190-悪夢を吸収する魔法
主人公が覚悟を決めます(n回目)
覚醒回です。
歪んだ精神世界における、ある種の防衛機構。正しくは邪神と成り果てた虫の分体であり、勝手に領域に踏み込む不届き者を弑する、悪夢の具現。
些か遅い登場だが……成程、記憶をわざと読ませれば、悪夢の影響を受けるから、逆に有利なのか。
記憶を読む即ち、精神干渉で自分の影響下に落としたも同然だもんなぁ。今回は、相手が僕たちだったから意味はなかったけど。
【オオオォォォ───…】
音にならない咆哮を上げて、黒い汚泥の集合体が空間を支配する。どことなく、記憶で見たムイアにそっくりな、微妙に似せた悪夢の化身が、その双眸で僕を睨む。
胸には一際目立つ穴が空いており、その空洞には先程の記憶で見た悪夢の光───卵とでも形容すればよいのか、成長途中の悪夢の根源が嵌るように浮かんでいた。
……推測するに、ムイアは悪夢と同化したわけか。
マジでリデルだな。こいつとあいつ、どっこいどっかいじゃんね。
「違うが?」
「な、なんで頑ななんです…?」
「気に食わん。あんな虫モドキと私を一緒にするなど……有り得ん話だ!」
「あっそ」
プライドで似た者同士扱いを拒む女王サマは、一旦横に置いといて。
「んー、ねぇ、アリエス。こいつを倒さないと現実世界に戻れない、ってのはマジ?」
「間違いではないと思います」
「そっかぁ」
それじゃあ、攻略するか。
「悪夢の具現との勝負か……それなら、魔法少女としての戦いよりも、こっちの方がしっくり来るかな」
【ハットス!】
いつも通り、帽子に擬態していたハット・アクゥームに合図を送り、この場に相応しい衣装に姿を変える。
イメチェンというよりは、少し前の姿に戻るだけだ。
悪夢の王の代理。最早、二代目女王と言っても差し支えない状況にまで陥ってるけど。そこは頑なに否定して……力を振るう。
「“お茶会の魔人”マッドハッター。銀河の片隅の、小さな悪夢を生業とする僕が、吾輩が。オマエという、いらない神の成り損ないを、弑するとしよう」
「やってしまえ、うるるー!オマエに決めた!」
「空気読めバカ」
正確には、マッドハッターもといナハト・セレナーデの格好をしたムーンラピス、だけど。
親和性はあるからね。悪夢補正で戦うとしよう。
【ァァァ───】
「言語機能持たないの?そう…」
「アリエス、私を守れ」
「ゃ、わ、私の方を守ってくださいよぉぉ!!」
「むっ」
背後のガヤを無視して、迫り来る汚泥を押し退けながらゆっくりと前進する。後ろに流れても困るから、浄化して消し飛ばしながら進もう。
あぁ、でも、それだけじゃつまらないだろうから。
「どちらの【悪夢】が上か、勝負と行こう───!!」
───《夢崩閉心》
手数を増やす。地球の【悪夢】が何処まで抗えるのか、確かめたくて。わざわざ持ってきた人形たちを、ゴナー・アクゥームを召喚する。
呼び出したのは四体の異形。
不定形で、意思があるのかどうかもわからない“概念”に通じるかはわからないが……
やってみる価値はある。
膨張と破裂、伸縮を繰り返す不定形の肉塊。“祈の仔”、ブーピー。六本腕の壊れた料理人。“悪魔の料理人”、ダッチェス・パー。あなたの認識を歪める、最強最悪の不穏なヒトガタ。“傍らの闇”、The Sister。
そして、先代アリスメアー三銃士の紅一点。
歌って踊る、傲慢不遜なお嬢様───“幻夢”のミセス・プリケット。
「食進しろ」
「馳走せよ」
「礼讃しなさい」
「そして───オマエたちの力で、【悪夢】を呑み込め。全てを受け入れよ」
再生怪人たちを前衛に、魔法滅多打ちの僕を後衛に。
