229-血濡れの自力脱出系天使
「いっつつ…」
「深呼吸してね。ゆっくり、ゆっくり…」
「すー…はー……すー…はー…」
「それじゃあ、行くよ。デイズ、上手く合わせてね」
「はいっ!」
───光魔法<リザレクト・ライト>
───花魔法<ヒーリング・ポピュラー>
地下通路に面したとある一室。デミアの案内で侵入した祭具のある倉庫で、満身創痍の彼女を治療する。なんでもつい数分前まで牢屋の中にいて、爪が剥がれても頑張って脱出して……その際に、手指は見るも無惨なボロボロに。
背中は、首席枢機卿に逆らった時、“供物”の第一段階と宣われながら抉られたらしい。
その背中と指を、ライトとデイズが魔法で癒す。
暖かい魔力を全身に伝わらせて、重傷部を重点的に癒す魔法少女たち。
だが。
「ッ、治んない…?」
傷は再生しない。
一切治癒されず───血は止まらずに流れるまま、肉は外界に露出したまま。どちらの魔法も、デミアの生傷には効かなかった。
「な、なんで?」
「っ……別に、大丈夫よ。ありがとう」
「でも…」
「本当に平気よ……ねぇ、地上は、どうなってた?多分、ロクなことになってないんでしょうけど…」
「……死体だらけ、かな。建物は比較的無事だったよ」
「そう…」
残念そうに溜息を吐く。その後も説明を続けて、救援も調査も何も無く、ただ閉鎖されていた事実をライトたちは懇切丁寧にデミアに教える。
自分たちが“星喰い”を殺さんと、遠い銀河から来た人間であることも。
「成程ね……物騒じゃない。嫌いじゃないわ。道理で姉のことを知ってるわけだわ……ねぇ、あのクソ姉、スピカはワタシのこと、なにか言ってた?」
「え? んーん。なにも。初対面だし……流石に、敵には言わないんじゃないかな……?」
「…………それもそうよね。ごめんなさい、聞かなかったことにしてちょうだい」
「いーよ」
自分を置いて自由な外の世界に飛び立った長姉を、末の妹であるデミアは嫌いに嫌っている。自分一人だけ自由になって、妹二人を置いていった長姉を嫌っている。
……無知であることを良しとし、汚い大人の言うことに従順に従って。遂には星教会の最高権力者、お飾りの聖座となった真ん中の姉も嫌いだ。最終的に職務放棄キメて、二人揃って皇帝に臀を振っている……
妹としてあまりに恥ずかしく、気味が悪く、絶対ああはなりたくないと固執して。
この地に残って、真面目に家業に……代々受け継ぐ業に身を捧げていたのが悪かった。
知らなかったのだ。
何も。
「ご明察の通り。あのワイバーンは、この地下大空洞……アナタタチが通ってきた縦穴の、途中途中にある見えない穴で養育されていたものよ」
「見えない、穴?」
「えぇ。知らないと認識できない、そういう魔法。実際、ワタシもつい最近まで知らなかったわ」
「成程ねぇ」
傷が癒えないのなら、少しでもマシになるよう包帯やら絆創膏やらを巻いていく、その最中。皆にされるがままのデミアは、この一団の代表者……ムーンラピスを見上げて言葉を続ける。
顔がないという不気味さはあるが、そういう種族もまあいるだろうなで流した。
全然怖いが。
「君の姉二人はこれを知らないの?」
「恐らく、だけど。スピカは知っててもどうでもいいってなるだろうから、直接聴いてみないとわからないわね……ポリマ、次女の方は多分知らないわ。知ってたら、もっと騒ぐと思うのよね……実権もない神輿にされてることにも気付いてなかったバカが、こんな秘密に気付けるとは……到底思えないのよね」
「辛辣だねぇ。君がクソ真面目ってこともよくわかった」
「ふざけてるの?」
「褒めてんのさ」
「そ」
ちなみに、デミアが数ヶ月閉じ込められていた牢屋は、先程までいた縦穴の、地下聖堂への入り口があった場所の反対側の隠し通路である。どうも認識阻害で隠されていた幽閉場所であった様子。
