213-プレセルペ蟹紅艦隊、強襲
「なにあの雲…」
「明確にこっちに寄って来てるな……」
「極光で晴らしちゃう?」
「待て、様子を見よう」
喧嘩っ早いライトを宥めて、工場がある宙域を覆い隠すガス状の星雲を観察する。モクモクと、地球の雲とあんま変わらない形態の不気味な雲は、まるで僕たちを見下ろすように広がっている。
……敵襲、でいいんだよね。
魔力反応も、星雲のそれしか感じ取れないから、あんま確証できないんだけど。こんな速度で近付いて来るのは、多分、そういうことなんだろう。
ここまで接近されて気付けなかったのは、不甲斐ないを超えてるが。
念話で皆からなになにあれなにだの騒がれて煩いけど、今は無視だ。それぞれ警戒してろ。自己判断で行動しろよ僕に判断を仰ぐな。
そう喧嘩腰に怒鳴っていると、星雲の一部が、勢いよく開けていく。
そこから見えてたのは───鉄の空。最早大きすぎて、端から端までが見えない規模の、紅い戦艦だった。
大きすぎない?
『───カーッカッカッカッ!!そこォ!惑星破壊なんて物騒極まりないことしてる野蛮人共ォ!わざわざカニから逢いに来てやったかによォ!エェ?魔法少女ォ!!』
「わー、聞いたことある語尾」
「へぇ」
カニ要素強。そーいや言ってたなぁ……リリーライトの代名詞、聖剣を砕いた将星のことを。最初聴いた時は耳を疑ったけど、同時にワクワクもしたんだよね。
そんで、なんて名前だっけ。
「久しぶりだね、カンセール」
感慨深そうに、最早懐かしそうに笑うライトは、爛々と目を輝かせてその名を呼ぶ。
ヤル気満々だなぁ。
『うおっ、寒気が……いやー、お前さんとはやり合いたくないかになんだけど。そうは言ってられんかによなぁ……痛いの嫌だからあっち行って?』
「何しに来たの?」
『ド正論怖っ』
仲良いな?
『ごほんっ。さて……カニたちがここに来た理由は、今更言わんでもわかるかにだろうけど。魔法少女。宣戦布告はもういらんかによねェ?』
「アハッ、全滅希望?いいよ、楽しもう?」
「うちの相方が凶暴すぎる…」
『どっちもどっちかに。そんじゃ、合意も得れたことで!魔法少女ォ!!』
煙を上げる廃工場に散らばる魔法少女たちに向けて。
将星カンセールは、全ての艦隊へ司令を飛ばして───破壊光線を撃ち込んできた。
『星海の藻屑となれェい!!』
「そっくりそのままッ!」
「返すよ、その言葉───みんな、好きなように。一つも討ち漏らすなよ」
宙にいるなら、僕らも宙へ。
星雲に沈む大艦隊を目指して。砲弾、光線を避けつつ、僕たち魔法少女も宇宙へと飛び立って……売られた喧嘩を買いに行く。
さぁ、初めての宇宙戦争だ。さっさとぶっ飛ばして……勝ちを獲ろう。
꧁:✦✧✦:꧂
「将星…!」
「カニってことは、あの時のね……気を引き締めるわよ!今度こそ逃がさないんだから!」
「お仲間も沢山いるよ!」
「ん。全滅させる」
「頑張れぽふ〜!」
リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズ、そしてチェルシーとぽふるんたちは、工場地帯を魔法で解体してストレス発散していたのを止めて、宙を埋め尽くす戦艦の軍勢に厳しい目を向ける。
これだけの数の戦艦が地球を襲えば、一溜りもない。
だから、ここで全て墜す。万が一、生き残った超兵器が故郷を襲わないように。
先手必勝、一切の躊躇いなく───上空に向けて魔法を放とうとすると。
砲撃の雨が、その攻撃の手を遮った。
「うわわ!?」
「……これ、ただの弾じゃないわね。防御の盾が、なんかすり抜けたわ」
「そーゆー魔法付与ね!嫌いっ!」
「嫌いで済まない…」
「ぽふー!?」
戦艦から絶え間なく撃ち込まれる砲弾は、咄嗟に張った防御魔法の盾を透過する。絶対に殺すという殺意の波動を肌身に感じるが……そんな脅威を前にしても、彼女たちは弱音を吐かない。
