215-vsアルファ艦、第二ラウンド
「ハァッ!」
「ふっ、はぁっ!!」
「とりゃあー!!」
「んっ…」
暗黒物質の渦巻くドームの中。
リリーエーテのマジカルステッキが、その力を奪わんと掴み掛ってくる黒い手を弾く。ブルーコメットのマジカルステッキである槍が、その手を貫いては霧散させていき、増え続ける手を片っ端から穿つ。ハニーデイズは、自慢の花斧を振るってその根本から断ち切り、即座に離脱しては壁から生えてくる手から逃げる。
チェルシーは、両手に持った白色の二丁拳銃を使って、手という手を撃ち落とし、ついでに下手人のアクベンスを狙う。
「避けないで…」
「ハハッ、そりゃあ避けるだろ」
「チェルちゃん!」
「ん」
不敵に笑うアクベンスを睨みながら、後方より飛来した手を撃ち抜いて。
防戦一方の戦いに嫌気が差す。
「それで……自信満々に言ってたけど、どうするの」
「わかんない!でも、頑張る!!いや、頑張ろう!ねっ、みんな!!」
「えぇ!最後に物を言うのは筋肉よ!」
「わははー!」
「……はァ……だと思った。うん。私たち、なんでこんな脳筋に負けたの?」
「ぽふ…」
もうヤダこいつらと、脳筋思考の同級生たちに飽きれてモノも言えない中。チェルシーは、的確に引き金を引き、残弾無限の魔法銃の猛威を振るう。
この空間、魔法として魔力を使うことはできないが。
身体の内、体内に存在する魔力への干渉や、武器の中の魔力には効果がないらしい。と言っても……それも時間の問題だが。
「まだ致命的じゃない……それに…いや、でも」
チェルシーには秘策があった。
だが、それが本当にやってきてくれるかは、天才である彼女でも確証できていない。自分との接続が絶たれたら、強制的に起動して創造主の元に駆けつけるように設定してあるが……
確証できないからこそ、その手段を前提に置くか悩む。
失敗すれば、即ち死。ここにいる全員の敗北の責任を、自分が取るしかない。それこそ、拾ってもらったこの命を差し出してでも。
「チェルちゃん!」
「……なぁに」
悩むチェルシーに気付いて、デイズが斧を振るいながら大きく声を飛ばす。たくさんの手を叩き切って、大好きな友達が思考する時間を稼ぎながら。
静かに悩む友を、安心させるように。
笑う。
「だいじょーぶ!好きにやっていーよ!」
「……よく、他人に期待と信頼を押し付けられるよね……そういうところ、やっぱり、理解できない」
「えー?」
チェルシーはわからない。
魔法少女とつるむようになった今でも、まだ。
何故、彼女たちは……学校で会って話すような関係から始まっただけの、赤の他人を。あそこまで信じて、自分の命を託せられるのだろうか。どうしようもできない危険が目の前にあるのに、何故他人に任せられるのか。
自分で解決するだけじゃ限界があるのは、チェルシーもわかっている。わかっているけれど。実行できる勇気が、彼女にはない。
赤の他人を信じるには、その純粋さは汚されすぎた。
頭脳面を利用するだけ利用しようとする自称友人やら、汚い大人やら、そういうのしかチェルシーは知らない……いや、知らなかった。
そうだ。
「……ははっ」
自称友人を跳ね除けてくれたのは、誰だ。
チェルシーの。夢之宮寝子の根幹である、辛い思い出で塗り尽くされていた世界を……塗り替えてくれたのは……一体、誰だ。
赤の他人でありながら、手を差し伸べてくれた人が……チェルシーには、2人いる。2人もいる。
まだ、一つも恩返しできていない。
片方は保護者であり。
もう片方は。
「……なんか、悩んでるのが……バカらしくなってきた」
信じるとは何か。
絶対的な力に?無償の愛に?友情に?思い出に?心に?わからない。わからないなりに考えて……なんだか、全部どうでもよくなってきて。
悩んでいるのもバカらしくなって、チェルシーは笑う。
未だに、信じる心はよくわからないけれど。漠然とした理解もできないけれど。
