183-死喰いの落星
“死喰いの落星”───暗黒銀河全体を不規則に飛び回る虫の大群であり、かつて将星の一座として名を馳せていた最強の虫使いが遺した、生きる厄災。
異形の虫々は星の全てを食い散らして養分に変える。
無限増殖と言っても過言ではない繁殖力で、暗黒銀河を恐怖のどん底に落とした怪物は、二度に渡る殲滅戦からの復活を、三度目の侵蝕を開始する。
手始めに選ばれたのは、将星アリエスの白羊宮。
過去類を見ない、度重なる怪獣の襲撃により、身も心もヘトヘトだった自警団は、地獄を見る。同時に理解する。今までの襲撃は、この虫たちの仕業なのだと。他の怪獣に寄生して、襲わせて、獲物を疲弊させる。
十三度に渡る襲撃と、将星不在による悪循環。
これ以上空腹を我慢できない虫たちが、星を穴だらけのチーズに変えてしまう程、全てを食い尽くしてしまう……そんな未来が、近付いてきている。
だが、戦士たちは諦めない。
「ギギギィ───!!」
「ひっ!誰かっ、誰かぁ!!」
「クソっ、今までのはお遊びだってか!?」
「応援を!いやっ……避難勧告!非戦闘員の、子供たちの明日だけを考えろ!!」
「ああああ!!」
恐慌状態に陥りながらも、抗うことを辞めない自警団の彼らが考えることは、たった一つ。
未来へ繋ぐこと。
弱肉強食の色が強い暗黒銀河において、死は普通以上に隣にある。軍の制御下にいない怪獣たちの捕食、支配者と支配者の蹴落とし合い、果てには銀河の外からやってくる外敵との戦い。命が幾つあっても足りない戦いが、日常の傍らにやってくる。
いつ死んでもおかしくない。
だからこそ、大人になった星の民は次代の担い手である幼子を優先的に守る。
だが。
「うぎゅっ…」
「ッ、は?子供!?なんでそこに!」
「不味い、こっちに来るんだ!」
そのやさしさを、宇宙の害虫たちは利用する。
蟻の怪物によって、茂みから放り出された一人の子供。山羊の少年ほ、傷だらけで見るからに痛々しい。気付いた兵士の内の一人が、蟻に魔法を放って牽制、妨害しながら子供に近寄る。
「大丈夫か!?いいな、君!意識を保つんだ!すぐに家に送ってってやるからな!」
「うん、ありがとウ、お兄サん───イただきマす」
「……え?」
虫の攻撃から守るように、抱え込んだ少年の頭が、突然大きく膨らんで。
本性を露わにする。
「ひっ…!?」
パカっ…と頭が花開き。牙が並ぶ。
それは子供を象る疑似餌であり、捕食機能を備えた怪虫そのもの。兵士は咄嗟に手放そうとするが、擬態していた手足が触手となって絡みつく。
気付いた周りが魔法を飛ばそうとするも、虫たちの手は跳ね除けられず。
疑似餌が頭を垂れて……兵士は、頭から、食われる。
その寸前に。
───星魔法<ブルー・シューティングスター>
一条の青い星の輝きが、疑似餌の頭を撃ち抜いた。
「間に合っ、たァ!」
「ナイスコメちゃんっ!」
「流石っ───自警団の皆さん!ここはどうか、私たちに任せてくれませんか!?」
エーテ、コメット、デイズの新世代が、虫を蹴散らす。命の危機にあった兵士を助け出し、疑似餌を貫かれて怒る蟻地獄を瞬殺して、虫の侵攻を食い止める。
魔法少女の逃げろの一言に、自警団は声を荒らげる。
「あんたらは客人だ!客にこんなことやらせられるかっ!救援は感謝するが、ッ、ふんっ!!」
「余所者は下がっていろ!」
「ここは俺らの戦場だ!」
プライドをかけて、そう叫ぶが……自分たちの実力が、侵略者に届いているかと聞かれれば、歯噛みするしかないぐらいの実力差が、彼らにはある。
それでも、星を守るのは俺たちなのだと。意地を張って叫ぶのだが。
「いーじゃんいーじゃん。適材適所だよ、おじさんたち」
「っ、君は…」
「あたしたち、バケモノ退治は得意なの。それに、無駄に命を落とさせるぐらいなら、あたしたちは傷つけてでも、あなたたちを戦場から遠ざけるよ」
「そうなのです!悪いですけど、あのキモイのはワタシ達魔法少女に任せてなのです!」
「ん、子守りでもしてろ」
音符を引き連れたマーチプリズと、電車の車輪を的確に転がしまくるゴーゴーピッド、戦いの音を子守唄扱いして寝そうになっているチェルシーの、説得と言うには程遠い言葉の羅列。
それを間近に聞いていた自警団の団長は、軽々と怪獣を殲滅していく異邦の女戦士との実力差に愕然としながら、歯噛みする。
「……君たちも、まだ、子供だろう」
せめてもの抵抗だった。守るべき世代に守られるのは、屈辱だったから。
それでも。
「……わかった。場にそぐわないのは、どうやら、俺たちだったようだ……どうか、よろしく頼む」
「おっけー!あっ、別方向から来てるかもしんないから、村の守りはちゃんとしてね!」
「言われずとも!───お前たち!聞いたな!!」
「うっす!悔しいけど……頼んます!!」
「情けねぇなぁおい!!」
星の全てを食らう虫から、どうか我々を守ってくれと。祈りを捧げ、これからの未来を託して。魔法少女の言葉に従って、引き下がる。
まだ自警団の仕事は終わっていない。
村の防衛を、避難を、前線で戦うよりもやることの多い後衛に移る。