元々、逆境を乗り越えに乗り越えまくってきた実績が、新世代の3人にはある。
積み重ねてきた経験の前では、怯むまでもない。
魔力を帯びた砲弾が素通りするのは魔力だけで、武器や構造物は透過できないことをコメットがすぐに見破って、工場の遮蔽物を利用したり、廃材を盾にしたり、なんならマジカルステッキで弾丸を跳ね除けるという芸当をもって回避する。
「やるぅ!」
「……よくよく考えたら、砲弾を爆破させずに弾くとか、私たちも大概じゃない?」
「ごめんちょっと聞こえなかった」
「今更」
余力をもって砲弾の雨を掻い潜り、飛行魔法で空高くへ舞い上がる。恐れるものはないと、砲弾をくるりと避けて無駄撃ちさせて、遂に一番近くにあった戦艦と肉薄する。
近付くなという警告音には耳を貸さず。
魔法防壁を乗り越え、攻撃の嵐を跳ね除けて……悠然と宙に浮かぶ甲板に着地する。群がる兵士たちを殴り倒し、足蹴にしてから、胸を張って。
堂々と、宣戦布告。
「私たちはやさしいからね───あー!艦長とかそういう役職持ちの人ー!今すぐ出てこないと、この戦艦サヨナラバイバイするよー!」
「わざわざ呼ぶ必要あるのかしら」
「んー、肩慣らしは必要だと思うよー?戦艦ぶっ壊すのは先輩たちの仕事じゃない?」
「そう…」
後輩たちは、自分の役目をわかっている。
大量破壊は、自分たちの仕事ではない───敵の主力の目を自分たちに集めて、他の集団が少しでも動き易いよう引きつける。
その思惑に、敵は律儀にも乗ってくれる───なにせ、ここは暗黒銀河。
売られた喧嘩を買わねば、戦士であらず。
「俺を呼んだか?」
甲板に群がる兵士を蹴散らした魔法少女たちの背後に、音もなく男が現れる。咄嗟に放たれたコメットの槍捌きが敵影へと炸裂するが……
攻撃は届かず。
「気性が荒いな」
「っ───へぇ、やるじゃない」
「ふん」
その矛先を、平然と掴んで、受け止められた。
回避するでもなく正面から防がれたことに、コメットは好戦的に笑う。
「俺の名はアクベンス。“魔影”のアクベンス。
───プレセルペ蟹紅艦隊、アルファ艦の艦長だ。派手に死合おうぜ、魔法少女とやら」
黒いローブを頭から被った軍服の男。その姿は、やはり異星人らしく異形そのもの。顔は美形で整っているが……首から下は、まるでモヤのような“黒”が集まって、身体を無理矢理形成しているかのような不確かさがあった。
手袋と服の隙間から見える腕も、“黒”が蠢いている。
顔だけ人間とそっくりの、ガス状生命体───人を象る暗黒物質が、笑う。
「私はリリーエーテ」
「ブルーコメットよ」
「ハニーデイズだよっ!」
「……チェルシー…」
立ちはだかる侵略者に、4人も堂々と名乗り上げて。
「勝負ッ!」
「来いッ!」
激突する。
꧁:✦✧✦:꧂
「ヒャッハー!!」
宙を覆い尽くす艦隊の群れは、本来ならば絶望の権化と謳われる程度には脅威である。星雲を引き連れ、大艦隊の全容を見せなくするその小細工も含め、規模は絶大。
常人では到底立ち行きできない。
力ある者でも、数の暴力という物量によって、呆気なく轢き潰される。
だが、この女───カドックバンカーという“戦車”に、そんな常識は通じない。
不謹慎ながら、何よりも戦争を好むこの怪物に。
「せーんそうっ!せんそう!せんそー!!せんそうだぁ!一万年と二千年前から渇望してましたァァッ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ───!!」
宇宙へ飛び立った戦闘機に火を噴かせ、艦隊の隙間を、攻撃という攻撃の嵐を駆け抜けながら、縦横無尽に軍人は飛び回る。耳を劈く砲撃音、破壊音、こちらを蹂躙せんと降り注ぐ殺意の奔流。
絶望を体現する宙を、カドックは笑って突き進む。
