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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
幕間劇場

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239-青が溢れる


 “牛”が散った。


 “羊”が堕ちた。


 “蟹”が墜ちた。


 “黒”が満ちた。


 “蠍”が寝返った。


 “猫”が嗤った。


「退け」

「ひっ!も、申し訳ありません!」

「……チッ」


───極黒恒星、魔城ドゥーンビーレル。

 暗黒王域の象徴である恒星、その内部に存在する特殊な異空間の要であるその城は、複数の歪な塔が集まった黒い剣山の形をしており、暗黒皇帝ニフラクトゥの権威を強く誇示している。

 そんな魔城の廊下を、屈強な戦士が歩く。

 筋骨隆々、剛健たるその肉体美は、道行く人々の視線を独り占めにする。その背丈は優に3メートルを越え、並の兵士では臆してしまうオーラを醸し立たせている。

 魔牛の角が生えた赤毛の髪は、乱雑に腰まで伸ばされ。

 はち切れんばかりに膨れ上がった大胸筋───脂肪の塊でありながら筋肉の塊でもある胸をゆさゆさと揺らして、褐色の美しい肢体を惜しげも無く晒して。

 黒ビキニと銀の軽鎧という、あられもない姿で闊歩する剛力の女。


 威圧感の塊とも言える女と出会い、青ざめた目で震えるだけの兵士を、眼帯のない右目で睨み、退かす。

 邪魔だという一睨みで、異星人は失禁しかけた。


「どいつもこいつも宛にならん……士気のないヤツなど、早急に排除すべきだろうに」

「そう邪気に扱わないであげてください」

「事実を言った迄だ」


 衛兵の弱さを憂いながら、牛の彼女は歩く。

 その隣を追従するのは、暗黒王域随一の魔術師であり、皇帝の新たな左腕、秘書官として支える将星……リブラ・アストライヤー。たくさんの資料を両手に抱え、多すぎて抱えきれなかった紙束を牛の女にも持たせて。

 資料庫までの道程を歩く。

 ……別に、魔法で浮かせてしまえば万事解決なのだが。この将星、三度の飯より古本の匂い、ひいては紙の匂いを好む本狂いである。自分で持ってこそ実感する本の良さというモノがあるらしい。

 生憎、隣を歩く牛女にはわからない癖だが。

 強い男に勝負を挑むのと同じモノかと、無理矢理自分を納得させた。


「エルナト、将星の地位には慣れましたか?」


 先導するリブラの確認するかのような問いを、牛ほ女は鼻で笑って肯定する。エルナトと呼ばれた彼女は、空席のできた将星の座についた新参者。

 新人でありながら、その実力は言うまでもなく。

 かつて、将星ではなかった頃から───王域軍最強たる殲滅部隊の大隊長を任されていた時代から、十二の頂点に並び立つ実力を持っていた大戦士。

 全てを蹂躙する。

 全てを破壊する。

 存在そのものが破壊の化身であり、強力な魔法程度ではビクともしない力の塊。


 それが彼女。“魔壊暴牛”エルナト・アルデバランだ。


「ハッ。地位なんざどうでもいいさ……オレが満足できる至高の戦い。求めるのはそんだけだからな。死んじまった親父の後を継いでやったのは別にいいが、それだけだ」

「タウロス様もきっとお喜びになりますよ」

「そうかよ」


 旧将星、タウロス・アルデバランの実娘である彼女は、かつて戦場で猛威を振るった父親よりも強い。裏切り者の将星たちが束になっても勝てないぐらいには強い。

 将星最強であるアルフェル、サジタリウスに次ぐ強者。

 父親が将星にいる手前、殲滅部隊の大隊長として鏖殺を繰り返していた彼女だったが……父の訃報を受け、今まで固辞していた申し出に、重い腰を上げた。

 それが今の彼女。

 新たな将星として、経歴に輝かしい名を追加した最強の女である。


「魔法少女は強大です。特に、あなたのお父様を瞬く間に死滅してみせたという蒼い月は」

「知ってる。ったく、別にオレは突っ込んでいかねェぞ?そこら辺の分別はついてるつもりだぜ?なぁ、信頼とかはねェのかよ、先生」

「ありますよ。ですが、強者を前にしてうずうず待つなどあなたの性には合わないでしょう?」

「ハハッ!それもそうだな!」

「よく我慢できますね」

「上からの命令だからな。そりゃ従うさ。文句の一つ二つ言いたいことはあるけどな」


 一応魔術の師でもあるリブラに論破されて、エルナトは呵呵大笑と納得した。強者との手合わせを純粋に楽しみ、どちらか一方が死ぬその最期まで楽しむのが彼女なので。

 自分の生死に無頓着。

 弱肉強食の精神を生き様として受け入れるエルナトは、戦いに邪な気持ちなど持ち込まない。

 復讐心?そんなものはない。

 思うところはある。悲しむ気持ちもある。だが、戦場で死んだのならば別にいい。それも、敬意を払うべき強者ひ負けたと言うのならば。羨ましいという気持ちを抱いて、挑むのみ。


