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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
ユメと希望、友情のブルーム

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21-花園に猫は眠ゆる


───群穀(ぐんこく)市・草鹿部(くさかべ)温泉。


 明泉湧き出る草鹿部温泉街に降り立ったのは、三銃士の紅一点、“歪夢”のチェルシー。魔法少女以外の一般人から潜在的悪夢適合者を探す為、普段活動している夢ヶ丘から遠く離れたこの地に、彼女は単身訪れていた。

 本来なら、他の男性陣も来るべきなのだが……

 ペローは温泉の臭いが苦手という申告から辞退、ビルはマッドハッターにアクゥーム製造工場から幾つかの夢魔を譲り受ける為に交渉中だ。何故か首を縦に振らないので、なんとか双方へのメリットを提示して許可をもぎ取ろうと必死だ。


 そんなわけでチェルシーは一人で……生まれて初めて、温泉なるモノに触れている。


「おぉ〜……」


 自由を制限されて生きてきた幼年期。解放されてからは知ることさえ許されなかった楽園を楽しんでいる彼女は、猫のリュックを背負って温泉街を散策する。

 敵意を薄れさせる魔法のみを使えば、逆恨みで市民から攻撃されることはなくなる。チェルシーにのみ与えられたその魔法で、堂々と街を出歩ける。

 一応それでも通報はされるし、魔法少女への認識操作は効かないが……充分な効果を確認できる。

 なにせ、未知の世界にめいっぱい触れることができるのだから。


 独特な臭いに不快感は覚えず、ちょこちょこと散策するチェルシー。その歩く姿に観光客や住人たちが微笑ましい気持ちになったが、それはそれとして義務通報。

 魔法少女の公式サイトに記載された番号に連絡すれば、遠方でも魔法少女が駆けつけてくれる。

 現代兵器が通用しない以上、一般人や軍隊は魔法少女に頼るしかない。


 そんな視線には目もくれず、チェルシーは遠征の目的を若干忘れかけながら温泉街を探索する。

 温泉にはまだ浸からない。上がる湯煙を眺めるのみ。

 ……まだちょっとだけ怖いのだろう。意を決して足湯に指をツンツン啄く。


「あづ……おー」


 意外と悪くない心地良さに、足ではなく指を源泉の中に出し入れする……

 そんな時。



ブィーン……



 突如、温泉街の空に巨大な姿見が出現する。可愛らしい色とりどりのハートがあしらわれ、眩い金細工が輝くその姿見は、とある魔法少女が使っていた鏡の魔法。

 かつて、蒼月の魔法少女が再現した、鏡を通り道にする転移魔法だ。


 そして今、現代の魔法少女たちが遠出する為に使われる移動方法として活躍している。


「うわ来た」

「───見っけた!チェルちゃん!」

「また暴れて……ないわね。なにをしてるのあなた」

「取り敢えず、みなさーん!危ないですから、ちょーっと逃げててくださーい!」

「くさいぽふ!」

「なつかしー」


 夢ヶ丘から駆けつけた3人+αは、足湯に指を漬けているチェルシーに一瞬毒気を抜かれるが、気を取り直していつ敵が動き出してもいいように避難勧告をする。

 素直に従う観光客たちが距離を取るのを確認してから、リリーエーテは地上に降りる。

 そして、魔法少女に構わず指を温めているチェルシーと対峙する。


「………」

「………」

「………」

「………」


 警戒するエーテ達だが、チェルシーは我関せずといった雰囲気で源泉の感覚に夢中になっている。一応、視線だけ魔法少女たちに向けてはいるが……意識は完全に温泉へと向けられている。

 完全に魅入られていた。魔法少女より優先するぐらい。

 生まれて初めての温泉は、三銃士から敵意を抜く威力を持っていた。


「……ねぇ、チェルちゃん」

「……なに」

「もしかしてだけど、温泉とか入ったこと……ない?」

「……ない、けど。なに」

「ちょっとタイムね」


 兼ねてよりチェルシーの正体に大きな疑念を抱いていたハニーデイズが問えば、チェルシーは暫し沈黙し……まぁいいかと答える。

 その内容は、普通の家庭と豪華な御屋敷で生まれ育った3人にとって未知の世界。

 一旦話を持ち帰って、チェルシーを余所に会議開催。


「ぇ、温泉入ったことないってマ?」

「流石に嘘よね?嘘っていいなさいよ……あの子、時たま発言に闇を感じてたんだけど……まさか、ね」

「多分そういうことじゃないかなー。温泉初体験かぁ」

「いや、敵に同情するわけには……んんぅ、ここは諦めて私なりの温泉の流儀を……」

「コメットちゃんってそーゆーとこうるさいよね」

「!?」


 数分にも及ぶ会議の末、魔法少女たちが出した結論は。


「ね、チェルちゃん!よーく聞いてね───温泉めぐり、あたし達としよっか!!」

「なんで???」


 かくして、前話の末文に続く。


 平和的解決法を見出した魔法少女たち。実は彼女たちも疲れていた。なにせ連日各地を転々としてはアクゥームと対峙して、一般人にファンサして、学校で勉強して、また鏡魔法で移動して……

