206-vsディープワイバーン亜種
宇宙怪獣ディープワイバーン。青い鱗を持つその竜は、魔法防御力が異様に高い強固な鱗を持ち、急所となる瞳や首、翼の付け根なども聖剣の一突き程度では断ち切れない強度を誇る。ただひたすらに頑丈で、物理でも魔法でも、それ以外でも高ステータスを振り翳すことができる。
体当たりで岩山を削り。羽ばたきで大木を吹き飛ばし。竜尾の薙ぎ払いで並みいる強豪たちを消し飛ばす。
将星並の強者でも油断はできない、ズーマー星人の精鋭ウルグラ隊ですら緊張を隠せない強さを持つ宇宙怪獣は、暗黒銀河における確かな脅威として君臨していた。
群れで行動し、集団で星を襲う翼竜は、今日も今日とて餌を求めて飛翔する。
ただし、この黒い鱗の亜種個体───コーカスドムスの親戚は、通常種よりも硬く、大きく、そして強い。
絶対数は少ないが、更なる脅威として名を馳せる。
そして、亜種と呼ばれるぐらいには、通常種と隔絶した能力を持っている。
ギャオオオオオオォォォ───ッ!!
咆哮を轟かせ、夢奏列車を狙う怪竜たち。その目的は、列車から香る美味しそうな魔力の塊を喰らう為。ディープワイバーンは魔力を栄養源とし、食肉や菜食の概念などと掛け離れた生態をしている。
魔法少女、アリスメアー、そして将星。
洗練された魔力は大小関係なく澄み切っていて、彼らの目にはご馳走にしか映っていない。
うち半分が【悪夢】に染まっていようと、彼らにとってその問題は些事に過ぎず。食べられる魔力だけを抽出する方法を本能的に理解している彼らは、澱みなく、躊躇なく捕食するだろう。
「クソ敵じゃん」
「そうか、私たちはご飯か…」
「強く叩いたら帰ってくれないかな?」
「討伐した方がいいぞ。撃退したら群れ単位でやり返しに飛んでくるぞ」
「厄介!」
飛来する四体のディープワイバーン亜種。対峙するは、始まりの覚醒者、エスト・ブランジェ。悪夢よりも人間を憎悪する呪いの復讐者、マレディフルーフ。悪夢に堕ちた蒼月から人類の未来を取り戻した新世代、リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズ。
そして、世界に絶望した三銃士、ビル、ペロー。
異星の叛逆者、呪いの森の将星、カリプス・ブラーエの8人である。
「私は一人でやるよ」
真っ先に屋根から飛び降りて、先頭にいたワイバーンに蹴りを炸裂させたのは、エスト・ブランジェ。重力による超パワーで、油断していたワイバーンの頬を殴る。
黒い閃光が炸裂して、そのまま群れから引き剥がす。
「ギョアァ───ッ!?」
「硬いなぁ……でも、やれないことはないね?」
「ッ、グルルッ……ゲオオオオオオオ!!」
「あはっ」
頬を痛々しくも腫れさせながらも、空気を揺らす咆哮を轟かせるワイバーンに、ブランジェは闘志を隠せず、その好戦的な笑みをもって迎え撃つ。同時に新世代と三銃士も飛び出して、先制を取られたことに驚いていた他の二体に強襲を仕掛ける。
勿論、騒音被害で怒られないように、なるべく列車から距離を離して。
「グルオッ?!」
「悪いけど、退いてもらうよ!」
「邪魔すんじゃないわよ!」
「私もチェルちゃんと寝るんだいっ!」
「ギュルオーンッ!!」
「悪夢に呑まれろ」
「死ぬッスよ!」
エーテ、コメット、デイズの魔法の蹴りが、一体を群れから引き剥がし。万年筆を武器化させたビルの一振りと、ペローの瞬間移動かかと落としでもう一体を撃墜する。
そして、最後の一体、仲間を蹴落とされて激怒の咆哮を上げるワイバーン……その背中に、カリプスが音もなく、気配も悟らせずに着地する。
気付いた時には、もう遅く。
「行くぞ、フルーフ」
「楽しくやろうね、黒山羊の君」
「グル!?」
列車屋根に残っていたフルーフと、カリプスの呪いが、ワイバーンを雁字搦めに拘束する。
赤黒い呪鎖に縛られて、悲鳴を上げながら暴れ狂う。
「儀式の時間稼ぎは必要だろう?まぁ……倒しちゃっても文句言わないでよ?」
「安心しろ。いらねェ杞憂だから、なっ!」
「グルオォォ!!」
───歪魔法<ザルゴ>
