235-狂会終幕、夢壊れ
「今のって…」
「……デミアのだね。絶対殺すウーマンには相応しいクソ魔法じゃないか」
「そんなこと言わないの!でも、これで…」
「殺しやすくなったね」
「ね」
ユメの根源を剥がされて弱体化したコーカスドムス。
ガチのドラゴンというワイバーンなんかとは比較にならない怪物に変異した彼だが……どうやら、それももう限界らしい。本来の姿に戻った怪竜は、忌々しそうに死天使を名乗るあの子を睨みつけ、盛大に煽られていた。
くくっ、乗っ取るな、ねぇ。
あの儀式利用して暗黒銀河ぶっ潰すとか考えるやべー女過ぎるんだよね君。死でユメの根源を侵食させて、悪夢に似た擬似概念に作り替えて銀河中にぶっぱなすとかさぁ。
やることなすことスケールデカいし、被害がこっちまで普通に及ぶヤツだった。
怖いな。
……とはいえ、お陰で戦い易くなった。
無駄に頑丈で生存能力の高いドラゴンは、地に落ちた。僕がわざわざ危険なことをせずとも、デミアがその執念でやってのけてくれた。
そう褒め讃えたながら、僕はゆるりと足を進ませ。
コーカスドムスの左足首に銃剣を突き刺し、月の魔力を爆発させる。
『ッ、ぐぉッ!?音もなく忍び寄るとは……流石だなァ、ムーンラピスッ!!』
「お互い様だよ。でも、限界だね?君」
『戯言を!』
こんな直接ダメージ与えても、左足を動かせてる時点でこいつの耐久力おかしいもんなぁ……なんで生きてるんだコーカスドムス。
昔からわかってたけど。
ボロボロのワイバーンは止まらない。退路がないから、逃げることもできない。だから、僕たちを食らうまでその歩みを止めることはない。
でも、限界だ。
「畳み掛けるよ」
最早コーカスドムスは虫の息。僕とライト、ブランジェ先輩というトップランカーの猛攻なよって、全身の鱗から血を流している始末。
傍から見れば、何故戦いを続けるのかと危ぶまれる程の重傷だ。
でも、こいつは止まらない。
この程度で止まるようなら、かつての僕たちは苦戦せず勝てている。何度も何度も戦うような、他の幹部怪人とは訳の違う格のある存在。
そう易々と死なない怪人。それが三銃士だ。
死んでも復活するフットマンも、逃げ足の早いミセス・プリケットも、普通に耐久力が高すぎて殺しきれなかったコーカスドムスも。
みんな強かった。三銃士という枠組みによる差別化は、正しいモノだった。
それでも。
「僕たちの方が、強い」
二年前の時点で、格付けは済んでいる。どちらが強いかなんて、わかりきっていること。
生存能力に長けた怪物を殺す手段は、幾らでもある。
リリーライトが聖剣で切り開く。エスト・ブランジェが重力で押し潰す。リリーエーテが想いの力で弾き飛ばす。ハニーデイズがみんなの怪我を癒して、チェルシーが全て消し飛ばす。カリプスの呪いも、ダビーの鉄も、ナシラの殴打も、着実にコーカスドムスを追い込んでいく。
メードに支えられ、治療を受けているデミアの死がよく通じたのだろう。目に見えてわかるぐらい、フラミンゴは消耗している。
『ハハ、ハハハ!いい、いいな!これだから、戦いは……やめられないッ!!こんなにも楽しいことを、そう易易と辞めれるものかッ!!』
「懲りないなぁ。いーよ、満足死させてあげる」
『ハハハ!』
そうだね。仕方なさそうに笑うライトに追従して、この戦闘狂に最後をくれてやろう。
咆哮を轟かせるコーカスドムスに、僕も笑みを向ける。
ここで正念場。ここで全てが決まる。コーカスドムスの再誕は、ここで終わり。
覚悟を決めたのだろう。
コーカスドムスはニチャリと笑って、食い尽くしてきた魔法を行使する。
『グオオオオオオオオォォォォォ───ッ!!』
───狂化魔法<ハイパー・インフレーション>
魔法の発動を感じ取ると共に、コーカスドムスの戻った身体が、再び禍々しい形状へと変化した。正気を失ったかのように目を蠢かせ、腐食性の唾液を撒き散らし、空間を劈く咆哮を世界に轟かせる。
ふむ。キューティーハザードの魔法か。
