16-奇跡を起こすいつかの祈り
「魔法、斬撃強化───ククッ、これで魔法すらも切れる強化版アクゥームの完成だ!やれッ!!」
【アクゥームッ!!】
「くっ!」
「ぅ、私の槍を……いや、まだまだぁッ!!」
「うおおー!!」
「うお、危ねェ!テメェ得物を投げんじゃねェーよ!……なんで斧にブーメラン機能付いてんだッ!!」
「魔法だから!」
「そうかよ!!!」
アクゥームを魔法で援護するビルは、ハニーデイズから投げつけられた手斧を首を傾げて回避し、更には回転して逆再生のように戻ってくる手斧を屈伸で対処する。
反撃で指から光弾を放つが、リリーエーテの魔法の盾で防がれる。だが、その盾はアクゥームの斬撃で切断され、即座の後退を余儀なくされる。
絶え間ない斬撃を掻い潜りながらアクゥームの核を狙うブルーコメットは、なかなか悪夢浄滅の決定打を打てない歯痒さに顔を歪めながら、それでもと諦めずに前進。
執拗にリリーエーテを狙い、手足の一本二本程度ならば構わない躍動感で襲いかかるアクゥームを、3人で協力しなんとか互角に立ち向かう。
安心することはできない。なにせ相手は“禍夢”のビル。三銃士の中で最も武力に長けた男なのだから。
「チッ、埒が明かねェな」
「! コメット、避けて!」
「えぇ!」
:危なっ
:がんばれー!
:拳で受け流すってなに
:化け物
痺れを切らしてアクゥームから飛び降りたビルが、青い槍撃を拳で受け流しながらブルーコメットへ吶喊。魔法で強化された蹴撃でアクゥームから距離を離す。
当たれば人体が抉れる強靭な一撃。ギリギリで回避したブルーコメットは、冷や汗をかきながらビルへ再撃。
地元槍術道場で鍛えた腕前で、ブルーコメットは三銃士最強と渡り合う。
「分が悪ぃな……無双魔法<ウェポーナイズ>」
そこでビルは、腰のポシェットから万年筆を取り出して魔法を行使。すると万年筆は巨大化して、ペン先が鋭利な刃物のように変化する。
これはビルが発現した自前の魔法。
文具といった日用品を武器にする魔法で、どんな戦場に行き着こうとビルは戦える。
自分の背丈と同じくらい大きくなった万年筆を背負い、薙刀のように振るいながらブルーコメットの星槍と互角に渡り合う。
「くっ……」
「甘ェな。この程度か?」
「なにをッ!」
ブルーコメットの槍撃に付き合うビルは、チラッと別の方向、リリーエーテとハニーデイズを抑えている夢魔へと視線を配るが、押されている状況に溜息を吐く。
どうにも魔法少女の練度が高い。
過去の戦闘記録からアクゥームの強さはそれに合わせた設定にしているが、予想よりも魔法少女たちの成長速度、強さの上昇が速い。
平和を守る光の戦士の成長に頼もしさを感じながらも、ビルは仕事人として意識を切り替える。
目標はリリーエーテの捕獲。それ以外は後回しでもまだ問題ない。
「ハッ!!」
「待ちなさ───ッ、エーテ!逃げて!!」
「えっ、ぁ!?」
方向転換したビルがリリーエーテを強襲。懐に忍び込み巨大万年筆で横から一撃を叩き込む。大きく吹き飛ばされ地面を転がるリリーエーテを追撃、妨害してくるデイズとコメットを足らい、ビルは意識混濁の魔法を行使。
起き上がったが動きが緩慢になっていたリリーエーテの額に魔力を当て、意識を奪わんと画策する。
気付いた時にはもう遅く。どどめ色の汚れた魔力が脳を侵しかけ。
「ぅ、ぁっ───…」
:エーテちゃん!
:エーテ!!
:がんばれリリーエーテ!
:負けるなー!
「ッ!!」
視聴者の声援が、配信を通してエーテを後押しする。
「まっ、だ…だよ……こんな、ので……私、捕まんない、か…らぁ……!!」
フラフラと立ち上がる。意識朦朧、すぐにでも倒れたい欲求を意志の力で捩じ伏せて、魔杖で支えながらエーテは魔法に抗う。
どこまでも諦めないその目力に、ビルは一瞬たじろぐ。
新米とはいえ、エーテも魔法少女。その底力に、ビルは魅せられる。
「やんじゃねェか……だが、次はねェよ!アクゥームッ!物理で意識奪っちまえ!」
【アクゥーム!!】
「一発でも脳震盪食らっちまえば、耐えるもなにも、ねェからなァ!!」
ならば次の一手。アクゥームの暴力で捩じ伏せる。
「やらせないわよ!!」
「エーテちゃん奪われるとか、死んでもヤダ!ぜーったいやらせないから!」
「ありがとッ、ぅ……まだちょっもフラフラする……」
「デイズ!花魔法で浄化ができる筈ぽふ!エーテの体内に発生している毒素を抜けるぽふ!」
「わかった!」
ハニーデイズがハニーエーテに触れて浄化している間、星槍を手にしたブルーコメットがアクゥームとビルの侵攻を妨害。追加付与の強化魔法で、より強靭な剣閃を見せるアクゥームに立ち向かう。
だが。
「!?」
果敢に攻め入ったその時、ぐらりと視界が揺れる。
「なっ……」
「……なーんてな。アクゥームには、個体によって一つは特性といえる違いがあってな。こいつはただ手を剣にするアクゥームじゃねェんだよ」
「なん、ですって」
「こいつの大剣は魔法剣……剣の軌道に乗せて、超微量の麻痺剤を散布する。あとはわかるな?不可視で臭いも何もねェ、戦わせていれば時間経過でどうとでもなる」
「卑怯ね……ぐ、ぅ」
「戦略と言え」
アクゥームの魔法剣に仕込まれていた毒で地面に倒れるコメットを置き去り、ビルとアクゥームは再び前進する。解説を聞いて咄嗟に口元を覆ったエーテとデイズがビルに立ち向かうが、ふらりと倒れてしまう。
もう既に手遅れだったらしい。
だが、エーテはデイズからの浄化が作用したのか、まだ余裕はある様子。
「ぅ……」
「みんな!?」
「あとはお前だけだな」
「っ、エーテ逃げて!2人は私がなんとか……ぽふるん、もういいかな!?どうにかしないと!」
「落ち着くぽふ!エーテを信じるぽふ!」
「うるせぇクマ共だな」
「ッ、きゃぁ!!」
エーテの前に立って遁走を促すほまるんと、どこまでも契約者を信じるぽふるんだったが、ビルの万年筆の剣閃で跳ね飛ばされる。
獲物を守る防壁は取り払われ、禍夢は祝福を摘む。
「まだ、だよ……」
「搦手を警戒してなかったのは痛手だったなァ……悪いがここで終わりだぜ?」
「ッ……」
:いやだー!
