247-終わりを報せる雪解け
焦土となった更地。溶岩が溢れ出る戦場を、各々が得た固有魔法と共に少女たちが駆け回る。
対戦相手に向けて、何度も魔法を叩き込む。
「夢想魔法ッ!」
「星魔法───ッ!!」
「花魔法!」
高火力の夢の光、万物貫通の一条の星の輝き、夢を彩る魔法の花。リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズ渾身の魔法の数々が敵を穿つ。
だが、敵は未だ不動。傷一つ、その肌に付きやしない。
「悪かァねェんだけどなァ…」
将星エルナトの身体は、あのムーンラピスすらも遥かに超える頑丈さを見せた。衝撃で仰け反るはするが、決して傷つかない肉体。圧倒的強度が新世代に立ち塞がる。
ポリポリと頭を搔いたエルナトは、好意を滲ませた目で3人を見下ろす。
エルナトがいる戦場は、いつだって彼女の独壇場だ。
それはここでも同じこと。今回は趣向を変えて新世代に先手を譲って、防御と迎撃で相手しているが……それも、魔法少女という強者の指針にする為。
自分という強者にここまで噛み付いてくる女の戦士は、今までいなかった。
一回り以上年下の少女たちが、果敢にも己に挑む。
その異常性に、期待値の高い相手に胸を馳せ、その身を堂々と晒して攻撃を受ける。
「まだまだ成長途中……真に楽しむにゃァ、ここで殺さず次に期待するべきか。悩むなぁ……っと、首ばっか狙うんじゃねェよ。チクチクする」
「チクチクで済むのがおかしいのよ!!」
「ハハッ!」
普通、チクチクするという感覚すら無いのは、わざわざ言うべきか黙っておくべきか。結局、それで満足されては堪らないと、必要以上に褒めることはしなかったが。
エルナトは分析する。
持ち前の膂力で、何度も何度も魔法少女たちを力任せに吹き飛ばして、観察しながら。
リリーエーテ、魔法威力を含め軒並み警戒すべき。ユメエネルギーを効率的に、且つ多角的に扱えている。チームの中心として鼓舞する役割あり。優先的に潰すべきか。
ブルーコメット、戦闘技術には目を見張るモノかある。攻撃の一つ一つが洗練されており、下手に油断すればこの首を刈り取れる可能性あり。猪突猛進ぶりが返ってスキになり得るが、後述の援護もあって意味の無い杞憂である。
ハニーデイズ。支援や補助、援護に特化。それだけなら大して警戒する必要もないのだが、的確なタイミングでの回復魔法や攻撃、大雑把ながらも考えられた動きには必ず意識を奪われる為、彼女もまた警戒すべき。
つまり、全員が全員、お互いの長所を活かし、お互いの短所を埋め合わせることができる。
信頼できる仲間、チーム。
その関係性に羨ましさを抱きながらも、エルトナは攻撃する手を止めない。
「ククッ、さぁて……そんじゃあ、これはどうする?」
灼熱地獄と化した死の戦場を、一陣の風が吹き荒れる。それはエルナトが一歩足を踏み出して、300メートル程の距離を一瞬で飛んだ軌跡。その加速度は言うまでもない程凄まじく、新世代の目を追いつかせない。
すれ違いざまに槍を突き刺そうとしたコメットの直感を読んで、その動きよりも速く駆けて……コメット目掛けて横薙ぎに斧を振るう。
無論、手加減有りで。
「がっ、ぁ!?」
「ちと遅かったなァ…」
「ッ、コメット!?」
「お?バラバラになんねーのか!こいつはスゲェ。今のでまだ立つか」
横腹を殴られたコメットは、血を吐きながら吹き飛んで瓦礫の山を転がる。運良く防御が間に合ったのか、大きな青あざと内出血、腹部骨折で傷は済んだようだ。
それでも、死にかけであることに変わりはなく。
息も絶え絶えに立ち上がったコメットは、口から溢れた血を拭って、笑う。
「はァ、はァ、ゴホッ……ったく、痛いじゃない…でも、何の問題もないわ」
「我慢強いなァ、お前。 冷や汗凄いぜ?」
「ハッ!こんなんブランジェ先輩の重力パンチよりかは、柔いパンチよ…」