汚泥の波を掻き分けて、操り人形が各々の魔力をもって戦場を塗り替えて行く。
“暴食婦人”の実子、その成れの果て。ブーピーと呼ばれ名が定着した肉塊は、母の暴食よりも更に上の捕食性能をもって汚泥を飲み干す。
その名も悪食魔法。空間ごと根こそぎ抉り喰らう貪欲な食べ盛り。精神を掻き乱す悪夢を、ごくごくと美味しそうな音を立てて取り込んでいく。
取り込まれた汚泥はこちらで解析……ふーん、結構死を蓄え込んだのか、濃いね。
不味そう。
……あっ、料理人が死んだ。包丁で斬った対象を肉塊に物質変換する魔法じゃ、相性どころの問題じゃなかった、って感じかな。使えねぇ。
姉モドキは順調に【悪夢】に干渉してるみたい。
やっぱ精神干渉が一番強いんだよ。この姉モドキ(黒)は悪夢とか関係なく死んじゃった女の子たちの魂が、天国に昇天した時に剥がれ落ちた悪意とか、後悔とか、苦痛とかそういうのがぐちゃぐちゃに合成した存在なんだってさ。
ホラー耐性必須の幹部怪人がいるの、普通に怖くね?
純粋な妖精族の幹部ってどれくらいいたんだろ。正直、わかりっこないけど。
で、肝心のネズミさんなんですが……汚泥の波を自分の領海に引きずり込んで、そのまま侵蝕してってる。
邪水魔法、不浄の聖水(矛盾)を操るっていう魔法。
人間が触れた瞬間、ジュッwって燃えちゃう水ね。
【悪夢】の濁流とどう化学反応を起こすのか見たかっただけなんだけど……成程、自分のモノにするのか。個人的な意見としては、もうちょいとち狂った反応の方が面白く思えたんだけども。
さて。
「でも、まぁ……お陰様で、時間は稼げた。記憶閲覧時でだいたいの解析は終えてたけど、改めて時間を設けれて、僕はホクホクだよ」
【ォォォォォォ───…】
「そう、時間だ」
今回の一件で、地球の悪夢も、宇宙の悪夢にしっかりと対抗できることを知れた。
【悪夢】という理不尽を、改めて理解できた。
そして。
「結論から言う───オマエは、リデルよりも、弱い」
この【悪夢】を取り込めば、僕はもっと強くなれる……悪夢の大王に、また一歩近付く。あぁ、認めるさ。もう、認めよう。諦めようとも。
アリスメアー二代目首領である僕は、もう。
人間には戻れない。魂が変質している。【悪夢】の力に浸された影響で、急速にリデル・アリスメアーと同じ位階まで成長している。
ならば。
「成るしかないだろう───ここまで思考が侵蝕されて、止まろうとすら思えないんなら。最後まで突き進んで……あのバカに、また成敗されてやるさ」
「───それが、僕とあいつの、女王としての関係だ」
薄々と、漠然と、わかっていた。僕の思考が、以前よりほんの少しだけ、歪みつつあったことに。そこまで、人の生死に無頓着だったわけじゃないのに。自分のくだらない欲求を理由に、こうして邪神モドキの復活を手助けした。
わからいようになっていたのが、心底腹立たしい。
……アリエスも、モロに影響を受けちゃったみたい……だけど。あの子と悪夢の力は親和性がいいから、もう後は慣らすしかないだろう。
閑話休題。
このままわけもわからぬまま、あの狂った将星のようになりたくなければ。
肯定する他ない。
「宣言する。僕、宵戸潤空は、新たな悪夢の王となろう。この世の全ての【悪夢】を統括する、支配する、あまねく世界の裏に君臨する、絶対者となることを、誓おう」
「───故に。二百年もの間、人々を苦しめた【悪夢】。オマエを僕のモノにする」
「平伏しろ」
二代目悪夢の国の王として、女王、よりかはかっこいい大王を名乗る僕。目の前で、何処か不自然に揺れる球体を睥睨しながら……王としての、初めての仕事を。
