216-vsベータ艦、竜攘虎搏
プレセルペ蟹紅艦隊。
かつて、あまねく銀河を征さんと宇宙各地で暴れていた侵略種、“星砕き”カンセール。彼の率いる軍団はあらゆる銀河を襲い、奪い、支配の力を強めっていったことから、いつの間にか畏怖される侵略者として名を広めていった。
この艦隊は、その代名詞。
乗員の八割が暗黒銀河の麾下に入るよりも前からの古株であり、侵略者という世界の歴史に一石を投じる者という自負を持って、彼らは侵攻する。
あまねく銀河を征する、赫赫たる大艦隊。
その侵略を食い止められたのは、後にも先にもかの皇帝ただ一人。
怪物の破壊をその身に受けても、侵略者は生き延びて、彼の軍門に下っても、その精神を忘れずにいた。
停滞を。
退廃を。
全てを覆す───それこそが、プレセルペ蟹紅艦隊の、存在意義。
「<アルゴス・石柱>!!」
艦隊随一の実力者であり、古株。“獅子瞳”のタルフ。
魔眼使いであり、複数の魔眼を十全に扱うことができる特異体質。モノクルによる魔眼封じがある通り、右目しか魔眼はないが……かつては、両目揃って魔の瞳を輝かせていた。左目は別に失明していないが、老化によって自然と魔眼の効力が落ち……気付けばただの目と変わらない状態まで老いてしまった。
それでも、まだ片目は健在。並ある強者に、文字通りの敗北を突き付けてきた歴戦の戦士にとって……その程度のハンデなど、なんてことない。
事実、その実力は───地球の戦士、魔法少女最古参のカドックバンカーに苦戦を強いる程。
武術と魔眼、二つの力をもって。
獅子にも似たその双眸を、冷たく細めて───敵対者の命を狙う。
「ハハッ!楽しいなァ、おいッ!!」
───兵仗魔法<ディストーション・アームズ>
機関銃を追従させ、弾丸の暴風雨をお見舞いしながら、カドックは甲板から生える石柱の数々を避け、タルフへと肉薄する。自らの手で、この老戦士を葬らんと。
だが、タルフも黙って殺られる男ではなく。
「<アルゴス・障壁>───残念ではありますが、ここで墜ちてくだされ!!」
「やなこった!」
魔眼が煌めき、彼の前に透明な障壁が出現する。障壁は魔法銃の乱舞を全て受け止め、カドックの手刀をも容易く防ぐ。その防御力に揺らぎはなく、突き刺したカドックの手を反動で痺れさせる程度には硬い。
一筋縄ではいかない老戦士に、カドックは戦闘狂の血を滾らせる。
「兵仗魔法───<カドックパンツァー>!!」
障壁を蹴って一旦下がってから、カドックは心の底から信頼している火力を取り出す。自分の名を冠する……否、悪魔を意味する異国の古語を冠する戦車を召喚する。
黒塗りの装甲車は、かつての大戦で多くの無垢な人々を葬った戦争兵器。
人類の到達点、陸上戦闘における最適解。
陸戦の王者に仁王立ちして、カドックは声高らかに火を放つ。
「ってぇ!!」
砲門から放たれたのは、徹甲弾風に調整された魔法弾。分厚い装甲を、鉄壁を破壊する為に編み出された高殺意の魔法弾は、魔眼の障壁と激突し。
その勢いのまま、貫通。破壊する。
「ぬぅっ!」
「軽々避けやがって!やっぱバケモンだな、爺さん───これだから、殺し合いは楽しいなァ!!」
「これだから若いのは…!」
───兵仗魔法<ダンス・ランドマイン>
───百瞳魔法<アルゴス・破軍>
カドックの地雷が甲板のあちこちに生えて、タルフから足の踏み場を奪う。だが、負けじと身体強化の魔眼を使い華麗に避ける。可視化できているものから、不可視の地雷までを巧みに避ける技術には目を見張るモノがある。
そして、ただ逃げるわけではない。
加速をつけたタルフはカドックに拳を振るい、戦争脳でいっぱいの頭蓋を砕かんと果敢に責める。その拳の威力もまた、老いているとは思えない代物で。
