233-バケモノたちの円舞曲
「効くかよバーカ!」
「むっ、口が悪いぞ」
自身の魔法を浴びて顔のひび割れを少し増やした程度のダメージを負ったラピスは、笑いながら飛び上がり、更に吶喊。自分の魔力で傷ついちゃ元も子もないだろうと笑うラピスの言葉に、コーカスドムスはそうかなぁ?と過去の戦いを思い返して疑問符を浮かべた。
うん。この魔法少女がおかしいだけだ。
それが例え自分の魔法でも、傷つく時は傷つく。今まで食らってきた魔法少女の中には、自分の魔法で死んだ者もいるわけで。
「全く、これだから───強者との戦いは止められない!そうだろう!?」
「テメェも宇宙脳かよこんちくしょうが」
───殉国魔法<ダーティギフト>
───咆哮魔法<イビリテーション・ロア>
───触手魔法<ウネールバインド>
───重力魔法<ヘブンズトランペッター>
───月魄魔法<フェンゴスアート・イーオケアイラ>
───極光魔法<ソーラー・キル>
幹部怪人ではない戦闘員格の怪人、アリのバチカールとライオンのキングスア、タコのテンタヌスという一般怪人から奪った魔法をコーカスドムスは放つ。
味方を犠牲に対象を殺す魔法、精神を破壊させる咆哮、毒を帯びた触手。
その全てを、ラピスは重力砲で消し去り、蒼月の弓矢で射抜き、太陽光で破壊する。
真正面から迎え撃ち、更に追撃。
魔法の優劣はラピスの方に軍配が上がるが、決定打には至らず。
次いで放たれたコーカスドムスの重い一撃を、ラピスは腕を交差させて防ぐ。
その瞬間、魔法を使われた。
「沈黙魔法」
───沈黙魔法<ロブセレクト・ワード>
「……めんど」
“静謐”のシュテレーゼの沈黙魔法。それは、魔法詠唱を封殺するバッドステータス。言葉に発するだけではなく、心の中で詠唱するという手段すらも封印する。
対魔法戦においてはこの上ない最強の手札は、ラピスの十八番を封殺。
チッ、と舌打ちを返して、ラピスは銃弾で牽制しながら退避する。
「仕留めるのなら、今かな?」
───空魔法<フォールン・マジックアワー>
魔法が使えないうちにと、“天空”のブルースカイの空を司る魔法を放つ。美しい色合いの魔力の塊に、抵抗虚しくラピスは包まれると……
視界が変わる。
ブルーアワーの美しい色彩の空が何処までも続き、下に地面らしきモノはない、無限に続く空へとラピスは転移、閉じ込められる。
「飛行系統の魔法使用不可、落ちれば落ちる程落下速度が掛け算式で上がって、負荷で死ぬ技、か。面倒極まりないクソ魔法使いやがって……」
落下に身を任せるラピスは、魔法が詠唱できないという絶体絶命な事態にあっても、余裕な態度を崩さない。
自由落下に身を任せながら、右手の魔法陣をなぞる。
……予め、沈黙魔法が使われることを想定して仕込んでおいた魔法陣。コーカスドムスがどんな魔法を使うのかを全て把握しているラピスにとって、対策の構築などに然程時間はかからない。
この空魔法も知っている。
永遠に落下する天空に転移する?否。そんな特殊空間はこの世界に実装されていない。だから作るしかない。この終わらない空は、その造られた異空間。
ラピスは今、祭儀場にできた異空間の中に閉じ込められている。
その脱出方法は、至って単純。
「無問題」
───魔法陣、起動。
五つの魔法属性を込めた魔法陣に、体内の魔力を大量に注いでいく。常人ならば吐いてしまうぐらい濃い魔力が、魔法陣の許容魔力量を一気に満杯にして。
ラピスは横の空間に向けて、力を解き放つ。
瞬間、右腕がぐちゃりと弾け飛んで。同時に、異空間に亀裂が走り……
破壊。
バリンと異空間を叩き渡ったラピスは、二度目の右腕を代償にした攻撃によって戦線復帰。余裕な態度でラピスの帰還を待ち構えていたコーカスドムスに睨みを利かせて、空間の破片を掴んで投げる。
勿論軽い動作で避けられるが……
