218-vsイプシロン艦、夢天暴虐
カンセールの飼い蟹、テグミネーター。破壊怪獣として遥か昔からその悪名を轟かせており、数多の星々を砕いて餌にしてきた、真性の怪物。
甲殻類の特徴を持つ異星人、キャンサー星人の根源とも言える真紅は、今やプレセルペ蟹紅艦隊の“ペット”として飼育されている。
生物兵器としての役割もあるが……
それ以上に、ペットとしての存在感の方が強くあった。例え、遊び癖で星を砕いたり、兵士を千切ったり、戦艦を叩き割ったりと、害獣指定確定行為を連発されようとも、侵略者たちは微笑んだ。
それぐらいの愛着があった。
例え……【悪夢】との怪獣戦争を勃発させる乱暴さを、見せつけられても。
「うわぁ…」
ただし、テグミネーターの調教師、イプシロン艦の艦長である女将校、“凍星”のメレフを除いて。
この凍てつく侵略者、普通にドン引きしていた。
アリスメアーの悪夢兵器、Z・アクゥームの最終形態。マーダーラビットとの苛烈な戦いは、周囲の戦艦をどれも巻き込みながら、破壊の限りを振り撒いていた。
“逆夢”のペローの操作によって暴れるウサギの悪夢に、テグミネーターはあまりにも大きな鋏脚を振るい、斬撃を飛ばしながらの猛威を繰り出す。
だが、その特徴的な体は隙が多く、脚の届かない内側に入り込まれてしまうと、魔法攻撃でしか対処できない強いジレンマを抱えている。
それをどうにかできるぐらいには、この紅いバケモノは強いのだが。
───ニニニニニ…ッ!
『ッ、普通に硬ぇ!!』
【ラ〜ラ〜、ビィ〜ッ!!ッ、ラビッ!?】
『うおぉ!?』
肉切り包丁で脚を断ち切ろうにも、甲殻やら関節やらのなにやらなにまで硬く、あまりの硬さに魔法石器の包丁が刃こぼれしてしまうレベル。
カキーン!と音を鳴らして弾き飛ばされたラビット。
すぐに体勢を立て直すが、その隙を狙ったカニの刺突をお見舞される。巨体に似合わぬ速度にペローは大焦りで、時間の減速で緊急回避。刺突一つで破壊確定、再起不能になるのは間違いない。
そんな危ういマーダーラビットだが……これでもまだ、戦いになっている方だった。
イプシロン艦に移ったビルは、メレフとの死闘の横で、テグミネーターが持つ厄介な力……特異性を、まざまざと見せつけられる。
「胴体の下は重力加圧でクソ重ェ、腹部の孔から強酸性の高水圧水鉄砲、ただでさえ硬ェ甲殻が、硬性の魔力を纏うことでより硬く。後は普通に毒持ち。ったくよォ、こんな埒外のバケモノ育てるたァ、オマエ馬鹿だろ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう……私が例え、一日に四回ぐらい死にかけるのがノルマでも、案外愛着が湧くものなのです」
「…本音は?」
「蟹食いてぇ」
殺意は湧いていたようだ。
この破壊魔獣テグミネーターは、他の同種よりも遥かに強靭な個体である。通常種にはない、脚の回らない腹部に潜り込まれても問題ない策……重力を重くする力により、身動きを取れなくすることができる力がある。かつて星をそのまま呑み込んだことにより、その重力性を体質として新たに身に付けたのだ。
これのせいでペローも一回死にかけている。
時間減速でも身動きできない重力には、流石のペローも焦ったようだ。
「テグと渡り合えてる彼、凄いですね。普通、もう墜ちて死んでる筈ですが」
「うちの一番槍なんでな。継戦能力は高ェんだよ」
───極冠魔法<ポーラーアイス・タワー>
───無双魔法<ジャスティス・ブレイカー>
一瞬にして甲板が凍てつき、氷柱が乱立する。万年筆を大振りに振りかぶって、眼前まで迫った氷柱をへし折ろうとするが……氷と武器が触れた瞬間、万年筆が青白い氷に侵蝕された。
咄嗟に振り払うが、万年筆は一瞬で内部まで凍りついたようで、逆にポキリと折れてしまった。
……よく見れば、甲板と接地していた靴も、徐々に凍てついていた。
