02-ラスボス「やっばミス───死ッッッ」
「───あ?」
死んだ。
死んだ、はず───そうだ、僕は死んだ。あの決戦日、忌まわしい“悪夢”との、最後の戦いに挑んで……ちゃんとあいつに勝って、死んだんだ。
記憶はある。その直前までの葛藤も、苦痛も、すべて。元凶と相討ちになった瞬間の、達成感と充足感までも……すべてが僕の記憶に形として残っている。
暗闇に散逸した意識を手繰り寄せ、僕は思考を纏める。
仲間がいた。最終決戦まで共に戦って……僕を庇って、動かなくなった幼馴染がいた。
だから、代わりの分まで戦って。頑張って、死んだ。
だれかがやるべきだったから───なんて、つまらない道義を語るつもりなんてないけれど。
きっとこれが正しいと、最期まで信じて、貫き通した。
仲間を見殺しにしてでも。
これからと今を天秤にかけてでも。
犠牲を積み重ねてでも。
罵倒も、命乞いも、殺意も、怒りも、憎悪も、全て全て呑み込んで、無視して、受け流して。
戦って、戦って、戦って───勝った。僕は、勝った。
その結果が……これか?これからの人生も未来も希望も全部賭けて手に入れたのが、これなのか?こんな、黒以外なにもない虚無なのか?
なんで?なんで、僕はここにいる?
どうして、死んだはずの僕の意識は、暗闇を揺蕩って、自我を彷徨わせている?
わからない。わからないから、怖い。恐怖が脳を侵す。なにも見えない、なにも聞こえない、なにも感じない……絶望に支配された世界で、僕は【悪夢】に溺れる。
ジワジワと、仄暗い苦味が失われた心臓を締め上げる。
ドロドロ、ぐつぐつ、気持ちの悪い違和感が、悪寒が、怯える心を黒に染め上げる。
あれ、おかしいな。おかしいことはわかるのに、なにがおかしいのか、わかんないけど。
……あは、あはは。あぁ、そっか。そういうことか。
「これ、が…悪夢に呑まれる……って、やつ、かぁ……」
なんだか、もう……疲れちゃった。
ちょっとぐらい寝ても、微睡んでも……ゆる、される、かなぁ……
……。
……。
でも、まぁ……
「死にたくは、ないなぁ……」
────……
───……
──……
─…
…
───驚いた。悪夢の中で自我を保つとは。いや、悪運が強いだけはある。
───仕方ない。起きろ、魔法少女。
───くふっ、そうだ。私だ。残念だったな?
───命を与えてやる。これからは私の為に生きよ。無論拒否権はない。
───ようこそ、悪夢の世界へ。
───?
───待て、なんだ…これは。力が……まずい、すべてがオマエに流れて……あっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?
───あびゃぁ
「……もう、二年も経ったんだ」
なんて、随分と締まらない経緯で僕は死の淵から生還、いや、復活した。人間がアクゥームの素材になるみたいに悪夢に囚われかけたり、相討ちで浄化した“夢貌の災神”が幼女になって脳内に直接語りかけてきたり、洗脳しようと仕掛けてきて、なんか自爆されたりして。
……うん、断片的に思い出せるだけだけど、このガキ、なにやらかしてんだろ。
最終決戦では威厳ある女王だったのになぁ……どうしてこんなことに。
「なんだ?」
「……美味しい?それ」
「んむ。食べる?」
「……ありがとう……うわ、なっつ……美味くなってね?企業努力すご……」
今、胡座をかく僕の膝の上に収まって、知育菓子を嗜む我らが女王様。怪物+女みたいなヒラヒラドレスの異形の見た目だったのに、今やゴスロリの金髪幼女だ。
精神も退行して、見た目相応の幼女になった、雇い主。
こいつの名前はリデル。“アリスメアー”の女王であり、世界を悪夢に閉ざさんとしたラスボス。悪夢から生まれた夢貌の災厄であり、神であり、狂気に塗れた星の意志。
経緯は知らないけど、最初に【悪夢】に呑まれた少女。
かつての僕の宿敵であり、今は主である。歪な関係性の共犯者。
「リデル」
「なんだ?うるるー」
「マッドハッターって呼んでよ。名付けたの実質君だろ。性格悪いな……」
なにも考えずに本名を伝えたのがミスだった。まさか、僕と召使い以外いない時は、マッドハッター呼びをしなくなるだなんて……
好きじゃないんだよ、その名前。もう捨てたし。
一回死んだ、ゾンビみたいなもんなんだ。もうその名を呼んでくれる人もいないのだし。
……言っても意味ないだろうから、言わないけど。
「組織を再始動させたのは、別にいいよ。必要不可欠ってわかったから。でも、なんか……生温くなったよね、君。死人が出てないのがいい証拠だ」
「……暗雲は晴れた。ならば、私もその時流に合わせる。それぐらいの区別はつけられるぞ」
「意味わからんが……あの殺伐とした死闘が懐かしいよ」
「悪かったな。あの時は、もうニンゲンを殺すのが最大の主目標になっていたからな……」
「ヤバ」
二年前までは闇堕ちバーサーカーだった、ってこと?