一応見ておこうかと立ち上がったラピスだが、デミアがずっと新鮮な死体しかないわよ、山積みになっててグロい廃棄所だけど大丈夫?だの本気で案じる目をしていた為、今回の件でこの女は“灰色”だと断じているラピスは、まあそれなら見なくてもいいかと納得した。
被害者ではあるが加害者でもある。
そんなデミアの内心を見抜きながら、こいつもこいつで大変だなと哀れんだ。
この女、さり気なく読心して、デミアの本性……今回のワイバーン騒動では被害者寄りで、姉妹揃って生贄候補の選ばれし被害者であることを見抜いていた。
ちなみに、ワイバーンのことについては知っていたので加害者側でもある。
「君の怪我が治らないのも、死体たちと同じ理由かな?」
「……恐らく、そういうことでしょう、ね。あの儀式には新鮮な心臓やらが必要で、少しでも腐らせるわけにはいかないものなの。だから、空間をこう弄って……ドクドクと心血は流れ続ける。怪我は治らない。傷一つで死ねるってわけ。今ワタシが生きているのは……偏に生き汚いから、かしら……うん、そういうことにしときましょう」
「適当だねぇ」
「ヤな魔法…」
怪我が治癒できない理由はその通り───司教枢機卿の一人が持つ空間魔法によって、常に“新鮮さ”を維持できる魔法がかかっているのだとデミアは語る。
その魔法が解けない限り血は乾かずに濡れたまま。
そして、もう一つのかけられた魔法……傷ついた瑕疵は決して再生しない魔法の空間設定により、その魔法を使うまた別の司教枢機卿をなんとかしなければ、治せるモノも治せない。
……小惑星とはいえ、星全体に作用する空間魔法を僅か二人で行使しているのもおかしな話だが。
最高位の信徒に選ばれているだけはあるのだろうか。
心から大っ嫌いなヤツらの顔を思い浮かべて、デミアは辛抱できずに怒りの溜息を吐く。
それはもう、深く、深く。
「……はァ、このワタシを生贄に選ぶとか、アイツラ思考終わってるわね」
「選ぶ側に立って枢機卿も皆殺しにする復讐計画立ててた危険因子を排除したかったんじゃないの?」
「えっ?ちょっ、マ?」
「……成程。見抜かれてたのね。そして、アイツもそれに気付いていた、と。うーん。もしかして、マヌケはワタシだったのかしら」
「知らんがな」
つまりはそういうことである。
突然現地の協力者が推定悪い奴になってびっくりしてる新世代と三銃士と召使い、まぁこいつならそういう物騒なこと考えるよなで納得するカリプスで反応は別れた。
カリプスの反応にデミアは驚愕で目を震わせた。
彼女的には、姉二人ぐらいしかこの殺意───実姉にも容赦なくぶつけている熱意が伝わっているとは思っていなかったらしい。
「忠臣スピカと自称セフレの妄言ポリマの妹だからって、気になって見てみたら殺意渦巻き過ぎててびっくりしたが俺たち将星と陛下の同一の感想だからな?あのゴーイングマイヘイカのスピカが赤面しながら謝罪するぐらいはお前ヤバいやつ判定受けてるんだからな?いいか?あの陛下がうわすごって素で思うぐらいなんだぞ?そんなの、そこの蒼いのと赤いのとテメェぐらいなんだからな?」
「そ、そんな……照れるわね」
「意味わからん照れ方するところ、やっぱ姉妹だわ……」
「キャラ濃くない?」
「これ、私たちには殺意向いてないだけで……当人たちは対面する度にヒシヒシ感じてただけじゃないの?すっごいわかりやすかったんじゃないの?」
「恥ずかしいわね」
「その一言で片付けるのもどうかと思うなーっ!やっぱり異星人って怖いっ!」
「……今、さり気なく同類扱いしてなかった?」
「気の所為だろ」
デミア・ウィル・ゴー。