邪魔する艦隊を次々と火の海に沈め、星の藻屑へ壊してやりながら。目指すは本艦。あの2人にいつまでも譲ってやるかと、笑って笑って吶喊する。
だが。
「あ゛ん?」
戦闘機の軌跡を阻まんと、巨大戦艦の一隻がその進路に立ち塞がって、壁となる。
「ハッ!面白ェ!兵仗魔法ッ、<デストロイ……、ッ!」
その戦艦に、戦闘機を直接突き刺して爆破してやろうと企んだ、その時。脳の危険信号が高らかに鳴り、本能的にそれに従って、戦闘機から足を離す。
瞬間───戦艦から照射された無数のビームによって、戦闘機が爆散した。次いで自分を狙う破壊光線を、空中で身を捻って回避。
小型宇宙戦艦の側面を掴んで、カドックはその暴力性に歓喜する。
「いいねぇ…」
「───そう軽く避けられては、此方も溜まったものではないのですがね」
「おん?」
ふと、上から年老いた声が聴こえた。
声に反応して視線を向ければ、真上にモノクルをつけた白髪頭の老将校が、小型宇宙戦艦の甲板から、カドックを見下ろしていた。
「なんだ、引き上げてくれるのか?」
「まさか。このまま宇宙の塵になって頂きたい……私は、プレセルペ蟹紅艦隊ベータ艦艦長。“獅子瞳”のタルフ……お覚悟を」
その瞳から感じる魔力から、察するに、敵は魔眼持ち。久方ぶりの強敵との出会いに、カドックバンカーはいつも気持ち悪がられる、その凶悪な笑みをより深めて。
岸壁を登るよりも早く、颯爽と壁登りをして、甲板へと着地する。
「そうか、そうか。それが、テメェの名か……そんなら、オレも名乗ってやるよ!
“希望の13魔法”の四番目。
“死せる夢染めの六花”の二番目。
日本の魔法少女の最古参にして、悪夢に勝負を仕掛ける最高の戦争屋。“戦車”のカドックバンカーとは、このッ!オレ様のことだァ!!」
声高らかに、自尊心高めに名乗りを上げて。最高最悪の戦争屋は、撃鉄を引いた。
戦争、勃発。
꧁:✦✧✦:꧂
「集団か。悪くはないな」
「相手にとって不足なし」
その二人組は、異様だった。
軍服をきっちり着こなしており、威厳すらも感じるそのオーラは、他の将校たちと謙遜ない実力者であることが、確かに伺える。
だが。
「わぉーお。生で見るとすごいね」
「言葉選ぶじゃん。まぁ、気持ちはわかるけど」
「ギガドンキで見た被り物なのです!」
「面白いな?」
エスト・ブランジェ、マーチプリズ、ゴーゴーピッド、マレディフルーフの前に立ち塞がった二隻の巨大艦隊……その先頭に立つ異形。
その頭部は、あまりにも奇特な見た目の将校だった。
「なんだ」
「オレたちの何かおかしいのか?」
「どう思う、兄弟」
「失礼だよな」
そう、彼らの首から上は───ロバだった。
被り物とか、そういうアイテムを身につけているとしか思えない虚無の顔面で、人語を解するロバ頭の侵略者が、魔法少女たちの進路を阻む。
腹から湧き上がる笑いの感情を、今は抑えて。
先走って砲撃を受けまくったカドックを追いかけていた4人は、それぞれ武器を持って、わざわざ立ち止まらせた敵に向ける。
「お名前は?」
代表してブランジェが声をかければ、ロバ頭の異星人は頷き、応える。
「応えよう───オレはプレセルペ蟹紅艦隊、ガンマ艦を指揮する艦長。“北星”のアセルス=ボレアリス」
「デルタ艦艦長、“南星”のアセルス=アウストラリス」
「「───銀河に仇なす不均衡の体現者よ。我ら巨蟹宮の二連星が、オマエたちに沙汰を下す」」
「負ける準備は」
「できているか?」
そんなロバの双子の将校からの極刑宣告に、魔法少女が頷くわけもなく。
笑って跳ね除ける。
「冗談やめてよね」
「そっちこそ、負ける準備はできてるの?」
「言っとくけど、容赦はしないのです!」
「手加減てのは苦手なんでね……そっちこそ、死ぬ準備はできてるのかい?」
逆にそう問い掛けたフルーフに、ボレアリスとアウストラリスは、無表情を解いて……戦闘欲求に塗れた顔色で、歯を剥き出しにして、笑う。