「オマエも、死人はいない方がいいんだろう?」
「……まぁね。そう考えると、〈三銃士〉も人を殺すのは抵抗があるだろうし、結果的にはよかったのか……うん、そういうことにしておこう」
「……素質はあるのだが」
「……やめたげて。あいつら、前身の〈三銃士〉と違って怪物じゃないんだから。ちゃんと人間で悪夢操作の素質があるヤツらを選んで、この手を取ってもらったんし」
「確かにオマエの目に狂いはなかった」
「僕は人事部じゃないんだけど。君がやれよ」
「この也だからな」
「クソが代」
魔法少女現役だった頃は、アリスメアーの怪物が死体を量産するのは当たり前の域だった。発生地点では必ず一人死んでいて、到着が遅れていようが早かろうがたくさんの死体が道端に落ちている。
暗黒黎明期。たっち2人で相手取るには、些か強すぎた世界の脅威。
……それをなんとかできてしまったから、魔法少女への悪意はそんなにないんだけど。
全国津々浦々、毎日アクゥームとガチ死闘していたのが僕だ。
ちなみに、2人っきりになる前は僕ら以外にもいた。
昔は酷かったけど、新生アリスメアーは変革を迎えた。身近にあった死は限りなくゼロに近くなった。再始動してまだ数日だけど、誰一人死体に変えてないのが証拠だ。
快挙だろこれ。意識改革あったらしいけど。なんで?
今更感が拭えないんだけど……仕方なく心に蓋をして、ここは大人の対応をする。
新生〈三銃士〉も、前職はあれだけど、割とマトモ……うん、もう僕が受け入れた方が早いな。諦めとも言う。
闇堕ちした分際で、なに言ってんだって話になるけど。
「───女王陛下、帽子屋様」
菓子が広げられた玉座の間に、召使いが───メードが入ってくる。青髪の短髪メイドである彼女は、新生と共に登用した幹部補佐だ。無表情でなに考えてるのかまったくわからないけど、家事以外は有用なので重宝している。
召使い、メイドなのに。なんで掃除させたら逆に汚れが濃くなるわけ?
っとと、呼ばれたんなら返事しないと。ちな、帽子屋は僕のことだよ。
「なんだ?メード」
「三銃士の皆様がお見えになられました。任務報告の御用です。おやすみの時間を延長なされるのでしたら、彼らは一度下がらせますが……」
「む。忘れてた。ちょっと待て」
うちの主力幹部が帰還したみたいだね。んまぁこっそり活動してユメエネルギーを収集した2人と、大々的に組織復活の警鐘も兼ねて行動した単独とじゃ、だいぶ報告内容異なるだろうから、メモ帳でも持ってこうかな。
でも書いたら変な目で見られるか……彼らにはまだ本性見せてないし、やめとこ。
……ところで、この散らかった部屋でやるので?
「掃除」
「はァ」
「……やはり、私もお手伝い致しましょうか」
「いらない」
善意でゴミ箱ひっくり返す意味わからん行為するヤツはなにもするな。知育菓子と子ども教育のおもちゃが転がる玉座の間をなるはやで綺麗にして、なんとか三分で達成。
ふぅー、汗かいた。発汗作用ないのに、そう感じた。
さて、こっちも身支度しないと。役作りと身バレ防止で用意したシルクハット型アクゥームを、首元まで被って、マッドハッター準備完了。
……黒いタキシードに帽子頭の異形、それが基本正装。
一人称も吾輩にして、ステッキ持って、素顔の代わりに半月のツリ目とギザ歯が縫い付けられた帽子を被れば……異形頭の不審者にしか見えないでしょ?
これで元魔法少女だとは誰も思うまい。要素は引き継ぎだから類似点はあるけども。
「よろしくね」
【ハットス!】
僕の【悪夢】から生まれた帽子を仮面に、会議へ挑む。