249-強者の正当性は罷り通る
【ガァァァァァァ───ッ!?】
宙を劈く悲鳴。小惑星を抉り、重力に捕まらず、宙へと打ち出されたメーデリア。瓦礫を巻き上げ、液体を辺りに撒き散らしながら吹っ飛んだ彼女は、無造作に浮いていたデブリを掴んで、なんとか静止。
極光に抉られて痛む身体を抑えて、息を整える。
本来ならば、今の一撃で死んでもおかしくなかったが。呪いの発生源となっても、幸運すぎて生き残れてしまった彼女は、まだ抗う。
だがしかし。なんとか保てていた理性の大部分が、今の攻撃を浴びたことで……最後の壁が決壊。溢れんばかりに湧き出ていた憎悪を筆頭に、怒りと悲しみ、殺意の諸々が抑え切れなくなる。
思考をするのに邪魔をするそれらが、前面に出て。
メーデリアの枷を壊す。理性をかなぐり捨て、この世のあらゆる全てを台無しにしてでも掴み取ろうとする執念が牙を剥く。
【■■■■───ッ!!】
その咆哮は、地上にまで届く。
液体である身体が悪さしたのか、運悪く直線状の宙へと吹き飛んだメーデリア。また狂い出した復讐者を、諸悪の根源は見つめる。
宇宙の氷を溶かして、その身に取り込んで。
惑星雲として惑星を覆っていた身体の一部も飲み込み、全てを組み込んでいく。取り込めば取り込むほど、憎悪は膨れ上がり、理性が闇に溶けていく。
だが、気にしない。
もう、気にすることもできやしない。
残った理性が選ぶ未来は、たった一つ───その“夢”に手を伸ばす。
「…大人しく死んでおけばいいものを……」
その身を巨大化させていく異形の精霊を、元凶の蒼月は静かに見上げる。
バラバラに解けた聖剣兵装を捨てて、悠然と歩く。
ケリを付けてやると、最終形態に移行するメーデリアの覚醒を待ってやる。その傲慢な慈悲が、毎回彼女に多彩な面倒事を振り翳しているのだが。
そんな今更を今は気にせず、ただ見上げる。
手の一つ一つが、叩き付けるだけで地震を引き起こせる超質量を伴って巨大化していく。自らの体内でも己自身を増殖させて、煮詰まった憎悪を膨れ上げさせる。
どんどん大きく。
どんどん歪めて。
強くなる。
【■■■ッ───…■■…■■■■■〜ッッ!!】
それだけでは飽き足らず。もっともっと殺す為の力をと貪欲に欲するメーデリアの殺意。その矛先は、狂い果てた己に追従してきた同胞……精霊スライムに向いた。
地上を跋扈していた不定形の隣人たち。
愛おしき小さな同胞、慈しむべき青。その統括個体たるアルバリに、彼女は命令を下す。
集まれ。
混ざれ。
全ては、魔法少女を殺す為に───全ての力を一つに、束ねさせろと。
そんな理不尽な命令にも、アルバリは律儀に応える。
「メーデリア…? ッ、なんだ?」
「スライム共が集まって……チッ、あのデカブツに集まるつもりか!?」
「阻止を!」
アルバリを仕留める一歩手前まで行っていたカリプスら同盟軍の前で、その凶行は行われた。周辺一帯、惑星中に散らばって、増殖と融合を繰り返していた精霊スライムに号令を出して、アルバリはその身に集める。
どんなに妨害しても、アルバリの融合を止められず。
移動しながら、メーデリアのいる方向へと大きな身体を引き摺って。
【ヂュル!グポッ!グギュルルルッ!!】
それは歓喜。
それは共鳴。
メーデリアの意思に感化されて、アルバリはその存在を溶かしていく。
呪詛を取り込んだ。
溶岩を取り込んだ。
瓦礫を取り込んだ。
死森を取り込んだ。
魔法を取り込んだ。
あらゆる外部情報を取り込んで、力に変えて、ボタンをクリックする度に変わる画面のように、その性質を変えた怪物の長。異質となった精霊スライムの頂点は、高層ビルよりも遥かに高い巨塊となって、宙を往く。
