248-弱者の語る復讐に、意味などなく
あの日、選択を見誤った。
大丈夫だと過信して、無様に逃げ帰って……全てを失う現実を手にした。まんまと利用されて、守るべき民を悉く殺す羽目になって。
呪いの発生源となった筈の己が、何故か無事で。
不快に咽び泣き、苦痛に喘いで、悔恨と絶望でどうにかなりそうになった。それでも、薄い自我を現世に引き留められたのは……偏に、理解者の献身があったから。
敬愛する王は、醜くなった己をも受け入れてくれた。
尊敬する爺は、電気分解だの嘯いて呪詛を緩め、思考ができる時間を増やしてくれた。
頭のいい友は、魔術を使い取り込んだ呪詛からの解放を願ってくれた。
怒って、叫んで、憎んで、泣いて、狂って、苦しんで。
狂った思考、殺意と執念で自我を保ち、大恩ある王への忠誠心を絶やさぬよう、必死に生きて。
そうして彼女は、メーデリアは再誕した。
全ては憎き怨敵ムーンラピスに復讐する為に。あの日の雪辱を晴らす為に。虐殺された民の仇をとる為に。愛しき皇帝に勝利を捧げる為に。
生き残った支配者としての筋を通す為に。
あの日、地獄の淵に沈んで苦しんでいた無能を、呪毒に侵されながらも救出してくれた天魚が、こんな己を助けて良かったと思えるように。こんなになってもまだ、彼女を美しいと褒めてくれた皇帝に報いる為に。
幾つもの命を背負ったメーデリアは、半分狂いながらもその使命に燃える。
……だが。
【ッ、ぐっ…】
見るに堪えない歪な体になってまで、殺意を振り翳したその結果。魔法が使えないという好環境で、死なないだのほざく怨敵を何度も殴って、絞めて、苦しめた。
それなのに。あの憎々しい月には───届かない。
仲間の手助けでもあったのか……封じられていた魔法が使えるようになってからは、殊更に。
蒼色の魔力に視界を奪われる。
液体となった手が吹き飛び、身体は抉れ、魔法の数々は正面から打倒される。
「魔法は数だよ」
───粘液魔法<マッドロトロール>
───暴食魔法<ヘイトマム・グラトニア>
───邪水魔法<ウィキッドイロージョ>
メーデリアの水を侵食してくる二種の液体。ドロドロと気持ちの悪い粘液が手を通して浸透して、吐き気のする程おぞましい聖水に似たナニカが水を侵食してくる。
そして、侵食を免れた手は虚空に食われて消滅する。
理解のできない現象に恐れ、距離を取って。その事実を癪だと感じて、メーデリアは怒気を隠さず、怒りの感情に身を任せて魔力を震わせる。
【知ったことかッ!】
───精霊魔法<マナ・ハイドロキャノン>
グパァと音を立てて空いた腹の口腔から、特大の砲撃を食らわせる。防御魔法程度、結界術では防げない破壊力を誇る高圧水砲は、確かにラピスの身体を傷つける。
だが、吹き飛ばせることができず。
それどころか、かの蒼月は全身に水を浴びながら前へと足を進めていた。
【ッ!】
「怯えるなよ。その程度で終わる女なわけ?」
【……ふざけたことを。敵に塩を送るなど、あなたは何を企んでいるのですか】
警戒心を最大にして問い掛ければ、顔のない月の魔人は小首を傾げて。
嗤う。
「だって、事実だし───この僕が、この程度のお喋りで負けるような魔法少女だと思わないでくれよ」
【あァ、やはり……気に食わないですね、あなた】
余裕綽々な態度を崩したくて、その顔をぐちゃぐちゃに歪めたくて、敗北という苦味に浸らせたくて。敵わないと心の何処かでわかっていながらも、その手を止めることはできず。
呪詛に塗れた無数の手を、鋭利な刃物へと変化させる。
【嬲りましょう】
───精霊魔法<マナ・キリングアート>
液体の刃物が乱舞する。周囲に散らばった水溜まりをも呪われた刃に変えて、次々とムーンラピスの身体に刺して刺して突き刺して。
刃物で拘束するという離れ業をやってのける。
身体の内側から呪いで侵される地獄の痛み。だが、かの蒼月は不動。仮に肉体が悪夢のユメエネルギーで構成されているとしても、痛みぐらいは感じるべきで。
それでも、メーデリアの望み通りにはいかず。
死の刃に突き刺され、身体を黒く染められて、蝕まれていながらも。
ムーンラピスの進行を妨げることは叶わず。
───緊急脱出魔法<ベイルアウト>
魔法が唱えられたと同時に、彼女の姿が掻き消えて……悪夢を突き刺していた無数の刃だけが、そこに残る。
その刃に、血は一滴もついていない。
消えたラピスを探して、メーデリアは感知全開で周囲を警戒する。
【何処に…】
「───ここだよ」
【ッ】
背後。
呼び掛けに応じて身体ごと振り向けば、そこには───たくさんの魔法陣を背後に浮かべ、従えたムーンラピスが立っていた。
何故気付かなかった。
肌身に感じる魔力の発露に、何故気付けなかったのか。そんなわかりきった疑問など捩じ伏せて、魔法陣の発動を食い止めんと動く。
【させるか!】
───精霊魔法<マナ・ストリーム>
呪いに堕ちた水精霊の竜巻が、魔法少女を囲い込む。
「残念」
全身をズタズタにする魔法に四方を囲まれ、魔法陣すら砕かれる状況下にいながら。
ムーンラピスは、一切動じず。
背後に並べた魔法陣の回る速度を速めて……苛烈な光を灯らせる。
「太陽魔法───×13」
そうして、地上に───新たな恒星が発生する。