そんな質問、今更だったから。
銀河を進む男にら死ぬ覚悟を問いても……わかりきった答えしか返ってこない。
「「無論」」
その衝動を腹に抱えたまま。
驢馬の二連星の魔法が、魔法少女たちへと放たれて……星雲を一部晴らす程の衝撃波が、艦隊全体に響き渡るのであった。
꧁:✦✧✦:꧂
「おいペロー!先走んなよ!」
『いやー、問題ないッスよぉ!こちとらZ・アクゥームに乗ってるんスよぉ?』
「だからってな…」
小型宇宙戦艦を足場にして、ピョンピョンと飛び跳ねる悪夢兵器。“逆夢”のペローの専用機、マーダーラビット。その頭部に乗って、邪魔な露払いをしているのはビル。
三銃士の二人が進む先には、またしても大きな戦艦が。
そこで暴れ尽くしてやると、ペローはZ・アクゥームを飛び跳ねさせ、足場にした戦艦を衝撃で破壊しながら宙を跳躍する。
だが。
「ッ!?ペロー!避けろ!」
『は?何言って───ちょっ、うぉぉぉ!?』
「チィッ!」
───時間魔法<タイム・ダイレーション>
横槍を入れるように飛んできた巨大質量の攻撃を、時の流れを遅くすることで緊急回避。なんとか回避することに成功したマーダーラビットは、中型宇宙戦艦とそこにいた兵士たちを踏み潰しながら、着陸。
下敷きになって喚く異星人たちを無視して、ビルたちは頭上にいる影を睨む。
───ニニニニニニニ…
宇宙戦艦の群れに混じってそこにいた───あまりにも大きな怪物を。
「カニ、だと?」
『タカアシガニじゃん…』
「分析するな」
日本でいう深海生物。世界最大の節足動物と同じ形状のその異形は、二人の所感通りあの巨大蟹とそっくりな紅い甲殻を持つ宇宙怪獣であった。
星雲に包まれて、その全容は伺えないが。
マーダーラビットなど爪の一突きで貫通破壊できる程の大きさに、ペローはもう帰りたい欲でいっぱいだったが、そうは言っても居られず。
仕方ないと、笑う。
『ペットッスかね?』
「どー見ても生物兵器だろ。軍事利用の為に育てたとか、そんなんだろ……で、実際どうなんだ?さっきから俺らを見てる、推定飼い主さんよォ…」
『へ?』
兵士とは別の、こちらを測る視線に気付いていたビルが向けた視線の先には、先程襲おうとした宇宙戦艦の甲板に立っている、一人の女将校がいた。
マフラーで口元を隠す銀髪の将校は、鷹揚に頷く。
「私が飼い主とは……語弊がありますね。否定をする気もありませんけれど」
「いやどっちなんだよ」
「カンセール様に世話を任せている、が正しいですね」
「そうかよ」
ビルと会話する、まるで氷雪のような凍てつきを感じる女の雰囲気に、ペローは身震いしながら、警戒する対象を増やす。有象無象の兵士や艦隊では、マーダーラビットの脅威にはなり得ない。
だが、この女は違うと。
ホストの勘で理解する───仮に落としたら貢ぎマゾになりそうな女だと。
「殺すぞ」
『あんたも読心術使いに!?』
「……? 何かありましたか?」
「いや、気にするな。ただの内輪揉めだ……そんじゃあ、派手に一戦交えるとするか」
「えぇ、是非」
馬鹿な年下を叱りつけて呆れながら、ビルは武器にした万年筆を担いで笑う。
好戦的なその笑みに、氷の女も笑って応える。
「“禍夢”のビルだ」
『“逆夢”のペローッスよ!』
「では。プレセルペ蟹紅艦隊、イプシロン艦艦長にして、提督様の破壊魔獣、テグミネーターの調教を一任されていおります。“凍星”のメレフと申します……冥土の土産に、名前ぐらいは覚えていってくださいね」
「ハッ!死にやしねェよ。悪夢を敵に回す意味、その頭で考えるこった」
巨蟹の破壊獣テグミネーターを従えた将校、メレフとの戦いが、幕を上げる。
凍てつく風が、悪夢と激突した。
꧁:✦✧✦:꧂
「見つけたぜェ、叛逆者共…」
大艦隊からの砲撃によって、穴ボコだらけになっていく廃工場、ネオ・エネルギープラント。
