187-悪夢が生んだ怪物
ハイスピードで駆け抜け、敵の本拠地だと断定した星を突き破って、宇宙規模の悪巧みをしていた醜悪な虫たちを蹴散らし、万事解決、とはならず。
ちょっと魔が差して、静観を選んだ結果。
なんか生まれた。
黒いモヤを纏って、生贄を取り込んだことで生まれた、その怪物。なんかいきなり語り出して、恨み言なのかよくわからないことを滔々と告げる、そいつを見て。
僕の正直な感想は、これに尽きた。
───神様気取りの虫。
なーにが邪神じゃ。こちとら災神やぞ。調子乗んな。
「ラピちゃん」
「なに?」
「責任取って?」
「え、やだ。つーか、こんぐらい華麗に殺せよ。勝てない相手じゃないよ?」
「そうだけどさぁ〜」
皇帝の忠臣、元将星の成れの果て。その更なる果てが、これってわけか。余程のことがあったみたいだけど、まぁ僕には関係のない話。
暗黒銀河がどうにかなるのは、正直どうでもいい。
でも、こいつの脅威が、僕たちの星に飛んでこないとは限らない。
「それに……顕現させたお陰で、ちゃんと滅ぼせるようになったんだ。不確かなモノを確立させたことで、ちゃんと殺せるようになったじゃん?」
「確かに、あの呪いが知らないところで再集結して、変な歪み方されるよりも、いいかもだけど……ねぇ?」
「納得するの癪だから、お姉さん後で説教ね」
「……なんか、最近説教される回数多くない?もうちょい心広く持てよ」
「バカ」
ハー、はいはい。僕が悪うござんした。満場一致で僕に鉄槌が下ることが決定した。なんだよ、そんなに説教したがりなのか君たちは。
嫌いなら見捨てるなり、無視するなりすればいいのに。
……さては、僕のこと好きかー?嫌いだったら説教とかやんないもんね?
「ねー?」
「調子に乗りすぎ」
「あれ?」
いつもオマエがやってることなのに……?なんかハシゴ外すの早くない???
そんな茶番をやってる横で、神を騙る蟲が蠢動する。
【オオオォォォォ───我は、我はァ…】
八脚の足、そして地面に纏わりつくように滞留していた瘴気が、ぶわりと広がって僕たちの方に吹き込んでくる。特に触れても害はないが……うん、毒臭い。
不愉快だから障壁を張る。ん、あれ?
なんか腐蝕しとる…
「おかしいな。人体に害はないのに」
「うーん、魔力に反応する、的な?」
「……まぁ、いいや。どうやら、敵さんはお腹空かせてるみたいだし……さっさと終わらせて、【悪夢】から解放してあげよう」
「待って新情報」
「推測だけどね」
「ラピちゃんが言ったら確定演出じゃん。仕方ないなぁ、頑張ろっ」
天を仰ぎ、ナニカを探している様子の虫に向けて、全員マジカルステッキを向ける。悲鳴が、慟哭が、さっきからずっとうるさいから、一回黙らせよう。
やることは単純。魔法の一斉掃射。
こんなので決まるとは到底思ってないけど、敵の出方を見るにはいい手だ。
「光よっ───!」
「夢よ、悪夢を切り開け!!」
「お祈りの時間、だよ?」
「無視すんじゃねェっつーの!」
「呪いを紐解け」
「月よ、満ちろ」
「やー!!」
特に示し合わせることもなく、僕たちに意識を割かずに宙を目指そうとする虫野郎に、魔力をぶつける。
渇望する星よりも、優先すべきことがあるんじゃない?
【オ オ オ オ ───…?】
轟音を立てて被弾する魔法を、邪神は大きく退きながら浴び続ける。ふむ、倒れはしないか。八脚だから、重心がしっかりしてるみたい。
脚、切り落とすか?
そう思って仕込み杖に手をかけると、漸く、邪神サマがこっちを見やる。
認識された。
【───去ね】
瞬間、僕の身体に大きな衝撃が響く。なんだ、と思って視線を下に下げると……僕の柔いお腹に、脚の一本が鋭く突き刺さっていた。
おいおい、初速見えなかったよ?
