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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
幕間劇場

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252/294

238-三天使と解放の日、竜の憂鬱


 帝都オルペント。

 極黒恒星内部の中枢に浮かぶ皇帝のお膝元は、黒一色に統一された大小様々な建造物が均一に並び、土地区画整理事業が遺憾無く発揮されている。

 そんな漆黒の首都における、唯一の異色。

 荘厳なる白亜の宗教施設───帝都ステリアル聖ポリマ大聖堂にて。


「うわーっ!?デミちゃ!?」


 教会の主にして星教会の聖座。ポリマ・ウィル・ゴーが悲鳴を上げながら、大理石の聖道を目にも止まらぬ爆速で駆け抜けていた。

 その顔には焦燥が浮かんでおり、ヤケになった必死さが伝わってくる。


 姉妹とは違い普通の色彩の目を持つ彼女は、金色の瞳に全力を灯して駆ける。持っていた情報媒体を投げ捨てて、庇護下に置いていた信徒の困惑を振り払って。

 薬草院に搬送されたという妹の元へ行かんと、ポリマは全力疾走。


「っ、はぁ、はぁ…っ!」


 星天に坐す尊きお方。

 世界を導く星の天使。

 信徒たちからの信頼は勿論のこと、外部の異星人からの信頼も厚いポリマ。能天気に笑い、蝶と一緒に舞い、泣く子供の涙を拭い、困った人の悩みに耳を傾ける。

 絵に書いたような清廉潔白。そんな彼女には、一つだけ後悔があった。


 ある日突然知ってしまった、星教会の歪み。信じていた首席枢機卿の嘘、闇。

 物陰に隠れてやり過ごそうとして、見つかって。

 外部に情報を漏らすことを魔法で禁じられ、破れば姉も妹も殺すと脅されて。誰にも言えず、助けを求めることも静止を求めることもできず。

 失意に暮れながら、無力さを嘆きながら。

 末の妹以外には弱味を見せず、聖座という枢機卿たちの体のいい傀儡として生きて。抗うことも許されず、監視の目から逃れることもできず……

 そうして、聖務で帝都に向かった、あの日。

 彼女は“星”を見つけた。


 初めて反発した。

 初めて抵抗した。

 少しでも、ほんの少しだけでも、その“星”を間近で仰ぎ見ていたい気持ちで、ポリマは帝都に移り住んだ。聖堂を改築して、自分の城に変えて。

 枢機卿ですら立ち入りできない、正しくポリマの城へと変貌させた。


 先んじて星教会の罪を知り、服従か放逐かを選ばされた姉と再会して、同じ人を愛していることに気付いてそれはもう盛大な喧嘩を繰り広げて。

 一握の安寧を、平和を享受した。

 悪人の監視下にない、沈黙を貫けばなにをしたっていい平和な一時。


 原罪から目を背けて、ポリマは愛に生きて。


 たった今───アルタードームで大虐殺が起こっていた事実を知った。


 気付かなかった。

 気付けなかった。

 今この時まで、アルタードームのことも、儀式のことも全て思考から抜け落ちていた。まるで、認識阻害によって忘れさせられたかのように。

 ポリマは、星教会総本山の異常を見抜けなかった。

 気付いたのは、全てが終わった後の祭りから。デミアの無事を知り、叔父だった首席枢機卿の末路を知り、全ての終わりを悟って。


 居ても立ってもいられずに、送迎を待つ間もなく自分の足で向かう。

 駆けて。

 駆けて。


 頼りない自分の代わりに、負債を全て受け止めてくれたたった一人の妹に、謝る為に。

 だが。


「っ、うわっ!?」


 ほんの小さな段差に躓いて、ポリマは悲鳴を上げる。


 元より座って一日を過ごすことの多いポリマは、あまり運動する機会に恵まれていない。聖務に時間を費やして、信徒との時間を大切にするあまり、慣れていない。