 ……現在強者に飛び付いていないのは、偏に待機命令を守っているからである。

 皇帝からの命令には従順だ。

 強者には敬意を払う。自分よりも遥かに格上の王からの命令ならば、逆らう理由もない。

 その皇帝を七回ほど殺せているのがエルナトなのだが。


 数多くの武勇伝を持つ彼女は、魔術の師であるリブラと廊下を歩く。


 そこの壁には、何の変哲もない普通の鏡があった。


「おっと」


 穴埋めというには強すぎる新米将星は、背中に背負った大戦斧を握り締めて。

 そして、一気に振り抜いて───鏡を割った。


「そうやって覗き見されてると……ぶち殺したくなって、仕方がねェんだよ。でぇ?なぁ、相手してくれんのかよ、我らが“廻廊”さんよォ」

「───うへぇ〜。なーんで気付けるかなぁ」

「いつの間に…」


 廊下に飾られていた鏡の大きな破片から、ぬるりと姿を現したのは、お馴染みの魔法少女、ミロロノワール。既に一ヶ月以上捕虜生活を満喫している彼女だが……

 相変わらず悲壮感は欠片もない。

 モノクロの髪を指でくるくる弄って、新たに座についた強者を観察している彼女は笑う。 かれこれ数回、鏡魔法の隠匿は見破られている。非戦闘時の偵察にのみ使うという制約によって、魔法的探知では見つけられない仕様の鏡を意図も容易く見破るその直感。

 面倒な敵が増えたものだと笑いながら、ノワールは首を傾げる。


「それでぇ?命令に従順な後釜の牛さんは雑用係なんかに収まってていいの?」

「あん?なんだよ文句あんのか?」

「あるのはそっちじゃないのー?命令なんて守んないで、魔法少女ぶっ殺しに行ってもいいと思うなー?まっ、幾ら強かったって、うちのラピピとラトトには勝てない程度の強さしかないけど!」

「ちょっと…」


 陥れるように、貶すように。わざと語気を強めて煽る。


 戦力差としては、ノワールが瞬殺されるぐらいの大きな差があるが。そんな些細なこと、彼女は気にしない。例え死んでもラピスの元に還るだけであるからして。

 悪辣に嗤うノワールをリブラは止めようとするが、存外煽り耐性の低いエルナトはすぐに乗る。

 戦斧を担いでガンを飛ばす。


「ヘェ……言ってくれるじゃねェか、アァ?オイ。大した実力もねェ雑魚が、一丁前にイキってんじゃねェよ」

「くふっ、かわいい脅し。そんなん全然怖くないよ?」

「ハッ!テメェ、弱ェ癖に肝は据わってるよな!そこらの大言壮語宣うヤツよりもよっぽどいい」

「えぇ?そう?」

「あぁ」


 それはそれとしてムカつくので、開けた額にデコピンを食らわせるが。

 その一撃でノワールが吹き飛んだのは余談である。


「前が見えねぇ…」

「なんであなたもすぐに喧嘩売るんですか……魔法少女は過去稀に見ない蛮族だと呼ばれてるの、三割は貴女の生活態度から来てるの、わかっています?」

「わかんないでーす」


 リブラの呆れ声すら意を介さず、ノワールはケラケラと笑うのみ。あのまま煽りに乗って攻撃を仕掛けてくれれば御の字だったのだが。

 一番は独断専行で魔法少女を襲わせることだ。

 経緯はともあれ、将星の一角がまた減るのは言うまでもない。


「ところでさぁ、リブちゃん」

「リブちゃん呼びはやめろと……で、なんですか?」

「コーテーサマ、水槽にずーっと話しかけてるんだけど。あの蛇、水生生物でも飼ってるわけ?」

「? なんだよ、陛下は魚でも飼い始めたのか?あの金魚ジジイで十分だろ」

「失礼ですよ」


 拘束を破っても大人しく、ただ見ているだけでお咎めが無くなったノワールは、魔城のあちこち、帝都のあらゆる全てを見ている。

 ただ見て、ただ観察して、理解する。

 宇宙人の営みとやらに興味を持った彼女の観察日誌は、定期的に検閲するリブラもへーこんな感想になるんだとか楽しく読ませてもらっている。

 ちなみに暗号とかそういのはない。

 試しに嘘八百のデタラメを書いてみたら、リブラに即刻見破られて怒られたので。


 閑話休題、そんな風に観察生活を楽しんでいるノワールだったが。つい先日、大きな水槽のある……水槽しかない立ち入り禁止区域の部屋で、ニフラクトゥが独り言を呟いているのを知った。

