196-紅蓮滾る戦士と氷の棺
「破ァ!!」
空気を突き破る蹴りの連撃を、踊るように身を逸らして全て回避。一撃一撃は重く、鋭く、腹に当たれば内臓損壊必須の蹴撃だが……当たらなければどうってことない。
赤銅、だったか。ここのヤツらは、自分の色を名乗りの材料にしているのだろうか。
リュカリオン……長いから、僕もリュカくんと呼ばせてもらおう。鍛え抜かれた肉体から放たれる一撃から見て、彼こそがこの戦士団……ウルグラ隊の最高戦力だろう。
若手だから全部を任されてるわけじゃないが……多分、うちのアリエスと同じ、期待の若手とかそーゆー立場なんだろう。
「遅い」
「ッ、押忍!」
「おっと」
ちゃんと加速した。なに、この稽古みたいな……それを悪くないと思ってる自分がいる。
……後進育成、楽しいね。
そんじゃあ。
「有用な武器が増えるのはいいことだ───ほら、全力で迎え撃ってみろ」
「ッ!」
───剛曲魔法<バトル・メロディア>
身体強化系の最高位、一瞬で鋼の如き身体を、上位級の幹部怪人を物理で殴り殺せる魔法少女、“剛曲”のヴァリマストロンガーの魔法。名前長いね。ちな死因は窒息死。
海外産、それも辺境出身のに限って強い魔法持ちなの、どうかしてるよ。いや、山出身ならぬジャングル出身ならそんなもんか。
取り敢えずこれで戦ってやろう。
蹴りを受けても動じない、耐久性と頑丈度、その全てが異常向上した身長強化。ビックリした顔するリュカくんにニヤリと笑って、挑発する。
これだけじゃないよ?
「ほら、頑張れ」
「ぐぁっ!?ッ、デコピン、だと!?」
「ふふっ、耐えるねぇ」
「チッ!」
デコピンで空気を弾けば、大質量の空気の塊がその額をぶち抜く。結構調整したけど、意識は残るのか。耐久力もバカにならないな……
取り敢えずデコピン連打。圧縮空気弾の飽和攻撃だ。
「ッ、ぐっ……硬ェ、速ェ……だが、この程度!まだっ、俺は行けるぞ!!」
「その意気が何処まで続くか、見物だね」
空気弾を受け切り、五体満足で突進を再開する。いや、なんで耐えられるわけ?全盛期、実験で複製に僕目掛けて打たせたら一瞬意識飛ばした空気弾だよ?
まったく。獣の身体能力は侮れないな……
とはいえ、今の身体能力は僕の方が上。訓練場の地盤を砕き合い、蹴飛ばし、殴って蹴って、徒手空拳の大戦撃をお互いにお見舞いする。
うーん、千日手。こっちはまだ無傷だけど、相手が全然倒れてくれない。不屈の精神でこっちに突っ込んでくる。
リュカくんは四肢に強固な魔力を纏って、身体を守ると同時に超硬い魔力の塊でこっちに暴行してくるけど、まあ問題はない。身体強化と魔力操作、それらがオマケになる単純に強い身体能力。羨ましいぐらいだ。
こっちもこっちで手加減してるけど、なんか全力出して殴っても生きてくれそうだな……
んじゃ、そろそろ。
「終わりにしよっか」
「ッ、そんなら───紅蓮魔法ッ!」
「お?」
終幕を宣言すれば、悔しそうに歯噛みしたリュカくんが赤銅色の毛並みをより赤く輝かせる。紅蓮魔法……確か、身体に熱を帯びさせて肉体を強化す魔法。あんまり使った覚えがないから、記憶に薄いけど……
いや待て、なんか融解してない?地面溶けてね?
それ溶岩魔法……いや、肉体を溶岩に等しい熱に変える紅蓮魔法か!僕が知らないタイプの紅蓮魔法!
全部共通にしろよ!なんでちょっと人によって魔法性質違うんだ!
