220-遥かなる蒼への挑戦者
ズシーン…
ズドーン…
ズガーン…
「やっと着いた」
耳を塞ぎたくなるような破壊音を響かせながら、進行の邪魔をする戦艦共を薙ぎ倒す。蹴りでひっくり返らせて、拳で残骸に変えて、魔法で吹き飛ばす。
そうして最強の二人、ムーンラピスとリリーライトは、プレセルペ蟹紅艦隊の本艦の甲板、その先頭へと、激しい攻撃をすり抜けて辿り着いた。ここに至るまでに二十五の戦艦を壊滅させてきたが……最早、気にする必要もない。
敵の大元を絶たんと、2人は無言で歩みを進める。
船室を一々覗き見ることはなく、開かれた道を真っ直ぐ突き進む。
勿論のこと、船内にいた雑兵たちが必死の抵抗を2人に見せたが……そういった命知らずは、容赦なく、慈悲など与えずに血祭りに上げて。
幾つもの障害物を押し退けた、その先に。
───円形の大部屋が、2人を出迎えるように、その扉を開けていて。
まるでBOSS部屋のようなそこに、待ち人はいた。
「───ようこそ、ご客人。我が本艦、ビーハイブ号へ」
大柄な体躯を収める、大きな椅子に座った、プレセルペ蟹紅艦隊の提督。暗黒王域の十二将星の一座であり、その座につく前からその悪名を轟かせてきた、星の侵略者。
統括する惑星の名は巨蟹宮……否。
巨蟹戦艦ビーハイブ。惑星を丸ごと改造して作り上げた惑星戦艦を率いる、その男こそ。
“烈征蟹虚”、または“星砕き”のカンセール・サレタ。
魔法少女の旅程を阻む、暗黒王域からの二番目の刺客、侵略宇宙人である。
「そっちの方は初めましてかにな。将星カンセール。是非名前ぐらいは覚えて欲しいかに」
「大丈夫、絶っ対に忘れられないぐらい個性的だから……それじゃあ、僕も自己紹介をしよう。アリスメアー二代目首領にして悪夢の大王。“蒼月”のムーンラピス。これから君を撃ち落とす女の名前さ」
「私も改めて。十三代目妖精女王。“極光”のリリーライトだよっ!」
それぞれ名乗りを上げて、お互いの武器を向け合う。
降伏宣告などは、お互いにない。どちらにせよ、彼らは殺し合う運命にあるのだから。今更負けを求めたところで意味はない。胸の底から湧き上がる戦意の前では、そんな些細なことなどどうでもいい。
銃剣を構えて、聖剣を軽く振るい、拳を力強く握る。
準備は万端、心意気は言うまでもなく。自分たちの望む未来の為に。
「いざ!」
「尋常に……」
「勝負ッ!」
───皨魔法<オーリム・ステイラ>
───月魔法<デスムーン・ショット>
───光魔法<ソレイユブレイカー>
月の魔弾と太陽の爆光。それに対抗して放たれたのは、古き星の輝きを宿した特殊な魔法弾。
二種類の光と闇を“星”は呑み込んで、爆発。
見覚えのない魔法に、ライトが驚きから目を見開いた、その時。
「ッ!?」
「ハァッ!!」
───極砕魔法<スクラップ・ウォー・キャンサー>
かつて聖剣を撃ち破った拳が、顔面スレスレを掠った。咄嗟に緊急回避ができたからいいものの、危うくライトが真っ先に落ちるところだった。
すぐに体勢を整えて、再び繰り出された拳を避ける。
「おい」
「ごめん油断してた!ってか、なに、さっきの魔法は!!私、知らないんだけどっ!?」
「なんのことかにぃ〜?」
非難する目のラピスに軽く謝り、素知らぬ顔でもう一度魔法を繰り出すカンセールに怒鳴る。
明らかに別系統の魔法。“星”の魔力を宿した魔法。
事前情報とは異なる戦闘体系を見せた将星に、ラピスはいつもの仏頂面を解いて、楽しそうに、面白そうに笑みを深める。
「面白いッ!」
「カカカッ!」
───荊棘魔法<ニクサシイバランロード>
───極冠魔法<ポーラーアイス・カノン>
血を啜る薔薇がフィールドを這うが、その全てを凍星が氷漬けにして破壊する。カンセールの身体に以前との差異は見られない。至って普通に、彼は極砕以外の魔法を複数使用できている。
だが、ムーンラピスとは違う。
このなんでもありの体現者とは違い、カンセールの魔法容量は極砕魔法でいっぱいいっぱい……それ以外の固有に分類される魔法を使えるわけがない。
ないのに、使えている。