暗黒銀河を脅かす、悪夢の根源を、取り込もう。
【───!!】
無論、抵抗はされるけど。
全部、全部、全部。無駄。
記憶領域が泣き叫ぶように悲鳴を上げて、軋み、空間が歪んで、侵入者を追い出さんと牙を剥く。立ってるだけで精神が悲鳴を上げそうになる、負荷が重く伸し掛る。
汚泥の渦が、ゴナー・アクゥームの力を凌駕して全てを呑み込まんと僕らを囲む。
仰ぎ見よと輝く、煌々とした黒い光が、逆らう無礼者を照らす。
それでも、この僕を───ムーンラピスであり、マッドハッターでもあったという、二つの表裏、希望と絶望とを統合しつつあった、この僕を。
止めることは能わず。
仕込み杖の代わりに、だらんと伸ばした右手を、光へと差し向けて。
「汎用魔法───<悪夢を吸収する魔法>」
僕が作った、悪夢から力を奪う魔法。悪夢吸収魔法……その改良版。悪夢をこの身に取り込み、我がモノとする、悪夢と同調し終えた今だからできる、我が偉業。
空間中にあった【悪夢】が、引力に引っ張られるように僕の方へと流れ込んでくる。
抵抗も、逃走も、反撃も無意味。
皆等しく、悪夢であるからには。僕の渦からは、決して逃れられない。
【───!?】
夢貌の災神の代替わり。そうだ、この僕こそが。
「全部ひっくるめて、名乗らせて貰おう───どれだけ、存在基盤がひっくり返ろうと。歪められようと、僕は僕、それだけで十分なのさ」
「そうっ!“ムーンラピス”という悪夢の大王と、一緒に!星の果てまで、踊ろうぜ!」
「なぁ!」
いつの間にか、天上で輝いていた───悪夢の蒼月が、世界を見下ろしていて。
宣誓と共に、僕は全てを手に入れた。
꧁:✦✧✦:꧂
「……ふぅ」
掌の上に浮かぶ、小さな暗黒球体。煌々と言うよりは、微々たる輝きを放つ光が、僕の掌にある。
今の一瞬で、僕のモノにした【悪夢】の根源。
きっと、この暗黒銀河には、こいつと同じ暗黒球体が、沢山あるんだろう。ならば、その全てを取り込もう。全て僕のモノにして、支配しよう。
だってその方が、なんか、カッコイイじゃん?名実共に悪夢の大王になれるんだから。なるって決めたからには、徹底的に行くよ。
「お疲れ様。流石は私のうるるー」
「……性懲りもなく所有者面しやがって。別にいいけど。先代女王様は、僕のかわいい飾り物として、ずーっと傍にいることだね」
「ふむ。悪くないか。捨てたら呪いの人形ヨロシク憑いてやるからな」
「プライドとかないわけ?」
「今更だろう」
「さいで…」
いつものように服の裾を引っ張って、存在アピールするリデルを片手で抱き上げる。うん、僕がどうなろうとも、こいつの関係はもう変わらないんだろう。
今まで通り、外付けHDDならぬ悪夢貯蔵庫か何かにしてやろう。
「あぶぶっ…」
「……なんか気絶してない?大丈夫?この子」
「あまりに濃厚な悪夢に触れて、生存本能が働いたか……多分大丈夫だろ」
「だね」
泡吹いてるアリエスを魔法で浮かせて、記憶の泡すらもなくなった白一面の世界を、ゆるりと歩く。
もうここに【悪夢】はいない。
あるのはただ、僕の支配下に落ちて、落ち着いた様子の球体だけ。
「外はどうなってる?」
「……あー、実質本体の球が僕のモノになっちゃったから暴走してんね。一先ず、あっちの浄化が済めば、虫くんも昇天できるんじゃないの?」
「なら、もう潮時か。帰るぞ」
「あぁ」
ゆらゆら ふわふわ 心地よさを取り戻した空間から、僕たちは静かに立ち去る。
掌の悪夢が、不本意そうに揺れるけど…
逃がさないから。
ね?
小悪夢「ぷるぷる…」




