242-呪詛塗れ、顔のない女たち
賞金稼ぎを適当に相手して、結界解析を呑気な気持ちで待っていると。突然、なにやら不穏な魔力の胎動を空から感じ取った。
なーにと思って見上げれば、結界の向こう側。
重苦しい雲の割れ目から、黒と青、その二色がマーブル模様を描いた地獄色の液体が───雨となって、シトシト降り注いできた。
「傘」
「りょ〜」
軽く命令すれば、魔法を使えない僕の代わりにライトが光の結界を張って僕を守る。文字通り傘代わりの光の盾が黒色の雨を防ぐが……
それ以外の場所、建物や地面に付着した途端、飛散した雨粒が蠢いた。
同時に。
「ぎっ、ァ!?」
近くにいた賞金稼ぎの一人が、雨避けに間に合わず水に濡れてしまい……血を吐いて、血涙を流して、倒れた。
そのまま息を引き取った。
成程、呪殺か。生半可な対策じゃあ即死する、殺意しか感じられない魔法だ。自然災害ではない。込められている魔力が人為的な感じがする。
次々と倒れていく賞金稼ぎの悲鳴。
それどころか、逃げ遅れた観光客や従業員たちの悲鳴も聞こえてくる始末。
「容赦ないねぇ」
「一体誰の仕業なんだか……乱入者ってよくないと思う。賞金稼ぎたちが可哀想だよ」
「どの口が言うんだか」
賞金稼ぎのリーダーっぽいおっさんを足蹴に、未だ空を覆い隠す雨を睨む。どうやら星全体に死の雨は降っているようで、次々と生体反応が消えていく。
……雲の上に、液体の塊っぽいのがあるな。
音が聴こえる。
「みんなの安否は」
「無事だよ。やっぱ判断いいね……念話繋げよっか?」
「おねがい」
「りょ」
お節介に便乗すれば、拙い手付きではあるものの僕にも思念通信が接続され、みんなとの会話が可能となる。
さてさて、魔法が使えない分、誰かに頼らないとね。
……おっとぉ、悲鳴すごいな?外面考えて心の中で悲鳴あげるのってよくあるじゃん?独り言とかそーゆーのも。それが今、みんなの分垂れ流されてる。
うるさいよ。
『うるさくない!』
『思考回路早いテメェの方がるっせぇよ!!』
『爆音ぶつけてくるのやめない?』
『あー耳が死ぬ。いや脳が死ぬ』
『オマエら普段からこんなんしてんの?』
『いや、今はラピちゃんが魔法制御できないからここまで酷くなってるだけ』
『んめぇ…』
面白半分で地球出る前に読んだマンガの高速朗読したら非難轟々のバッシングを浴びた。
ウケる。
地の文()は思考制御でどうとでもなるが、これはこれで面白い。そう思いながら、この人工的な雨が止むのを少し待っていると。
さっきから無言で熟考していたフルーフ先輩が、何かに気付いたようで。恐る恐る、そんなことないとは思うんだけどもと前置きを置きに置いた上で。
漠然とした違和感が収束する。
『……これ、私の呪詛が混じってる気がするんだけど……気の所為か?』
『えぇ?んな馬鹿な…おん?』
カドック先輩も気付いたのか。感じ慣れた呪いの力……フルーフ先輩の歪魔法に近しい呪詛が、雫の一滴一滴に、そして雲の上にあるナニカに込められていることに僕らは気付く。
『成程、道理で殺意が高いわけだ……なんでだ?』
『それがわからないから聞いてるんだけど……うん?あ、そういえば……ラピス、あんた私の魔法宇宙に解き放って大惨事引き起こしてなかった?』
『うん?』
なにそれ。覚えがないんだけど……あっ、間接的にならやったかもしれない。
あれでしょ?最初に出会った将星、の……
ふむ。
……おかしいな。この魔力、なんだか見覚えがあるぞ。既視感あるぞぉ。
『ラピちゃん』
『お姉さん……』
『先輩、もしかして…』
『うーねぇ……やらかした?』
『いや違う僕関係ない。無実!無罪!無関係!なんもかも僕のせいにするな!』
『犯罪者はみんなそういうぽふ』
『うんうん』
そんな馬鹿なと周りに訴えていれば、轟々と音を立てて空が震える。雲の上から、結界を突き破って……環境汚染真っ最中のような色合いの“青”が、降ってくる。
大きな液体が、ぬるりと、雲の裂け目から現れて。
結界を貫通した液体が、プラネット・ラグーンの大地に滴り落ちる。
