227-廃教会の生き急ぎ探検
「おえー!」
「なん、すっげー見た事あるやついる!?」
「具体的に言うとこの前戦ったー!?」
「……ディープワイバーン、だと?なんでこんなところにいやがる…?」
「ひぇ…」
入ってすぐに死体とこんにちは、そんで大通りの先には見覚えのある怪竜の死体。羽を広げて横たわるそいつは、瞳孔を開いたまま死に、ベロを伸ばして事切れていた。
信徒らしき死体も検死して、外傷の有無を確認。
……無いな。内出血でグハッガクッって感じ?心臓でも握り潰されたのかな。
不思議。
ワイバーンの体色は桃色……亜種は黒らしいから、これ通常種か?なんでこんなとこにいるんだ。
そう呟いた僕の言葉に、隣にいたカリプスが首を振る。
「いや、通常種の鱗は青だぞ」
「えっ?そうなの?へぇ……」
それじゃあこいつは何種……いや待て。僕、知ってるぞこのピンクの色合い。見覚えがある。
今までディープワイバーン亜種だと思ってたけど。
「コーカスドムスって、黒でも青でもない、ピンクの……奇抜なフラミンゴだったよね」
「よくよく考えたらおかしいよなぁ」
「ふむ…」
旧・三銃士のあいつ……通常種でも亜種でもない、特別個体だとは思ってたけど、さてはマジだった感じ?
not魔眼持ちyes悪夢耐性の変異個体だったりする?
そんでもって、ここに落ちてる死骸、コーカスドムスのお友達だったりしない?なに、黒いのじゃなくて正真正銘ピンクいのの仲間いるの?
めんどっ。
「探索するか」
「正気なの?」
「……今回の件にディープワイバーン・特異個体(仮称)が関わってるのは明白。夢を食べるっていうキモイ性質から考えても、ここの信徒が襲われて、外傷ないのも内側からイカれた可能性はワンチャン…」
「それにしては破壊痕少ないけど……」
「多分、この感じだともっといるだろうねぇ……よーし、みんな注目」
疑念は深まるばかりだが、やることはたった一つだ。
「調査するよ。こいつの同種が他にもいるのか。そいつも同様に死んでいるのか。そも、何があったのか……なんで閉鎖されてるのに、調査はされていないのか」
「やること多いねぇ。でも、確かに気になるもんね…」
「ね」
……怖がってるそこ。諦めなよ。運命は受け入れた方が早くて楽だよ。
怖がってる仲間たちには団体行動を告げて、もうちょい気を楽にするように勧める。恐る恐るで、イヤイヤだけどやる気にはなってくれた。
ありがとね。
「カリ兄さん、何か知ってる?」
「残念ながらな。新聞で話題になってたのと、レオードが疑問に思ってたのを知ってたぐらいだ。閉鎖かー、そうか程度だったな…」
「ふーん…」
一番の疑問点は、レオードたち将星の耳にも詳細な話が届かない謎の情報規制だからね。当時の新聞読んだけど、閉鎖!ってだけ書かれてて理由までは書いてなかったよ。目下調査中なんて文言は、確定で嘘かな。
多分、調査があったらレオードの耳に入ってる。
あいつの情報収集能力は舐めちゃあいけない。タレスの機械的なそれもあるしね。
……閉鎖を理由に、誰も来ないように厳命してたとしか思えないよなぁ。
「ここのお偉いさんが隠してる?」
「宇宙宗教っていう最大手だからなぁ……もしかしたら、ミーム汚染みたいに“情報”が広がって酷いことにならないように配慮した結果かもしれないし」
「それはそれで嫌だな。概念系は嫌いだぜ」
「でっかい宗教なら権力あるだろうし、閉鎖って銘打って隠匿したんだろうねぇ」
「死体がいっぱいだから?」
「うーん」
議論を交わす魔法少女たちに、僕はそういえばと追加の情報を落とす。まぁ、みんな気付いてるだろうし、わざと目を逸らしてるだけなんだろうけど。
閉鎖してから三ヶ月。つまり死んでから三ヶ月経ってる死体を指さす。
「新鮮だよね」
「その言い方やめて?」
「……血も新しい。死体も硬直してるけど、腐ってるわけでもない、か」
「不気味だぁ…」
「怖い…」
みんなの恐怖がぶり返しちゃったや……
でも疑問だよね。なんならこいつを一番の疑問にすべきだよね……
「時間停止ッスか?」
「いや、時の流れは正常だ……死体保存みたいな結界術の気配も今のところないよ」
「お手上げだな」
取り敢えず、遺体の様子も確認して、どのくらい腐敗が止まっているのか、どんな魔法が作用しているのか、あと死因はなんなのかも突き止めよう。
大変だけど、なんとかなるでしょ。
「いやだー…」
「大丈夫だって」
「カオナシも相まってホラーだよもう」
「シバくぞ」
そう渋るみんなに言い聞かせて、魔法少女+αを調査に解き放った。
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廃教会と化したと言ってもいいアウタードーム。普段は信者のみが入れるその空間も、今や薄ら寒い不気味さしかない様相が辺りに散りばめられている。
所々にある、死体、死体、死体。
老若男女あらゆる異星人の遺体が、吐血した姿で神殿の各地に倒れており。何故か何も匂わない、視覚情報だけを与えてくる遺体に手を合わせながら、調査隊は白い大地を踏み締める。