手加減されていることはわかっているが、その状態でもこの威力。敵の実力に戦々恐々するコメットは、それでも抗うことを止めない。
血反吐吐いて抗って、生きて、勝利を掴む。
それがブルーコメットが見てきた、魔法少女の姿。何度負けたっていい。生きて、その時から成長して、そうして勝って笑えればいい。
自分一人では無理でも、3人ならば。
勝気なコメットに鼓舞されたのか、既にボロボロ状態のエーテとデイズも、また笑う。
「強すぎじゃない!?」
「なーんでこんな人が将星じゃなかったのか、意味不すぎなんだけど……頑張るしかないよね」
「そうだね!まだ、諦めるような話でもないし!」
エルトナとの攻防は激戦を極めた。ムーンラピスにすら通用した技でも有効打を与えることができず、その強靭な皮膚に攻撃を阻まれた。防御を貫通する暴力で、何十回と吹き飛ばされては死にかけた。
だが、まだ生きている。
五体満足。戦意もまだまだ。ボロボロではあるが、その闘志に翳りはない。
「おいおい、あんまオレを悦ばせんなよ?……そんないい顔されちまったら、滾ってしょうがねェ」
「んもー、どいつもこいつも戦闘狂!もうヤダ!」
獰猛に笑うエルナトに中指を立てて、戦闘を再開。
強く、速く、硬く。全てにおいて高水準のエルナトに、ボロボロになりながらも挑む。なにもただボコられているだけではない。戦って、吹き飛ばされて、立ち上がって。その度に戦い方を変えて、また挑む。
そうして、徐々に、徐々に。
エーテたちは、エルナトの激しい動きを……“見て”対処できるようになっていく。
「たァっ!」
「ッ、マジか!ハハッ、やるなァ!!」
「どうっ、もっ!!」
「おっ!」
努力は実を結び、決して裏切らない。成長性の塊である新世代の魔法少女たちは、その底力を遺憾無く発揮する。
エルナトの攻撃を完璧に防げるわけではない。
その皮膚に傷を付けれているわけでもない───ただ、攻撃を当てられる。速度を跳ね上げたエルナトに、3人はなんとか追従できていた。
その適応力、戦場での成長には目を見張るモノがある。
何度も自分を驚嘆させてくれる魔法少女。その輝きに、エルナトは目を奪われる。
「俄然ワクワクしてきたな」
可能性の塊、諦めるを知らない強い心。そのどれもが、エルナトが認めるに値する強者に連なる若き芽の証。
ここで摘むよりも、成長しきったところを喰らいたい。
何処ぞの皇帝と似通った思考の持ち主は、衝動を抑えて拳を地面に叩き付ける。
「いいぜ、魔法少女。もっとだ。もっと魅せろ!そのままオレを飽きさせないでくれよ!!」
「望むところよ!」
「うんっ!」
紅き闘気を拳に集めて、期待の裏返しである殺意を敵に打ち込もうとして。エーテたちも、真っ正面から防がんと防御態勢を取った……
その時。
───遥か遠方で、蒼色の魔力が立ち昇った。
「ッ!?」
「あん?なんだ?」
「これって…」
「うん…!」
覚えのある大きな力に、エーテたちは顔を輝かせる。
その魔力の発露は、戦場を一新する。膠着状態にあった灼熱地獄を、精霊スライムの侵攻を、一時的に停滞させ。恐怖を掻き立てる程の静寂を齎す。
だが、その感覚も魔法少女たちにとっては慣れたモノ。
警戒を見せるエルナトに、勝気な笑みを浮かべて勝利を確信する。
「ふふっ……どうやら、うちの大将様が本気出せるようになったみたいね」
「へぇ、そうか……これが」
愉快気に口角を上げたエルナトは、その方向をジッ…と凝視する。本音を言えば、すぐさまそちらに行きたいが。生憎それはできそうにない。
足止めをする新世代を蹴散らすには、遅すぎる。
今回ばかりは諦めて、目の前の少女たちで満足するかと微笑する。
「仕方ねェから、最後まで遊んでやるよ。
───闘神魔法ッ!!<ウォーゴッドアーツ・メルガドンクエーサー>ッ!!」
避けてみろ。
防いでみろ。