 生憎、声を聞き取ることはできなかったが。

 まるで水槽の中にいるペットかなにかに話しかけているようだった。


 ……疑問なのは。その水槽に、何もいないということ。


「液体しかないんだよね、あれ」

「あん?なんだ、陛下は水飼ってるのか」

「風評被害!変な勘違いしないでください……それなら、口外禁止なので教えられませんよ。残念ですが、大人しくことが終わるのを見ていてください」

「ふーん?」


 眼鏡を押してそう語るリブラに、ノワールとエルナトはふと目を合わせて。

 ニヤリと、悪友のように笑い合う。


「教えろよ、面白そうだ」

「こちょこちょって知ってる〜?」

「ちょっ、あなたたち?なにを、やめっ!ちょ!?あっ!あはっ!あひ!あはははははは!!」

「感度良〜」


 その後、涙目になって震えるリブラに正座で説教される2人の姿があったとか。

 反省の心は微塵もなかったとだけ記しておく。








꧁:✦✧✦:꧂








───同時刻。

 件の水槽のある部屋にて。

 アルフェルが監視及び警戒を敷き、リブラが魔術結界で人避けを仕組み、ニフラクトゥが発令を出して誰も近付けさせない空間。


 暗く、静かで、寂しくて───黒く濁った“青”が沈んだ水槽の前に、蛇は立つ。

 いつものように。

 言葉をかけて、自我の調整を。狂わないように、壊れて亡くならないように。

 己の言葉で、しっかりと。

 彼女に応える。


「調子はどうだ?───そうか、それはよいことだ。我もオマエが元気であると嬉しく思う。よく、この時まで耐え抜いたモノだ。素晴らしいぞ、友よ」

「畏れ多い、だと?気にするな。我の本心だとも」


 苦笑したニフラクトゥは、分厚いガラスに隔たれたその青を労わるように、ガラス越しに撫でる仕草をしてやる。それだけで、何もいない筈の水槽が揺れた。

 まるで、生き物かのように。

 どうやら、慕っている王から突然の間接ボディタッチを食らって悶えてしまったらしい。

 ウブだ。


「さて」


 一通り対話を終えたニフラクトゥは、全ての調整を終え復活を果たした彼女に告げる。

 その望みを、叶えてやらんと許しを与える。


「我が友よ。我が水瓶よ。この世で最も美しいオマエに、名誉挽回の機会を与えよう。

 ───我が宿敵、ムーンラピスに挑むことを許す」


 瞬間、空気が震え始めた。

 歓喜するかのように、憎悪するかのように、巨大水槽が激しく揺れる。皇帝の許しによって、音にならない歓喜が空間すらも揺らしていく。

 魔力が高鳴る。

 憎悪が膨れる。

 再誕者の叫びに呼応するかのように、ピシピシと水槽にヒビが入る。


「行ってこい」

「我に勝利を捧げよ」

「使えぬモノ共に代わり、オマエが果たせ」

「汚名を雪げ」


───オ■オォォ■…


 限界を迎えた水槽が割れる。

 満杯に入っていた液体が、溢れ出す───ことはなく。水槽に収まっていた四角い形を維持して、空間に浮かんだ液体は、笑う。


 彼女は半死人だ。

 呪詛の怨源でありながら、持ち前の浄化の力でしぶとく生き残ってしまった、敗北者。

 だが、彼女は適合した。

 封鎖された統括区域に蔓延る呪いの全てを飲み干して、犠牲者を食んで、糧にして。

 復活した。


「さぁ征け、メーデリア(・・・・・)!!」


オオ■オオオ■■■オオオォォォ■ォォ───ッ!!


 湖の精霊。

 海の化身。

 宙の浄水。


 醜くなった己の姿を、これ以上王に見せないように……復讐に燃える怪物は飛び立った。

 スライムのように蠢き、宙を泳ぎ。


 目指すは、あの月の元へ。


 “水”が溢れた。


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― 新着の感想 ―
旧将星、タウロス・アルデバランの実娘である彼女は、かつて戦場で猛威を振るった父親よりも強い。裏切り者の将星たちが束になっても勝てないぐらいには強い。 >たとえ裏切り者が手を組んだとして……ああ、でもや…
復讐に来た「水瓶座」と次の目的地は温泉です。さらに、彼女の性質は「邪水」と同じ特性であるはずです。また、前の章の「コーカスドムズ」は「三銃士」に再び挑戦するような感じです。 余談 213話で「水瓶」…
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