……惑星サイズの問題か、宙に辿り着くまでの総距離はそこまでなく。
【!】
【♪】
【☆】
【→】
【■】
メーデリアの球体になった下半身。無数の手がワラワラ生え動く異形の液体に、スライムたちはその身を溶かして混ざっていく。
継ぎ足しされる。混ざり合い、作り変わる。
異形のその姿は大して変わらず、メーデリアはよりその存在感を大きくした。
【■■■■■■■■■■■■───…】
プラネット・ラグーンの大きさが、月と同程度であると仮定すれならば。
彼女の今の大きさは、地球並。
銀河に浮かぶ破壊の化身、執念で生きる復讐の怪物が、惑星に掴みかかる。
「うわぁ!?」
「なっ、なにあれ!?」
「……メーデリアのヤツ、自我まで溶かすつもりなのか?こいつァまた……根性あんな」
「そんなこと言ってる場合!?」
至る所で悲鳴が上がるのも無視して、ただ一心に。
プラネット・ラグーンで一番標高の高い、ラグーン山の山頂に転移した蒼月を見つめ続ける。紅く輝く大火口穴を背景に、ムーンラピスは大きくなったメーデリアを静かに見上げていた。
そこには感慨も、恐怖も、何も無い。
あっさり自我を手放しやがったと憂う気持ちはあるが、それだけだ。
たくさんの手が、天より降り注ぐ。
ムーンラピスだけではなく、地上にいる全てを葬らんと超質量の拳が落ちる。安全圏が星の裏側しかない、そこも衝撃波で大地が捲れるという被害には遭うが……そこそこマシという地獄絵図が完成する。
星が砕ける。
星が揺れる。
悲鳴を上げる星の声に耳を傾けることなく、魔法までも使って星を破壊しにかかる。
【■■■───ッ!!】
───精 霊■■#→×魔hou
竜巻は嵐となって。津波は海山となって。呪いの死刃はより大きな剣山となって。高圧洗浄放水は惑星を貫通する破壊力の塊となって。
徹底的に、残骸すらも残さんという意志の元。
間違った方向に強化された精霊魔法が、魔法少女たちを傷つける。
「……」
そんな惑星全体に襲い掛かる脅威、その集中放火を一番受けているのは、他ならぬ彼女。諸悪の根源は、防御魔法を常時展開することで、静かにその様を眺めていた。
……正直に言おう。
あの日、夢の中に侵入してきた不届き者の一人をわざと見逃して皆殺しの引き金にした時。ラピスの思考は、既に悪夢色に染められていた。右翼思考とでも言うべきか……殺戮に躊躇いのない性格にバフがかかって、一切の慈悲を持ち合わせていなかった。
運良く、一匹の羊が魅了に成功して生き残ったが。
今も尚、悪夢色のままではある。だが、既にその思考は制御下にある。
「…後悔はしてないよ」
「あの選択は、君たちを足踏みさせるには最適解だった。後ろ指を指されたって、僕はやるだろうね。悪夢なんかを言い訳にせず、正気の状態でも実行してた筈だ」
「だから、謝らないよ。赦される気も、欠片とないよ」
「でも───だからって、みすみす殺されてやる程、僕はできたニンゲンじゃないんだ」
「だから」
こちらを見つめる水の無貌を、月の無貌は見つめ返す。
滔々と語りながら、それなりの強敵となって帰ってきた復讐者を、労うように。
魔力を練り上げる。
「引導を渡そう」
───真・月魄魔法<イクシードムーン・ラズワード>
それは、全てを浄化せんと放たれた月の大極光。世界に蒼色の彩りを齎し、塗りたくり、自分色に染め上げる固有魔法の先にある大いなる力。
覚醒した浄化の極光が、惑星を横断する。
重力に負けず、一直線に宙を目指して───復讐者へと突き進む。
