217-vsガンマ・デルタ艦、魔曲奏上
“北星”のアセルス=ボレアリス
“南星”のアセルス=アウストラリス
ロバ頭の侵略者の2人は、元を辿ればアセルス家という名家出身の為政者である。侵略種との出会いで、停滞した名家からの脱出を願い、2人揃って家を出た。
カンセールの元で鍛錬を積み、やがて戦艦の最高指揮を任せられて。
力ある戦士として、ここにいる。
伝説の魔法少女たちとの殺し合い、侵略戦争に勝ち星を掲げる為に。
「引力魔法!」
「斥力魔法!」
引き合う力、引力を司るボレアリス。
反発する力、斥力を司るアウストラリス。
二つの力をそれぞれ行使する双子の将校は、魔法少女を撃滅せんと挑みかかる。
主に対峙するのは、重力使いのエスト・ブランジェ。
呪い師のマレディフルーフと、歌唄いのマーチプリズ、轢死専門のゴーゴーピッドはカバーに回って、自分の力を放てそうなタイミングがあれば好きにぶちかます。
連携と言うには個々の力に任せた魔法少女たちの顔に、焦りなどはない。
特に、二つの魔法の一端を有する魔法少女には。
「成程ね〜」
余裕に満ち溢れた表情で、矛と盾を手にした力天使は、やさしく微笑む。
引力による引き寄せで、小型の戦艦と魔法少女を激突、物量による昏倒を狙ったり、自分の方へ近付け、その拳で直接殴ったり。
斥力による反発で、味方諸共全てを吹き飛ばしたり。
これでもかと、プレセルペの将校としての実力を、敵に叩き付けるロバたちだが。
残念ながら。
「それで?次は?」
圧倒的強者。
“力天使”のエスト・ブランジェには───二連星の力は届かない。
「ッ、ナメるな!!」
もっと見せろと急かすブランジェに、アウストラリスは激昂しながら斥力を操る。斥力の発生は、彼のロバの目の視界に映った全てに付与できる。故に、ブランジェが牽制目的で空中に浮かせていた重力球を指定して、球体同士を反発させて予期せぬ方向に吹き飛ばす。
その余波で、反発した重力球がブランジェに当たるよう攻撃を操作するが。
ブランジェは涼しい顔で、自分の制御から外れた重力を叩き落とす。
「なっ」
「重力使いが、自分の重力で傷付いてどうするのさ。で、他には?私たち、あなたたちにも見せ場は必要かなって、だいぶ受け身になってあげたけど……もう、できることは終わりなのかな?」
「ッ、小癪な!ナメるなと、我らは言っているのだ!」
「だって〜、ねぇ?」
「このッ!」
魔法少女との実力差は、言うまでもなく。ボレアリスとアウストラリスは、余裕綽々なブランジェたちにその力を振るうが、引力と斥力はブランジェに弾かれる。
既に、この場にいる魔法少女たちの目から、期待の色は消えている。代わりに浮かぶのは……
落胆だ。
「もういいかなぁ」
「? なんだ、もういいのか?」
「うーん、酷すぎだよねこの人たち。気持ちをもうちょい考えてあげよう?」
「情け容赦は誉れに捨てたのです!」
「あのさ〜」
呪いを可視化させた糸であやとりしていたフルーフも、戦艦を障害物にした脳内列車レースをして暇を潰していたピッドも、ちゃんと戦闘を見て、どう自分の歌を使おうか考えていたマーチも、本格的に戦闘に参加する。
普段の、もっと骨のある相手と戦いたい気持ちは、今は横に置き去って。
斥力と引力を真正面から轢き潰さんと、四属性の魔法が宙に煌めく。
「歪魔法…」
「歌魔法っ!」
「列車魔法───ッ!」
「重力魔法」
呪いの業火が、衝撃波を伴った歌声が、列車の激突が、万物を平伏させる重力が踏み潰す。
四重奏の破壊に、ロバ頭は為す術もない。
「グァぁ!?」
「ぬおぉ!?」
悲鳴を上げながら軍服を燃やされ、音に吹き飛ばされ、鋼鉄の塊に挽肉にされ、最後は重力に押し潰されて甲板に押し付けられる。
ボロボロになって、それでもまだ生きている。
その頑丈さだけは評価してもいいと、ブランジェは軽く褒める。
「ぐっ、うぅ……こっ、の…」
陥没から這い上がろうと必死に手をつくボレアリスを、冷ややかに見下ろして。自分と似た力を扱い、期待できる筈だった将校への失望を胸にしながら。
敵ならば容赦しなくていいと……己の弱さを、その目に焼き付けさせてやろうと。
その手に重力球を浮かべて、笑う。
「今から、その目に焼き付けさせてあげる───弱いってことの意味を。私たち魔法少女は、地球の、地球人の味方であって、異星人相手に慈悲を向けてあげる程、やさしい戦士じゃないってこと。教えてあげる」
「ッ、なにを…!?」
無力な自分を笑えと、足掻けない弱さを嘆けと。
“力天使”は、上から目線で、全てを叩き潰さんと───仲間に号令をかける。
「殲滅するよ」
「いーよー。歌っていい?」
「勿論♪」