「ワイバーンの死体もあちこちに…」
訝しげに呟くリリーライト───悪夢との戦いで何度も遺体と「こんにちは!」したことが多々ある魔法少女は、ナニカから逃げるように、恐怖で引き攣った顔をしているディープワイバーンの亡骸を何体も確認する。
人間とは違う爬虫類の頭だが、不思議と、どんな趣きで最期を迎えたのか読み取れてしまう。
そして、正門前はまだ小綺麗だったが……教会の敷地を右へ左へ逸れていくと、崩れた塔があったり、瓦礫の下で白目を剥くワイバーンがいたり、壁に縋ったのか手を赤く染めた信徒たちがいたり、原形を留めていない肉塊……
死に慣れている者も慣れていない者も、その惨劇に眉を顰める。
「地上部は生存者0か」
「わかりきってたことだろ」
「……」
神秘的な大聖堂と死のコントラスト。思考に蓋をしたくなるぐらいの惨さには、歴戦の勇士であっても見ていたいモノではない。
自分たちで生み出した死者は、やった者としてしっかり目に付ける。
だが、これは。
何が目的かはわからないが───ただ、何かおぞましい力が働いていたことはわかる。それは、魔法少女としても納得できる力でないことは、語るに及ばず、明白で。
死体を弔わずに放置しているのも。
ずっと、まるで見てくださいと言わんばかりにそのまま残しているのも。
気持ちが悪い。
「この前の戦闘で死体量産しといてどの面だけど、これはちょっと違くない?」
「作為的にこーしてます感が凄いよねぇ」
「死体利用されてる私たちよりも酷いですね…」
「さり気なく僕のことディスった?いいんだよ、今ここでサヨナラしても」
「ゆるして…」
もう一度、正門の後ろ……大聖堂の前に全員で集まり、一番最初に目にしたピンクのディープワイバーンを遠目に見ながら、言葉を交わす。
地上部にそれらしい証拠はなかった。
生存者は勿論0。探知魔法もこの星の特殊な磁場が影響でもしているのか機能せず、地下がどうなっているのかは不明。ワイバーンが入り口を塞ぐ大聖堂を除き、幾つかの建物を拝見したが結果は著しくなく。人型の死体とピンクワイバーンの死骸しかなかった。
荒らされた形跡はなかった。
あるのは、ワイバーンが暴れた痕跡と、命を助かろうと必死に足掻いた信徒の傷痕。
綺麗な鮮血が、時が経っても色褪せぬまま、ぴちゃりと音を立てていた。
「でも、わかったことはある」
死体死体死体死体死体───億劫になるぐらい死体しかなかったが、たった一つだけ、全員の創意でそうだろうと判断できる要素があった。
全員の言葉を代弁するかのように、ワイバーンを睨んだラピスは告げる。
「このワイバーン共の出処は───…地下だ」
そも、最初からおかしかったのだ。
飛び立つワイバーンが、どいつもこいつも地上部に近い場所で死んでいる。塔に突き刺さっているとか、高空から見える位置では死んでいなかった。
全て、地上で事切れていた。
まるで、地下から這い上がって───否、逃げてきて、死んだとしか思えない。
それに、全ての個体がおかしかった。
具体的に言えば、ワイバーンなどの竜種の象徴である、翼について。
羽が退化したのか、翼膜のない、骨だけの角張った翼の名残りなような付属物。退化したのか、捨て去ったのか。飛行能力を完全に失った翼。
異質だった。
異常だった。
全てのワイバーンが───羽のない、まるで羽の存在を奪われたかのような、形成異常をもった個体ばかり。
一匹残らず、全ての個体が。
まるで、意図的にそうなるように造られたかのような、そんな不気味さを、全てのワイバーンの死骸から、全員が感じ取った。
「位置的にも、地下から地上に出てきた感じだと思う……被害に遭ってた建物の、色んなところに穴があった。全部地下通路になってた……ちょうど、これぐらいデカイのが通れるサイズ感の、穴がさ」
「確定したね。そして、最悪だ───アルタードームは、地下にこいつらを飼っていたわけだ」
「……知らなかった、わけねぇもんなァ」
「レオードから貰ってた資料で、星の地下深くにまで塔の形状をした施設があるのはわかってた。マントル限界まであるんだ。ワイバーンっていうデカい生き物と同棲してて気付かないわけがない」
「だろうな」
原因は地下にある───そう結論付けて、星教会自体が胡散臭い場所だと想定して。
外に出ようと足掻いた末路を、扉の前から退けて。
「嫌だなぁ」
「腹、くくるかぁ」
「……いざとなったら、みんなのこと盾にするからね」
「そこは嘘でも庇うって言ってよ」
「パニックホラーも好きじゃないんだよなぁ」
「頑張ろ」
「ね」
北極点の中心、大聖堂の中へと踏み入らんと、足並みを揃える。
「……あぁ、そうだ」
そこで、思い出したかのように。
ワイバーンと異星人の検死をしていたムーンラピスが、もう一つの真実を呟く。
「ここにいる全部の死因───心臓喪失による“変死”ね」
胸の窪んだ死体を指さして、そう軽く。
恐怖を煽るのだった。




