224-インベーダーノックアウト
昨日間違って投稿したヤツです
二回目見る人は許して…
再発防止に努めます。一日一話のルールを崩したくない、作者のプライドをどうかお許しください。
カンセール・サレタ。
四百年以上昔、暗黒王域に侵略戦争をふっかけ、大勢の犠牲を双方共に出した上で、皇帝ニフラクトゥの手で直接打倒された男。その後、敗者は勝者に従うべきの理論で、皇帝直下の十二将星に名を連ねて……入れ替わりの激しい将星の座を、四百年近く維持し続けている猛者。
“天魚雷神”、“天弓闘馬”、“鋼鉄貫牛”に次ぐ古株。
たった六百年余りの歴史しかない、新興の暗黒王域ではあるが。あまねく銀河を相手取った戦争を、何度も何度も経験している。そして、彼は。カンセールはその戦争から何度も生還している、歴戦の猛者。
巨蟹戦艦ビーハイブと共に、何度も逆境を乗り越えて、勝利をその手に掴んできた。幾つもの惑星を手中に収め、皇帝に献上してきた。かつて何処にも属さず、ただ侵略を繰り替えていた拳の王は、いつしか、大いなる蛇に与するただのカニと成り果てていた。
だが。
「ハァッ!!」
───極砕魔法<クラッシュスマッシュ>
今の彼は───正しく、歴戦の侵略者。魔法少女という極上の強敵を前に、皇帝の配下であるという建前を捨て、カンセールという一人の戦士として、ここにいた。
全てを破壊する拳は、魔法さえも打ち砕く。
当たれば瀕死間違い無しの攻撃を砕いて、只管に前進。重い甲殻などあってないようなもので、歩みを止めるには軽すぎた。
「あはっ!」
「いいねぇ」
リリーライトの聖剣、ムーンラピスの銃と剣術と魔法、その全てを拳と身体で凌ぐ。欠けた紅い甲殻が甲板の上を滑るように落ちるが、そんなこと気にしてはいられない。
今願うは、ただ一つの勝利のみ。
あのニフラクトゥが待ち望む、同格の強者を。先んじてこの手で葬り去る。恐らく、いや、ほぼ確実に……できたとしても、相討ち以外に未来はないだろうが。この戦いを逃した王の顔を、想像する。
怒るのだろうか。嘆くのだろうか。それとも、落胆か。
あの美貌がどう歪むのか、カンセールの小さな想像力を掻き立てる。
例え、死ぬ未来が避けられないモノであろうとも───ここで一花咲かせるのが、男の道。
帰らぬ命となっても、勝ってやると。
破滅思考の中に、大きな勝機を見出して。カンセールは拳を振るう。
「リング、構築!!」
───蛸壺魔法<バトル・オクタゴン>
───暗黒魔法<ケイオス・ブラックサークル>
───決闘魔法<バトル・バトル・バトル>
大陸並に広い甲板に、星を埋め尽くす大量の暗黒物質が渦巻き、特殊空間を形成。その中にタコ足が這い、空間を更に遮るようにフィールドを形成。
更には、拳での打ち合いでのみ機能する身体強化魔法が展開されて。
殴り合いを前提とする、暗黒物質とタコ触手に囲まれたリングが完成した。
その空間では、拳こそが至高───剣術・銃術の威力を極限まで低下させ、魔法自体も物理方式による近距離戦を除いて、中・遠距離攻撃の魔法出力を減衰させる。
暗黒物質の性質変化が、そう定義した。
己の得意なフィールドである“拳”のスタイルに、最強を無理矢理連れ込む。
「へぇ。面白い使い方だね」
「んひゃ、本当に威力出ない…」
「カッカッカッ!色々と悪いかにな!でも、これぐらいのハンデは許して貰うかにッ!!」
「仕方ないなぁ」
最強の2人であっても、その制約からは逃れられず。
聖剣サン・エーテライトを鞘に収め、銃剣をしまって、ポキポキ、コキコキと首や肩を鳴らして対峙する。別に、強引にリングを破壊するなど、欠伸をするのと同じようにできるのだが。
死の運命を半ば受け入れ、それでも勝利を望む男に……慈悲を下す。
「斬り合い撃ち合いは慣れてるけど……殴り合いは何気に久しぶりだ」
「魔法少女はパンチも強いよ?」
決闘に応じて、横並びになって、拳を構える。
どんな制限をかけられようと。攻撃手段を減らされて、近付くことを強いられても。魔法少女の余裕は変わらず、勝利は揺がない。
徹底的にボコって、儚い命を散らしてやると。