そうして飛び立ったのは、マーチプリズ。その歌声に、魔力を込めて。地球の歌姫の実力を、彼女が持つ真の力を披露する。
「カモン!<ウタユメドーム>!」
半球状の特設ステージを召喚し、宙に浮かして、世界に歌声を轟かさんと。
希望の歌姫は魔法を解き放つ。
……突然だが。
“王国”のマーチプリズ。彼女が基本、後方支援や補佐に力を入れているのは一体何故なのだろうか。普段は後ろで歌って、踊って、味方のバフかけや敵へのデバフかけなど後方支援ばかりで、マトモに戦うことが少ない。
以前、何処かでお話したことがあるかもしれないが。
その理由は、偏に。マーチの“歌”が強力すぎて、世界に与える影響がデカすぎるのだ。
それこそ、歌声で人類の殲滅ができるぐらいには。
だから封印した。魔法少女という耐性のある同族ならば何の問題もないが……彼女の歌声が、本領発揮をする時、それは終わりを意味する。
だから地球での戦いでは、彼女はなるべく、“強い歌”を歌わなかった。
別れや悲恋、苦痛、罪、死をイメージした歌詞を───聴いた者が、それに同調して、己の命を投げ出してしまう可能性が出る歌声を、封印した。
だが、ここは地球ではない。
暗黒銀河という敵地であり……
歌声を聴いても死なない魔法少女と、それ以外の敵しかいない。巻き込んでもいいモノしか……ここにはいない。ならば躊躇う必要も、我慢する必要も……歌わないという選択肢を選ぶ必要もない。
今はただ、歌うだけ。
「マーチ・オン・ステージ!!行っくよ〜!」
───歌魔法<デッドガールズ・オルケストラー>
星雲に覆われた世界に、破滅の音が鳴り響く。
奏でられるメロディは、何処か厳かで、静かで、胸が、心が震えるような……恐ろしさのあるモノ。その名の通り死を冠する歌が、マーチの歌声にのって宙に響く。
歌声が届く範囲は、半径10km。プレセルペ蟹紅艦隊の二割の戦艦が浮いている範囲に、その歌声は響き渡り……誘引する。
生き物だけではなく。
無機物───宙を征する戦艦にまで、魔歌は奏上され、影響を及ぼす。
「ッ、なんだ……揺れて…?」
ただの歌では説明できない怪奇現象───デルタ艦が、崩壊する音を奏でながら、大きく揺れ始める。粘土細工のように、鉄板がぐにゃりと曲がる。甲板が浮かび、外れ、不自然に浮かび上がる。
砲門が砕ける。窓が泣き叫ぶ。船首がへし折れる。
破滅が鼻を鳴らして、死が忍び寄って、終わりが耳元で歌を奏でる。
「やっ、やめろ!」
「やめろ、ニンゲン!!」
「黙って聴いてなよ。これが、あなたたちが最後に聴く、地球の歌だよ!」
「ッ!?」
そう蔑むブランジェの背後で、マーチの奏でる魔歌が、最高潮に達して。
全てが終演に導かれる。
マーチの歌声に合わせて、世界が弾み。戦艦が崩れて、瓦解する。
───ッ!!?
工場の宙に浮かんでいた戦艦が、次々とバラバラに自己崩壊する。ネジなどの部品が勝手に弾け飛んで、瞬く間にその形を維持できなくなる。
次々と、沈んでいく。
血肉を飛び散らしながら、ガンマ艦とデルタ艦が率いる艦隊が墜ちていく。あっという間に大多数を殺す、歌声のディストピア。
「なっ、ぁ…」
「バカな……」
淡々と、その終わりを見せられて。
ボレアリスは茫然自失、アウストラリスは絶望の表情を浮かべる。と言っても、ロバ面のせいでどちらも無表情。何を考えているのかわからない顔すぎて、判別つけるのが難しいのだが。
歌声一つで巻き起こった破壊を見せつけられたせいで、2人の脳を恐怖が支配する。
歌声に載せられた魔力が影響を及ばさない範囲の無事な戦艦の数々と、その内側にある破片となった戦艦の対比。あまりにも恐ろしく、不気味で、気持ち悪くて、吐き気がする光景。己の弱さのついでとばかりに突き付けられて、もうどうにかなりそうで。
そんな絶望する双子にも───歌の影響は、しっかりと効いていて。
「ごぽっ、ぁ?」
赤黒く腐った血を、吐血する。
そこから先は、最早語るまでもなく───たった一人の魔法少女の“歌”によって、二隻の主力だった戦艦及びその指揮下の艦は大打撃を受けることとなった。
残ったのは、数多の残骸のみ。
幹部クラスを撃滅した魔法少女たちが、他の艦隊からの大歓迎を受けながら、全てを塵に変えていくのも、今更な話だろう。
ガンマ艦、デルタ艦───消滅。
魔法の性質=本人の基質
ムーンラピス 成長する不屈の月
リリーライト 輝き続けるみんなの希望
リリーエーテ 想いの大事さを知る光
───では、マーチプリズは?
魔法少女になる前、アイドルとしての殻を破る前。彼女がどんな想いで活動していたのか。その形が、文字通り歌の魔法となって発現したのか。
真相は不明である。