呪いのヒトガタが群れを生し、拘束から逃れんと暴れるワイバーンに絡みつく。触れた傍から腐蝕する呪いには、さしものワイバーンも絶叫する。
だが、その暴れように変わりはなく。
持ち前の膂力で強靭な呪いの鎖を引きちぎり、拘束から脱出する。
その背には、まだカリプスが乗っている。ワイバーンが振り落とそうと暴れても、彼はその背に手を添えたまま、微動だにせず。
魔力を込め続ける。
「グルオォォォォ───!!」
対抗するように、ワイバーンは吠えて。
一向に背中から剥がれない黒山羊よりも、眼前の紅へと照準を定めて。
紅い瞳孔を輝かせる。
「ッ、魔眼持ちだ!気を付けろ!!」
ディープワイバーン亜種。その最たる特性は、高確率で特別な目……“魔眼”を所持していること。ムーンラピスのような、魔法強化によって視力強化された瞳や、解析など多彩な機能を備えた人工的な代物、ではない。
生まれ持った魔の瞳。神話に準える異能を宿した目。
バロールの魔眼、大天使サリエルの邪視、メドゥーサの石の魔眼、バジリスクやコカトリスなどの絶命の魔眼……若しくは、心眼や浄眼、慧眼などの真実を見抜き、邪悪を取り除く見鬼の眼。
地球だけでも無数にある、あった魔眼の数々。魔法でも実現されたそれらを、彼ら亜種は高確率で保有する。
その種類は千差万別で、対峙してみないとわからない。
では、この個体の魔眼とは。
「んむっ……あ〜、これは厄介…即死系か」
凝視した対象の心臓を止めるという、絶対に殺すという意思を形にした魔眼であった。
フルーフは肉体が一瞬硬直して戸惑うが、それが魔眼の効果であることにいち早く気付く。動いていない心臓が、止まった。そんな擬似的な感覚を覚えて、怪竜の魔眼への見解を深める。
ゾンビマギアでなければ助からなかった。既に死んでる身だから助かった。
「グル?」
その反応にワイバーンは首を傾げる。
今まで相手してきたどんな強敵であろうと、己の絶命の魔眼で見つめれば、一瞬で形勢逆転……それどころか殺すことができていたというのに。原理までは彼もわかってはいないが、ジャイアントキリングを可能とするその力に、絶対的な自信があった。
だが、フルーフには効いていない。
一瞬の硬直はあれど、すぐに再起したフルーフに困惑の色を浮かべる。
「ハハッ、死人様様だな」
自分だったら容易く死んでいたと自嘲するカリプスは、思ったより強力な魔眼を保有していたことに、僅かながら冷や汗をかく。
他の戦場は大丈夫なのかと、儀式発動の為の工程を黙々続けながら目を移す。
その視線の先では。
「夢想魔法───っ!」
「星魔法ッ!ハァァァァァァァッ!!」
「っ、たぁっ!花、魔法!」
「グルギョォーッ!!」
新世代と、他のよりは比較的小さな個体のワイバーンの戦い。魔法が飛び交い、暴力を食らわせ合い、相手よりも上を上をと、上昇しながら戦う3人と一体。
咆哮が轟き、戦意が迸る。
それに応えるように、魔法少女たちもまた、声を上げて魔法を放つ。
「あのフラミンゴみたいに、魔法を食べる性質はないの、安心したわっ!」
「やっぱり頭おかしいよアリスメアー!」
「それなー!」
そう、かのフラミンゴことコーカスドムスには、身体に直撃した魔法を吸収し、自分のモノにするというデタラメ特性を有していた。更には、倒した魔法少女を食らって、その魔法を永久的に行使できるという、悪寒の走る手札を持っていた。
マペットプリマーレの糸魔法、グローバオムの木魔法、ミステリオの謎魔法、キューティーハザードの狂化魔法、ユイルコモンドの油魔法、ブルースカイの空魔法、リープオルガンの風琴魔法、ガジェットダンサーのガチャガチャ魔法、シュティレーゼの沈黙魔法、フォーチュンレッドの運命魔法、エタニティリングの無限魔法、エトセトラ。
数多くの魔法少女を食らって、身につけた魔法の数々。
それらを躊躇いなく行使することで、更なる脅威として人類に立ち塞がった。
だが、こいつは違う。あの絶望とは、映像で、ゴナー・アクゥームとして対峙したそれとは、遥かに劣る、か弱きワイバーンだ。
故に。
「負けないからっ!」
下位互換なんかには負けないと、決めつけて、決めつけられるぐらいには、強くなった証拠を、エーテたちは竜に叩き付ける。
