244-精霊スライム+殲滅者
時を少し遡り。
メーデリアの復讐戦が始まった同時刻。リリーライトが逃げ回っていたリデルを捕獲、思うところはありながらも護衛としての役目を全うしようとした、その時。
天を覆う液体の雲。呪詛塗れの“青”から、彼女の手駒が滴り落ちる。
「なにか来るよ」
「呑気だな。守れ」
「それが守られる人の態度かっての……ったく、ちょっと波乱起きすぎじゃない?」
たぷん、とぷん…と地面に落ちた液体は、粘性を帯びた形ある呪詛。液体であり、呪いでもある執念の塊。ムーンラピスの仲間であるならば、殺して然るべき。
そんな殺意の具現か、魔法少女たちに降り掛かる。
不定形の液体は水音を立てながら形を整え、スライムのエネミーと変化する。
のっぺりとした大きな怪物が、リリーライトの前に。
スライムの目として形成された金色の輝きは、果たして何を映すのか。
【ゴュピ、ギュプル!ルルル!!】
「うーわっ、まーた面倒そうなのが……ラピちゃんだけに集中してなって」
億劫そうに笑うライトは、聖剣を鞘から引き抜いて敵を葬らんとするが……それよりも早く。
リデルを守っていた他の面々が、スライムを殴った。
「呪いなら任せろ」
「偶には私もこちら側に」
「めぇ〜!私は守られてますね!」
「おいっ、いやこいつはこれが平常運転か……仕方ねェ、手ェ貸すぜカリプス」
「ありがとよ」
立ち向かったのは、カリプス、メード、ビル。リデルの護衛として共に行動していた将星とアリスメアーが、呪い塗れの殺意に立ち向かう。
ちなみにアリエスはリデルに抱き着いてた。
ある意味護衛である。重しという名の、若しくは肉盾という名の。
「おっ、頼りになるぅ〜!それじゃ、よろしく!」
意気揚々と前に出た3人を信頼して、ライトは聖剣から手を離す。それでいて、いつでもリデルに降りかかる脅威を跳ね除けられるように周囲を警戒しながら。
ついでにアリエスも守る為に、彼女たちの隣に立つ。
そんな防御体制が整っている間には、迎撃に出た3人は準備を終えていた。
「ヘマすんなよ」
「無用な心配だな」
「その通りです」
「……」
「……」
「……えっ?」
どの面下げてと顔を顰めた2人は、それ以上何も言わず各々の武器を構える。納得いかない顔のメードも仕方なく武器を構えた。
メードはショットガンを、ビルは万年筆を、カリプスは双剣を手にして。
その銃口を、刀身を、切っ先を突き立てる。
明確な対決姿勢に、スライムは全身を震わせ、抗議するように吼える。
【ギュプッ、ヂュブルッ!グルルゥ〜ッ!!】
彼女は主の怒りの代弁者。星を奪われ、民を奪われた、正当なる殺戮機構。幾千ものスライムの頂点に立つ、精霊から生まれた統括個体が、怨敵の仲間に牙を剥く。
呼応するように、星各地の液体も自我を芽生えさせ。
蠢動する。
対峙する彼らは、メーデリアの配下、その成れの果てを睨みつけて。
「それでは」
「おうとも」
「始めるか」
呪詛塗れの精霊スライム───個体名:“アルバリ”との戦闘が始まった。
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同時刻。
「くっ、キリがない!」
リリーライトを除いた魔法少女、アリスメアーの2人、召使いたちは惑星各地に散らばって、逃げ遅れた観光客や従業員たちの救助活動に勤しんでいた。
その傍ら、宙から絶え間なく降り注ぐ精霊スライムへの対処も忘れずに。
【オォ、ォォ…】
【■■■───!!】
【ごぽっ、ごぷッ】
【キュルル!】
悲鳴にも似た咆哮が、幾つも連なって惑星中に響く。
魔法少女だけでなく、無関係の異星人までもを襲う悪意から救える命を救う。その動きに一切の戸惑いも躊躇いもなく、余すことなくその力を発揮していく。
一人、また一人。窮地にあるところを救っては安全圏へ逃がしていく。
「うおーっ、間に合えー!!」
スライムの群れに囲まれていた子供を、ペローがスライディングの要領で救出。地面を滑りながら子供を掴み取り放り投げる一連の流れには目を見張るモノがあった。
そんな珍技ならぬ神業が披露された横で。
どろりと重い液体が、ペローに覆い被らんとその巨体を持ち上げた。
【■■■ッ!!】
「ッ、うおっ!?ちょっ、隙突くのが上手いッスねぇ……ちみっこたちー!!たすけてー!!」
情けない悲鳴を上げたペローは、すぐ近くにいた異星人二人に助けを求める。
そんな声に件の召使い、ダビーとナシラは顰めっ面。
「んーっ!あんな大人にはなりたくないです!でも、仕方ありません!!」
「同意、禿同」
───鉄工魔法<アイアンワークス>
───螺旋魔法<ダブルスパイラル>
回転する鉄塊が液体をぶち破って、ペローにかからないように飛散させた。巧みな同時攻撃で助けられたペローはヘラヘラと礼を告げた。
内心、そこまで貶さなくてもよくない?と密かに涙目になりながら。
「でも、本当に凄い量!」
「消しても消しても無限湧き…」
「みんな大丈夫!?」
「っ、ごめん!ちょっと掠った!」
「エーテ!?」
そして、誰よりも率先して人助けをしていたエーテが、本人も気付かぬ内に液体を被っていた。
いつの間にか、右の二の腕が黒く爛れていた。