拳の突きと同時に放たれた氷の波動に魔法少女は身体を凍らせるが、表面上のそれを一瞬にして砕き……未知へのワクワクで胸を高鳴らせながら、カンセールに肉薄せんと脚を酷使する。
「ねぇねぇなんで!?」
───光魔法<リヒトライト・カタスター>
興奮冷めやらぬ様子で斬り掛かる様は、まさに恐ろしくカンセールは背筋を凍らせるが……これぐらいの恐怖には慣れっ子だった為か、鈍ることなく拳で受け止める。
脱皮を経て前回の戦いよりも硬くなった拳は敗れない。
聖剣を打ち返し、更なる追撃をもって聖剣ごとライトを吹き飛ばす。
「ッ!」
「自らの手で暴くのが、醍醐味なんじゃあないかにかぁ?エェッ、魔法少女ォ!?」
「あはっ!確かに!任せたラピちゃん!」
「ふざけんなバカ」
───百瞳魔法<アルゴス・硬変>
───暗黒魔法<ダダダ・ダークマター>
───引力魔法<グラビン・ドンキー>
カンセールの背後に浮かんだ魔眼が、視界に映った敵の身体を硬直させ、僅かな時間でも動きを止めて。三連星の暗黒物質が2人に飛来して、引力によって引き寄せる。
ほんの一瞬身体を硬直させられ、引き寄せられる2人は目前に迫る暗黒球体に向けて、一切慌てることなく冷静に聖剣と銃剣を一振り。
暗黒物質を両断して、引き寄せられるままカンセールに魔法を放つ。
───月魔法<ムーン・スコイル>
───光魔法<サンライト・レーザー>
乱回転する月の奔流と太陽の熱線は、カンセールの紅い甲殻に阻まれて通じない。
ならばと直接斬り掛かるが。
「来るな、かにっ!」
───斥力魔法<リパルン・ドンキー>
「ぐっ」
「うっ!?」
カンセールを中心とした反発する力の発生により、強く弾き飛ばされてしまう。
ライトはそのまま壁に激突したが、ラピスもまた反発。
背中に斥力を生み出して、再びカンセールの元へ。更に引力も発生させ、その距離を無理矢理縮める。
二つとも、地球産の方の魔法である。
己と同じ魔法を使うことにカンセールは驚きながらも、彼は冷静に対処する。
「厄介かになァ!!」
「お互い様だよ───さァ、オマエご自慢の殻は何処まで耐えられる?」
「ッ!」
───蛸壺魔法<タコツボラッシュ>
───狂酔魔法<デンデロ・アルコホール>
───爆嗽魔法<シン・エクスプロード>
───斬魔一刀流・哀二食
召喚された壺からタコ足たちの連続パンチ、酩酊により平衡感覚を奪う酒精、爆発性の魔力を帯びた棘の三重奏。単調に見えるタコ足ですら、人間程度の強度ならあっさり粉砕される威力だが……
その全てを、ムーンラピスは真顔で切り抜け。
たった一振りの剣閃で、向かってきた全てを斬り裂き、二振り目の剣閃をカンセールに浴びせる。硬い程度ならば容易く断ち切る剣術を、カンセールは魔力も何も込めずに右手で受け止める。
そして。
「へぇ…」
「ッ、かにかにかに!お気に召したかにかァ!?」
「勿論。たった今、君は僕の想定を大きく上回った───誇っていいぜ、カンセール・サレタッ!!」
「カカッ!」
ただの甲殻一つで、その斬撃を受け止めてみせた。
これにはラピスもにっこり。想定外の強さを見せつけたカンセールの名前をちゃんと呼んでやり、小細工でも己の適性外の魔法を多用する姿勢も評価していた。
この短期間でそれを成し遂げた執念には敬意を表する。
それはそれとして潰すが───久しぶりに、この戦いを楽しみたい欲が湧いてきた。
真っ先に潰すのは惜しいと、本気で思い始めている。
そんな私的な欲求を押し殺して、ラピスは更なる猛攻を繰り出した。
「いってて……んもうっ!」
壁にできたクレーターの真ん中で、楽しそうな幼馴染の戦いを少し見ていたライトは、私を置いて楽しむなんてとカンカンに怒る。わざわざ時間をかけて魔力を溜め終えた聖剣を握って、クレーターから飛び降りる。
そして、駆け抜け様に───ひとっ飛びで、赫々とした背中の甲羅に聖剣を叩き付ける。
極光が吹き荒ぶ。
「うぐぉっ!?」
「斬れなくても〜、衝撃は効いちゃうよねぇ!」
「……ククッ、かにかにかに……本当の本当の本当にィ、そう思うかにかァ?」
「へぇ?」
背中からの強い衝撃を浴びても、カンセールから余裕の笑みを引き剥がすことはできず。
