221-月を撃ち落とす日
“魔法習得数向上を狙った魂の拡張工事技術・改案”。
三年前、魔法少女の死亡に伴う戦力低下を憂い、自分がやっていた魂の拡張という、魔法容量を増やす苦肉の策。当時の蒼月が行った施術よりも、理論上の生存率は上がり最も成功する可能性を秘めていた研究レポート。
その内容は全て、余すことなくインターネットの海へと放流されていた。かなり検閲を必要とされる内容であり、時の権力者たちは揃って修正を求めたが、魔法システムで投稿された記事に手を加えることは叶わず。自己顕示欲、いや、可能性を否定したくなかった蒼月によって、彼らの訴えはそもそも届かず。
結局、実践できる者もする者もいなかった為に、蒼月のチャンネルに紐付けされる形で、電脳世界の海の奥深くに埋没していた。
それを、カンセールが持ち込んだ情報収集装置が、偶然拾い上げて。
「魔法少女ォ!」
───暗黒魔法<ダダダ・ダークマター>
拳の早打ちと共に放たれる暗黒球が、空間を抉りながらムーンラピスに肉薄。魔法をも喰らう未知の力が迫るが、銃剣を一振りするだけで対処。なんと、銃剣が過ぎ去った空間が開いて、真っ黒な空間の亀裂へ暗黒物質を消した。
お返しとばかりに、ラピスは興奮冷めやらぬ顔で魔法を詠唱する。
「さぁ、どうする?」
───歪魔法<ザルゴ>
たくさんの黒い影が現出して、カンセールを呪殺せんと彷徨い歩く。緩慢な動きからは考えられないスピードで、濃い呪詛は先走る。
触れれば即死、掠っても即死。
絶対致死の呪いを目前にしても、カンセールは冷静さを損なわず。
「目には目を、歯には歯を───呪いには、呪いを!」
───呪巣魔法<カース・ハニコムド>
床が盛り上がって、そこから蜂の巣に似た肉塊が現れ、穴の一つ一つから大量の呪詛を吐き出す。こちらの呪詛はそこまで威力が強いわけではなく、手足が壊死する程度の呪力しかないが……全てを蝕むザルゴの彷徨いを、僅かに止めることができて。
動きが鈍くなった影に、ラピスは何もせず。
無言で前面に防護障壁を重ねて張り、放たれる拳圧から身を守る。
「極、砕ッ!!」
カンセールの万物全てを砕く鋏拳が、呪いなんぞと邪魔する一切合切を吹き飛ばす。
拳圧でラピスの障壁を全て叩き割って、更に追撃。
「出し惜しみはしないかにッ!」
「───それなら、私のことも!ちゃんと意識しなきゃ、ねっ!!」
「ッ」
───極光魔法<ホーリーカノン>
段階を踏んで次の位階に進んだリリーライトの魔法が、カンセールに放たれる。死角から来た砲撃にカンセールは舌打ちを返して、魔眼の石柱と凍星の氷柱を攻撃方向へと直立させて、防御壁を建造する。
極光が二つの柱に押し止められている間に、その場から跳んで離脱。
「もっかい!」
「わんもあ?」
「ん〜、ノーッ!!」
───極光魔法<サンライト・レイ>
───月魄魔法<ルナダーク・レイ>
───百瞳魔法<アルゴス・蝕魔>
───極冠魔法<ポーラーアイス・ツリー>
───爆嗽魔法<シン・エクスプロード>
二種類の光線を減退させ、凍てつく柱に阻まれ、爆破の力を宿した針がその隙間を縫う。ほぼ見えない針を各々の得物で跳ね除け、2人は前進。
鋏拳で打ち勝とうとするカンセールに斬撃を食らわす。
だが、カンセールは耐える。
キャンサー星人は脱皮を繰り返すことで強く硬い甲殻を手に入れる。そんな種族の頂点に立つ男は、理論上はこの2人と同じくらいに頑丈になれる。
そんな理論上の仮説を、意図的に脱皮を繰り返すという寿命を縮める行為と、魂の拡張による魔法会得によって、彼は体現した。
「本当に、私たちに勝つ気で揃えてきたんだね!」
「ッ、当たり前だかにッ!ただでさえ、一回敗れていると言うのに!同じ相手に二度も負けちゃぁ、カニの立つ瀬がないカニよォ!!」
「負けず嫌いめ」
───攻殻魔法<ブレイブシェル>
───闘蔵魔法<ミュータント・タートル>
───回転魔法<ローリング・タンク>
「ひき潰されろ!<ローリングキャンサー>!!」
全身の甲殻を更に硬く、鋭く、武器としての質を上げ、カメ型の異星人が使う魔法で身体を甲殻に格納し、大きな攻殻球体となったカンセールは、回転をつけて跳ねる。
その回転突進はあらゆる魔法を弾き、剣技を防ぐ。
最強の攻撃は防御。防御しながら攻撃し、移動するその突進は、リリーライトを轢き殺そうと新幹線と同じ速度で突撃。