その入り組んだ鉄骨に囲まれた六番通路にて。
シャムネコのズーマー星人が、裏切り者の将星を2人、発見した。
「おいおい。言葉遣いがなってねェぞ?処刑部隊なんざに配属されちまった問題児くん」
「黙れや呪いカスが。陛下を裏切ったテメェに敬語なんざ使うわけねェだろうが……あぁん?まさか、将星の地位にまだいるとでも思ってねェだろうなァ?」
「思ってるぜ?陛下は遊び人だからな……俺らの肩書きが剥奪されんのは、俺らが死んでからだろ?わかってんだよこっちは」
「ケッ」
不敵に笑うカリプスは、自分とアリエスの将星を狙って追いかけてきた男……かつて軍学校で同期になった、友というには距離のある、どちらかと言えば、カリプスたちを一方的に敵対視してきた男の揺さぶりを跳ね除ける。
事実、まだ将星の地位の空きは一席だけ。
といっても、つい先日……故タウロス・アルデバランの後釜は後任により埋まった為、裏切り者を含め十二将星の席に空きはないのだが。
つまり、将星に這い上がる可能性は、たった一つ。
裏切った癖に、まだ将星の肩書きを名乗ることを無言で許されている……ここにいる2人を、羊と山羊の義兄妹を殺すこと。
「ムカつく野郎だぜ……テメェもだ、アリエス。いい加減その挙動がウザってェんでな……ここで死んでくれ」
「ひぃっ、なんで私のこと意識してるの。怖いやだ…」
「相変わらず気色悪ぃな」
「んめぇ…」
「おいおい。俺の妹が情緒不安定で泣き喚いてんのは今に始まったことじゃねェだろうが」
「なんで背中から刺すのぉ」
「事実だし」
「んぃ…」
これ以上第三者から非難の目を浴びたくないと、口元を抑えたアリエスを横目にしながら、カリプスはこっそりと汗を垂らす。
目の前の男が脅威なのは変わらない。
倒せない相手ではない、が……守るべき対象が“2人”もいるとなると、少々厄介な手合いでもあった。故に、その表情に余裕が現れることはない。アリエスを背に庇って、その更に後ろにいる彼女───妹に引っ付いてきた悪夢の女王に、下がるように言おうとして。
気付く。
「あ?」
共に行動していたリデルが、アリエスの傍にいない……そう、いない。
急いで目を動かせば…
「なんだァ?このガキは」
「……その汚い手を今すぐ退けろ、小僧」
「ハッ、舐めた口効くガキじゃねェか」
なんとシャムネコに首根っこを掴まれて、宙ぶらりんになっていた。
「なっ!?」
「シャシャシャ……おい、こいつはテメェの大事なのか?そんなら、ぶっ殺さねぇとなァ…」
「ッ」
持ち前の脚力と、処刑部隊として鍛え上げられた隠密をもって、カリプスとアリエスに気付かれずに、隠れていたリデルを掠め取ったようだ。
そして、シャムネコはリデルの首を絞める。
命知らずな行動に出ようとするかつての同期に、少しは落ち着けと声をかけようとして。
胡乱気に敵を睨むリデルを取り返そうと、動いた。
その時。
「───その手を離しなさい」
背後から、黒いオーラが───死を予感させる覇気が、吹き上がった。
「あ゛?なに言ってんだテメェ……大事なもん、まんまと盗られた癖によォ…ぉ?おい待てなんだその魔力。テメェそんな雰囲気出せなかったろ。は?」
「黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……」
「ぁ、アリエス?」
不気味で恐ろしい───悪夢の力を纏ったアリエスが、カリプスの前に躍りでる。
その視線は、ジッとリデルだけを見ていた。
「ッ、テメェ……ハッ!いいぜェ、返して欲しけりゃァ、実力で取り返すんだなァ!!」
「殺す」
豹変した羊に、臆することなく。
シャムネコ───暗黒王域軍・直下処刑部隊の小隊長、リシアンは大きく吼えて。フラフラと足取り悪く近付く、不気味なアリエスに。
大きく飛びかかった。
暴走