 運動不足が悪さして、ポリマは転倒して。

 そのまま、大理石の床に顔からダイブする───大怪我確定の瞬間に、視界が切り替わる。

 身体が宙に浮く。


「へ?」

「───全く。忙しのない子だな、オマエは」


 真っ白な筈の床は、木目が綺麗な床へと変わっていて。自分の腹に回る手の感覚と、頭上から聴こえた声に、目と耳を震わせて。

 恐る恐る、見上げれば。


 彼女の“星”───ニフラクトゥ・オピュークスが、己を見詰めていた。


「ぴゃっ!?陛下!?何故!?」

「ちょうどオマエを喚ぼうと思っていてな。どうやら良きタイミングだったようだな」


 至近距離にあるもう一つの信仰対象に目を白黒させて、ポリマは慌ただしくニフラクトゥから降りる。本当はまだ腕の中にいたかったが、流石に心が耐えられなかった。

 激しく高鳴る鼓動を抑えて、ポリマは深呼吸。

 どうやら転移、若しくは召喚の術式によって喚ばれたと気付いたポリマは、改めて謝罪と感謝を述べながら辺りを見回して。


「ここ…」


 仄かに香る、木と薬の匂い。

 怪我人を労る為に何度か訪れたことのある───当初、走って向かおうとしていた場所。四百年の歴史を誇る一大医療組織であり、暗黒銀河における唯一の安全地帯。

 その名も、薬草院。

 負傷者は決して襲ってはならないという安寧のルールが敷かれた場所。

 戦士ばかりの弱肉強食、勝者有利が軸の世界とは言え、少しばかりの安らぎは必要と数多くの医療従事者によって定められた法には、何人たりとも逆らえない。

 皇帝ニフラクトゥであろうと、それを破るのは御法度。

 医療従事者たちの強い圧に負けた蛇は、それぐらいならいいかと受け入れた。


「薬草院っ…」

「そうだ、プリマ。妹が待っているぞ。病室は…」

「っ!」

「おい」


 今ばかりは、大好きな陛下を無視してでも。勘を頼りに目的の部屋を目指す。何回もバランスを崩して、あまりに大きなツリーハウスを駆けて。

 姉の意地で、気配を辿って……見つけ出す。

 消毒液の香りと、木の香りと、薬草の匂いと……それに薄く混じる、死の気配。

 馴染みの気配のある扉を、ポリマはノックもせずに強く開けた。


「デミちゃん!!」


 木の洞のような病室。徹底的に清潔さを維持されたその空間の、白いベッドの上で。

 半身を起き上がらせていた彼女は、目を見開いた。


「なっ、ポリマ姉…」

「うわーん!!生きてる!!でも傷だらけ!?ぎゃー!?デミちゃん死なないでーっ!!」

「るっさいわよ!!」


 新しい包帯を巻き直したデミアが、耳を抑えながら姉を出迎えた。妹の凄惨な姿にポリマは堪らず絶叫しながら、無遠慮に身体をぺたぺたと触ろうとする。

 普通に考えれば、妹を痛めつけるだけだが……

 動転しているポリマが、そんな当たり前にも配慮できるわけがなく。


「危ないでしょう」

「きゃふ!?」

「まったく……大丈夫ですか、デミア」

「えぇ、お陰様で。ねぇこのバカ、ワタシが知らない間に猪突猛進が過ぎてるんじゃないの?」

「否定はできませんね…」

「むぅ〜!」


 先んじて見舞いに来ていた姉───将星スピカの右手に捕まった。危うく全身をもみくちゃにされて大量出血する未来を予想していたデミアは、ほっと一息吐く。

 ギャーギャー喧嘩する姉たちを見て、もう一度。

 聴取を終え、治療を終え、漸く眠れて……目が覚めて。枕元に座って、デミアが起きるのを待っていたスピカに、やさしく抱き締められた。

 何度も涙を堪えて、我慢したが。

 やはり、安心出来る存在が傍にいると……涙腺は容易く壊れてしまうもので。


「っ…」

「っ、デミア!?どうしたのです!何処か痛むのですか?医者を呼びましょうか?」

「痛い!?痛いの!?医者ゴミだった!?」

「違うわよ!るっさいわね本当ッ!!黙ってなさいよこのポンコツ共がァ!!