チャレンジャーを受け入れて、その拳に魔力を集約……武器とする。
そうして舞台は整い───最初に動いたのは、この男。
「ふんぬっ!!」
───攻殻魔法<ブレイブシェル・ボクシング>
物理硬度を跳ね上げた、裁断ではなく殴打特化の鋏拳を握り締めて、魔法少女に連続のラッシュを刻む。当たれば昏倒間違いなし、否、昏倒程度では済まない拳を、2人は僅かな動きで回避。
ただ殴っているだけなのに、油断も隙もないその体勢に拳を挟む。
「そこぉ!」
───光魔法<ブライトフィスト>
陽光を纏ったリリーライトの拳が、カンセールの顔面を目掛けて振るわれる。危なげなく避けるが、掠っただけで皮膚がジーンと痛む威力。
それでも笑って、もっと寄越せと拳を振るい合う。
「仕方ないから……地球の魔法使いの殴り合いってのを、見せてあげよう」
───剛曲魔法
───剛健魔法
───必中魔法
───素手喧嘩魔法
───重積魔法
───剛毅の魔法
───力魔法
───拳魔法
それらはかつて、拳主体で戦っていた魔法少女の力……その全てを集約して、ムーンラピスはその身一つに大きな力を宿す。
最強の身体強化、壊れない剛拳、どんな攻撃でも当たる強制必中、殴れば殴る程速度が早くなる喧嘩作法、連撃のダメージを蓄積倍増させる殴打、威力の倍増、より純粋な力の根源、拳にまつわるならば最強の魔法。
魔加合一はせず、重ねがけで拳を強化して。
ラピスは殴り掛かる。
「そいつァいかん!!」
実質対戦者が増えたことに、カンセールは今まで以上に焦りながら、避けたのに当たる、避けられない、回避などあってないような状況に追い込む理不尽に晒される。
顔面を、胴体を、手足を、ラピスの強打が貫く。
それでも、カンセールは痛みに耐えながら全てを受け、血反吐を吐きながらも倒れない。僅かなフラつきはあれどその程度。甲殻を貫いて内部を痛めつける衝撃ダメージを受け切った。
だが、破壊の拳はこの程度では終わらず。ライトの拳も相まって、降り注ぐ。
「うぐっ!」
「ほらほらほらほらァ!!」
「君だって知ってるだろう?───暴力は、最高の言語!だってことを、さ!!」
「ぐっ!!」
拳を交わすよりも速く、魔法少女の拳が届く。ラピスの不可避の魔拳を拒むことは敵わず、全て受けるように彼の運命は操作されている。
ライトの光拳もまた鋭く、カンセールの防御を貫く。
自分から仕掛けた試合であったが───こうして魔法を使われてしまえば、逆転する。幾ら、カンセールの鋏拳が全てを粉砕する、魔法少女という小さなニンゲンを殺せる力の塊であったとしても。
届かない。
敵わない。
「がにっ…!?」
……どれだけ殴り合っただろうか。
曖昧な時間感覚の中……カンセールに、限界が訪れる。全身を守る甲殻は、もうボロボロ。拳に至っては、今まで打ち込んできたそれとは見る影もない。
たった数分の攻防で、得意な殴り合いで、彼は徹底的に追い込まれた。
「ッ…、ガァッ、ガアアアァァァァァァァ───ッ!!」
だが、それでも諦めることなく。渾身の一撃を、武術の極地に至ったその技を、放つ。
身体は重い。何度も何度も挑んでも、魔法少女の頂点、天井に届きもしない。見ることも、仰ぐことさえできない無力感。それでも、まだ諦めるには早い。早すぎると己を納得させて、世界に挑む。
今ある全てを、この手に残った全てを費やしてでも。
残り少ない最後の力を振り絞って───カンセールは、たった一つの勝利を追い求める。
そう、たった一つの勝利を。
「極ッ!砕ッ!魔法───ッ!!」
───極砕魔法<星砕き>
世界を震撼させる拳を。最強を超える、最強の一撃を。たった一瞬の隙をついて放たれた拳は、星を砕いて無へと帰す極砕が。
もう一度、もう一度。
リリーライトと、ムーンラピスの、暗黒銀河の支配を、力強く拒む者たちへ。
叩く。
穿つ。
貫く。
だが。
「っ……クッ、ソ…」
その極砕を、二人の掌が───やさしく、受け止める。
魔力を込めて防御に力を込めただけの、無手で。二つの小さな手が、カンセールの大きな鋏拳を受け止めて、その衝撃を、破壊を、培ってきた経験全てを総動員することで無力化して、受け流す。
