222-顔のない怪物
惑星大の宇宙戦艦、ビーハイブを中心として発生する、艦隊丸ごと包む巨大な星雲。百を優に超える艦隊の存在を隠蔽する性質を持つこの星雲は、今、鉄の星全体を包む形で静かに漂っている。
その中を浮遊する戦艦たちは、次々と墜ちる味方諸共、魔法少女や悪夢の住人たちを撃ち落とさんと、手に汗握る努力を続けていた。
……そんな激戦続く宇宙戦争の、東区域。
ビーハイブのすぐ近くの戦場では、無数の戦艦を相手に大立ち回りを演じる怪物と、それに騎乗しながら遊撃する3人の召使いがいた。
【ア゛ア゛ア゛クゥーム゛ッ!!】
帽子頭の怪物、ハット・アクゥームが次々と戦艦に爪を突き刺しては破壊する傍らで、その頭頂部に乗った3人、メード、ダビー、ナシラの合流した召使いたちが、頭からちまちまと戦艦の乗組員たちを攻撃していた。
圧倒的に有利とはいえ、数の暴力という脅威は健在。
それでも少な目の軽傷に収めて、召使いたちは協力して雑魚狩りに励む。
「メアリーレーザー!!」
「さっさと墜ちなさーいっ!!」
『アオーンッ!!』
封印解除された闇晶光波、鉄工魔法による戦艦を操った玉突き事故、螺旋回転する星狼の突撃破壊。
あらゆる手を尽くして、魔法少女に負けじと戦う。
その最中。
───巨蟹戦艦ビーハイブの左舷から、突然轟音が鳴る。
全員の意識がそっちに向いて───瞬間、母艦の舷側が爆発するように崩壊。吹き飛んだ壁から、小さなナニカが飛んでくる。勢いにその身を任せて、進行方向にいた有象無象の戦艦を貫通破壊して、何度も何度もバウンドして、クレーターを作りに作りまくって。
本艦から二十キロは離れた地点の戦艦を最後に、彼女は停止する。
【バ゛ッ!?】
その殴り飛ばされた気配の持ち主を知っているハット・アクゥームが、戦艦たちを足蹴に全力疾走。残骸の塊へと生まれ変わった中型戦艦の、最後にできたクレーターへと駆け寄る。メードたちも吹き飛ばされたのが誰なのか半ば理解しながら、振り落とされないようにしがみつき。
辿り着いたその先で。
クレーターから、ゆらりと。幽鬼のように立ち上がる、影を見た。
「帽子屋s───、ッ!?」
到着と同時に帽子頭を飛び降りて、主の元に駆け寄ったメードは、そこで。
信じられないモノを見る。
ダビーたちも、あまりの光景にショックを受けた顔。
「───…痛かっ、たぁ」
そんな些細な反応など気にも留めず、彼女は笑う。
その傷口は、カンセールによる星砕きの一撃の強さを、凄まじさを雄弁に物語っていた。リリーライトにその首を斬られた時とは、また別ベクトルの酷い傷。
だが、この女は気にしない。
久方ぶりに負った重傷なんぞに意識を配る程、大魔王も暇ではなく。
「帽子屋様…」
「……なんだ、いたのかメード。ダビー、ナシラも。あ、オマエもかハット・アクゥーム……まぁいい。今、すごいワクワクしてるところでさ」
心配そうに見詰める視線など、いらんと振り払って。
「邪魔ァ、するなよ」
砕け散った顔腔───暗闇が浮かぶ、虚無を頌える闇を血肉の代わりに内包させた、左頬から顔全体を消失して、陶器のように割れた顔になった大王は、笑う。
白亜の肌に空いた穴には、静かに揺らめく闇しかない。
目も鼻も口もないのに、不思議と───彼女は、全てを知覚できている。
惑星破壊規模の、渾身の一撃を受けても、尚。彼女は、倒せない。
沈黙を選んだ召使いたちに見送られて。
ムーンラピスは、ド派手にぶち破った決戦場へ、転移で帰還する。
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────久しぶりに、殴られた。
「素晴らしい。誇っていいよカンセール。油断なんざ一切なかったこの僕に、ここまでの手傷を負わせたことを……心の底から称賛しよう。祝福しよう。オマエは、現段階で最も僕にダメージを与えた将星だ」
「カッカッカッ……やはり、殺せんかにか。残念かに」
ムーンラピスは、崩落しつつある決戦場に戻ってきて、開口一番にカンセールを褒め称える。
それは心からの称賛。
格上喰らいという高難易度の奇跡を成し遂げ、ラピスにここまでの深手を与えた異星人は、過去の戦闘を含めても彼が初めてだった。
顔面の崩壊以外には、一切の傷はないが───ここまで己の人間味のない姿を晒すのは、これが初めてだった。
そう、全てが初めて。
異星人に意表を突かれて、ここまでの無様を晒して技を喰らったことも。
全て。
真っ暗闇を顔の中に宿した一応人ではある怪物の姿に、カンセールは冷や汗をかきながら、ゼェゼェと荒れる息を整える。
「大丈夫なの?」
「この程度、些事だ」
「そっか」
顔が無くなった程度でごちゃごちゃ言うことはない。
「目、共有いる?」
「視界良好、無いけどあるよ」
「それは残念」
「変態」
「えへ」
リリーライトと並び立って、瓦礫の降り注ぐ決戦場を、彼女は睥睨する。