「チッ…」
「ふふっ、ゴリ押ししても凍死するだけですよ」
「みてェだなァ……ったく、割と気に入ってたんだがな。厄介な魔法だぜ」
これ以上凍りついては堪らないと、甲板から足を離して凍てついていない場所へと移動。
半ばからへし折れた万年筆を放り捨て、首をコキリ。
そして、胸ポケットから新たな万年筆……魔法仕立ての武装を展開する。
───無双魔法<ウェポーナイズ>
より硬く、より鋭く───剣となった万年筆を回して、肩に担ぐ。
「だが、やりようはある」
不敵に笑って、もう一度。今度は魔力を足に纏わせて、凍てつく足場を強行突破しながら、氷柱目掛けてもう一度万年筆を振るう。
同じことを、違う形で。
「脳筋で突破できるものでは!」
「安心しろよ、ちゃーんと考えてるさ。……無双魔法ッ!<デモン・カーネイジ>ッ!!」
「ッ!」
それは、紅い闘志を具現化させ、纏わせ、全てを強化し破壊する魔法。ありとあらゆる強化系統の魔法と同類で、強化先を選ばない本来ならば不完全の強化。その不完全を意図的に利用して、その身に余る暴力性を獲得する。
氷柱に侵蝕されるよりも早く、全てを破壊できるように仕組んだ暴王の一撃は。
見事、凍てつくよりも早く、その暴力をもって万年筆は打ち勝った。
その勢いを止めずに、ビルは駆ける。追加で生やされる氷柱を全て叩き折り、縦横無尽に滑る甲板を駆け抜けて、メレフの首を狙う。
着実に、一歩ずつ、その距離を縮める。
その躍動は、魔法少女相手には出さない───殺意の塊そのもの。
「結局脳筋ではないですか!」
───極冠魔法<ポーラーアイス・フォグ>
空間を凍結させる氷霧を発生させ、暴力などではどうもできない絶対零度の空間を作り出すが……どれだけ身体が凍り付いても、ビルは気にしない。
霜を纏いながら、四肢が凍てつく感覚に触れながら。
狂気的に笑う。
「知らねぇようだから教えてやるよ───俺は、三銃士の暴力担当ッ!!力で全てを押さえ付けて、悪夢の大王に、成果を齎す者!!それが俺の役目で、全てだ!!」
「“禍夢”の名を、テメェの脳みそに刻むんだなァ!!」
彼には自負がある。
彼には意志がある。
アリスメアー三銃士の三番目、力をもって世界を悪夢に閉ざす者。言葉巧みに悪夢に誘うペローと、隣に寄り添い悪夢と同調させるチェルシーとは、また違った役割を持つ召使い。最後の最後は力で押し通す、それがビル。
マッドハッターの構想によって定義されたその役割を、彼は忠実に守っている。
最後に信じられるのは暴力であると、彼女と同様、彼も知っているから。
「ッ、ならば……これは、あまねく星々、全てを制覇する凍てつく星ッ!氷の侵略者の本懐を!私の凍てつく星を、その目に焼き付けなさいッ!!」
「極冠魔法!<ポーラーアイス・スター>ッ!!」
その暴力性に対抗するは、星々を氷に沈める極氷星。
己の機動力の無さを憂うメレフは、その場から逃げずに攻勢に出る。生み出すは氷の結晶。それも、ただの氷とは似ても似つかぬ死の氷。万年筆如きでは破壊できぬよう、殺意を込めて魔力を練り上げる。
手の平から昇華した氷華は、気流を生み出しながら宙を凍てつかせ。
ビル諸共、全てを破壊せんと───極点の氷華の奔流を解き放つ。
「無双魔法ォッ!!」
凍てつく視界の中、ビルは弱音一つ吐かずに突き進む。高鳴る心臓の鼓動を熱源に、冬眠したがる蜥蜴の特性には唾を吐いて、破壊衝動に身を任せて暴威を振るう。
トドメの一撃も、勿論物理。
万年筆の形状を無理矢理歪めて、槍と成す。一度形状を変えたモノは、元には戻らないが……そんなどうでもいいことに、今更意識を割くわけもなく。
詠唱する。
「───<リーサルドラゴン・ノヴァ>ッ!!」
破壊竜の化身を、その身に載せて。世界を凍りつかせる死の極点に、その身一つを突き刺す槍となって。
ユメエネルギーを燃料とする劫火を、突きとして。