「グルオォ───ッ!!」
ただし、相対するワイバーンも、ただで殺られるようなタマではなく。
咆哮を轟かせて、その魔眼を煌めかせる。
その効果は、“魔力減衰”───視界に入る生命体から、段階的に魔力を消失させる魔眼。一度目で三割を身体から消失させ、二度目の発動で五割を削る。
そして、今ので三度目。既に、エーテたちの体内魔力は空っぽだった。
「ッ、また魔眼!」
「あーもう!魔力散るのやだーっ!」
「早く決めるよっ!」
「うん!」
だが、エーテたちには奥の手───ムーンラピス作成の外部魔力タンクがあり。減った分だけの魔力を補充して、依然変わりなく戦場に立っている。
そう、まだ余裕なのだ。
それでも、義姉に無理言って作ってもらい、自分たちも一日使わなかった魔力を溜め込み、貯蓄してきたそれを、ここで解放している。だが、それを過信して、大事な時に足りなければ意味がない。
ここで消費するモノではない。
ならば即座に決めるべきだ。
「“青く輝く彗星よ”!」
「“光に満ちた、天の花園より”!」
「“祝福を届けたまえ”!」
「「「───奇跡重奏!<ウェイクアップ・ミラキュラスハイドリーム>!!」」」
三重奏の夢の光が、容赦なく。強力な魔力障壁を張ると同時に、魔力を減らして威力低下を狙った眼光を、力強く放っていたワイバーンを、貫く。
障壁を突き破り、眼光を撃ち抜いて、肉体を霞ませ。
一切の痛みを与えずに、一体目のワイバーンが、宙から消え去った。
その光景の横で、年長男子組───三銃士の男幹部が、ディープワイバーンの亜種を物理で相手取る。
そう、物理で。
「オラァ!!」
「グルラァッ!!」
「ふんっ!」
万年筆を武器に、ワイバーンの硬い鱗を殴り、頭頂部に強撃を叩き込むビル。相手するワイバーンもまた、爪を、翼を、牙を使って相手取る。
その威力は掠るだけで死に至るほど。
ビルは軽やかに避けて、その巨体を足場にしながら宙を踊る。
「いやオレもビルさんも魔法使ってますからね!?ただの物理で戦いが成立する、わけっ!ないでしょーがっ!変なナレーション入れてんじゃねぇーよ!」
「何言ってんだオマエ」
「グル?」
「すいません口が過ぎました。なので戦闘止めてまでオレ見ないでくれます?」
「だとよ」
「グル!」
無双魔法、時間魔法を駆使して、ワイバーンの暴力から身を守りながら戦う。
怪竜の口から放たれる火炎放射にも注意して。
「ッ、魔眼!」
「時間魔法───ハイスキップ〜!」
「グルラァッ!!」
そして、ワイバーンの目から放たれる輝きを警戒して、ペローの時間魔法で“使ったこと”にする。時間を飛ばして過程を吹っ飛ばしたのだ。
ただ、そこに結果は残らない。
この個体の魔眼───“石化”を避ける為に、彼ら2人は大立ち回りを演じる。
「そうだ、アレ使います?」
「あん? ───あぁ、いいかもな。やれる時にやって、実証しとこう」
攻防を続け、着実にワイバーンの鱗を剥いで───主に献上できるぐらいの素材を集めたところで、ペローが軽い悪巧みを提示する。
ビルはそれを肯定して、瞬時に立ち回りを変え。
ワイバーンから離れて、手を前に出したペローの隣へと降りる。
「悪夢って知ってます?」
「案外、心地いいもんだぜ」
「多分ッスけど!」
そう笑って、独断で。宇宙を脅かす魔法を、放つ。
───悪夢魔法<アリス・イン・ワンダーランド>
警戒する怪竜を取り込むように、黒紫の魔力が……否、アリスメアーの悪夢が渦巻く。
解き放たれた悪夢は、ワイバーンを逃がさない。
ジタバタと暴れて、藻掻いて、生を渇望して。果てなき明日を求めて、必死になって。悲鳴も、怒号も、絶叫も、咆哮すらも許さない。
悪夢が蠢く。
「どうだ?」
「うーん…」
ペローとビルが狙ったのは、このワイバーンの眷属化。悪夢の下僕へと作り替え、アリスメアーの新たな戦力……悪く言えば肉盾、移動手段として利用してやろうという、だいぶ黒い腹積もりだった。
だが。その結果は著しくなく。
大方の予想通り、ディープワイバーン亜種は悪夢の力に蝕まれ。
「───グピョギィオォッ!?」