その闘志の奔流を、魔戦斧から撃ち出して───真紅の破壊光線が迸った。
꧁:✦✧✦:꧂
メーデリアの復讐劇。
それは、今ムーンラピスが魔法全般を使えないからこそ通用する不確かなモノ。魔力操作しかできないラピス相手では、これで漸くトントンの状況。
……徒手空拳で渡り合えている現実は、おかしいとしか言えないが。
「チッ、まだかフルーフ!?」
「あともうちょい!黙ってろ護衛してろ!!」
「仲間遣いが荒れェなァおい!!」
「本体叩きたいけど、あっちはあっちでやってるし……埒明かない、ねっ!」
元を辿れば、メーデリアが有利に立てているのはここに超惑星結界を張った賞金稼ぎたちのお陰だ。棚から牡丹餅でいい戦況を手に入れられたからに過ぎない。
この環境があるのは、彼らの犠牲があったからだ。
そして、この不利な戦況を変えることができるのは……たった一人。
「っ、これで…!」
ラグーン大火口上空、結界の上。魔法封じの構築式への干渉を続けていた魔法少女、マレディフルーフが、歓喜を滲ませた声でその指を速める。
フルーフからの召喚で喚び出されたカドックバンカーとエスト・ブランジェが、無限湧きする精霊スライムの妨害からフルーフを守る。守っている間、フルーフは結界以外について何も考える必要がなく、全力を尽くせる。
目にも止まらぬ速さでフルーフの指が動く。
なぞった方陣は瞬く間に無効化され、消去され。
一つ一つ丁寧に。且つ迅速に解除は進められ……術式を破壊する。
そして、漸く……その時が来た。
「チェックメイト!!」
凶悪な笑みを浮かべて、フルーフは最後の一節を解除、魔法陣を無効化する。その瞬間───ラピスの魔法行使を阻害していた宙の呪縛が、瞬く間に解かれて、消える。
同時に、プラネット・ラグーンを覆って、閉ざしていた超惑星結界も消えて無くなった。
噴火が止まらない小惑星。
温泉街が跡形もない地獄絵図となった戦場。空の上から見下ろす景色は、見るに堪えない代物で。
解析と解除を成し遂げたフルーフを、ブランジェが腕に抱いて飛翔する。
「流石だね」
「これぐらい、どうってことないよ……はァ。私以外にも解析とかできるのがいないのおかしいだろ。どうにかしろクソ運営。過労死するぞ」
「あはは〜、私じゃどうしようもないしなぁ。適性、って言うのかな?それがないしね!」
「クソが」
悪態をつきながら地上に運ばれるフルーフは、今まではなかった地上の変化……
とんでもない魔力の高鳴りを見て、それを鼻で笑う。
「ここまでお膳立てしてやったんだ……これで殺し損ねるなんてことがあったら、顔の穴に芋虫突っ込むからなあの後輩。マジで覚えてろよ」
「人の頭で蠱毒するのはよくないと思うなーっ!!」
……ちなみに、会話にいないカドックは絶賛一人落下中である。
꧁:✦✧✦:꧂
「───ありがとう、先輩」
全身を巡る充足感。
有り余りすぎて行き場を失っていた魔力の発露が、僕の制限されていた魔法という枠組みに溢れることなく流れて満たしていく。
治癒魔法は使うまでもない。自動回復で勝手に治ってるから。身体強化も無駄に使う必要はない。魔法でゴリ押しすれば勝てるから。
我慢する理由もない。
情けをかける意味もない。
遊んでやる意義もない。
無慈悲に、無価値に、無造作に。情け容赦なく、悉くを破壊するのみ。
【ッ…】
本調子を取り戻したのが感知できたのだろう。動揺して震えるメーデリアは、それでも止まる気はないのか。僕に向かって拳を振り上げて、呪殺の殴打を繰り出してくる。
何度やったって無駄なのに。
拳の全てを掌で受け止め、防ぎ、受け流す。
絶え間なく飛んでくる魔法も全て避け、邪魔だと一言で霧散させる。
「遊びは終わりにしよう」
───月魔法<デスムーン・ショット>
特大の殺意が、魔杖から放たれて───月の大魔力が、メーデリアを貫いた。
反撃、開始。