それでもいいかなと、受け入れる。
受け入れた上で───チェルシーは、好きにやるように決意した。
「魔法少女。打開策は任せて……その代わりに、お願い。時間を稼いで」
「っ───合点承知!!」
「わかったわ!!」
「うん!」
頼ってくれたことを喜びながら、チェルシーの想いに、計画に従って。
魔法少女たちの動きは、より苛烈に。より優雅に。
暗黒物質なんかには負けないと……力強く、その武器を振るう。
「何を企んでいるのかは知らないが……無駄だ。俺の黒は全てを呑み込む。全てを凌駕する。ダークマターとは……そういうもんだ!!」
「そんなあなたの常識!私たちが、ぶっ壊してあげる!」
───暗黒魔法<スクリーム・ダークマター>
絶叫のような凄まじい音を立てて、暗黒物質の渦巻きが素早くなって。怨嗟の声と思しき不快音を奏でながら……黒色の真球を無数に生み出す。
ポコポコと、ドームから落ちてくる真球。
数学的な理想形状とされ、歪みが一切ない完全な球体。あらゆる観点から、人間の技術では作り出せないとされる真球を、魔法の力で、暗黒物質の力で次々と作り出す。
そんなものを生み出して、なんだと言うのか。
チェルシーだけは、それ欲しいなとか思いながら、その光景を見上げて。
真球一つ一つに込められた魔力の暴れ具合に、眠たげな目を見開く。
「ッ、回避優先!!多分、武器が押し負ける……ッ!」
その忠告を、3人は息を飲みながら受け入れて、接触を図らんと追いかけくる真球から逃げる。
先の仕返しか、意表返しか。その追尾性能は高い。
今はまだ、動きが緩やかで回避しやすいが……当たればどうなることやら。そんな少女たちの疑問に、アクベンスは律儀に答えてやる。
「気付くのが早いな。観察眼が鋭い……ご明察。こいつら真球は、云わば爆弾でな。一度でも触れたら、連鎖爆発で全員おじゃんだぜ?」
「っ、あなただけは無傷ってわけね!」
「そりゃあな」
一網打尽を狙って落とされた、浮遊する真球型の爆弾。魔法が使えない今、防ぐ手立てのない魔法少女にとって、それは危険極まりない技であり。
どうにか突破しなければならないと焦るが。
それよりも早く。
ノロノロと中空を揺蕩っていた真球が───いきなり、目にも止まらぬ速さで動き出す。
緩急の激しい加速には、またもや度肝を抜かれる。
「はァ!?」
「そりゃ、そうよね!自由自在だもの!」
「うわーっ!?」
「ぽふー!?」
ついでに襲われているぽふるんも含め、迫り来る魔手、襲い掛かる真球、更にアクベンス本体から降り注ぐ槍から逃げ惑って。
なんとか十秒は稼げた……
その時。
───暗黒球体と、無数の手の一つが、接触して。
カッ!!と光を放つ。
「は?」
「なっ…」
「そんなの、ありっ!?」
「マズイっ…」
「やー!?」
接触は接触だと。
端から逃がすつもりのない大爆発が、渦巻く黒の世界を焼き尽くす。
為す術なく。
逃げる暇もなく。
厄災的な爆発は連鎖して───魔法少女たちは、業火に呑まれた。
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ドームは釜。
真球は火薬。
手は発火剤。
暗黒物質由来の攻撃は通用しないその特性を活かして、本体をドーム内に展開することで、そのフィールド内での戦いを強いる。アクベンスが有する魔法の中でも、かなり卑怯気味な確殺の魔法技。
魔法を使えなくすることで、対抗術の大部分を失わせ、瞬く間に爆殺する。その奥義は、魔法少女たちを一方的に嬲り、破壊した。
だが。
「……そいつは、なんだ」
目を見開いたアクベンスの視界には───気味の悪い、青色のネコがいた。
魔法少女を、チェルシーを、ぽふるんを庇うように。
全身煤だらけの……ボロボロになった巨大ぬいぐるみのバケモノが、身体を丸めて、そこにいた。いつの間にか、気付かぬ内に。