奇っ怪な悲鳴を上げ、瞬く間に異形へと生まれ変わり───絶命した。
言葉で形容し難い、無数の動物や虫が合わさったような異形の姿。翼竜の原型など欠片もない気色悪さに、それを成し遂げた2人は顔を青ざめる。
普通にグロかった。
普通に残酷だった。
「……ま、まぁ。討伐できたし、悪夢がどんだけやべーか再確認できたし……良かったってことで」
「そ、そうだな……下手すれば、俺らもあーなってたか」
「やめて。怖いから」
ただ適性がなかっただけである。
そして、最後に。
「あまり騒いじゃダメだよ?死んじゃうからね……主に、私たちが」
「ッ……!?」
ワイバーンの鼻上。重力圧によって口の開閉を封じて、強制的に黙らせたブランジェが、恐慌するワイバーンへと微笑みかける。
慈悲などない。赦しなどない。
そも、あの怪鳥の近縁種、いや大元である怪竜に向ける慈悲などないのだが。
だが、恨みをぶつける相手でもない。
故に。
「その竜生、手早く終わらせてあげる───でも、少しは抵抗したいでしょ?だから、時間をあげる。ねっ、ほら。他の子達みたいに、魔眼、使ってみよ?」
「ッ、ッ、ッ〜〜〜ッ!!」
「あはっ、怒ってる!」
その目を煽って、滾らせ、嗤って、見下ろして。
群れの長でありながら、魔眼を持てずに生まれた個体をコケ下ろす。
「なーんだ。ハズレか」
心底残念そうに。お目当ての力を見ることができない、裏切られたような感情と共に、ワイバーンを哀れんで……その竜生に、慈悲を下す。
ドロドロとした熱い殺意が込められた、その目に。
他者と比較され続けたのだろう、心からの憤怒を込めた視線を、遮るように。
左手を下に、右手を上に。重ね合わせ───手のひらの隙間に空間を作る。
その空間に、魔力を滾らせる。
「それじゃあ───重力魔法<ゴッド・ブレス>」
空間に生じた宙色のエネルギー波が、渦巻き、煌めき、災禍となって。球体を象る重力の塊を手に、ブランジェは上顎から離れて。
解き放つ。
「来世は、魔眼を持って生まれるといいね」
消し飛ばされた竜頭に別れを告げて、崩れ落ちる胴体を受け止めた。
「……いや、怖っ。“力天使“、だったか?あれで序列三位判定なのバグだろ……いや、上のヤツらを考えれば妥当な順位、なのか?」
「そこの黒山羊さーん、文句なら聞くよ?」
「地獄耳かよ。天国耳はねェのか、ったく……っと、もう頃合いか」
そして、戦場はカリプスとフルーフの方へと戻り。
怪竜の背の上で、宇宙空間であることを理由に構築した簡易的な儀式を、カリプスは遂に完成させる。
手順は、呪う対象に触れる、気付かれないように魔力を浸透させる、意識を逸らさせる。
そうして彼は、己の代名詞───“死の森”の発動工程を終える。
「グル…?」
「今更違和感に気付いてもおせーよ。そんじゃ、いい加減終わりにしようぜ」
───黒堊の魔法<オールド・スィオン・ルボワ>
ディープワイバーンの鱗の隙間から、黒い闇がゴポゴポ音を立てて溢れ出て、更に黒い植物が芽吹き……瞬く間にコズミックカラーの樹海を生やす。
竜の肉体を突き破るように、死の森が芽を吹かす。
「ギョッ、ギッ、アアアアアアアアアア───ッ!?」
存在するだけで滅びを振り撒く呪いの植物が、困惑するワイバーンの命を蝕む。逆鱗から、血管から、関節から、口から、鼻から、眼球から。身体の内側から成長していく死の森に、絶叫を上げながら呑み込まれていく。
そう時間をかけず、ワイバーンは絶命する。
宇宙空間にポツンと浮かぶ、新たな死の森の植生地へと生まれ変わって。
「悪ぃな……んじゃフルーフ、後始末を頼む」
「いいよ。残してたせいで、生態系が全滅、なんてことは赦されないからね」
───歪魔法<イグニ>
最後は黒い業火に全てを焼かれて。ワイバーンの群れは掃討された。
「まったく。自分でやったことを自分で処理できないの、なんとかしようよ」
「そうも言ってらんねぇの。一部分だけを呪うのか、星の全てを滅ぼすのか以外で使い道のねェ呪いなんだ。多少は許してくれよ」
「はいはい」
何も無くなった宙の果てで。
宇宙怪獣からの襲撃は、軽傷で済む程度で終息できたのだった。