 そんな生活が続けば、疲れてしまうのも無理はない。

 たまには療養するのも許されるんじゃないか───別に敵と一緒に休んでも、いいんじゃないのか。

 そう勢い任せに休戦を提案して、デイズが中心になってチェルシーを温泉に入れる場所まで連れていった。


 勿論従業員は最初困惑したが……中学生女児たちの熱い視線に寝負けして、快く浸かる許可をくれた。ついでに、いつも頑張っているお礼にと温泉卵もオマケしてくれた。

 使用料無料まで提案されたが、そこはダメだと線引きし断った。


 勿論チェルシーはおまけである。見た目がかわいいから許されたまである。


「いい湯加減……」

「温泉きもちいーねぇ」

「うゅ」

「……本当にいいのかしら、これ」

「気にしちゃ負けだよぉ」

「うんうん」


 貸切状態の露天風呂。顎まで湯船に浸かるチェルシーに微笑ましい気持ちになりながら、最後まで醜聞を気にしていたコメットもやがて温泉の虜になる。

 逆上せない程度に温泉を楽しんで、牛乳をイッキして、扇風機に当たって声を出して……

 今までの敵対構図を忘れたかのように、年相応の笑顔で笑い合う。


「どー?」

「んー」


 ハニーデイズに髪の毛を乾かされるチェルシー。最早、全てされるがまま。あまりに危機感のない光景には、他の2人はもうなにも言わない。

 早くも慣れてしまったようだ。

 魔法少女に変身したまま、装備を脱いで浴衣に着替えて談笑する。


 何度でも言おう。敵対者同士、なにをやっているのかと問われればそこまでだが……温泉の前では敵意など意味を成さないのだ。


「……出会いが違ければ、もっと仲良くなれたのかな」


 そう悩んだエーテに、コメットは肩を叩いて首を振る。いくら考えたって、それはもう不可能な話。ありえないを考えても、過去は変えられない。

 思うところはあるが、そういうものなのだとコメットは受け入れている。


 ……まさか、そのチェルシーが同級生で、既にデイズと交友関係にあるとは思うまい。








꧁:✦✧✦:꧂








 一方その頃。


「こんにちはー」

「視聴者のみんなー!こんにちはー、ぽふ!今日は草鹿部温泉からお送りしてるぽふー!」


:はじまった!

:通報あったけど大丈夫そ?

:妖精さんたちだけ?

:厳戒態勢は解かれたよ

:戦闘は!?ぽきらの応援はいらなかったんでつか!?

:戦闘起きてないよby現地民

:マ?


 少女4人が、温泉の魅力に取り憑かれているその裏で。クマ妖精の2匹は、暇潰しがてら配信を行っていた。先の通報で出た草鹿部温泉街への厳戒態勢は既に解いていいとつたえてあったのだが、その事情説明と……今、契約者とその敵対者がなにをしているのか、かるーく説明をして、コメント欄と格闘するのである。

 三銃士との入浴には2匹共渋々だったのだが……4人の邪念のない楽しげな声に、すっかりその気は失せていた。

 だから、妖精たちは彼女がその場にいても荒れないよう最大限のフォローをする。


「エーテ達は今、三銃士のチェルシーと一緒に、草鹿部の温泉を楽しんでるぽふ!」

「あのネコちゃん、生まれて初めての温泉なんだって〜」


:ふぁ!?

:猫ちゃやたーん!おれだー!!

:なんか仲良くなってる!?

:幹部怪人と一緒にお風呂……大丈夫なの?

:平和になったなぁ

:平和か?


