194-おいでませ、ズーマランド
獅子の大岩を目指して、夢奏列車は速度を落として宙を駆けていく。夢の世界と違って、車窓から覗くのは星々や星雲やらばかりで、あとは黒一色でつまらない。
そんな暗闇の中に浮かぶライオンは、正直面白い。
……石像が星を咥えてる、って認識でいいのかな?よくわかんないけど。
壊してぇ…
「かっこいい…」
我らが幼馴染のお気には召したらしい。そうだね、君の美的センスには引っかかるか。僕と再会する為に家中から幸運グッズ掻き集めて、街中をソンブレロで練り歩く変態さんだもんね。そりゃ気に入るか。
僕にはわからない感性だ。
おっ?
「なんか来たよ」
声につられて反応すれば、獅子宮の方向から小型の舟がたくさん飛んできた。
舟っていうか、ロケットみたい。
宇宙船だね。
お迎えかな。
『───押忍!テメェらが魔法少女か!!』
威勢のいい声が聞こえてきた。列車の周りをくるくると回転する小型宇宙船の群れの中から、スピーカーを通して声を投げかけてくる。
一応こっちも……待ってスピーカーつけてないよ?
生声でいいか。
行け、大声女。
「酷い言い様───はーい!魔法少女だよー!君たちは、御出迎えの人で合ってるかな?」
『押忍!レオードさんの命で、あんたらを案内します!』
歌で喉が鍛えられてるマーチ先輩に対応させると、また元気のいい声が返ってきた。
うん、大使にしては敬語がめちゃくちゃだね。
教育不足か?
暫定大使の言う通り、先導するように前を行く舟の後を列車は進んでいく。周囲の機体は、進行方向にある瓦礫やゴミをわざわざ除去してくれている。
致せり尽くせりだな。まぁ、何事もなく入国できるようでなにより。
……襲撃されたら面白いなー、なんて本音は、今だけは懐にしまっておく。
「うぅ、多分あのヤンキーさんだ……」
「知り合い?」
「レオードの取り巻きというか、舎弟って言うか。将星の私よりも普通に強い人、です」
「……そりゃ、オマエ特殊系統じゃん。物理は無理だろ」
「えへへ、握力12です」
「褒めてないよ」
その自己申告、それはそれで心配になるんだけど?
いつも通り挙動不審のアリエスから、相手さんの情報を又聞きしながら、列車が誘導されていくのを見守る。お、獅子の口の中に入るみたい。あそこが入り口なわけね。
どんな感じで入るんだろ……
そう興味津々で眺めていれば、まずロケットが口の中に先導して入って……
「は?」
なんか、薄い膜みたいのがあって、それを突き抜け……いや、すり抜けた?
成程、そーゆー感じね?
みんなもすごいびっくりした顔してる。そうだね、僕もびっくりしたぐらいだ。どういう技術でやってるんだろ。不思議だなぁ。
めっちゃ調べたいけど、後回しにするしかないか。
そうこうしている間に、列車が膜をすり抜け……一瞬、身体にGがかかる。その瞬間、景色が変わり。僕たちは、獅子宮への空に舞い降りた。
石像の向こう側は───茜色の空が何処までも広がる、荒野地帯だった。
「魔法映像か」
「数百年前は空があったらしいんですけど……陛下の支配領域になった時に、剥がれちゃったみたいで。代わりに、ああやって空のテクスチャを貼ってるんだそうで」
「空って剥がれるんだ……アリエスん家は?普通に星空でなんもなかったけど」
「維持費って嫌な言葉ですよね」
「あぁ…」
改めて将星格差という現実の厳しさを知る。
なんだよ、それ。将星って同格なんだから、全部平等にやるとかないの?年功序列っていうか、弱肉強食、強者が優遇されるっていうか……可哀想。
大丈夫、アリスメアーにそんなのないからね。
みんな平等に理不尽を食らわせてやるから、期待爆高で従ってくれていいよ。
「不安しかない…」
「なにされるんスかオレら」
「今更だろ何言ってんだ」
「うん、気にしすぎ」
「ご安心ください。無茶振りなんてされるような職場じゃないですよ。私みたいに無能を演じれば、適当な仕事しか与えられないので、悠々自適な生活が送れますので」
「ガチ無能は黙ってろ」
「演じれるようなタマじゃないでしょ」
「嘘はよくない」
「敵多くないですか?」
「めぇ…」
何とち狂ったのか変なこと言って集中砲火を受けている駄メイドを余所に、夕焼け空を駆ける列車が小型宇宙船の案内の元、地上へと降りて行く。
眼下に広がるのは、岩をくり抜いて家にしたような遠い異国の地でしか見たことのない建築様式の街並み。成程、外観よりも内装が充実してるタイプの文化か。
遠目に見える、要塞にも見える巨大な城。どうも、この列車の終点はそこの発着場らしい。
さて、そろそろご対面か。
「楽しみだね」
