210-朽ちた樹冠のミストルティン
「伐採する?」
「いや、焼き尽くそう」
「……この木さ、星全部と繋がってるとか言わないよね?燃焼しまくるなんて言わないよね?」
「ありそうだな…」
妖精搾取とかいうグロ行為から、宇宙に飛び出た妖精を解放して、もぬけの殻となった地下最深部に居残る僕ら。残ってるのは血溜まりと古樹の大元だけ。
仕上げに全てを焼き尽くそうと思ったけど、やめた。
無関係の人を巻き込むわけにもいかないし……というか被害者遺族多そうだな。こいつ、名前なんだっけ。木人が手当り次第に人攫いしてたみたいだから、死体が何処かに埋まってそうでやだな。
なんで問題になってないんだ…
やっぱ上も腐敗してるのか?商店連合全滅させないとな感じ?
うん、トドメ刺す前に確認しとこ。枯れ木に手を添えて解析を開始。念には念を、用意周到に。後から明かされる衝撃の事実〜!とか、トラップとかは許さない。
予防策を何重にも張って、万全を期しておきたい。
「……んー、防火性能あるな、この樹」
「えっ、そうなの?あー、もしかして。ここまで深くまで根を張れた理由って、熱くても大丈夫だから?マグマにも勝てそうな感じ?」
「なんなら地熱でも成長する。万能かよこの樹。採取して研究してぇ…」
「やめて」
不気味な枯れ木に手を添えて、改めて確認してみれば、そんな特性がわかった。わかったとてどうでもいいが……うん、いらないよ。こんなの。採取したところから老人が生えたらイヤだもん。
取り敢えず、燃やすのは却下。
スターリーマーケット全域に根を張ってるから、ここを絶やすと星が死ぬ。地盤崩壊エトセトラで、死んだら連鎖するようになってるね。多分、追い詰められても生き埋めになって死ぬぞって脅せるようにしてたみたい。
知らんこっちゃないが。でも、今上層には何も知らずに買い物する人達が多くいる。別に守らなくてもいいけど、流石にね。
「仕方ない」
この老害をナイナイした上で、星を維持する方法が……僕にはある。
でも。
「トドメは任せるよ。妖精の女王サマとして、果たすべき使命ってのがあるだろう?」
「残念そうな顔しないでよね……いいよ、任せて」
引導を渡すのは、僕じゃない。
この木人……あぁ、そうだ。マリシャーが死んでからが僕の仕事だ。
静かに怒りを燃やすライトが、意識を失った木人へ足を進める。時が停まったかのように動かない彼に、もう抵抗できうる術はない。
植物星人だったのが運の尽きだ。
僕の魔力が骨の髄まで浸透した結果、半永久的な無力化状態に陥っているのだから。僕が良いと言うまで、二度と動けない。
でもまぁ、外的要因で目を覚ますことはできるけどね。例えば、痛みとか。
「───光よ」
容赦なく、慈悲もなく、聖剣の輝きがマリシャーの腹に突き刺さった。
瞬間、木人の身体が激しく痙攣する。
「ッ、グアッ、なっ、ガァァァ───ッ!?」
相当な痛みに耐え兼ねて、マリシャーは目を覚ました。腹に突き刺さった聖剣は引き抜かれることなく、黒ずんだ魔力の淀みを刺激する。
あまりの痛みに悶絶していた古樹の翁は、徐々に痛みに慣れてきたのか、自身の置かれた状況を理解できるぐらいの理性を取り戻す。
勿論、絶叫を添えて。
「ヒッ!な、なんじゃオマエら!な、なんでここにっ……待て、なんだ。なにが起こったんじゃ?は?オレ様は、今下層にいたはず。何故意識がここに…」
「お喋りが多いなぁ。全部口に出さなくていいんだよ?」
「ッ、黙れ黙れ黙れェ!ここはオレ様の城だぞ!オレ様の楽園なんじゃ、ぞ…………待て。おかしい。フェアリーは何処だ」
真顔のライトに怯えながらも、一丁前に吠える。だが、それよりも自分の所有物が無くなっていることの方が優先される感情らしい。バカかな?
何時でも眺められるように吊るし上げていた妖精たちのコレクションが無くなって、マリシャーは呆然と……や、絶望していた。
そりゃ吃驚するか。なにせ、ここを安全地帯だと本気で思ってたんだ。まぁ植物同化で行き来できるこいつ以外、普通は来れないのは確かなんだけど。
理不尽でごめんね?