その動作の時点で、ラピスは飛び膝蹴り。フラミンゴの巫山戯た頭にクリティカルヒット。
ついでに顎も蹴り上げた。
「ごふっ!?」
「ナメんな」
「ハハハ、君が戻ってくることは信じてたよ?ちょーっと早すぎるけど、ね!」
「ふっ!」
今度は血反吐を吐いて仰け反ったコーカスドムスの腹を力強く蹴り捨て、その反動で距離を取った。五秒足らずで三発も重い一撃を食らったコーカスドムスだったが、すぐに体勢を戻し、何事もなかったように復帰。
アドゥーの細身な筋肉質の身体を利用して、避けれない速度で体術を行使。魔法を使えず、右腕を無くしたままのラピスに圧倒的な優位を得るが……
その頭に影が落ちる。
「うん?」
コーカスドムスが見上げたそこには。
自分のもう一つの姿と瓜二つの、ユメから作った怪竜がボロボロの姿で。
落ちてきていた。
「なっ…」
「避けちゃダメだよ?」
「リリーライトッ!ぐっ、クソ!」
「潰れてろ」
片翼を失い血塗れの竜。その背中に立っていたライトがコーカスドムスの頭上から片割れを落として。逃げようとする彼の足を、ラピスの銃弾が射抜く。
そうして逃げる間もなく、彼は押し潰された。
その瞬間に沈黙魔法は解除され、自由になったラピスは右腕を再生させた。
「なにやってんのさ」
「偶には苦戦したい気分なの」
「えぇ…?」
ふざけたことを宣うラピスの頭をこてんと突き、死骸に押し潰されたコーカスドムスを眺めるライト。
この程度の重量なんてことないだろうとわかっている。
だから、竜の骸を吹き飛ばしてこっちに突撃してくると考えていると。
「っ…」
違和感を覚える。
コーカスドムスのフラミンゴの頭が、無い。代わりに、アドゥーの首なし死体が潰れていた。
それに気付いた瞬間、ラピスとライトはその場を跳躍。
死骸に向けて極光と魔光を放つが───それよりも早く竜が起き上がる。
押し潰されていた仮初の肉体など、最早必要ないと。
『グオオオオオオ───ッ!!』
再起動した竜の躯体。その身体は完全に修復されて……本体の自我が宿ったことで、内包されていた魔力、殺意も跳ね上がる。そして、肉体組成の大部分を担うユメの力が作用して、コーカスドムスに更なる強化を齎す。
最初の変化は、その竜翼。
より強靭に、より鋭く、よりゴツゴツと。羽搏き一つで雲を晴らす龍翼に。鋭い棘が生え揃っていた尾も膨らみ、身体も一回り大きくなって、顔はより凛々しく、恐ろしい風貌へと変化していく。
正しく龍。万物を破壊に導く最強生物。
ワイバーンなどと呼ぶには強すぎる、ドラゴンが咆哮を轟かせた。
「へぇ!」
「あーあ。信徒くんが集めたユメ、全部取り込んでやがるこいつ。かわいそ」
「一ミリも思ってないでしょ」
「うん」
そんな脅威を前にしても、2人の顔色は変わらない。
血走った龍の瞳に睨みつけられても、彼女たちが臆するわけもなく。冷静に、楽しく、好戦的な笑みを浮かべて、最強のドラゴンを迎え撃つ。
いつかの引導は、あの日既に渡してある。
恨み辛みはもう持っていない。一度屠ったのに、過去をまた持ち出すのはナンセンス。もう終わった話なのだと、2人は割り切っている。
罪も咎も彼には存在しない。
背負うべき者は既に自滅した。有象無象の信徒たちも、たった今、最後の一人が異邦の天使に倒されてその意識を失った。
「終わらせよっか」
「うん、そうだね」
時期に仲間たちがこっちに寄ってくるだろうが……最早そんなことを考える必要もない。
十分楽しんだ。
好戦的に笑うドラゴンに、ライトもまた朗らかな笑みを返して。顔を無くしたラピスは、笑みの代わりにくるりと銃剣を回して、構える。
「でも、最後まで」
「楽しもうね!コーカスドムス!!」
『ギャオォーンッ!!───ハハハ、そうだね。最後まで私を楽しませてくれよ!!』
「「喋んの!?」」
今一度、戦争のゴングが鳴る。




