207-宙駆けた先、笑顔のその裏で
祝、総合評価2000突破
ありがとうございます!
「んにゃ…」
「んっ、くぅ〜……っ、はぁ…………ん、そろそろ時間、だよね?」
体感二時間の睡眠を終え、抱き締めていた羊枕と、腹を枕にしていた猫を引き剥がして起き上がる。凝り固まった身体をグッと伸ばして、一息つく。
……途中煩かったけど、防音結界張って聞こえなかったフリしといたのは、英断だったかな。
多分なんとかしてくれたんだろう。
酔醒魔法で眠気を飛ばして……っと、その前に。左手を握ったまま離さないどころか、こちらをガン見してる目力おかしい幼馴染を跳ね除けて、と。
はい皆起きてー。
「おはよ」
「おはよう」
「んにゅ……うーね…あと二十四時間…」
「ふわぁ……よく寝た」
「んめ?」
典型的な寝言を宣う寝子と抱き着いてくるリデルを脇に抱えて、寝惚けて自分の髪を食んでいるアリエスを左足で蹴り上げ、背中に乗せる。
器用でしょ。扱い雑だけど。
私も私もと縋り付くほーちゃんを無視して、寝台列車を後にする。
「おはよう、なんかあった?」
第一車両の扉を開けて、開口一番でそう言ってやれば、やっぱ気付いてたかと苦笑いを浮かべたビルが、誰よりも早く報告してくれた。
おいそこ、そそくさと逃げてるのは何故だ。
喧嘩か?
「ワイバーン……ディープワイバーン、だったか?それの亜種ってのに襲われてな。撃退した。なんでも、コーカスドムスの同族だったらしいぜ」
「へぇ!それはちょっと見たかったかも」
「一応死骸はあるぜ。第六車両の冷凍室に置いといた……首無しが一体だけだが」
「……他は?」
「マジカルパワーでジュワ〜…」
「植林して焼いた」
「ペットにできねェか企てたんだが……耐え切れずに爆散崩壊しちまった」
やったな?悪夢注ぎ込んでやっちまったな?いやまぁ、それぐらいなら別にいいけど。別に怒らないよ?世の中はトライアンドエラーだもん。やんなきゃ、確かめなきゃ、行動しなきゃ意味がない。始まりとはそういうものだ。
だから怯えるのやめろ?叱責とかしないから。
……呪いコンビで共闘しちゃったかーとか、魔法少女の浄化消滅やばーとかの思考は横に置いとく。
でも、そうか。
フラミンゴの同族か……強かったのかな?あの鳥詐欺は結構強かったけど。
「普通だったよ」
「魔眼対策しちまえば、ただの硬いワイバーンだからな。魔眼によって脅威度も変わる」
「……魔眼?へぇ、抉りとってきた?」
「ごめんね」
「いやです」
「無理だろ」
ロマンが…
サンプルぐらい取っとけよ。あるのも頭部ないらしいし望み薄じゃん。クソっ、人選がアウトだった。これで僕が起きてたら目玉くり抜いてから殺してたのに……
うん?なに、ペロー。そんな仰々しく……
その布巾はなに?
「時間停止で採取した素材ッス。これでどうか、機嫌とか治して欲しいな〜、なんて」
「そういうところが気に入った」
「やったぜ」
竜鱗と竜牙と片目の眼球を献上された。布に時間停止の魔法をかけて、そのまま保存してくれたようだ。ナイスだペロー。完璧な状態じゃん。本当は脳漿も欲しかったけどこの際我慢する。というかよく採れたな。
なに?悪夢で異形化する前に停めて、眼球ゲットした?七秒以内に?早技じゃん。成長してんね。
ヨシ、これで研究素材が増えた。後は胴体……重力砲で頭部を吹き飛ばされた個体の状態を確かめて、なにかしら使えるか実験しよう。
いい暇潰しができた。
「マッドだな…」
「研究職が似合うよね」
「よせやい、褒めるな」
「ひいてるんだよ」
「なんで」
そこは褒めるとこだろ。怪人特有の急所探しとか、そのルーツとか、効率的な浄化魔法の魔力収束とかの最終調整頑張ったの僕なんだが?