:大丈夫、まだタヒんでない!
:なんとかなれー!
:応援パワーでなんとかならんか!?
:なんとかするんだよ!!
:がんばれ!!
:がんばれ!
コメント欄の応援がエーテたちの魔力を覚醒させんと、力に還元されて背を押すが、それよりも麻痺の力が強くて捩じ伏せられる。
近接格闘及び対象捕獲に特化したアクゥームの脅威が、リリーエーテへの援護を遮断する。
残りあと一歩。悠々と歩いて迫るビルが、エーテの首に手をかける。
「安心しな。次、夢から覚めた時……きっと世界は、まだ生きてるだろうからなァ」
そう呟いて、力強く、リリーエーテの首を絞める。
「ぁ、ぐっ……ゃ、ぁ……、」
意識が落ちる。死なない程度に、殺さない加減でビルに強く首を絞められる。
「かはっ、ぁ……」
掠れゆく意識の中、リリーエーテは抵抗する。
(負ける。負けちゃう……いやだ、負けたくない。まだ、まだなにもできてない。魔法少女になれたのに。あの日の恩返しもできてない。姉の……何故か名前を思い出せなくなった姉の跡を継げたと思ったのに。
こんなとこで負けるのは、いやだ。
死にたくない。捕まりたくない。利用されたくない。
生きたい。戦いたくない。もう疲れた。寝たい。全部、全部投げ出したい)
───大丈夫。私がいるからね。
───いーよ。僕が背負うから。
「ぁ」
暗い感情に呑まれかけた、その時。かつて言われた……アクゥームに命を奪われかけて、助けてもらえたあの時。よくしてくれた姉たちの言葉が蘇る。
もう会えない、会いたい人たちとの小さな思い出が。
(そうだ。ここで立ち止まったら、私は、もう)
「っ、うっ……あぁ!!」
「! なにを」
(頑張らないと。お姉ちゃんと、お姉さんが守った、この夢に溢れる世界を。とっても素敵で、大好きで、色んな、たくさんの思い出が詰まったこの世界を。
私が、私たちが……守るんだ。だって、私は───)
「魔法少女、なんだから!!」
───リリーエーテの魔力が、爆発的に膨れ上がった。
「なっ、テメェ!」
「さっさと、どいてッ───行くよ!!ドリームアップ!マジカルチェンジ!!」
変身の呪文を唱え直して、リリーエーテは、己の裡から新たな魔法の力を、その真髄を引き出す。首を掴んでいたその手を衝撃波で引き剥がして、魔力を練り上げる。
負けないという強い意志が。
生きたいという強い熱情が。
希望が、思い出が、エーテを後押しする。
夢のように込められた想いが、その魔法を育て、育み、進化を齎す。
夢の魔力の奔流が、リリーエーテを中心に渦を巻いて、天へ天へと昇る。
衣装が塗り変わり、新たな色彩をもって変成する。
「エーテ……」
「きれい……」
コメットとデイズの掠れた視界から見えるのは、新たな魔法少女の形態、新フォームを手にしたリーダーの勇姿。
湧き上がる力をそのままに、悪夢を夢にする姿を。
「───リリーエーテ、ドリームスタイル!!」
ひらひらと揺らめくリボン、ボリュームが増えた桃髪。魔法の杖も装飾過多に。より清純に、より精錬された夢の魔力が溢れ出る。
無限に溢れる魔力が彼女を後押しする英雄の第一歩。
「すごいぽふ!流石はエーテぽふ!」
「……うん、よかった」
「……先を越されたわね……くっ、早く立ち上がるわよ、デイズッ……!」
「うん……!」
吹き荒ぶ魔力の嵐が、それでいてやさしい夢の奔流が、空間に散布されていた麻痺剤を蹴散らす。
そして浄化。
ブルーコメットとハニーデイズを苦しめていた魔の毒を清め、解放した。
:きゃー!!
:か わ い い
:最強
:好き
:コメットもデイズもがんばれ
:ドリームスタイルキター!
:勝てー!
新形態を獲得したリリーエーテが、ビルとアクゥームに杖を向ける。
「私に勝てる?」
「───ククッ、ハハハッ!あぁ、いいな。悪くねェ……何度でも立ち上がってくるのは、嫌いじゃねェ!!こい、リリーエーテ!!勝ってみせろ!!この俺に!」
「もち!」
立ち上がったリリーエーテの戦いが、幕を上げた。
「───おめでとう、穂花ちゃん」
絶望を跳ね除けた親友の妹に、ささやかに祝福する影があったのは、誰も知らない。