 ……っ!?」


 そう強く吼えて、涙を拭ったデミアに───姉二人は、やさしく抱き着いた。

 潰さないように。

 潰れないように。


「おかえりなさい」

「っ、はぁ…ごめんね、デミちゃん……生きててくれて、ありがとうっ!」

「!」


 矢継ぎ早に謝られ、程よい力加減で抱き締められて……僅かに聴こえる啜り泣く声と、肩に流れる小さな水滴に、デミアは一度目を点にして。

 状況を理解してから、わなわなと身体を震わして。

 姉たちの肩に、顔を埋める。


「〜〜〜っ!!」


 我慢できずに嗚咽を漏らし、再会を祝し……解放されたことに喜びながら。

 音にならない歓喜が、病室に小さく響いた。








꧁:✦✧✦:꧂








 ……そして、呪縛から解放された三姉妹の音なき声を、ニフラクトゥはバルコニーから聞いていた。ここで無遠慮に入室して、デミアの見た魔法少女の戦いを聞いてみたい気持ちを先走らせれば……如何に最強と言えど、よくないことぐらいはわかっているので。

 余人が入らぬよう人払いをして、久しぶりらしい姉妹の交流を邪魔させない。

 これぐらいの気遣いすらできぬ男などゴミ!と豪語するアルフェルの教えに従って、乙女心などてんでわからないながらも配慮する。


「…む?」


 早く終わらないかな、と無言で宙を見上げて、真っ黒な恒星の中から見る景色を眺めていると。

 彼の傍に、ナニカが近寄る。


「御機嫌よう、星の子。運命を食らう蛇、星々を平らげる虚ろの穴よ。お会いできて光栄だ」

「オマエは……確か、ムーンラピスが操っていた…」


 姿形は大分異なっているが……その気配から、そいつがいつの日か対峙したワイバーンのようなナニカであると、ニフラクトゥは即座に見抜く。

 フラミンゴの頭部を持つ小人は、うやうやしく礼をして挨拶する。


「ふむ。成程、成程。どうやら彼女は、私の模造品をよく使ってくれているようだ。喜ばしいことだ……あぁ、自己紹介が遅れたね。私はコーカスドムス。古い世代の悪夢、件の儀式で蘇った怪人さ」