放つ。
「ハァァァァァァッ!!」
「おおおぉぉぉぉッ!!」
互いに咆哮を上げ、魔法の出力を強めて。拮抗状態を、幾ばくかの停滞を作り上げて……凍て風に晒されるビルの身体は、どれだけ凍りついても力を緩めず、満身創痍など知らぬと言わんばかりに、力を込めて。
氷華に、次々とヒビを入れて。
たった数秒の拮抗の末───極点の氷華を、真正面から貫通する。
「ッ!?」
華は砕け散り、美しい氷の破片を飛び散らせながら。
勢いを緩めぬ槍の刺突を、僅かに逸らして……メレフの頬を掠りながら、吹き飛ばす。衝撃波を正面から浴びて、何度も甲板を跳ねて、遂には戦艦の壁に激突。
血反吐を吐いて、ズルズルと身体を脱力させて。
まだ、まだと。立ち上がろうとしたその首に……ビルの槍が突き付けられた。
「勝負あったな?」
「……えぇ、降参です」
「ハッ」
渋々手を上げて負けを認めたメレフを、鼻で笑いながら見下ろして、ビルは槍の矛先をズラしてやった。
警戒はまだ解かぬまま、霜の降りた身体をそのままに。
視線を別の戦場───ペローとテグミネーターの戦いに向ける。
『シャァッ!!』
【ララビィ!!】
───ニニニニニニニッ!!
マーダーラビットの斬撃と、テグミネーターの一突きが何度も衝突しては強大な衝撃波を生み出して、周囲にある戦艦を残骸に変えては攻防を繰り返す。
既に肉切り包丁は亡きものとなっている。
代わりに繰り出す兎爪の斬撃は、カニの躯体から何度も金属音を発させるが……確かに、その硬い甲殻に大小傷を刻んでいた。
───兎殺曲芸<ナイトメア・マーダーカノン>
そして、マーダーラビットは口腔から強力な破壊光線をテグミネーターに浴びせる。その魔力砲は甲殻に守られた頭部に直撃するが、まだ届かない。
身体を押すことには成功しているが、砕けない。
テグミネーターも攻撃され続けるわけがなく、甲殻中の穴という穴……放水砲撃用の攻撃穴から、毒性の水鉄砲を何度も放射する。
『ッ!』
【ラ゛ッ!?】
その勢いは今までも一番強く、速く、さしものペローも反応できずに毒水を浴びてしまい……マーダーラビットの右足が、一瞬にしてボロボロと崩れ落ちる。
機動力を奪われた上、絶え間のない熱水を回避し続け、それ以上の損壊をペローは拒む。
刺突や薙ぎ払いも、ギリギリで回避して……面倒臭さに歯噛みする。
『あークソっ……比較的柔い腹んとこから、ぶち抜くしか無いッスかね?』
【ララビィ〜】
狙うべきは、所謂ふんどしと呼ばれる部位。だいたい、カニを調理する時も、そこを剥けば中身を食べられる……
なんて少しズレた感想を浮かべて、終わったらカニ鍋でも食べようと決意しながら、ペローは決断する。
腹部に発生する重力圏については、もう仕方ない。
工夫しての、ゴリ押しだ。
『そんじゃあ、行くッスよぉ!時間魔法ッ!<アクセル・プリテンダー>!そんでもってぇ、重ねがけェ!』
【ラララララビィ〜ッ!!】
マーダーラビットとペローの世界だけを、異常なまでに速くして。通常の時の流れを歩む世界を置き去りにして、宙を跳ね進む。戦艦の援護射撃も素通りして、体感で最早遅く感じるテグミネーターの攻撃を軽々と回避して。
時間の加速した世界で、カニの腹に潜り込む。
瞬間、ズンッ…と身体が重くなる。如何に彼らの世界が速くても、重力とは変わらず重くある。強力な重力場が、ペローを襲う。
『うっ、ぐっ……ハハッ!この程度ォ!力天使の重力と、比べちまったらァ!屁でもねェんスわァ!!』
【ラァ〜、ビィーーッ!!】
そんな圧など、どうってことないと。
そう笑って、マーダーラビットが宿すユメエネルギーを右拳に集めさせて。強化に強化を重ね、更に加速をつけてテグミネーターの腹部に拳を突き付ける。
威力は最大、火力も十分。
それでも、腹部の甲殻はマーダーラビット渾身の魔拳に耐え忍ぶ。
───ニニニニニニニニニニッ!!