「<ボルケニオン>!!」
紅く紅く、灼熱の溶岩そのものとなった赤銅の人狼が、溶岩らしからぬ速さで僕に突っ込む。なんだよ、溶岩ならもうちょい遅くあれよ。
こっちの魔力障壁を容易く溶かす闘拳を、顔面スレスレ回避で避ける。
危ない。
「熱いなぁ」
「おおおおおおおお!!」
「ふむ」
灼熱を撒き散らす殴打蹴撃の猛攻を、被弾ゼロで間一髪避けていく。速さにもブーストがかかっているのか、少し油断するだけで命取りになる。
ただの溶岩魔法は溶岩を生み出す魔法だけど、こいつの紅蓮魔法は溶岩を纏う魔法ってとこか……似てるのに似てない魔法多すぎない?同名異義はタチ悪いよ。
……まぁ、それを乗り越えてこそ、魔法少女の面目躍如だろうか。
「派手に締めよう」
───“氷”+“雪”+“氷菓”+“凍結”
「魔加合一、<雪魄凍花>」
僕が有する魔法を、一緒くたにして放つ。本当は溶岩の熱を下げる目的、流動性を停止させる目的とかで、もっと複数の魔法を混ぜたいところだけど、今回はこれでいい。
複合魔法一発で、その紅蓮を止めてやる。
「ッ!」
「誇るといい。複合魔法を異星人に使ったのは……そう、正しく。君が初めてだ」
「上等ッ!!」
凍気を放つ右手を振るえば、空気が凍えて、パキパキと不穏な音を立てて空間が凍っていく。
本来ならばありえない超常現象も魔法ならでは。
絶対零度を遥かに超える低温の世界に、灼熱の溶岩狼が威勢よく飛び込んで来る。正々堂々、真っ正面から。その愚直さは嫌いじゃない。
事実、褒めるしかないだろう。
並の魔法少女ならば……あの六花でさえ、領域に入った瞬間凍え死ぬような空間を、彼はその身一つで吶喊して、僕の喉的を狙いに来てるのだから。
称賛するしかないね。
「紅蓮魔法ッ!<クリムゾン・ラヴァーハンマー>!!」
そして、リュカくんは最後のタメ技と言わんばかりに、左手を大きな溶岩の塊に変え……灼熱の岩が流動する拳を作り上げて。
ストレートに、僕へ殴り掛かる。
極寒の世界で異彩を放つ、赤熱する拳。その一撃は……残念ながら。
届かない。
「───…あぁ、ちくしょう」
全て、僕の計算通りに。
万物を焼き尽くす猛き溶岩は凍りつき。全身から氷柱を
生やして、凍結する。霜が降り、白く染まり、身も完全に凍りついて停止した人狼は、あまりの寒さに気絶し、その意識を手放した。
「君は強かった。誇っていいよ……だから、大事に大事に冷凍保存してあげる」
「……まぁ、終わったら解放するけど」
眼前スレスレに迫っていた溶岩と左拳から目を離して、凍りついた空間を解除する。うーん、涼しくてよかったんだけど、流石にね。このまま獅子宮を、荒野から氷の星にするわけにはいかなかったし。
凍ったリュカくんが砕けないように、保存魔法をかけて守ってあげる。
さて。
「みんなは……終わったね」
訓練場を見渡せば、あちらこちらに薙ぎ倒された獣人が転がっている。まだ血気盛んなヤツらが暴れてるけど……直に制圧されるだろう。
対して、僕たち魔法少女とアリスメアーは全員健在。
肩に包丁が刺さってるペローが一番の重傷だけど、他は問題なしと。
「大丈夫?」
「刃傷沙汰は慣れてるんで…」
「慣れんなよバカが」
「サーセン」
擁護する気も失せたわ。そうだ、こいつホスト崩れとかそーゆーヤツだったわ。
もっと滅多刺しされてろ。
……待って。うちのウサギよりもムカつくヤツいたわ。高台の階段に腰掛けて、高そうな赤ワイン傾けてくるクソライオン丸いるわ。
憤怒ラピス、行きます。
高みの見物をして、お付きの女豹獣人に酌をされている獅子の王様は、大敗を喫している配下に顰めっ面を浮かべているけど……多分、その脳では魔法少女をどう利用し、味方につけるか算段を立てているのだろう。