 戦闘中ねむねむ状態で微睡んでるチェルシーだからか、あまり反発はない。これでアクゥームの素材にされた一般市民の犠牲者が悪夢の呪縛から解き放たれていなければ、ここまで生暖かい空気感にはならなかっただろう。

 マッドハッターの地道な意識改革、意識の向けられ方を操作した甲斐もあった。

 現在の悪夢方針が無闇矢鱈に人を傷つけない、殺さない形であったのが功を奏した。


 無論そんな変化を知らない、もしかしてと思いはするが口には出さない。確証がないその疑問にそっと蓋をして、自称妹妖精、ほまるんはコメント欄を賑わせる。

 アンチコメは勿論撃退。画面にすら写させてやらない。


:温泉入ったことないかぁ……

:毎週温泉入っててごめんなさい

:贅沢なやついるな

:3人は優しいな。一緒に入ってあげるなんて……多分、疲れてるんだろうなぁ。

:全国弾丸ツアーは確かにキッつい

:休んで


 毎日毎日別の場所、新幹線や飛行機、船といった長距離移動でなければ無理な距離を、一日おきに転々と移動する苦行を強いられていた魔法少女たち。それ即ち、三銃士も転移魔法で移動の風情なく行動していたことになるが……例え楽な移動方法でも、精神的には疲れるモノがある。

 そんな蓄積した疲労やら鬱憤が、温泉という名の魅力を前に瓦解したまで。


 魔法少女も三銃士も、一人の人間であるのだと認識した視聴者たちであった。


:4人で温泉に浸かってるシーンはないんですか!?


 途中欲望丸出しのコメントが爆速で流れたが、ガン無視決め込んだぽふるんが対処した。


 勿論BAN対象だ。女子中学生に色気付くなオスども。








꧁:✦✧✦:꧂








「たのしかった」


 無表情ながらもほくほく笑顔で、周囲に花が咲くような雰囲気をばら撒くチェルシー。温泉宿から足湯、観光まで一通り楽しんだからか、肌にツヤがある。

 勿論それは魔法少女たちも同じ。意外と楽しめた。

 普段敵対している相手でも、わかりあうことはできる。かつてのアリスメアー相手なら不可能であった可能性が、今エーテたちの手元にある。


「うん!あっ、このキーホルダーよくない?」

「そう言ってもらえてよかったわ……ねぇ、こっちの方が似合うんじゃないの?」

「また遊ぼーね!チェルちゃんはこっちがいーよ!」

「遊ばない。そしていらない」

「「えーっ」」


 無論それを振り翳すことはしない。まだ、まだ時期じゃないと言い聞かせる。今のアリスメアーがなにを考えて、なにを目的にしているのかわからない今は、まだ。

 三銃士の出撃に立ち向かい、対話し、悪夢を晴らす。


 それが今の魔法少女と妖精の方針。戦う為の心積りだ。


「ねっねっ、チェルシーちゃん!ちょっーとでいいから、こっち来て?」

「え、やだ」

「いーからいーから!」


 その時、デイズがチェルシーを引っ張って物陰に連れていった。突然の暴挙に他2人は首を傾げるが、しっしっと手を振られて近付くのを拒まれてしまった。

 気にはなるが、追及するのも憚られる。

 でも後で聴こう───そう配慮する仲間たちにデイズは感謝しながら、チェルシーを路地裏に引き入れる。

 いやな予感に駆られながらも、チェルシーは取り敢えず大人しくする。


 ハニーデイズの目を見て……彼女が、自分と同じことを考えているのであろうことが、わかってしまったから。

 瞥見で万物を見抜く瞳が、見分けられないわけがない。


 わかっていたのだ。わかっていたから、戦闘後に捕縛、もとい抱き締められたり、お姫様抱っこされたりで動きを制限されるのも、甘んじて受け入れた。

 普段迷惑をかけられている分、かけたっていいだろうの精神で、進むと決めた道を邁進すると決めた。

 でも、だからと言って。

 ずっと黙っていられるほど、彼女もまた、大人になれていなかった。


「……あのさ」


 躊躇いで言い淀むも、デイズは意を決して言葉を紡ぐ。


「チェルちゃんって、やっぱり……」

「……それ以上言ったら、次のお勉強会、全教科満点まで帰れま10するよ」

「なんでもないです」

「許した」

「わーい」


 それはそれとして、明言されたらされたで困るので。

 のらりくらり、2人は知らないフリ。お互いがお互いをわかりあっているのなら、もうそれでヨシ。それ以上は、熱が出そうで放棄した。


「無理矢理、じゃない……よね?」

「うん……やさしい人。私の、あこがれ」

「そっか……そっか!ならいっか!」

「いいんだ?」

「いいの!」


 確認はそれで終わり。それ以上言葉を交わす必要など、2人にはない。


「……また、明日」

「! うん、また明日!」


 なにせ、晴蜜きららと夢之宮寝子は───唯一無二の、親友なのだから。



「よかったな」

「……うん」


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認識阻害魔法、逆もまたってことだったのか。 そりゃそうだ
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