自分を除く、この世の全てに恨み辛みを吐いて底無しの殺意をぶつける聖職者。自分を置いて自由を謳歌する……星教会本部の汚い一面を知って見限り、口を閉ざされて、妹たちに何も告げることができずに逃げた長女を。全力で気付いていないフリをすることでその身を守り、聖座扱いという神輿という安全な地位で思考停止を選んだ次女を。最終的にはどっちも皇帝に恋して意味のわからぬ行動力を見せつけているのだが。現在進行形で。
デミアはそれが気に食わない。
オマエもこっちにおいでよ、と腕を引っ張り深淵()へと道連れにしようとしている姉二人が。姉二人を誑かして、銀河の覇権を握る元凶が。そんな姉二人に沈黙を強制する呪いめいた地獄を課す枢機卿が。意固地になって、ここに残った自分自身が。
憎くて。
嫌いだ。
「で、顔のない人」
「ムーンラピスだよ」
「そう。ラピスさんでいいかしら?最初に言った提案……ワタシを助け出すのと、絶賛始動中のクソ儀式を止める。受けてくださる?」
デミアは生きたい。死にたくない。そして、この自分を差し置いておどろおどろしい儀式をやって、好きなように動こうとしているクソ野郎共をなんとかしたい。
勝手にやられて巻き込まれるのはごめんだ。
自分一人では到底無理だが……この侵入者たちならば、どうにかできるのではないか。この薄汚い手を取ってくれやしないかと。打算込みで、頭を下げる。
折角巻いてくれた包帯が赤黒く滲むが……そんなこと、もう気にしてられない。
懇願にも似たその願いを、ラピスは仕方ないなと建前で承諾する。
「いいよ。個人的にも儀式とやらを終わらせるのは本望。徒に命を失わさせるつもりもない……例の枢機卿とやらは兎も角、君だけは助けてあげる。ついでに、嫌いな儀式もぶっ潰してあげるよ」
「ふふっ、頼もしいわね……ありがとう」
「どういたしまして」
将星の妹の命を助けて恩を売るのも、またいいだろう。それで敵の手が緩められるのなら……考えようによっては利になるのだから。
古びた椅子に腰掛けているデミアに、ラピスは魔法陣を浮かべて近付く。
「お呪いね」
「えっ?えぇ…っ?」
「時間魔法。今、君の肉体の時間を止めた……これ以上の流血は、怪我しない限りないから」
「へぇ…!」
どんなものでも利用して手に入れてやろうという魂胆、偶然をも手玉に取り、自分の利にないモノを利にしようと画策するその姿勢に共感して。
殺意を選択肢に入れている彼女に敬意を表し、死にゆく身体の時を止めてやる。
ついでに精神沈静化と安定化、瀕死寸前だった体に少し喝を入れてやる。
「! 楽になったわ!」
「それはよかった……そんじゃ、これから儀式をぶっ壊すわけだけど。具体的にはどんなもんなのか。何も知らない僕たちに教えてくれる?ワイバーンを使ってる?ぐらいの情報しかないからさ、僕たち」
「……肝心な話なのに、そういえば言ってなかったわね。ごめんなさい」
幾分か楽になった身体で、足を組んで。
デミアは、星教会の闇の一つ───特異な種族を使った壮大な計画を。首席枢機卿と司教枢機卿、その信望者たちだけの秘密の計画を。
楽園に至る、その旅程を。
「ユメを食らう生き物、ディープワイバーン……カレラの心臓と、このアルタードームに足しげく通っていたせいで目印を付けられた信徒タチの心臓を使って、ユメの根源を創る計画。自分タチに都合のいい世界を、“星喰い”からの支配から脱却する為の、楽園作り」
「───嫌よねぇ、自分タチだけ安全圏の、信仰心なんて欠片もない夢物語なんて」
「クソ喰らえよ」
まるで、何処かで聞いたことがあるような───誰かの計画と一部内容が掠っている、似て非なる計画の存在を、滔々と語って。
だいぶ悪辣なユメ計画に、被害者一同は揃ってこいつの亜種かぁと、天を仰いだラピスに不躾にした視線をわざとぶつけるのだった。
風評被害




