしいんだけど。
ここで仕掛けとくか。
「大人しく死んどけ」
「ごめんね!うちの総大将が逃がさないってさ」
「聖剣、いっきまーす!」
───魔加合一<怨魂絶殺>
───重力魔法<ヘブンズ・トランペッター>
───極光魔法<リヒト・エクスカリバー>
以心伝心。何も言わずとも、幼馴染と先輩は僕の意向を汲んで攻撃に転じてくれる。座標転移で将星たちを挟み、ライトが左から、ブランジェ先輩が右から、僕が背後から魔法を放つ。
「ほう!」
「手の速ぇヤツらだな───っ、と!!」
「うわっ!?」
だが、彼らは動揺せず───エルナトとやらが、2人の攻撃を真正面から防ぎやがった。超重力の砲撃を魔力防御無しの生身で浴びて、内臓をぐちゃぐちゃにされて血反吐を吐きながらも、動じることなく。次いで放たれた聖剣の一線を左腕で防ぎ、切り傷だけで被害を留める。
メーデリアには最小限の被害だけしか来ないよう、自ら壁となって受け切った。
そして。
「ちと、おいたが過ぎるぞ?」
僕の指突はアルフェルの背中を貫くが───その身体を突き刺した感覚は何処にもなく。肉を断つ感覚は、ない。まるで、すり抜けたかのような……
その現象に目を見開いた瞬間、もう手遅れで。
視界が、黄色く染まる。
「天雷魔法」
───天雷魔法<ケラウノス>
特大の雷が、僕の頭上から降り注ぎ───星を貫通する勢いで突き刺さる。
為す術なく、直撃。
「チッ!」
「あぶっ、ラピちゃん!?」
「わーお!?」
間一髪で回避できた2人を無理矢理捕捉して、地上へと強制転移。プスプスと身体中から煙を上げる僕を心配する声を無視して、いつの間にかそこから消えた将星の気配をどうにか辿ろうとする、が。
……帰ったか。足の速いことで。
そう判断したところで……突然、身体の自由が効かなくなって、膝をついてしまった。
この僕が。
「ッ」
「ラピちゃん!?ちょっ!」
「えっ、大丈夫?」
「……?」
おかしい。声が出ない。身体が満足に動かせない……?何がどうなっている。
今の雷で、か?一体どんな術式で…
身体がダルくて仕方がない。全然動きそうにないが……困ったな。なんか、色々とおかしい。何がおかしいかは、よくわからない。未知の感覚で、前例がないせいか思考が上手く働かない。
ライトに肩を借りて、ブランジェ先輩にも支えられる。
不甲斐ない……クッソ、なんなんだ。あの雷が何らかの作用を引き起こしたのは自明の理。それを解析するには、クッソ魔力が乱れてやがる。
そうだ、魔力だ。
身体を構成する魔力の配合が、ぐちゃぐちゃに乱されておかしくなっている。
「───成程のぉ。お主、魔力で身体動かしとるな?」
そう自己解析を進めていると……何処からかヤツの声が聴こえてきた。咄嗟に辺りを見回すが、やはり彼らの姿を見つけることはできず。
仕方なく、虚空を睨みつける。
格好がつかないが……しかし、魔力で動かしてる、か。実際そうだが、それが何だと言うのか。アルフェルの声に耳を傾ける。
「…それが?ラピちゃんに何したの?」
「なぁに、儂との相性が悪そうだな、と。知られとっても困ることでもないからの。教えてやろうかの……儂の雷はただの雷にあらず。魔力の繋がりをバラバラにする」
「!」
僕の代わりに問い掛けてくれたライトの質問に、将星は快く答えてくれた。しかし、成程。魔力の繋がり……要は配列を乱すってことか。
道理で動かし辛いわけだ。
でも、原理がわかれば後はこっちのモノ───感覚作業オールオッケー。
「はァ…」
「お?復帰早いの?儂びっくり」
「……黙れ老害。異空間から話し掛けてくるな。星の回廊だったか?今すぐ掻き乱して、二度とこっちの世界に干渉できないようにしてやろうか」
「おー、感知しとるのか。すごいの!こいつはまた将来が楽しみじゃ!」
喜んどる場合か。クソ、一本取られたな……まぁいい。実際、まんまとやられたのは僕だからな。気に食わないが今回ばかりは見逃すしかない。
だって空間越しに干渉したって、ねぇ?
今更やったってもう遅いし。多分、声だけ届いてるけど本体はこの星から遥か遠くに行ってるだろうし。めっちゃ悪態つきたい気分。
「…ごめん」
「別にいーよ。あれは仕方ないし……私でも避けられたかわかんないもん」
「うんうん」
完全に逃げられたことに舌打ちを挟んで、我慢できずに脱力する。
もう知らん。後で絶対に殺す。覚えてろよクソ共が。
───かくして、将星メーデリアの生存が判明した一連の事件は終幕となった。プラネット・ラグーンは再建不可のレベルで破壊されたが、まぁ知ったこっちゃないので。
損害賠償は将星につけといてください。よろしく。
……あっ、賞金稼ぎ?ごめんもういいや。リーダーさん建て直し頑張れ。
戦績
・新世代vs魔壊暴牛
→メーデリア暴走中の最後の一撃で、どうにか掠り傷を負わせることに成功、討伐失敗。
・夢星同盟vs精霊スライム
→討伐失敗、敵補助によりマイナス。
・虚雫vs超惑星結界
→結界解除成功。今戦闘における最大功労者。最強へのバトンタッチ。
・蒼月vs溢水叛土/邪海星滅
→勝利。メーデリアから呪詛の除去成功。殺害失敗。
・極光&力天使vs魔壊暴牛
→内臓の一部破壊、左腕の損傷に成功。
・蒼月vs天魚雷神
→実質敗北。
・メーデリア殺害失敗により減点
・プラネット・ラグーン崩壊により減点
・アルフェルにしてやられて減点
総合評価:B-