“狂乱”だっけか。随分と物騒な名前だが……最期はこの怪物に食われる程の人じゃあ、なかった筈だ。そも、心が完全な悪人は魔法少女にならない。適性があったとして、選ぶのは妖精だ。妖精は皆心が優しい。そんな彼らが選ぶ魔法少女は、だいたい善人だ。
人類嫌いなフルーフ先輩でも、その善性は今更言うまでもない。
「行こっか」
「うんっ!」
自ら正気を捨て、暴れ狂うままこちらに駆け寄る竜に、僕たちは各々の武器を向ける。
活路は見えた。後一撃。全員の力を合わせるだけ。
最後は……そうだね。みんなお馴染みの、浄化の魔法で締めるとしよう。
そうして、最後に放たれた夢の光は。
『ギッ、ガッ───!?』
コーカスドムスを、正確に貫き───見事、浄化の力で爆散させた。
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「───って、ことがあったの。あっ、わるーいヤツらの企みは、私たちが来る前から頓挫してたってみたいだよ。それでそれで、この縛られてるのが中枢にいた人たち……渦中の悪い人たちね。当分目は覚めないけど、悪夢っぽい力に侵されちゃったみたいだからね。当然の末路かな?」
「そんでもってこの子が、将星スピカの妹。現地協力者のデミアちゃんだ」
「どうもよろしく」
「で、これがコーカスドムス。なんやかんやあって蘇ったフラミンゴだ」
「グエー」
「「「ちょっと待て!!」」」
アルタードーム地上部。
祭儀場から帰ってきた僕たちを出迎えたのは、戦闘痕が増えた大聖堂と、たくさんの聖騎士っぽいヤツらを縛って山積みにして足蹴にする同僚たちだった。
様になってるなぁ…
誰が山頂に立っているのかは敢えて言わないが。不良が抜け切れてないよ。
で、帰ってきて早々質問責めしてくる仲間たちに、事の詳細を伝えた訳だが。
僕が摘んで持ち上げるそれに視線が集まる。
うん。
「やぁ」
「うわぁぁぁーー!?しゃべったぁぁーーーー!?」
「うんうん。その反応よくわかる」
「なるよね」
貴族服きたフラミンゴの小人みてーのが宙ぶらりん……そりゃあ怖いわ。僕だって怖い。浄化消滅したと思ったらいるんだもん。目ぇ回してたけど、一番びっくりしたのはこっちだからな。
……おい、なんかしたんか?って目で見るなよ。
この件に関しては僕は無実だぞ。なんもしてない。切にこいつの死を願ってた。こんな鳥頭人外、いると思うわけないだろうに。
「酷い言われ様だなぁ」
「真っ当な言い分だが」
これ以上同乗者増えなくていいんだけど。いらない。
……こいつの復活のプロセスは、結構単純だ。なんでも元同僚である“凶夢”のフットマンの転生魔法で復活した。ただそれだけのこと。
厄介極まりない魔法だ。対処法はあるけど、その為には魂に内包された魔力を根こそぎ削ぎ落とさなきゃですごい面倒臭いんだよね……
これでコーカスドムスは実質不死身になったわけだ。
殺せないわけじゃないけど、殺しても殺しても復活して手が足りなくなる。だから殺せない。というか、今の鳥に害意は無いしね。負けたって理由で大人しいのもあるし。
魔法少女と目が合ったら戦闘!とか、何処ぞのかわいい猛獣使いじゃあるまいし……
んで、どうしようか。
「……言っておくけど、オマエの居場所はないよ?こんなイレギュラーを手放すのもどうかと思うけど、正直言って持て余すんだよね」
「仕方のないことだ。そも、私とてこの復活は想定外……つまりは偶然の産物であるからして。転生したことすらも私の意思が介在していないのだし」
「……そうなの?」
「そうなのだ」
自動発動ってこと?それはそれで困るんだけども。
……別に聞かんでいいや。あの世でフットマンとなにか契約でもしたのか、譲り受けたのか、喰って手に入れた、だとかのどれかだろうし。気にしなかったことにしよう。そして、精神衛生上よろしくないから、コーカスドムスはここで捨てようと思う。
有言実行。僕は無言で地面に鳥頭を叩き付けた。