種明かしをするように、彼はその魔法の名を唱える。
「耐久魔法───ショック吸収。耐久力を強化するだけのステゴロ特化魔法かに。その派生の一つが、内への衝撃を緩和する。故にィ!そんな威力じゃあ、カニへのダメージなんざ、屁でもねェかにッ!!」
「あはっ!手段選ばなくなってるね〜!これからは劣化版ラピちゃんって呼んでいい?」
「恐れ多いかにねっ!」
「……吸収してるだけなんだから、衝撃が効いてることに変わりはないのでは?」
「正論やめろかに」
「痩せ我慢がんば」
だが、攻撃の大部分を緩和することはできる。それ故に余裕をもって立ち回れる。そして、この2人が、彼のその余裕を呆気なく崩せる実力者であることもわかっている。
わかっているからこそ、油断はしない。
最大限の準備をして、覚悟を決めて、彼は、この戦場に仁王立ちしている。
攻防共に、地球最強の二人と戦う為に仕上げてきた。
そこに至るまでの重みを、カンセールはその身をもって理解した。将星随一の魔術師である“天秤崩界”に頼んで、あの“天魚雷神”ですら見たことのない、悪寒の走るような生き急ぎのやり方だと憐れんだ“それ”を、カンセールは、無理矢理にでも刻み込んだ。
全ては勝つ為に。侵略者の流儀に則って、取り込んだ。
彼個人が、戦って負けたわけではない。そもそも、彼が相見えたこともない。だが、その同格に彼は敗北を喫し、愚かにも生き残ってしまった。
生きたからには、乗り越えて、次は勝つしかない。
その為に、彼はあの日、初めて地球に近付いたあの日、肌身離さず持っていて、戦闘の最中こっそり起動していた情報集積装置───AIが勝手に必要そうな情報を無作為に集める機械が、無事であることを喜びながら……その中に入っていたネットのデータに、目をつけた。
これしかないと。
成るしかないと。
故に彼は敬意を払う。
とち狂った施術を、自ら考え、自らの体で実行して……真に最強となった彼女に。幾ら許容量が大きくても、まだ足りないと拡げる手段を確立した彼女に。
最大の尊敬を。
畏怖を。
「リリーライト!貴様に勝つ為に、カニはその位階にまで成り上がる道を選んだ!貴様のいるステージは、遥か遠い煌めきの先だったかにが……カニは、その端っこだけでも足を引っ掛けることに成功したッ!!」
「なにを───ッ!」
「気が変わったかに!教えてやるかによォ───カニの、この強さの源泉はァッ!!」
「ッ!?」
己を下した相手と、同格か、それ以上の片割れ。目指すビジョンには、これ程にない最適解だった。
例えそれが模倣品でも。
二番煎じと揶揄されようとも───見上げた“衛星”に、夢を見た。
「“魔法習得数向上を狙った魂の拡張工事技術・改案”……なんてモノを考えるかにか。一か八かだったかにけど……カニは成功した!同じ土俵に、踏み込んだ!!」
「ッ、ちょっとちょっと。アレを?冗談キツいって!」
「あはぁ、成程ぉ……自己顕示欲でネットに放流したのが悪かったかぁ〜」
魔法少女の基礎力向上の為。無理であろうとも、こんな手段があるよという、手札を増やせる可能性として世界に流布した、ムーンラピスの偉業の一つ。
魔法的な手術によって成し遂げられるそれは、ある意味身体の内部をズタズタにして、二度と再生しない傷を大量生産する、正しく地獄の所業……
魂に干渉するのだ。失敗すれば、死、あるのみ。
だが、男は乗り越えた。
「ふふっ、でも、そっか。あれを、あれをか……いいね、思ったよりも楽しめそうだよ」
「そこまでやるとか、勝ちに貪欲だねぇ。かっこい」
正真正銘、四人目の魔法多数使用者───ラピス、実は使えるけど使わないメード。そして、将星、“天秤崩界”のリブラ・アストライヤーを含めた、四人目。
三つ以上の魔法を使える、魔法界の覇者に列聖する。
「さァ、オリジナルを超えて───カニが、世界最強だと証明してやるかにッ!!」
「いいよ、やってみろ。この僕に、魅せてみろッ!!」
珍しくも興奮を隠せないムーンラピスが、喜びのまま、踊るように、舞うように。
ある意味、自分に並び立った男を。
迎え撃つ。