目まぐるしく動いていたせいか、エーテは一瞬の痛みも継続的な呪詛の痛みにも気付けなかったらしい。集中力の塊であった。
「んもう!」
「ごめん…」
慌てたデイズが治癒魔法をかけて、これ以上呪いが肌を侵蝕しないように力を込める。味方にフルーフという最強の呪い使いがいる関係上、デイズの呪詛除去能力は高く。元を辿れば彼女の魔法というのも相まって、エーテの黒く染まった二の腕はそれ以上黒く染まらなくなった。
ただ、完全除去とはならず。
これ以上は専門家に頼むしかないと、デイズは少し怒りながらエーテを叱る。
「人助け優先もいいけど!自分のことも大事にすること!ちゃんと約束して!」
「ご、ごめん!約束する!約束するから〜!」
戦場のド真ん中で正座させるのもどうかと思うが。
そんな魔法少女たちの熱い奮闘で、感知できる範囲から助けを求める異星人の気配はなくなった。救助できたか、死んだかの二択である。
ちなみに、賞金稼ぎグループは頭目を除いて全滅した。
惑星各地を駆け回っていた魔法少女たちは、離れ離れになりながらも連絡をし合い、精霊スライムの群れを次々と撃破していく。
……途中、天を隠すぐらい大きな津波や、とんでもない威力の斬撃の余波に巻き込まれるなどしたが。
精霊スライムの掃討を、協力して行っていると。
エーテ、コメット、デイズが戦っている場所、他よりも精霊スライムたちが密集していた一角で。
轟音が鳴り響く。
「ッ、なに!?」
「……今のは、空から?」
「あぶぶ!」
空から落ちてきたのは───魔法少女の新たな脅威。
「───あ゛ぁ〜、意外と距離あったな」
もくもくと天まで届かんと立ち昇る土煙が、降ってきたそれの姿を隠す。スライムも纏めて踏み潰したそいつは、石の破片を蹴りながら土煙を払い除ける。
獰猛な笑みを浮かべて、怪物は闊歩する。
背負っていた大戦斧を握り締め、ガンッ!と地面に叩きつけた。
「おっ?おー!なんだテメェら。出待ちか?いや、オレの運が良かっただけ、か?最高だな」
「な、なによあんた…」
肌身に感じる強敵の気配。戦意が肌を突き刺し、心臓が高鳴り、激しく鼓動する。一切油断のできない強敵を前に身体が硬直する。
それだけの戦意の塊が、彼女たちの前に立つ。
雄々しい牛の魔角、黒ビキニと軽鎧のみで大胆にも褐色肌を晒した彼女は、大戦士。
爛々と輝く金の瞳。その片側の左目を覆う眼帯もまた、彼女を際立たせるアクセサリー。
彼女は、命令遵守で待機していた筈の新たな将星。
周囲の静止を振り切り、我慢ならずに宙へ飛び出して、生身でここまで飛んできた。空飛ぶスライムという奇怪な生き物を目にして、それが昔よく話していたメーデリアの末路だと悟って。
手伝いでもしてやるかと、露払いでもしてやるかと。
彼女は、ここにいる。
「オレか?オレはエルナト。エルナト・アルデバランだ。暗黒王域軍ケバルライ殲滅部隊大隊長……あっ、今は違う肩書きだったな。えーっと、なんだっけか」
「そうだ、将星だったわ。おん。十二将星の新任だ───よろしくな?」
“魔壊暴牛”の名を冠する殲滅者が、新世代の芽を摘んと舞い降りた。
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───プラネット・ラグーン上空。
超惑星結界によって覆われた星の宙。その結界の上に、ズルを使って彼女は降り立つ。来るもの拒まず、去るもの逃がさずな結界の上を、深紅の君は歩く。
最強様が物理一辺倒で使い物にならない今、この結界をなんとかできるのは彼女だけ。
解析、改竄はお手の物。ムーンラピスが台頭するまでは引っ張りだこだったが……より優秀な後輩の誕生によってその座を奪われた。まあ本人は悠悠自適に呪い活動に専念できると咽び喜び救援要請を蹴るようになったが。
そんな呪い師、マレディフルーフは結界の中心を探る。
大凡の目安はついている。そこだけ、妙に隠蔽の魔力が働いているから。星の中心、心臓と直結している通り道。つまりは、火山の噴火口。
その真上。
グツグツと煮え滾る噴火口の上にある結界……そこに、ムーンラピスの魔法を封じる術式と、この結界を維持する術式が存在していた。
精巧に造られたそれを、フルーフは指でなぞる。
「……この程度なら、すぐに終わるね」
眼下の喧騒も気になるが、すぐにでもこの結界を解いて最強を解放するのが最優先……そう好奇心を押し殺して、魔法式に手を加える。
複雑怪奇なそれを、澱みなく、丁寧に、且つ迅速に。
【ゴピュ!】
【ギュル、ギュルル…】
【オォォォォ…】
そんな素早く結界の解除を試みるフルーフの元に、心を持たない怪物たち……精霊スライムが、近くにいたという理由だけで彼女を襲う。
「邪魔」
───歪魔法<ザルゴ>
だが、そんな有象無象も。本場の呪詛には適わずに。
悲鳴を上げて、次々と潰れて消されていく。その光景をフルーフは一瞥もすることなく、黙々と解析作業を進めていく。
「……ったく、忙しい。早く済ませないと、うちのボスが星を壊しちゃいそうだね」
肉弾戦で大立ち回りをする後輩に、あんなのと同類だと思われたくないなの視線を寄越しながら。
フルーフの手が、魔法式の第一段階を突破した。