「き、貴様らァ……オレ様のモノに、なにをしたァ!!」
おっと。怒りに出力されるの早くない?んまぁ、枝とかブンブンはさせないんですけど。
もっかい絶望しよ。君の身体、もう君のじゃないから。
聞くに絶えない譫言も、絶叫も、慟哭も、僕たちの心に響かない。哀れだなぁとか、うるさいなぁとか、さっさと死ねとかしか思えない。
「ねぇ、死んじゃう準備はできた?」
「ッ、ッ、このっ……まっ、待て!オレ様が死ねば、この星は死ぬんじゃ!星全体に根を張ってるからの!いいのかオマエたち!無関係の大勢を見殺しにするのかっ!?」
「……アハッ。想像通りの発言ありがとう。つーかそれ、もう知ってるから」
「ッ!?」
ウケる。
心の底から嘲笑う笑みを浮かべてやって、マリシャーの最期を見届ける。
「……十三代目、夢の国の女王。人間であり、妖精たちの女王である私、リリーライトの名のもとに。悪意をもって我が国民を穢した不届き者に、裁きの光を齎さん」
「じょ、女王?な、なにを……っ、まさか!?」
「今からあなたを殺すわけだけど……覚悟はできた?」
「ひっ!待っ、待ってくれ!頼む!お願いじゃぁ!まだ、まだ死にとうない!あ、あんたフェアリーの女王なのか?それなら謝る!許してくれ!後生じゃぁ〜!!」
「残念だけど、それは無理───潔く、首を差し出して。死んで?」
───極光魔法<ルミナス・ディキャピテーション>
命乞いも耳には届かず、ライトは処刑用の魔法を木人の首へと振るう。それは断罪の光。首を刎ねるという事象をもって、対象の生命活動を完全に終わらせる極刃。
樹木を通して意識を飛ばせて、分身も作れる木人が相手だろうと、その絶死の効果は避けられない。そして、今、あらゆる行動が制限された老害に、逃げ道はない。
魔法少女狩りを参考に練り上げた、裁きの首落とし。
リデルが生きていれば死なないギミックを持つ僕には、そんな概念は効かないけれど。
悠久の時を生きて、潜んでいただけの木人には。
効果アリ。
「ぎゃっ───ッッッ!!」
最期に、汚い断末魔を上げて。本体の首は落とされて。マリシャー・ジュピターという木人の、影に潜んだ樹生は終わりを迎える。
妖精たちの新たな女王、その断罪をもって。
次は無い。そう意志を込めた斬撃の余波が、星に根付く古樹全体に伝わっていく。それは、既存の樹をズタズタに切り裂く斬撃。硬い樹皮はヒビ割れ、砕け、星の生命線を終わらせていく。その影響なのか、星が揺れ、グラグラと大きな地震を引き寄せる。
このままだと、スターリーマーケットは崩壊する。
星全部に木の根っこが張られて、支柱になってたんだ。それを失えばどうなるのかは……想像に難くない。だから救ってあげる。
「ラピちゃん」
「うん。任せて。
───宿り木の魔法<マザー・ミストルティン>」
“宿生怪樹”ミストルドー。アリスメアーの幹部怪人で、僕が魔法少女になる前に死亡した怪樹。その能力は人間に自分自身を植え付け、寄生し、乗っ取ること。
魔法少女をも寄生して乗っ取れた怪物は、当時の最強勢
たちによって討ち倒された。
その魔法を発動する。アリスメアーを調べていくうちに学習して、解析して、行使できるように改造して、魔法を僕のモノにした。
その怪樹の一端を、ここに───マリシャーの残骸に、手を加える。
僕の手の平から伸びた蔓が、マリシャーの枯れた胴体に絡みつき、根付き、寄生し、その主導権を奪取。崩壊した古樹に侵蝕して、絡み付いて、我が物にする。
崩れそうになった幹が変色する。
健康的な緑色。年季の入った茶色の枯れ樹は、瞬く間に新緑の魔法めいた新樹へと生まれ変わる。宿り木にとって変わられる。
もう一度、折れたり砕けたりした樹を繋ぎ合わせて。
「……移植完了」
いつの間にか、地震は収まって。
星全体に張り巡らされ、商店街を支えていたエルダーの生きた木々は、僕の宿り木にとって変わった。多分、今頃地上は大混乱だと思う。街の至る所にあった木々が、全部変色したんだから。
地震と木変のダブルパンチ。でも知ったことか。僕には関係ない。
「これで、この星の生命線を僕が握ったわけだけど……」
宿り木に命令すれば、一瞬でこの星の命を終わらせれるから、このまま保持してもいいんだけど。こんな枯れ木が根城にしてた惑星なんていらないし。
だから、主導権は放棄する。
この星もちゃんと雨は降るから、それを養分にしとけば問題ないだろうし。別に動かす必要もないから、星の支柱以外の要素は排除して、と。あっ、あの老害みたいに地熱発電みたいな機能もつければ、雨がなくても星を養分にはできるね。
「こんなもんか」
「お疲れ様!これでもう、こっそり養分にされちゃう人はいなくなった、かな?」
「確信をもっていいんだよ?」
「このヤドリギに信用性が…」
「わかるけども」
僕手製ってことで納得してほしいが。まぁ、そこら辺の信用性はないのはわかってる。
取り敢えず、これで解決かな。
「行く?」
「そうだね……もう、ここに用はない。遺品とかも、全部ブラマで売り払ってたみたいだし」
「趣味悪〜い。妖精たちが乗ってた船は?」
「解体したって」
「最低」
外道なヤツって、なにをしたって心が痛まないから楽でいいよね。