カドックが回避して、小型宇宙戦艦の壁に、誤って拳を突き刺せば……頑丈な戦艦がクッキーを砕いたかのように木っ端微塵になる。
「おいおい!壁殴っただけだろうが!!」
「コツがあるのですよ。仲間には悪いですが、この程度で死ぬならば、元より用済みというもの。あなたには、是非最後まで足掻いて貰いたい」
「容赦ねェな、戦闘民族ッ!」
廃船となった戦艦を飛び降りて、飛び移った戦艦を次の舞台に攻撃を交わす。魔眼を、銃弾を、拳を、絶え間ない攻防を繰り返す。
そして、最後はタルフの戦艦、ベータ艦を舞台に。
至近距離からの発砲も首を傾げて避けて、拳をその腹に叩き込む。
「ガハッ───ハハッ、女だからって力抜いたな?」
「いえいえ、まさか。ただ、想定よりも頑丈で……私も今驚いているところです」
「どうだか!」
確かに、手を抜いた気もする。
だが、それ以上に硬い。カドックバンカーの頑丈さに、タルフは目を見開く。魔法強化では説明のつかない、その強度は、カドックの密かな自慢。
……といっても、別に肉体強度が高い訳でもないが。
それを、魔法少女は基本しない。何故なら、魔法少女はコスチュームという一際頑丈な装甲があるのだ。わざわざ追加装甲を付けるなど、思いだけで意味もないと語る者もいる始末。
だが、カドックはそれを取り入れた───現代における最強の防御を。
「タネ明かししてやるよ」
そう言ってカドックが服を捲れば、腹部を守る装甲……防弾ベストがそこにあった。無論、防刃機能もあるが……魔法強化によって、更に身を守れるように防御を固めた、魔法少女たちには軽視されるボディアーマー。
採用した理由は、より身を守ってくれるからだが。
単純に、好きだから。好きな物を身につけたい思いから装備している。
この防御があるからこそ、カドックは四年も魔法少女の任務を遂行できた。
その系譜は、我らが蒼き月にも受け継がれている。
「ただのチョッキじゃねぇ。身につけてるだけで、四肢も頑丈にする魔法付きだ。ククッ、昔、そういうのが得意な後輩に頼んでな。細工してもらったんだよ」
「それはそれは……、ッ!?」
感心したタルフだったが、そのすぐ上空で起きた爆発に目を見開く。見上げれば───蒼い魔力の煌めきが、大型宇宙戦艦を何隻も破壊している光景が。
自分のベータ艦と同じ型の戦艦が、瞬く間に。
枝でもへし折るような感覚で、次々と撃沈されていく、破滅の光景。
「なんと…」
「すごいだろ?オレの後輩。オレたちよりもずーっと後に魔法少女になった癖に、頭飛び抜けて強い最強にあいつはなってるぐらいだ」
「ッ、まさか…」
「言ったろ。オレは古参。こんなんでも、オレはあいつらバカ共の先輩なんだわ。その偉大なる大大大先輩様が……こんなとこで足踏みしてるなんて知られたら、思いっきり笑われちまうよなァ!!」
「ッ!」
声高らかに吼えて、カドックは両手を天に広げて。
「ド派手に教えてやるよ、侵略者───日本最強の戦火!不謹慎ナンバーワンの“戦車”様の底力をよォ!!」
「ッ、ならば!我が魔眼の輝き、その目に焼き付けよ!」
───兵仗魔法<ディザスター・クラッション>
───百瞳魔法<アルゴス・百魔>
戦闘機を召喚したカドックが、機体の背に飛び乗って、宙高く飛び上がり、加速をつけてタルフに突っ込む。その吶喊に対抗して、タルフは魔眼の力を最大限に引き出す。自身が有する百の魔眼。その全てを、発動する。
発火・障壁・石柱・雷撃・氷風・破軍・爆破……
その他多数、総勢百。その瞳から幻出した無数の目が、力を伴って一つの塊となり……カドックの戦闘機を、魔で蝕む。
「オレの火力はァ、世界一ィィィ!!」
───兵仗魔法<ギガント・ウォー・マキーナ>
身を蝕む魔眼の奔流をその身に受けながらも、笑って、カドックは魔力を練り上げ、起動する。