余波で全てが吹き飛んで、決戦場は吹き飛ぶ。
タコ足は千切れ、暗黒物質は吹き飛んで……元の宙色が見下ろす下で。
カンセールは、膝を着く。
ボロボロに砕け散ったビーハイブの甲板。最早、無事なところを探す方が難しいと言い張れるぐらいには崩壊した惑星戦艦。
馴染み深い舟の上で、カンセールは荒く息を吐く。
まだ動ける。まだ動いてみせる。未だ折れぬ心が、そう身体に訴えるも。悲鳴を上げる身体は、うんともすんとも言ってくれやしない。
敗北───…脳裏に、その言葉が過ぎる。
「漸くか」
「……今まで戦ってきた異星人の中で、あなたは二番目に手強い戦士だったよ。うん。きっと……この感動が、次を上回ることはないかなぁ」
「随分と過酷なこと言うね」
「事実だもん。それぐらいに……あなたがくれた衝撃は、忘れられそうにないよ」
戦闘は終わった。
そう言わんばかりに感想を述べ、“最強”に立ち向かった勇士を称賛する2人。そこに傲りや嘲りなどはなく、ただ純粋に彼を褒め称える2人の姿があった。勝敗は喫した。あとは戦後処理。無力化した将星の処遇をどうするのか、顔を見合せて相談する。
……だが。
「ッ、そんな、慰め……ェ…いらん、いらんッ!いらんのかにッッッ!!」
「!」
満足しない。
納得しない。
絶対に、認めない。
星砕きの侵略者カンセール・サレタは、そんな微温湯に浸ったような終わりなど、認めない。
屈辱だった。目眩がした。この程度で、己が終わったと思われていることが。一度膝をついただけ。それだけだ。まだ抗える。まだ戦える。まだ攻めれる。
負けたからなんだ。もう動けないからなんだ。
まだ、まだ、まだ。
心は死んでない。
「ぐっ、おぉ…おぉぉぉッ!!」
勝つまで死なんと、カンセールは力強く、天に轟くほど高らかに吼えて。
無謀にも、立ち上がる。
敗けるのならば───“最強”の手で、直接。この命に、終わりを。
「……トドメを刺されるまで、満足してくれないみたい。本当に、根っからの戦闘民族なんだね」
「我儘な海産物だな……ったく、仕方ない」
未だ折れぬ将星に、2人は目配せをし合って。
この戦いに、終止符を打たんと───聖剣を、銃剣を、マジカルステッキに戻す。
光の塊をイメージした水晶と、月をイメージした水晶を頂点に持つ、二本の杖。
魔法少女としての、2人の原点。
「…ハァ、ハァ…ハァ……」
立ち上がり、フラフラと拳を突き付けるカンセールは、目を血走らせて、最期まで戦い続けんと震える四肢に力を込める。これ以上力を抜いて溜まるかと、意地で立つ。
そんな意地っ張りから、2人はトンっと甲板を蹴って、距離を取る。
なにを、と呟くカンセールに向けて、2人は慈悲を……最高の一撃を手向ける。
「いいよ」
「見せてあげるね」
「僕と」
「私の」
「「───最強の一撃を」」
十分な距離を取って。マジカルステッキを、重ねて。
煌々と光輝く白金色に───自分たちの“赤”と“蒼”を、重ね合わせる。吹き上がる魔力の奔流が、かつて、世界を明るく染め上げた、二色の希望が。
束ねられる。
「……ハハッ!」
あまりにも眩い光に、カンセールは目を細めて。目前に迫る明確な死に、我慢できずに笑う。あまりにも苛烈で、熾烈で、それでいて静かで、美しくて。
夢のような輝きが、カンセールに突き付けられる。
距離を取っていてもわかる、その力に。カンセールは、嬉しそうに笑いながら。
拳を構える。
死力を尽くした、絞り切った力を……己の生命力すらも燃料に変えて。
もう一度。
「……付き合ってくれて、ありがとうかにねェ……その、オマエらのくだらない優しさと、一緒にッ!!今度こそ!この拳で、貫いてやるかにッッ!!」
「魔法、集積ッ!!」
心からの感謝を、礼を告げながら。
息も絶え絶えのカンセールは、本当の、最後の一撃を。お見舞いする。
───“皨”+“暗黒”+“百瞳”+“引力”+“斥力”+“極冠”+“蛸壺”+“耐久”+“呪巣”+“狂酔”+“影”+“回転”+“爆嗽”+“大砲”+“闘蔵”+“決闘”+“攻殻”+……
+“極砕”