「本当それな」
どんなご挨拶が待っているのか……地上から湧き上がる闘気に当てられて、僕はにっこり微笑んだ。
やりすぎないようにしなきゃ、ね。
꧁:✦✧✦:꧂
「ようこそ、ズーマキングの王国、ズーマランドへ!俺らズーマー星人は、あんたら異邦人を歓迎する!」
「リュカくん?なんで君そんな敬語下手っぴなの?」
「え?」
「え?」
宇宙船が飛び立ち、帰ってくる発着場に列車を下ろし、そこから降りると。僕たちをここまで案内した元気溌剌な青年の声と、岩城から小走りでやってきた知らない声が、僕たちを出迎える。
片方は狼で、赤色の毛並みの持ち主。図体もデカくて、見上げなきゃ全容が見えない。もう片方は橙色の毛並みの山猫くん。
「こんにちは」
「どうもです〜。俺は、将星“金色獅子”率いる戦闘部隊、ウルグラ所属の秋陽、フェリスです」
「同じく、ウルグラ隊の赤銅、リュカリオンだ!」
「俺ら二人は案内役です。こちらに我らの王がいるんで、ご案内しますね」
ふむ。この2人からの敵意は感じない。赤狼くんからは好意がすごい……反対に、山猫くんは面倒っていう感情に上辺を塗ってる、世渡り上手な印象。
取り敢えず、今はまだ警戒を解かずについてきますか。
彼らに案内されながら、遠目から見て岩ばかりの街とは違う異色を放っていた城を歩く。ここ、ちゃんと煉瓦とか積んでる要塞なんだよね。
わざと頑丈に作ってるみたい。優美とか荘厳さとかは、二の次なのかな。
「お耳可愛いね」
「尻尾いいなー、触ってい?」
「やめろください。普通に嫌なんで……まぁ、獣の特徴を褒められるのは嫌じゃないっスけど」
「うちの純朴くんを誑かさないでくださいねー」
「そんなんじゃねェよ!」
「はいはい」
性感帯なのかな。気になる。うちのネコは尻尾トントンするとビクンってなるよ。
普通に怒られるけど。無防備に寝てるのが悪い。
……んー、近くに集団がいるな。それも、そっちの方に案内されてってる?
「? フェリス隊長、応接室はこっちじゃ…」
「あー、うん。そうなんだけど……ほら、レオードさんのいつもの無茶振り」
「えぇ…」
「んー、ごほん。すいませんね、御客人。悪いんですが、どうか付き合ってください」
「別にいいよ」
「え?なに?」
わかってない後輩たちと共に、案内に従って、そこ……要塞の中にある外の空間、鍛錬場っぽいところに僕たちは連れて行かれる。
成程、悪いのはライオン丸か。
お得意の悪巧みかな?
「ねぇ、これってさ」
「……やる気満々だよねぇ」
「うー、血の気多いなぁ」
薄々察してた面々が、疑念が確信に変わっていき表情を歪めているのを無視して、そこに立つ。
案内された先には───大勢の肉食獣人がいた。
全員、血の気の荒そうな男ばかりで、女性の数はあまりない様子。ただ、全員が武器を携帯していて、見るからに闘志に満ち溢れていた。
そして、その奥。
階段状の段差に腰掛け、こっちを見やる───黄金色の獅子がいた。
「お連れしました」
「おう、ご苦労。テメェらも混ざれ」
「レオードさん!あんたなにを!」
「真面目くんは黙ってろ。今から大事な儀式なんでな……さて」
側近2人を従えて、この星の支配者はせせら笑う。
「ようこそ、俺の国へ。歓迎しよう、魔法少女。そんで、突然で悪いが。これが……俺たち野蛮なズーマーらしい、熱烈な歓迎法でなァ。是非、受け取ってくれ」
「性格悪ぅ。マトモな挨拶ぐらいしようぜ、ライオン丸」
将星、“金色獅子”───レオード・ズーマキング。
こうして対面するのは初めてだけど、中々スリリングな歓迎じゃないか。
「テメェがそれを言うかよ、蒼月の魔法少女……ククッ、んまぁ、どっちにしろ付き合ってくれよ。俺の部下たちは揃いも揃って血の気が多くてな。テメェらの実力を、己のその目で見ねェと納得できねェバカばっかなのさ」
「ひでぇ!そこは戦士って形容して欲しいぜボス!」
「そうだそうだー!」
「黙ってろバカ」
口々に笑う男たちを見れば、どれだけ慕われているのかよくわかる。群れの王様ってのは本当らしい。ただまぁ、制御できてないのはアレだけど。
ある意味できてるのか。凶暴な獣フレンズってとこか。
さて。
「俺はレオード。獅子の王、こいつらの王だ……今から、テメェら異邦の強者に、敬意を表して。俺たちズーマーの挑戦を、受け取ってくれ」
「仕方ないなぁ───いいよ、僕がムーンラピスだ。その挑戦とやら、受けて立とう」
「リリーライトだよ。よろしくね」
「リリーエーテ、です!」
改めて、自己紹介を交えて───これから“同盟”を組む相手の力量を、測り合う。
蹂躙だ。