その手を天に掲げて、魅せる。
「褒美だカンセール。今から君に、二つ。見せてやる」
興が乗った。
気分がいい。
だからこそ───この宙域に浮かぶ全てを、彼らの力で殲滅してやろう。
乗り越えてみせろ。
飛び越えてみせろ。
性格の悪いムーンラピスは、もっともっと魅せてみろとカンセールに期待する。折れることは許さない。生半可な気持ちで敗れるのならば、最初から期待していない。
だが、失望することはないだろう。
これで終わりかと、上から目線で煽って落胆するなんて未来はあるかもしれないが。
見上げるカンセールもまた、脂汗をかきながらも───笑って運命を受け入れる。
彼の闘志に、亀裂は入らない。
「来いかに」
「その意気や良し───それじゃ、手始めに。この分厚い天板を退かすとしよう」
───月魄魔法<ルナエクリプス・ラズワード>
破壊の大魔力を天井へと叩き付け、甲板まで貫く大きな穴を拡げて。崩壊を速める決戦場を“外して”、浮かせて、戦艦の外へと運び出す。
対魔法少女用にセッティングした決戦フィールドが軽い動作で乗っ取られたことに哀愁を帯びながら、不撓不屈の挑戦者は、何が来てもいいように構える。
その目は、真っ直ぐに。
顔のない怪物と、傍らに寄り添う勇者だけを、世界から切り離す。
やがて、決戦場は甲板に浮上して。辺り一帯を“星雲”が支配する宙の下に出る。
プレセルペ蟹紅艦隊の象徴の一つに、触れる。
「この星雲はいいね。魔力遮断機能……正確には外部との通信をシャットダウンする性質。君たちが管理する装置でないと、侵略される星は助けも呼べないわけだ」
「発生源は、この舟かぁ。星雲作れるのすごいねぇ」
「機能美に優れてると思うよ?まぁ、これから。君たちの象徴は崩れるわけだが」
「かに?」
何度目かの称賛をしながら、ムーンラピスは【悪夢】の力を胎動させる。
その手に、星雲を握る。
「よくよく思えば、僕がマトモにアクゥームを幻出させたことってないんだよね。だいたいゴナーの再利用ばっかで済ませてるし。そもそもハット・アクゥームがいるから、そんじょそこらのなんざいらないし」
「……でも、まぁ。今回は、特別に見せてあげるよ」
その語りから始まるは、かつての魔法少女と、悪夢との熾烈な戦いの日々。
終わりを終わらせられなかった、死闘の繰り返し。
彼女にとっては苦い思い出───今では、生み出す側にいるのだから。
「それじゃあ……
───幸せな夢も、楽しい夢も、希望に満ちた夢さえも。真っ暗逆さま、歪んで狂って落ち落ちて。残りし我らは、終わりを奏でし禍津の天を仰がん。
そう、全ては悪夢の調べ。終わりなき最果て。僕という月の悪夢に、その身を溶かせ」
「《夢放閉心》───出てこいッ、アクゥームッ!!」
完全詠唱をもって、夢魔を───この宙域にある星雲の全てを素体に、作り上げる。
霧のようにそこにあった星雲が、大きく揺らめいて。
悪夢の大王ムーンラピスの掌の上に、集積されるように蠢いて。
「おいおい…」
母艦ビーハイブの上空に───二つの目玉を生やした、災害級の超巨大夢魔が現れる。
生きた星雲となって、更なる災禍となって。
「名付けるのならば、ネビュラ・アクゥーム……この場を借りて、君には感謝を。構想上の存在として設計したまま忘れかけていたこいつを、作る機会をくれて。心から……ありがとうと言わせてもらう」
「カッカッカッ、最強サマは性格悪いかになァ……あぁ、本当に。とんでもないことをしてくれたかにッ!!」
「負けちゃう?」
「まさか!」
プレセルペ蟹紅艦隊を内部に閉じ込めて、悪夢の底へと閉じ込める真性の怪物。かつて“色彩”に打倒された積乱雲タイプのアクゥームをベースに、宇宙進出したら作りたいアクゥームとして構想はしてあった夢魔。
その仮想夢魔を、現実に落とし込む。
ちょうどいい感じに、利用できそうなのがあったから。乗っ取ってしまえば最後、勝っても負けても敵に大打撃を与える策があったから。
奪う。
「「そして」」
カンセールは強いられる。
ネビュラ・アクゥームの討伐を───全力を惜しまない魔法少女との死闘を。
期待値を跳ね超えた男に、敬意を表して。
全力をお見舞いする。
「頑張ってね?」
「期待してるよ」
リリーライトは、目のないムーンラピスと顔を合わせ、不思議と目の合った感覚に浸されながら。
詠唱する。
奏上する。
「───あまねく奇跡に、祈りと輝きを。希望に満ちた、尊き明日を夢見て。私の光が、悪夢を照らす」
「───絶望を仰ぎ見よ。滅びの夜天に、蒼月は坐す」
2人の高まる魔力が、詠唱と共に更に跳ね上がって……やはり、収まることを知らず。
交わらぬ二色の夢光が、宙を貫いた。
「ドリームアップ───」
「───マジカルチェンジッ!!」
勇者と魔王が、夢の覚者───ドリームスタイルへと、転身した。