でも、まぁ。ちょっと余所見しすぎ。
───もう、君の真後ろに。僕がいるのに、さ。
目を見開くお付きの人が声を漏らすよりも早く、獅子の首元に指を沿わす。
反射で震えたその肩には、無視してあげて。
声をかける。
「やっほ」
「……おいおい。頭獲りに来るには、早ェんじゃねェか?アサシンかよテメェ」
「よく言われる」
殺されることはないとわかっているからか、余裕のある笑みで……いや、少し僕に対してドン引いた目を向けて、降参降参とレオードは手を挙げる。
その返答を聴いて、ウルグラ隊の生き残りも手を止め、魔法少女たちも矛を収める。
だって、ねぇ?もういい頃合いだろうし。
このメンツで一番強いヤツが負けた以上、他と競っても面白くないし。旨みもない。悪戯に負傷者を増やすのは、ライオン丸もよく思ってないみたいだし。
実質僕の勝ちだね。
「い、いつの間に」
「あれが、蛇を殺せるマホー少女…」
「こっ、怖ぇ〜、って、リュカくーん!?こ、凍ってる!ちょちょっ、早くこれ溶かして〜!?」
「温かい水でもかけとけ」
「殺す気かテメェ」
冗談だよ。いつまでも氷漬けにしとくのは可哀想だし、もう必要もないしね。すぐに解凍するさ。ほら、指で軽く弾くだけで……
表面を覆っていた氷が、パキりと割れる。
「ッ、うおっ!?」
一瞬で氷漬けから解放されたリュカくんが、膝を着いて荒く息を吐く。慌てた鳥獣人が肩にタオルをかけてやり、早く暖を取れと急かす。
愛されてるねぇ。見たところ若手だし、生まれ持っての戦士の中でも、生粋の若造だからからかな。思ってたより可愛がられてるみたいだね。
いいことだ。
「ククッ……それで、どうだ?魔法少女、ムーンラピス。俺の部下たちは、テメェのお眼鏡に適ったか?」
「勿論。悪くない出来だ。よく鍛え上げられてたよ」
「そうかよ」
仲間意識の強い戦士たちに感心していると、赤ワインの最後の一滴を飲み干したレオードが、膝に肘を置き、頬杖をついたまま僕に声をかけてきた。
内容は、彼自慢のウルグラ隊の出来について。
まぁ、嘘つく必要もない。なにせあのリリーライトにも苦戦を強いてたぐらいなんだ。十分強さはあるだろうよ。あいつの想定よりも速く動いて翻弄してたよ。最終的には慣れて斬ってたけど。
“星喰い”陣営の方が圧倒的に数は多いけど、雑兵として考えると過剰に強いんじゃないかな。あっちの雑魚兵が、今まで地球に来てたのが基準なら……うん。雑魚狩りには十分なんじゃないかな。
強いよ、ちゃんと。
「ならいい」
「……僕としては、君ともやりたいんだけど」
「負ける戦いはしねェ主義なんでな」
「逃げんなライオン丸」
「そのヘンテコな呼び名マジで続ける気か?やっぱテメェ正気じゃねェだろ」
「正気だが?」
でも、まぁ。今回の目的は達せたも同然だろう。
お互いの戦力がどれだけ信じられるモノなのか、ここで見せ合ったのだ。一部とはいえ、それでも十分。僕だって成果を得れたぐらいだ。
特に示し合わせてないけど、相手のやりたそうなことは察せられるからね。それは彼も同じだろう。
山猫くんの戦闘が見れなかったのは残念だけど。
隊長なんだよね?あっ、別に最強ではない?そっかぁ、でも残念だ。
「それじゃあ、改めて。よろしくね?」
「あぁ、こちらこそ。有意義な同盟しようぜ……んまぁ、詳しい話は後で詰めるんだが。そこで色々、細かいことは決めようぜ」
「勿論」
ちなみに、アリエスは柱の陰で怯えてたよ。レオードがすごい舌打ちして、手慣れた手付きで連行してった。
職人並みの速さだった。
「いやぁ〜!!食べられりゅぅ〜!」
「テメェなんざ食うわけねェだろ。食いが悪ぃ……、ん?なんだ太ったのか?」
「デリカシーッッ!!」
「いてっ」
仲良いな?