戦闘機の加速に身を任せながら、更なる超兵器を。
己の背後に、たくさんの戦車が、戦闘機たちが。かつて人間が作り上げた火の歴史を、掻き集める。本来それは、戦争兵器を引き連れて怪人の群れを蹂躙する為の技。
だが、今回それを。
カドックは一つに纏める。戦車を、戦闘機を、大砲を、あらゆる戦場で真価を発揮したモノから、没になって倉庫行きとなった兵器まで。カドックの理想を、大好きな力を掻き集めて。
───白銀色の鉄塊を。巨大砲塔を有する、破壊兵器を、顕現させる。
「行ッッッくぜェッ!!」
咆哮と共に、破壊砲は火を噴き、空気を置去りにして。
破壊の光を放つ。
「ッ、<アルゴス・蝕魔───ぐっ、おぉぉッ!?」
あらゆる現象を減衰させる魔眼を発動するも、タルフは為す術なく、その極光に呑まれ。
タルフ諸共、ベータ艦に破壊が刻まれる。
破壊する。
亀裂が入る。
抵抗など許さない。
防御も。
障壁も。
全て。
貫く。
直線上の全てを、遥か下に浮かんでいた工場惑星すらも貫通して、破壊砲の輝きは全てを消滅させる。瞬く間に、ベータ艦は爆散して。バラバラに砕け散る。
破壊の連鎖が、全てを無に帰す。
戦艦が引き連れていた星雲も、一部を晴らして。世界を震撼させた。
火を吹いて落下する戦艦たちの残骸に混じって、役目を終えた超兵器が解けて、魔力の粒子になりながら真下へと落ちていく。
「っ、ふぅ……ハハッ、ぶち抜いたな」
大穴の空いた鉄の星を見下ろして、カドックは満足気に笑みを浮かべる。
ゆっくり深呼吸をして、荒れる鼓動を鎮めようとして。
「……あ゛?」
その薄い胸から───拳を生やす。
カドックの胸から、見慣れた老紳士の手刀が……彼女の背中から、貫通していた。ゆっくりと、吐血しながらその背後を見やれば。
ボロボロで、血塗れで。
左腕を根こそぎ失い、脚も機能していない。魔眼のない左目のある顔の大部分を失ったタルフが、死に体の身体でそこにいた。
「ハァ、ハァ……死ねば諸共、と、思っていたのですが。よくよく考えれば、あなた……アンデッドの、復活者……でした、ねぇ…」
「情報共有はえーな、おい。クハッ…」
致命傷を負って判断が鈍ったと笑うタルフに、これでも大ダメージだとカドックも笑う。
そして、その手刀をそのままに。
問い掛ける。
「選べ。戦士としてオレに殺されて死ぬか、そのまま命を枯らして死ぬか」
「……誉れを」
「宜しい」
その最期の幕引きを、戦士として誉ある死を選んで。
カドックバンカーは、慈悲をもって、自分に食い付いた老戦士の命を奪う。
「生憎、オレは苛烈なんでな───やさしく死ねるとは、思わねェでくれ」
「ご安心を。元より、楽に死ぬつもりなどないので」
「根っからの戦闘狂だなァ、おい」
元より、この戦場を終の戦として、命を捧げる死地だと決めていた。老い先短い命、皇帝に叛逆する、叛逆できる存在と対峙して、この命を散らしたい。
その思いがあったからこそ、その選択に身を委ねる。
カドックは慈悲深い。死にたいと願う者に、誉ある死を与えてやることなど造作もなく。一番下の後輩たちなら、泣き叫んでもいやだと言うだろう行為を───13魔法は、躊躇いなくできる。
その指先に、雷光を点す。
「冥土の土産だ。たんと味わえ───雷魔法」
かつて、死ぬ直前に己の身体に埋め込んだ、魔法因子。その名残りは、今もまだ、カドックの中にある。
その力の一端を、オルドドンナの青雷を、放つ。
「っ───…」
断末魔を上げさせることもなく。
兵仗魔法よりも、優しく心臓を停められる雷をもって、タルフを絶命させた。
「……ったく。オレ様も、誉れある死、ってのを経験してみたいもんだぜ」
背中におぶさる老人の遺体を、そのまま甲板の瓦礫へと放り投げて。
憂愁を帯びた目で、背を伸ばす。
ベータ艦、消滅。