「ほう?成程。通りでヤツが騒がしいわけだ」

「ヤツ?ふむ。私のことを知っているお方でもおりましたかな?」

「さてな」


 こてんと首を傾げながら、コーカスドムス二世は皇帝が寄りかかる柵に乗り、鉤爪で引っかかる。

 コーカスドムスの目的は、まぁ大したモノではない。

 居たから挨拶した。挨拶は基本なので。ニフラクトゥも知られているからと無碍にせず、しっかりと名を名乗って前時代に名を馳せた怪物と会話を弾ませる。

 カリプスが残した地球情報の一つにあった、存在だけは知っている異形に、ニフラクトゥは無表情でありながらも期待を隠せずにいた。


「しかし、残念だな。オマエが全盛期の強さを持っているなら、手合わせの一つや二つ願い出たいモノだったが……その有り様ではな」

「期待を損ねってしまったかな?申し訳ないね」

「謝る必要はない。時の移ろいとは残酷なモノだからな。責めることでもない」


 そう笑ったニフラクトゥは、弱体化したかつての最強を憐れみながらも、魔法少女と何度も戦ったという実績持ちとの出会いを歓迎する。

 このまま魔法少女談議に興じてもいいのだが……

 それよりも先に、やるべきことがある。

 ニフラクトゥはそう呟いて、疑問符を浮かべるコーカスドムスを無視して。

 呼びつける。


「ここに来る前に、我の新たな友人が殺意マシマシの顔でついてきてな。先程まで理由はわからなかったのだが……まぁ、その。なんだ。頑張ってくれ」

「? なにを言ってるんだい君は。どうした?」

「ダメだぞと制せば即座に封を破り、この我を鏡に落とし封印しようとしてきてな。危うく千年単位で出れなくなるところだったぞ」

「…鏡?」


 暗にいつでも帝都を鏡封印できますよと、最強に連なる戦乙女としての所以を突き付けて。同行を拒む蛇をガチで殺しにかかった魔法少女。

 あの飄々とした友人が見せた怒りの形相には、さしものニフラクトゥも手を挙げて、あのアルフェルも逆らっちゃならんと震えながらゴーサインを出した。

 正面から戦わなくても、当然勝つのは己だが。

 あの時の凄みは忘れられず───理由はわからないが、兎に角機嫌を治して貰うために同行の許可を与えた時の、変わり身の速さもまた恐ろしく。

 どれだけオマエは恨まれているんだ?と若干哀れみ……彼女を呼んだ。


「ぐえっ!?」


 突然、コーカスドムスの首が掴まれる。


 よく見れば───彼の背後には、大きな怪しい鏡が宙に浮かんでいて。


「───折り合いって大変だよねぇ……本当、ラピピとかラトトとかは、過去は過去、今は今でケリつけて、無駄にグチグチ言わないだろうけどさぁ…」

「ワタシは違うよ?」


 友人が死んだ。

 後輩が死んだ。

 先輩が死んだ。

 同胞が死んだ。

 そして───娘が魔法少女であることを知らず、平和が再来するのを待ち望んでいた家族を、この獣の暴動により失った。


 ラピスは二年前にケリをつけた。

 ライトは殺意を抑えて受け入れた。

 だが、だが───最強二人の同期である彼女は、そんな折り合いができない。他の幹部怪人は兎も角、リデルや、クイーンズメアリーならば、兎も角。

 家族を奪った因縁の敵を許すことまではできなかった。

 故に、憎悪。湧き上がる殺意を胸に、あの2人が存在を許したのならば、ある程度手加減するとは決めて、勝手に約束して。


 悪夢を閉じ込め、孤独に追い込み、半永久的に封印するスペシャリスト。

 “廻廊”のミロロノワールは、引きずり込む。


「か、鏡の魔法少女…」

「ごめんねぇ?理性あるんならさぁ……ちょっとぐらい、ワタシのストレス発散、受け止めてくれるよね?まぁ……嫌だなんて、言わせないけど」

「! ハハハ、怒り心頭だなぁ、君……まぁ、過去の私の所業を思えば当然かな」

「この魔力、転生魔法でしょ。何回生き返れる?」

「おっとぉ、死ぬ前提……やはり君もあの2人の同期か。そっくりだよ」


 この後、鏡の世界に血飛沫が飛んだ。


 満面の笑みのノワールが、一汗かいたと額を拭う様子を見て、ニフラクトゥは魔法少女すごいなぁ、と改めて感心するのだった。


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― 新着の感想 ―
バカゾンビ6とアリスメアー幹部の訓練でラピスが相手した呪、歌、鏡と、ランキング3位の重力は抜けて強い感じする。
医療従事者たちの強い圧に負けた蛇は、それぐらいならいいかと受け入れた。 >そうですね、もう何度もあったことですが、この戦闘脳の皇帝陛下は、どうでもいいことには本当に気前がいいんですよね。本質的にはどう…
「危うく千年単位で出れなくなるところだったぞ」  ちょくちょく下卑してたけどやっぱり立派に13魔法の一人だよミロロノワール……。  忙しくて超久しぶりの感想になりますが今も毎晩(毎朝)楽しみにして…
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