この戦いの為に集めた、魔法の因子。侵略種である己の配下たちから厳選して選んだ、魔法の数々。大元の創造主である“蒼月”とは違って、彼らの因子を魂に取り込む形で会得した、カンセールを新たに構築した力たち。
遺骸も残滓も、全てを掻き集めて、ただ勝つ為に。
その全てを───己の拳に乗せて。憎き2人の最強に、ぶつける。
「魔加ァ、合一ッッ!!」
所詮は真似事。
猿真似の知恵。
それでも、彼は確かに───最強の魔法少女の頂きに、手を掛けていた。
「<極天砕轟>ォォォ───ッ!!」
赫赫と輝く拳を、前方へと突き付けて……その拳から、惑星破壊の極光が放たれる。
甲板を抉るそれは、一直線に魔法少女に襲いかかる。
苦痛に叫びながら、拳よ届けと。
カンセールの最後の一撃を。彼女たちの持ち得る強さを追い求めた先にあった、その重ね技をもって。正真正銘、最期を捧ぐ。
「研究されまくってるね!」
「……思うところはあるけど、指標にされた気分も、悪くないね」
不撓不屈の男の意地に応えて、笑みを浮かべ合って。
「ふふっ。久しぶりだけど、いけるよね?魔王さま!」
「そっちこそ、合わせられるんだろうな?勇者さん?」
───陽の光よ
───月の光よ
マジカルステッキを重ね合わせて、異なる二つの魔力を織り交ぜて。それは、かつての世界を彩った希望の極光。あまねく世界を覆う真っ黒な絶望を晴らさんと、最後まで耐え残った2人が紡ぐ、祈りの力。
魔法少女の希望。魔法少女の奇跡。魔法少女の底力。
希望を一つに束ねて、一条の光に収束させ、この世から悪夢を消し去る為に力を合わせる、二人だけの魔法。この二人だけの奇跡。
「“これは、祈りの光”!」
「“悪夢を乗り越える、希望の光”」
「“私たちの奇跡は”!」
「“いつまでも、どこまでも”」
「「───“ここにある”!天輪二重奏っ!<ディライト・マギアドリーマー>!!」」
阿吽の呼吸で放たれるそれは、青と赤の二色が、決して紫色にはならない───2人の力が、しっかりと寄り添う形であることを証明する、奇跡の極光。
光と月の浄光が、カンセールの魔法拳と激突する。
甲板にて衝突する二つの力。やや、カンセールの魔拳が押し負けているものの。一切引かず、魔法少女との拮抗に打ち勝たんと耐え続ける。
咆哮が上がる。
全力を込める。
……だがそれは、魔法少女たちも同じこと。余力のある2人には、届かない。
悪夢に満ちた世界に、希望の光を届けるユメの輝き。
その勢いは、最後まで弱まることはなく───魔法拳を撃ち抜いた。
「ッ───!?」
逃げることも、避けることも適わず。二重奏の魔砲は、カンセールを包み込んで。
そのまま、止まることなく。
甲板を抉り続け、駆け抜けて───ビーハイブの甲板を通り過ぎて、遥か遠く、煌めきの先にある宙の果てまで、極光を届ける。
「カカッ、がっ!カハッ、わはは───!!」
不思議と、痛みのない。暖かな光にその身を貫かれ。
幾つもの戦艦を撃ち抜いて、惑星を貫き、何度も何度も背中で全てを破壊しながら。
カンセールは、笑いながら飛ぶ。
───負けた。完膚なきまでに、敗けたッ!!
今まで、奪うことで満たされていた。侵略という形で、自分の領地を、配下を、想いを維持してきた。二度に渡る敗北を経て、その考えが変わったわけではないが。
魔法少女の輝きを。目を逸らさせない、その光を。
魔法少女対策で研究する内に、何度も直視して。荒みに荒んだ心に、一筋の光が差したような感覚に、彼は何度も陥った。魔法少女を想って勝つ想像をする度に、不快より先に、ワクワクと、ドキドキと、楽しさが勝った。
力の一端だけでも、真似したいと思うようになった。
一度の敗北でめげずに、諦めずに、乗り越えたいと真に思うようになった。
……結局、勝てなかったのは不満だし、未練タラタラの文句ありだが。それでも───この闘志を、魔法少女への戦意を見せつけられただけでも、まだヨシとしよう。
そう満足気に笑って。憧れに力を突き付けた将星は。
音にならない喝采を上げながら───その身を、爆光に捧げて。
「───…!!」
敗北を認めた。