……いつの間にか、雨は止んでいた。
代わりに、間引きを終えた彼女が、何を思ってか地上に降り立つ。
『……アリエス、カリプス』
『ごご、ごめんなさい!なにも知らないです!!』
『俺らは辞書じゃねぇんだがな……そうだな。今、俺らもびっくりしてるところだ。行方不明としか聴いてなかったからなァ…』
最悪は的中する。
雲を突き破って垂れてくる液体───主に、僕の方へと流れ集まる大質量は、地上に落ちてから、ゆっくり時間をかけて形を形成していく。
ぶくぶくと泡を立てて、スライムができる。
次いで、丸々としたスライムの上部から、ぬるりと腕のない胴体が生えてきた。
流線型の美体から見て、性別は女。
肌は青黒い液体そのもので、顔には一切のパーツがないのっぺらぼう。
そして、変化はまだ終わらず。
半球体状のスライムの下部から、たくさんの手が生え、身体を持ち上げて。胴体を囲うように新たに生えた六本の手が生えて、ゆらゆらと揺れる、手のない彼女の代わりの腕と成る。
スライムの上に生えた腕のない上半身。その上に乗った頭の能面は、真っ直ぐ僕を見ている。
視線同士は噛み合わないが。
確かに、目が合った。
───オ■オオォォ■■■…
「ハハッ……随分とまぁ、啓蒙必須な造形になったねぇ。流石は将星ってところかな?
ねっ、メーデリア?」
かつて、夢の世界で出会った敵。二手三手で封殺して、置き土産と共に逃がして殺したと思っていた、初めて僕が認識した宇宙からの敵。
記憶媒体として利用して、ポイ捨てした将星。
こう羅列すると酷いが……暗黒銀河では、銀河一美しい将星として名を馳せ、ミス・ユニバースと称賛されていた美しき青。
そんな彼女との、望まぬ再会を祝す。
呻き声を上げ、わさわさと無数の手を操って、僕の方へ近寄ってくる海魔。呪詛に蝕まれ、あるべき姿を失って、終わり損ねたウンディーネ。
無遠慮にも僕に近付いて、上から僕を見下ろして。
洞になってわからないだろうから、気を利かせて顔面を取り繕ってやる。魔法は使えないけれど、魔力操作で空洞の中の悪夢をそれっぽく見せることはできる。
現に、彼女の反応は劇的に変化した。
激しく液体を震わせる。まるで、怒りに悶えるように。憎悪に身を任せるように。
「…ラピちゃん」
「大丈夫。君は下がってていいよ。僕は、まぁ……うん。仕方ないから、一発ぐらいは食らってあげる」
「おバカ」
見兼ねた相棒の静止を遮って、退いてもらってから。
此方からも、一歩前に進んで───両手を広げて、己の無防備さをアピールしてやる。
仕方ない。許容しよう。
だって、だってだよ?そんな姿になってまで、この僕に逢いに来てくれたんだよ?理由はともあれ、その執念には敬意を表そう。
それに、これから否応にも殺し合うんだ。景気付けってヤツさ。
うん。別にやる必要はないけれども。こんなにも殺意を滾らせといて、一発も当てれませんでしたは、ちょーっと可哀想じゃんか。
「ほら、ここだよ?」
無面同士を突き合わせて、煽るように教えてやる。
【ォ、ァ、アァ、ェ───ム、コポッ、ゴポポッ、アァ、アァァ!!ムーン……ムゥーンラピスゥゥゥゥッ!!】
「そう叫ぶなって!ぜーんぶ聴こえてるよ!!」
口は開かない。
その代わりに響いていた重低音は、今度こそ明確に僕の名を象った。
【───ッ!!】
呵々大笑と嗤う僕に、更に怒りを募らせたのか。荒ぶるメーデリアは、全身の水溶液を激しく震わせて。
胴体を囲うように生えた右手×3と左手×3を握る。
……いや、待って。ちょっと待と?
食らうと言ったのは一発だけであって、六発とは一言も言ってないんだが?いや、それよりその図体でどうやって殴るんだ?足替わりの気持ち悪いぐらいある手でも使えばワンチャンあるぐらいだろ。
なんて、現実逃避気味に思考する僕を無視して。
メーデリアは、下半身代わりのスライムを大きく捻り、力を込めて。
【ア゛ォ゛ア゛ァ■■■■───ッ!!】
三本の右手で───アッパカートを食らわしてきた。
マジかぁ…