「受けて立つ!!」
───極光魔法<リヒト・エクスカリバー>
逃げることも避けることもせず、聖剣から迸った極光を叩き付ける。
ギャリギャリギャリと嫌な音を立てて、回転する攻殻を受け止める。拮抗状態が続くが、どうもカンセールの押す力が強いのか、徐々にライトの足が床を抉る。
後退する足に、ライトは歯噛みする……わけでもなく。
好戦的に笑って、後退した足を前へ、一歩前へ踏み出し対抗する。
「おおおおおおおおおおおッ!!」
「ハアァァァァァァ───ッ!!」
互いに一歩も譲らない攻防。
その横で、横槍を入れようとしたラピスだが……首筋にチラつく殺気に気付き、チラッと視線を動かして。
気配もなく、真横に浮かんだ大砲の砲身と目が合った。
「ウケる」
───大砲魔法<エクス・アーティラリー>
虚空に大砲を設置する魔法。対処に動くよりも早く砲門から爆音が放たれ、ラピスは顔面から砲弾を浴びた。
無論、言うまでまなく無傷だが。
その一瞬の隙をついて、カンセールは回転しながら……目を回すことなく、攻殻に守られた中で複数の魔法術式を起動する。
「ガニッ…!」
魔法の複数使用には、とんでもでない激痛が走るが……この程度、どうってことない。
目指す勝利を掴み取るには必要な痛みだ。
「ったく……どっからそんなに魔法集めたの、さ!」
新たな魔法の気配に、せめぎあいを強制されたライトは悪態をつきながら、聖剣に込める魔力を、力を、最大限に引き上げて。
そのまま攻殻を突き破らんと、意志を込めて。
高速回転を速めるカンセールの突進を、ライトは力強く跳ね除ける。
「おりぁッ!!」
吹き飛ばした先は、大砲をへし折り、興味本位で魔法の解析を始めようとしていたラピス。殺意の高い回転が突然矛先を変えて飛んできてびっくりした顔をするが、すぐに気を取り直して。
手袋を嵌めた右手で、普通に受け止めた。
「ラピちゃんッ!!」
「できるんだからいいだろう。ったく……さて、そろそろ回るのも飽きてきたんじゃ……ん?」
「うん?」
一向に止まらない回転をする、自分よりも大きな攻殻にそう聴くが……ラピスは、受け止めている物体の違和感に気付く。本当に微弱だが……カンセールの攻殻に、薄らと認識誤認の魔法がかけられていて。
目を見開いたラピスが、一コンマだけ手を離し、すぐに攻殻に拳を叩き込む。
すると。
「チッ…」
「えっ!?」
あんなにも頑丈だった甲殻は、あっさりと砕け散り……木っ端微塵のバラバラになった破片の中に、カンセールの姿はなかった。
この2人に気付かれずに、消えていた。
「転移魔法か───、ッ!」
可能性として推測できる要素に、感嘆とした声を上げたラピスは、何処にいるのか探ろうとして。
床に着陸すると同時に、身体が動かなくなる。
まるで金縛りにあったかのような───ラピス程の腕前ならばすぐに解ける魔法罠を、ラピスが解除するよりも、早く。
影が揺らめく。
「───極砕魔法」
スローモーションの視界の中、ラピスが目にしたのは、自分の影から這い上がり、その自慢の鋏拳を……極限まで魔力を込めて、強い想いを込めて練り上げた最強の拳を、己に突き付けるカンセールの真剣な顔。
影魔法で気配を誤認させ、強制脱皮と外皮の高速構築で攻殻と己を切り分け、浮かぶムーンラピスの足元の影に、転移魔法と影魔法を使って潜り込んで。
硬変の魔眼で金縛りに合わせ、動きを止めて。
極限まで気配を消した上で───着地によって広がったラピスの影から、至近距離の拳を。
星砕きを。
「ッ、ラピちゃん!?」
事態の深刻さに気付いたライトが、形振り構わないで、ラピス諸共カンセールを斬ろうという本末転倒な解決策を実行するよりも、早く。
叫ぶ。
「<星・砕・き>ィィィッ!!」
渾身の一撃を、たった一発で惑星を粉砕できる、あの日放った時よりも遥かに強化された、最強の拳が。
咆哮と共に、放たれる。
格上の最強を超える為、魔法というたくさんの小細工で稼いだ時間を費やした、侵略者の破壊力。ムーンラピスの強者の余裕に食らいつけるように。リリーライトよりも、遥かに厄介な最強を、先に潰す為に。
自滅覚悟で放った拳に───悪夢の月は、笑う。
「───やるじゃん」
障壁を張る間もなく、影で拘束するという裏技で身動きできない状況下で。
称賛するラピスの横っ面に。
砕拳が炸裂した。