先人たちの知恵を昇華させて善戦させたのが僕だぞ。
全滅したけど。
漸く起きたチェルシーを座席に置いて、リデルを適当に放り投げて、アリエスを下ろして、なんとスカートの中に頭を埋めていた変態を車窓から突き落として、着席。
悲鳴なんか聞こえない。
さて。
「ピッド、後何分」
「二十分ぐらいなのです!一応、混乱防止策で幻影魔法を列車全体に展開、認識阻害も付与して気付かれないように術式展開済みなのです!」
「……気が利くね。一応防音と排煙処置もしとこうか」
「あっ!了解なのです!本当は見てほしいですけど、今はダメですもんね!」
「そうだね」
わざわざ言う前にやってくれるとは。流石は僕の自慢の後輩。そんじょそこらのヤツらとは段違いだ。電車チキで暴走するのが結構キズだけど。
行き先は星全体が商店街という、E-ONやきらぽーと、日東モールの大規模版。
そんなにデカい必要性があるのかわからないけど。
ロマンはあるよね。
「あぶっ、あっぶなぁ……最高速度に置いてかれるところだったんだけど…」
「光年規模で置いてってもよかったのに」
「やめて?」
ガチの形相で這い上がってきた知らない人が、珍しくもぜーぜー荒く呼吸しているのを無視して、車窓から見える景色に集中する。
ふむ……目的地に近いからか、どんどん円盤が増えてる気がする。みんな買い物目当てかな。あ、あれ輸送船か。襲撃できたら面白そうだけど、テロリストになるつもりはないので却下。
……壮観だな。多分、あのちっこい星……ここからだとまだ遠いのが、お目当てのスターリーマーケットってとこなんだろうけど。タレスとの取引では見なかった商品とか欲しいなぁ。
……なんだ、意外と楽しんでるんだな、自分。ここまで宇宙旅行に積極的になれるんだ。
今更だけどびっくりだ。
꧁:✦✧✦:꧂
───交易惑星都市スターリーマーケット。
土星の輪のような円環を複数持ち、宇宙中の商業組合が連携して設立した鉱山惑星。開拓に開拓を重ね、かつての坑道や採掘場、更には地上の荒野にも店を乱立させ、星に迷宮の如き広大な商業街が建設された。かつての物寂しい情景は何処にもなく、活気溢れる人の営みが広がる。
星全てが商人と買い物客の為だけに回っており、全てが交易で成り立っている惑星である。
不夜城とも形容され、灯りの絶えないその星に、密かに列車が入場する。
一日中船の出入りが激しい宇宙港では、今日も警備員が異常に目を光らせ、交易が問題なく行われるように警備に力を入れている。
だが、感知能力に優れた彼らでさえ、その列車の存在に気付けない。
無軌道に入ったレール上を駆け終わり、宇宙港の片隅に到着した夢奏列車。コンテナの死角、人の気配の薄さから選ばれた物陰に、ゾロゾロと集団が降り立つ。
先頭に立つリリーライトは、予想以上に激しい異星人の往来に目を瞬かせ、他の面々も未知へのワクワクに期待を膨らませていた。
そんな微笑ましい、まるで上京仕立ての田舎民のような反応を見せる同胞たちを他所に、最後に降りた魔法少女、ムーンラピスは列車を収納。
完全に証拠を隠滅して、何事もなかったように群衆へと近寄っていく。
「普通に観光でいいんだよね?」
「うん。レオードたちの準備が終わるまでだから、ね……情報収集も兼ねた暇潰しさ。好きにしていいよ。ただし、面倒事は起こさないこと」
「言われなくても。あっちから来ない限り、私はなんにもやらないよ!」
「どうだか…」
「えぇー?」
そう駄弁りながら、彼女たちは散開。特殊な荷物検査や検問などは客相手には開いていないようで、異星人たちの視線に晒されながら散策。
星の数ある店をチラ見して、冷やかして、興味があればちゃんと見て、買えるモノなら購入して。
各々、好きなように時間を潰す。
この一団の代表であるムーンラピスとリリーライトが、撤退を告げるまで。
「なにこれ!」
「うわぁ、でっか…」
「次行きましょ」
「キモ」
「あれっ、みんなどこぽふー!?」
「銃だっ!なぁ銃見ようぜ!」
「わかったわかった……あっ、この星のアクセサリ、結構かわいくない?」
「んー、呪物ではないね。いいんじゃないの?」
「いらないのです!」
「そういうこと言わないの」
「銃っ!!」
「うるさ」
「変装できてます?これ」
「大丈夫だろ。似合ってるぜ」
「えへへ…」
「男二人とかつまんね」
「ならそこら辺の嬢ちゃん引っ掛けろよ」
「顔面パッカーンwされたら怖いからやだ。オレは人間で満足なんで…」
「……ここは、どこですか」
「む。メードのヤツめ。どこに行った?これだから無能ら困るんだ……うるるーのとこに行こう。あいつとならすぐ会え、会え……」
「………」
「………」
「黒山羊の召使いか。何故ここに」
「迷いました」
「はぐれた」
「…ハァ」
集団、若しくは単独で。異星人との交流を挟みながら、地球人たちは自由に買い物を楽しむ。認識阻害がある程度効いてるお陰か、やっかみなどはなかったのは幸いか。
明確な時間制限はないが……回りたいところはまだまだたくさんある。その短い時間を、星中を回る勢いで彼らは駆け回る。
───…そして。
暖かく賑やかな喧騒からは遠く離れた、あまり観光客は訪れない、訪れようともしない交易都市の地下の地下。
パスポートなどの検問を無視して、二人は進む。
「約四十年前、ブラックスターと呼ばれる非合法な取引が盛んに行われていた彗星が消滅した。獅子、黒山羊、羊の将星たちによって、あらゆる闇が一掃された。それこそ、彗星が消し飛ぶぐらいには。でも……闇ってのは、なにをどうしても残るもんだ。そういうヤツらこそ生に貪欲で、生き残ることに特化している」
「……その結果が、これ?」
「そう。第二のブラックマーケットとでも呼ぼうか。嫌なところだよ」
地下の僅かな灯りの下、暗がりで行われる闇の取引を、少女2人は睨みながら歩いていく。止めるなんて無意味なことはしない。危険物をどう扱おうが、どうでもいい。
毒の匂いや薬草の匂い、刺激臭や腐臭も気にやしない。
ただ目的の物を、蒼月の女と、勝手についてきた太陽は探している。
他の仲間たちには内緒にして。笑顔を取り繕い、気楽に立ち寄ったように見せかけた。
その実、胸の内側に炎が燻っている。
「あるの?」
「無かったら潰す───ここを壊せば、地上部も全壊して破滅一直線だけど。やる?」
「やめようね」
探す。探す。
真偽不明の“夢”を探す。
───コルボー、情報。
───えぇ……こいつらにやるの?なんで?
───同盟だから。ほら、早く。
───や〜だぁ〜……いややりますけど。はい、お求めの特ダネです。
出発前、将星レオードを通して手渡されたとある情報。それは魔法少女として無視できない、悪夢の大王としても見逃せない内容だった。
その正体は。
「妖精っぽい小さいのの亡骸、ねぇ…」
それが本物ではなく、別物であることを祈りながら。
憂鬱な気分のまま、2人の影は、暗闇の地の底へと足を進めるのだった。
怒りに燃える