「ぐっ…」
「ラピス!?」
「いい一撃じゃないか……ったく、せっかく、復活させてやったのに。なんだこの仕打ちは…」
「よかった余裕そう」
「もっと心配して?」
「残当」
せっかくだから突き刺さった蜘蛛脚を掴んで、僕という身体を重石にする。いやぁ、一応みんなより前に出といてよかった。生きてるヤツらに向けられてたら、本当に僕が大戦犯になるところだった。
危ない危ない。
【退け】
「嫌でーす。はい、重力・剛毅・力・鈍足・怠惰・剛健、その他諸々エトセトラ!デバフ山盛り、パワーマシマシの重石は如何?」
【不敬。神たる我が身を掴むなど、恥を知れ】
「知る恥なんざねーよ。僕を誰だと思ってる。恥を承知で闇堕ちしたんだぞ」
「なんか今日自虐多くない?」
「気分なんだろ」
こっちが悲鳴を上げたいぐらいに、とんでもない負荷が全身にかかるが……足止め要員を演じるには、これぐらい耐えなきゃね。
適当宣いながら、邪神と対話する。
その間、みんなが容赦なく攻撃を食らわせてるけど……あんま効いてないっぽい?奴さんの顔、虫っぽさが強くて表情の動きが少なくて、あんまわかんないけど……可視化できる範囲で見る限り、ダメージ薄いっぽい。
逆に、こっちがダメージ受けてる。
瘴気の濃い吹き溜まりから、怨蟲って名前のキモいのがわんさか現れたり、羽の羽ばたきが魔法を弾いたり、そも甲殻が硬くて攻撃が通らなかったり、四本の腕を振るって反撃してきたり。
意外と劣勢?
「なんか……攻撃貫通できても、再生してるっぽい?」
多分貫通できてるの、オマエの斬撃とブランジェ先輩とコメットの槍の刺突ぐらいなんだけど。他の面々は不甲斐ないっていうより、仕方ないが勝つ。
だって魔力食ってんだもん、この瘴気。
減衰しちゃうんだよねぇ……っと、今度は目から光線。着弾地点溶けたね。
……あっ、こっち向いた。
【朽ちよ】
あっ、これ死ぬか?
……死なんかったわ。
正直な感想としては、回避も防御も間に合わなさい即死光線を放つのは、今までの戦闘と比較してもすごい敵だと思う。なんで部下はあんなに弱かったんだよってツッコミ入れたいぐらいには。
こいつが突出して強いな。元将星は伊達じゃないか。
腐蝕で吹き飛んだ胴体の風穴を一回削って、再生して、手で掴んだまま離さないでいた脚をまだ掴んでいることを確認してから、溜息。
この身体、丈夫すぎる…
「うわぁ!?」
「ッ、余所見厳禁よ!」
「硬すぎでしょ、こいつ!」
「重っ」
魔法少女と邪神()の戦い、どちらも決定打となる攻撃を繰り出せない。こっちは協力プレーで回避できてるのに、あっちは全部被弾してる癖に無傷。
硬いし再生するしで、魔法少女も大苦戦。
うーん……あの金魚と違って、悪夢が特攻ってわけでもないのか。三銃士も苦戦してるし。
仕方ないなぁ。
どうしようもない時もあるよね。仕方ないから、ここは独断専行してるあいつに任せるとしよう。
僕の本体に、ね。
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「ッ、なにか来る!」
足止め役のラピスが動けない間、魔法少女たちは一斉に攻撃を繰り出すが、思うように上手くは決まらず。これは同じ場所に攻撃を繰り返して、強引にでも鉄壁を崩すしかないのでは……と、目線で結論を出した、その時。
今まで、瘴気や怨蟲、光線と物理攻撃しか出さなかった邪神だったが。
【神に仇なすとは、不敬なり!!】
精神を完全に破壊されたムイアの成れの果てが、顔面の大部分を占有する複眼に、力を込めて。
全ての魔眼から、暴力的な魔力の塊を。
光線に変えて、放つ。
「捌ききれないッ」
「全力回避!防ごうとしないで!」
「はいっ!」
逸らすことも、防ぐこともできない。万物を腐蝕する、あらゆる全てへの特攻を持つというデタラメな光線を前に回避することしか許されない。
浮遊魔法で浮き、飛行魔法で飛び。
転移魔法によって、光線の隙間を潜り抜けるが、近付くことまではできず。
光線が不規則に、目の動きに合わせて動き出せば、一度攻撃の手を緩めて回避に専念するしかなくなってしまう。
無論、その間も邪神の眷属、怨蟲も飛んでくるが。
「邪魔ァ、するなァ!!」
───兵仗魔法<ディストーション・アームズ>
カドックバンカーの銃口が火を噴き、飛んでくる怨蟲を撃ち落としていくが……撃墜する数よりも、飛来する数が圧倒的に多く。
苛立ちに顔を顰めるが、突破は叶わない。