もう二度と敵対すんなよの気持ちを込めて。結構強めにやったった。
「ごべっ!くっ、ムーンラピスぅ!」
「言っただろうが。手に余るって……せっかく手に入れた第二の人生……フラミンゴ生?なんだ。好きに生きれば?そんで二度と僕らに関わら……いや、差し迫った問題全て片付いた時に迎えに行くから、それまで好きにしてろ」
「ほうほう。随分と寛大な措置だね」
「邪魔だもん」
「酷いなぁ」
そういうわけで、コーカスドムスとはここでお別れだ。二度と会いたくないけど、そうも言ってられないので……仕方ないから、ニフラクトゥとの戦いが終わったらすぐに回収して、地球に軟禁すればいい。悪夢の国に、こいつの居場所はないけれど……未来のことは未来に考えよう。
手元に置いときたくないもん。
それに、放逐期間中に何かしら悪さしたらそれを利用に詰めればいいし。この暗黒銀河にいてくれてさえいれば、どうでもいい。
何処にも逃がしやしないさ……ちゃーんとマークつけて追跡するとも。
仕方ないなぁと受け入れたフラミンゴ……そんな彼に、近付く一つの影。
彼女は、なんら警戒せずに小人を持ち上げた。
「それじゃあコイツ、ワタシが貰ってもいいかしら?」
包帯塗れのデミアが、こてんと首を傾げて聴いてきた。何を危ないことを……とみんなで思ったけど、そこら辺はコーカスドムスに制限をかければ問題ない。
それに、彼女曰く。
アドゥーと同化していた以上、調書を受ける時に十分な証言が取れるだろうとか、死なない玩具が傍に欲しいだの色々言ってきた。
うん。後半おかしいね?
大丈夫か頭。
「ワタシの目、たまーに無意識発動することがあってね。まぁ昔のことなんだけども……万が一がないとは限らないでしょう?それで、手元にコレを持っとくの。最悪コイツ見ればなんとかなりそうでしょう?」
「いや私の負担。すごいとんでもないのだが???」
「知らないわよそんなの。ワタシが気持ちよければそれでいいのよ」
すごいこと言ってんな?
……まぁ、別にいいか。殺意と憎悪を飼い慣らしているこの子ならば、早々変なことは起こさないだろうし。記憶見たことでそこら辺は把握してる。
何かを起こすのは、姉二人の危機の時だけ、か。
最悪敵対する未来もありえるが……そこら辺はデミアも弁えてるっぽいし、いっか。
そんじゃ。
「ちゃんと見張っといてね」
「えぇ、勿論。ウィル・ゴー家の名にかけて。何かあれば何回でも殺しておくから、安心しなさい……アナタタチの迷惑はかけさせないわ。絶対にね」
「期待しておくよ。最悪鎖に繋いで檻に入れときな。暫くその体型のままだろうから」
「心得たわ」
「嫌だなぁ」
苦笑するデミアは、血の滲む包帯越しの手でピンク色の鳥頭を握り締め、大事そうに抱き抱えた。
うん、監視よろしく。
そうよろしく伝えて、惨劇の後始末といったところで。未だふらつくデミアは姿勢を正して、僕たちの方に90°のお辞儀をした。
「……此の度は星教会がご迷惑をお掛けしました。アナタタチのお陰で最悪は免れました。感謝します。生憎、今は感謝の形として差し出せるモノはないけれど……いつか、必ずお礼するわね……重ね重ねにはなるけれど。改めて、ありがとうございました」
「どういたしまして。成り行きだから、そんな感謝されることないけどね!」
「気持ちは受け取っとくよ」
「そう……それでも、ありがとう。だって、このワタシが生き残れたのはアナタタチが来てくれたから。後一歩でも遅かったら、ワタシはここにいなかった……巡り合わせに感謝するわ」
そう朗らかに笑うデミアの表情には、確かな安堵の色があって。改めて狂った儀式に終止符が打たれたんだという実感を持たせてくれた。
きっと、沈黙を強制されたお姉さんたちも喜ぶと思う。
……やっぱ、寿命が長いと苦しまなきゃいけない時間も長引くんだねぇ。
取り敢えず、これで一件落着、かな。
「あっ、そういえば。宇宙警察にはもう通報済みだから、そろそろ来るわよ?」
「撤収!!」
それを早く言えよ。