怒気を発するテグミネーターが、その素早さに適応して攻撃穴から魔力砲を放つが、マーダーラビットはどれだけ攻撃を浴びても揺るぎもせず。
その拳に込めた力を、上へ上へ、突き上げる。
【ラ゛ァァァ〜ッ!!】
『おりゃぁぁぁッ!!』
───兎殺曲芸<ルナティック・スマッシャー>
渾身。
今ある全ての力を注いで、突き上げた拳を、甲殻に鋭くめり込ませて。
突き破る。
───ッ!?
そのまま、マーダーラビットはテグミネーターの内部を拳一つで突き上げ続け。ドリルのように掘り進み、内臓を次々と破壊して。
悲鳴なんて聴こえちゃいないと、その殺人衝動に全力を上乗せして。
『うぉりゃあッッ!!』
貫通破壊の拳が、肉を突き破り。内側から、硬い甲羅を砕き割った。
───ッッッ!!?
砕け散る破片と共に飛び上がったマーダーラビットは、身体に大きな穴を空けたテグミネーターの背中にドンッと飛び乗って。
中にいるペローと一緒に、勝利の決めポーズ。
『いえぃ☆』
【ラビッ☆】
瞬間───甲高い悲鳴と共に、テグミネーターの身体が明滅して。
大爆発した。
『ん?は?ちょっ、爆発オチかよーっ!?』
【ラビーっ!?】
周囲にあった中型・小型戦艦を巻き込んで、ペロー諸共テグミネーターは爆散。
跡にはなにも残らなかった。
「……」
「……」
爆風に揺られながらも、氷漬けのイプシロン艦は本当に辛うじて無事だったが……ヘリに捕まったビルとメレフは呆然とその光景を見届けた。
調教係のメレフ視点でも、その死後爆発は未知の怪現象であった。
「……死んだのか、あいつ」
「あの爆発に巻き込まれては、到底…」
「そうか……良い奴だったんだけどなァ。残念だ。本当に残念だぜ。あばよ、ペロー。テメェのことは忘れねぇぜ。三秒くらいは忘れないでやるよ…………あれ、ベローって誰だったっけか」
「おいこら。ビルの兄貴?あんたまでベロー呼びしたら、もうおしまいッスよ?」
「生きてたのかよ」
「生きらいでか!」
生きてた。
怒ったペローは思わずビルの頭を叩き、ハッとした顔で報復を恐れながら後退った。
七秒の時間停止で、なんとか安全圏まで逃げたペロー。ボロボロになって完全に機能停止したマーダーラビットを安静にさせてから、グッと背筋を伸ばす。
勝利の余韻に浸りたかったのに、この有り様である。
「はァ〜、最後は大爆発で自害とか、流石は生物兵器ってところッスかねぇ…」
「ニニ…」
「は?」
「え?」
背伸びしたその肩から、小さな生き物が顔を出した。
「…ん?」
ペローが目を見開く2人の視線を追って、振り向いた、その先には……
小さいカニがいた。
「ニ!」
……言語化できない三者三様の叫びが響き、この戦場の終止符が打たれた。
イプシロン艦、凍結。