「っ、これ…」
「───やっぱり、あなたたちは運がいい。あの瞬間で、サイコキャットが到着する確率は、たったの2%……その奇跡を掴み取ったのは、誇っていいと思う」
「お前は…」
暗黒空間に突然現れた異形のネコは、独りでに動いて、チェルシーの前に跪く。
その頭を撫でてやりながら、悪夢の夢見猫は笑う。
「私はチェルシー。“夢貌の災厄”、アリスメアーの幹部。三銃士の一角を担う、悪夢」
「ッ、悪夢?お前が?何の冗談だ」
「別に、そんなことはどうでもいい……ただ、無知は罪。あなたは知らない。私はね、頭がいいの。頭がいいから、なんでもできれる自負があるの」
「ッ!?」
“歪夢”の手が、ズプリと怪物の───サイコキャットの胎内へと潜り込んで。
特殊な亜空間で、作り上げる。
「解析は終わった」
「理解は済ませた」
「もう、私にとって
───暗黒物質は、既知のモノとなった」
数秒かけて魔法を使わずに作り上げたモノを、体毛から取り出して。
天に掲げる。
茜色の石を。
「近くなら兎も角、超絶離れた外部から転移する分には、あなたの魔法制限は通用しない。だから、私のネコは私の元まで転移できた。そして、この子に仕掛けておいた……情報集積装置。これを使えば、暗黒物質を……魔法ナシで操ることも、私には容易いこと」
「……なんか、とんでもないこと言ってない?」
「ちぇ、チェルちゃん?」
「……要するに。私が何が言いたいのかと言うと。まぁ、見ればわかる、よ」
夢空廃城───かつて日本の空に浮かび、魔法少女との決戦フィールドとして造られた廃墟。その瓦礫の構造物を浮かす役割を担っていた、幾つかの魔法石の一つ。
周囲から魔力を吸収する特性を、自分好みに改造して。
魔改造の末に。天に掲げた宝珠は───ダークマターを吸収する。
理論は不明。
手法も不明。
原理も不明。
製法を知っているのは、チェルシーのみ。彼女以外には知り得ない、知識の幅広さと技術の研鑽、その果てにある傑作。
徐ろに掲げた宝珠が、淡く茜色に光って───周辺の、空間を形成していた暗黒物質を、吸い込み始める。
その勢いは、正にダイソン。
予想外の方法に、アクベンスは本能で身体を維持できるだけの暗黒物質を掻き集めて、ドームから己を剥がして、脱出する。珍しくも焦った表情の彼の目には───茜色の奔流に呑まれる黒が、あっさり消えていく光景。
自分が使用した暗黒物質が、瞬く間に消失して。
元の甲板、星雲で霞むアルファ艦の全容が、バッチリと見えてしまう。
「……ハハッ、ハハハ!ハハハハハ!!」
もう、笑ってしまう。
最早笑うしかない光景に、結末に、アクベンスは大きく息を吐いて……本領発揮とでも言いたいのか、自分の方へ放たれた光に、目を細める。
それは、魔法少女の浄化の光。
魔法不可の制限から、枷から解放された新世代の───最後の一撃。
「“蒼天に坐す光よ”!」
「“あまねく希望をその手に束ね”!」
「“世界を照らせ”!」
「「「───夢幻三重奏!<シン・マギアトリコロール・ハイドリーミーライト>っ!!!」」
友達にトドメを任されて、力強く放った希望の光。
そのあまりの眩さに目を焼かれながら、アクベンスは、受けて立つと顔を引き締める。
これで最後だと。
「ハハッ、銀河全部を敵に回すだけはあるなァ……なら、俺は全力で迎え撃つまで!!」
「極砕奥義───<断空・黒魔絶爪>ッ!!」
“星砕き”の異名を持つ友に習い、習得した───万物を斬り裂く破壊の爪。
暗黒物質を形状変化させた無数の腕で、斬撃を放ち。
空中で一纏めにして、一条の爪撃へと昇華させて、光を切り払わんと。
穿つ。
「おおおおおおおおお───ッ!!」
「はああああああああ───ッ!!」
二つの力は鍔迫り合い、拮抗して、押し込みあって……最終的には。魔法少女が有する想いの力に、アクベンスは押し負けて。
夢色の極光が、星空を彩った。