瘴気がある限り無限に湧き続ける毒の蟲と、そもそもが硬い邪神。万物の腐蝕というデタラメな破壊光線から身を守りながら、魔法少女は考える。
厄介なのは怨蟲と光線。クールタイムどころか、攻撃の終わりすらない。浄化の魔法を使えば、瘴気とそれに伴う怨蟲の対応は可能だが……被弾覚悟でやらなければ、隙がない。
「死体のうちらが行く?」
「……いや、やめといた方がいい。曲がりなりにも、神を名乗ってるんだ。呪いで潰されるだろうね。私ぐらいでも時間が欲しい」
「強っ。うーん、となると……ねぇ、あのムカつく笑顔の魔王様でパイルバンカーしない?」
「それはありだな。あいつ、さっきからビーム浴びといて普通にピンピンしてるし。なんなん?悪夢のボディだからなんでもありってか?」
「? でも違和感がある?のです」
「うん?」
理不尽との戦闘に慣れているライトと六花が、迫り来る怨蟲を積極的に捌き、腐蝕光線を光で屈折させるなりして上手く逸らしている中、ふと違和感に気付く。
既に穴ボコだらけで、星の下にある宙が微かに見える、そんな足場で。
唯一、五体満足のムーンラピスが、戦場を俯瞰する目で仁王立ちしている。それ自体は、先程から変わらない景色なのだが。
「……うーんと、なんだろあれ。存在感が薄い……いや、それは違うな。でもなんか違和感……なに企んでるんだろあの子。ちょっと不気味」
「仲間に言うことじゃないわよね、それ」
「コメットちゃんだって、気持ちわかるでしょ?あの子、黙ってる時とニヤニヤしてる時って、大概ロクでもない事実行してる時なんだもん」
「それは、確かに…」
「───おいそこ聞こえてんぞ。すっごい失礼だからな。助けてやんないぞ」
「やべっ」
結局、その違和感には気付けぬまま。仮になにかあったとしても、流石に仲間たちに危害を加えるような面倒事を引き起こすわけがないだろうと、ラピスを信頼して違和感に蓋をする。諦めて黙認したとも言うが、さておき。
絶え間ない光線と怨蟲。全員をしっかり追尾する光線をどう対処すべきか。
短い時間で、過去の戦闘経験の事例と擦り合わせて……ライトは決断する。
「よし、強行突破だ」
「やっぱり脳筋っ!」
単純明快───事実、まだやりようはある。
「みんな、お願い!時間を稼いで!エーテ、あの時の力、引き出せるよね?まさか、一回きりの……なんてふざけたこと、言わないよね?」
「! まさか!できるよ!いつだって!」
「よろしい!」
頼みの綱は、私たち姉妹。そう豪語するライトの声に、全員が笑う。そこまで言うのなら、頼らせてもらおうと。時間稼ぎなり、肉壁なり、全力で興じてやろうと。
笑みを浮かべたまま、危険に飛び込む。
仲間を信じて、迫り来る無秩序な即死攻撃、その乱舞を迎え撃つ。
【矮小な生き物よ、我に抗うか───良かろう、ならば。この我、“邪神群蟲”が、貴様らに、救いを。終わりという救済をくれてやろう!!】
「残念だけど、選ぶ神サマは自由にさせてほしいかな!」
「テメェみたいななんざ、クソ喰らえだよ」
「遠慮するね!」
「私たちの終わりは、私たちが望むタイミングで決める。それ以外は、御免こうむる!!」
「行こう、みんな!突撃っ!」
「おー!」
銀河の片隅で、世界を滅ぼそうとする神と、世界を守る魔法少女たちの戦い。
その幕が、今───上げられた。
「……あれ?」
「リデル?アリエスちゃん?」
「い、いない…?」
───ゆらゆら ふわふわ 心地のよい微睡みの世界を、悪夢の少女たちは征く。
激戦の裏で、三つの影が揺らめく。
「あにょ、本当に大丈夫なんでしょうか…?」
「そう心配するな。あいつらも歴戦の魔法少女。そんじょそこらの、ぽっと出の神なんかにはビクともしないさ……あっちはあっち、こっちはこっちで頑張ればいい。そう、適材適所ってやつさ」
「気にしすぎなのだ、オマエは。もっと肩の力を抜け」
「えぇ…?」
ラピス、リデル、アリエスの3人は、戦場から離れて、孤独の静寂に包まれた空間を歩く。
真っ暗闇の、音にならない怨嗟の渦の中。
気泡のような“記憶”の塊が浮遊する、見慣れない光景が広がる、異界。
そこは、云わば精神世界───元将星、邪神ムイアの、悪夢の空間。
「私由来のではない、根源的な【悪夢】。その犠牲者と、こうも合間見えたのは、なんたる幸運か……やはり、生で見ると、こうも違うのか」
「感傷に浸ってる暇はないよ。まぁ、無策で突っ込んでる僕が言えたことじゃないけどさ」
「本当に。なにするんだ?」
「探検」
「阿呆」
“夢”のスペシャリストたちの、悪夢探索が、戦いの裏で行われようとしていた。