【■■■■───!!】
「exceed。こいつはね、限界を超える、上回るっていう意味なんだけど。当時の僕は、そーゆー言葉遊びが大好きなお年頃だったんだよねぇ」
全てを超える、限界など知らないと宣う月の大魔力。
万物一切に慈悲などくれてやらない、ラピスのらしさを体現した大技。真っ直ぐに突き進むそれは、手の妨害など一切合切を無視して突き破り、突き進み、宙を貫き。
殺意を撒き散らすメーデリアの、肥大化した胴体に着弾する。
【■■■■■■───ッ!?】
痛覚が鈍い筈のメーデリアが、劈く悲鳴を掻き鳴らす。液体という身体ならば、全てを呑み込んでもおかしくない筈なのに。ムーンラピスの攻撃では、その理論が通用してくれないという理不尽に苛まれる。
どうにかこうにか逃げようも……まるで、その場に固定されたかのように動けない。
杭でもされたのか、否、この極光が楔となったのか。
メーデリアから逃れる術を奪い、浄化の大極光が肉体に浸透する。
「生きるかな?」
「死ぬのかな?」
「どっちに転ぶかは君次第。精々耐えろ。置き土産にした歪魔法の残骸は、勝手だけどどうにかしてあげる……もし生き残られてその力が仲間に向くのは、除去しておくべき未来だしね」
極光がぶち当たった腹部から、浄化の力はメーデリアの全身へと浸透していく。討伐のついでに呪いの後始末を。傲慢不遜だが、壊すだけ壊して放置した責任は取る。
そう宣うラピスに、メーデリアは咆哮を上げるが……
そこからどうこうする術はなく。全身を震わせ、悲鳴を奏でる。
【■■■、■■…ァ、アァ…ムゥ、ムゥンッ…ウゥ、ウ!ラァァピスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!】
最後の抵抗として、星震パンチを食らわすが……決して届くことはなく。
ボトボトと身体から液体が落ちていく。ドロォ、と汚い音を立てて、身体の一部となった筈の呪詛が、メーデリアから引き剥がされていく。
浄化の光で、徐々に身体を分解され。
あっという間に、掻き集めた強化パーツがメーデリアと分離していく。
【アァ、ァ、ァァ…】
もしも、相手がムーンラピス以外の魔法少女であれば、結末はもっと違ったものになっていたのだろうか。
エスト・ブランジェであれば重力と拳にものを言わせた猛攻を食らっていた。カドックバンカーであればお手上げ状態で核兵器を使用していた。マレディフルーフであれば呪殺で終わり。マーチプリズであれば滅びの歌を一曲し。ゴーゴーピッドであれば実態を捉えられる列車をたくさん召喚して事故死させていた。ミロロノワールであれば鏡の世界にご招待。リリーエーテであれば、ブルーコメット、ハニーデイズと手を繋ぎ、奇跡の力で頑張って乗り越える未来があった筈だ。
リリーライトが本気を出せば聖剣で一発だが。
どちらにせよ、この場にいる(一名除く)魔法少女ならば重傷軽傷問わずメーデリアに勝てる未来がある。どれだけ傷付いても、彼女たちならば。
そう、ムーンラピスとかち合わなければ、多少はマシな未来だった。
浄化の大極光を浴びたメーデリアは、全てを削がれる。彼女の身を蝕んでいた呪詛も、適合できた呪詛も、殺意も熱意も全て全て、浄化の月に剥離される。
身体の一部となった精霊スライムは、悉くが塵となって消滅して。
光にその身を包まれたメーデリアは、いつの間にか。
【ッ、ァあ……厶ーン、ラピ…ス…】
肌の一部を黒く染めた、見覚えのある妙齢の女性の姿に戻っていて。大量の魔水の残骸と共に、地上へ落下するのであった。