本来は小さな太陽を生み出す魔法、<サンシャイン>。
小型と言ってもバランスボールサイズはある太陽を、複数重ねて巨大化させた。
ラピスの存在を塗り潰しかねない、灼熱の星。
地上に顕現した、それでも小型の太陽は、不遜にも己を囲んでいた液体を蒸発させる。規格外の熱量で焼き消えた渦から、太陽が覗く。
【ぐっ…目が無いのに、こんな……!】
真正面から放たれる紫外線。その威力に苦しむ将星に、悠然と近付く魔法少女の足音が。
背後に太陽を従えて、近付く魔法を蒸発させる。
そして、一番の理不尽は───ムーンラピスには一切の害がないということ。どんな手品を使ったのか、太陽から受けるべき厄災の如き負荷を、ラピスは一つも食らっていない。
「復讐は何も生まない、なんて詭弁があるけど……あれ、弱者を労る言葉として正解だと思うんだよね。要はか弱いオマエは身の丈にあった生活をしろ、っていう抑止だね。やらない後悔よりやる後悔、ってのもあるけど……それができるのもほんのひと握りだ」
「いつだって、世界は理不尽に満ちている」
───太陽収束、エネルギー再変換。魔砲、構築。
暗にオマエじゃ無理だよと再度語りながら、生み出した太陽を基軸に、更なる攻撃へと転化する。大きな太陽から熱量を引っ張り出して、収束させて。
召喚した聖剣の模造品に、その光を込める。
轟々と音を立てて、ジュウジュウと何かを焼きながら、エネルギーが充填される。
「知らないだろうけど、教えてあげる。僕がかつて作った魔法兵器、“聖剣兵装”……本家本元とは違って、こいつのエネルギーは純粋な魔力じゃない。別の場所から、大きなエネルギーを要求する代物だ」
【……それが、そうだと言うのですか】
「うん。エーテたち3人は、自分たちのユメエネルギーの大部分を注ぐことで代わりとした。アレも最適解の一つ。その後の展開が怖いけど、やり方としては間違ってない。僕はやらないけどね」
太陽を注ぎ、極光としてぶっぱなす───それこそが、ラピスの造った聖剣兵装。
太陽魔法を動力に、あらゆる敵を葬り去る超兵器。
普段は見せることのない、聖剣にエネルギーを注ぎ込む作業。太陽と言っても、聖剣内部に注がれた瞬間、それは極光魔法へと術式変換されるのだが。それでも太陽魔法を使う理由は、そちらの方が燃費がいいからである。極光は意外と疲れるのだ。使い手であるリリーライトは特に苦に思っていないが。太陽魔法の方が効率がいいのである。
その過程を、メーデリアはマジマジと見つめて。
汗腺が消えたが故、もう流れなくなった筈の冷や汗を、つるりとしたのっぺらぼうに垂らす。
突き付けられた暴力性。
秘められた破壊力に、目を奪われてる。一撃でもそれを掠めれば、自分がどうなってしまうのか……想像せずともわかってしまう。
「構えろ、精霊。消し飛ぶぞ」
わざわざ忠告するラピスは、浮かせた聖剣兵装の照準をメーデリアに定める。
ハッと意識を取り戻したメーデリアは、言われずともと怒鳴りながら魔法を行使。全てを吹き飛ばすであろう光に対抗せんと、精霊の力を最大限に引き出す。
オーシェネリア星人は、古くから存在する精霊の系譜。その中でも、水に関わる精霊の遺伝子を連綿と受け継いだ種族だ。そしてメーデリアは、歴代一族の中でも最も水に愛された女である。
この世界にある水は、全て彼女に味方する。
逆らう水は、一滴たりとも存在せず───膨大な温水が彼女の元に集う。
【謳え!】
───精霊魔法<マナ・セイクリッドヘブン>
かつて、この星全体にあった温泉を掻き集めて、自身の聖なる大海と呪詛塗れの液体が混ざりあった“魔水”と混合させて。大量の魔水を集め、束ね、力に変えて。
己の前方に収束させて───圧倒的質量を持つ水塊へと変貌させる。
太陽でも焼き尽くせないように、魔力でコーティング。星一つを干し上げて漸く完成する水塊を、ムーンラピスとその聖剣にぶつけて、破壊せんと。
圧倒的質量で、押し潰すことを計画する。
この身を蝕む歪の呪詛で、威力と強度を向上させれば。後は放つだけ。
【ひれ伏しなさい、ニンゲンッ!!】
「それは無理なお願いだ───それじゃあ、いい加減……終わりにしようか!!」
2人で示し合わせるように、二つの魔法が炸裂する。
偽物の聖剣から迸る、世界を焼き尽くす極光と、世界を呑み込む魔水が激突する。大火力の破壊光線に焼かれて、水塊はその質量をゆっくりと減らしていくが……
光線を魔水が呑み込んで、存在を分解していく。
呪詛の影響で起こった想定外。破壊の力を無力なゼロへ砕き壊す液体は、なんとか聖剣兵装の攻撃に食らいつく。
だが、それも数秒足らずの奇跡。
ムーンラピスの制裁。復讐を拒む殺意。死に損ねた敵に送る小さな慈悲。
破壊の大魔力が、メーデリアに届かんと、迫る。
【おおおおおおおおおおおおおおおおおお───ッ!!】
諦めんと、大きく吼えて魔力を送るメーデリアだが……その奮闘も虚しく。
偽りの極光は、全てを貫く。
【───ッ!?】
音にならない悲鳴を上げて───メーデリアの身体は、惑星の外に押し出された。
もうちっと続くんじゃ
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