「ヨシ、邪魔なの居なくなった!」
「そーゆーこと、大声で言わないで先輩!!」
「いいんだよエーテちゃん。ここじゃあたし達がアウェーなんだから。強引に行かないと、ね?」
「最悪、敵性宇宙人扱いでぶちのめすのです」
「この先輩たち物騒!!」
「今に始まったことじゃないでしょう」
「うんうん」
「野蛮思考」
「ねぇ」
いつも通りに騒がしく、口々に言い合いながら。侵略の歩みを止めない怪物たちの前に、魔法少女は立ち塞がる。その手に握るマジカルステッキに、力を込めて。
平和を蝕む悪意から、明日を守る為に。
「ドリームアップ!」
「マジカルチェンジ!!」
「最初っから、全力で───アリエスさんの故郷、絶対に守るよ!!」
「おー!」
魔法少女と怪虫の群れが、白羊宮を舞台に激突する。
꧁:✦✧✦:꧂
「夢想魔法!」
「星魔法───っ!」
「花魔法っ!」
「歌魔法♪」
「列車魔法!!」
「夢幻魔法…」
魔法の五重奏。現実を塗り替える二種類のユメの力と、大いなる星の輝き、生命の恵み、想いを乗せた旋律、空を駆け抜ける運命の運び手。
五つの魔法の力が、迫り来る虫たちを蹂躙する。
容赦なく、慈悲もなく。平和を脅かさんとする怪物に、ユメの力を振り下ろす。
「ぽふー!?誰か助けてー!」
「……はぁ、世話の焼ける妖精」
「あ、ありがとうぽふ!」
「うん……それにしても、こいつら、数だけは多いね」
「でも、それだけじゃないぽふ!あの虫、目には見えない変なのも撒き散らしてるぽふ!」
「ほんと?」
「うん!」
その戦いの横で、ぽふるんが百足の群れに追われるが、見兼ねたチェルシーが夢幻の魔法で百足たちを消し去って救助した。そのまま胸に抱いて浮かんで、ぽふるんの言う見えないナニカを探る。
どうにも、それらしきモノは見えないが。
「うっ……やっぱキモい!!」
「絵面が最悪ねっ…?なに吐いてんのよ!!」
「燃やせ燃やせ!」
一匹一匹の戦闘力は、かつて戦った宇宙怪獣よりも少し格下げできるぐらいには弱い。だが、その見た目と異音、生理的な嫌悪感を勿論のこと……その数が問題だった。
かれこれ百体程狩っているのだが……
まだ、勢いが収まらない。視界いっぱいに、巨大な虫が闊歩している。
何処かに巣でもあるのかと考えながらも、今いる前線を後退させない為に前に出る。音に誘われているのか、幸い全ての虫が魔法少女たちに引き寄せられているが……
村の方に突っ込んで行くのは、時間の問題。
更なる問題として、時たま虫が白い塊を吐いていて……それが卵だとわかった瞬間、万が一にと渡されていた小型火炎放射器を浴びせた。
そう、この怪虫。
その場で産卵して、ものの数秒で成虫まで成長し、常に戦線を維持することができるのだ。圧倒的な数の暴力で、どんな強者も屠ってきた。
だが。
「こんな程度!どうってことないわ!」
「お姉さんの理不尽の方が、まだキツかったもんね!」
「……そんなに酷いの、あったっけ」
「全部酷かったよ!チェルちゃんは味わってないから……いいご身分だよねっ!!」
「えぇ…」
今まで積み上げてきた経験。ムーンラピスが齎してきた試練と比べてしまえば、雲泥の差。血反吐吐いて戦った、あの日の思い出が後押しする。
確かに、ラピスの終わらない魔法の連撃に比べれば……そう思ってしまうのも仕方がない。
そして。たった一手で広範囲の雑兵を薙ぎ払える力が、彼女たちにはある。
「ギィィ───!」
「キシャッ!?」
「執拗いなぁ───みんな、さっさと決めよう!」
「うん!」
団子のようにまとわりついて圧殺しようとしてきた蝿を歌声で吹き飛ばし、浄化で滅ぼしたマーチは、魔法少女の浄化の力が通用することを見抜いて呼びかける。
虫の猛攻が終わらないのなら、一匹残さず死滅させれば万事解決だ。
「“蒼天に坐す光よ”!」
「“あまねく希望をその手に束ね”!」
「“世界を照らせ”!」
「「「───夢幻三重奏!<シン・マギアトリコロール・ハイドリーミーライト>っ!!!」」
そこに、先輩二人の浄化も添えて。夢と希望を乗せた、浄化の光が世界を彩った。
꧁:✦✧✦:꧂
一方その頃、の、僕。
「“死喰いの落星”じゃと!?」
「はいっ、今、魔法少女なる戦士たちが駆除を…」
「……なに、有名なの?そいつら」
「御客人…」
外出しようと廊下を歩いてたら、ヤケに慌てた異星人を発見した。焦燥した顔の長老に説明を求めれば、なんでも除名された将星の死後強まる呪いが術式となって、銀河を脅かす怪物になったらしい。
それも、虫の大群。二回も絶滅寸前まで追い込んだのにこのザマなんだってさ。
さっきまでの顔色と全然違う。
いつもの宇宙怪獣が相手だと油断してたんだね。流石に予想外だったか。
「ッ、そうじゃ御客人!あの子供たちを、今すぐ戦場から引き離すんじゃ!!」
「? なんでさ。あいつらは早々負けないよ?」
「わかっておる!お主らの強さは、儂が語るまでもないと理解しておる!姫様から聞いたからの……だが、だがっ」
「ちょ、爺さん落ち着きなって」
「ぐっ、すまん…」
なになに、凄い焦るじゃん。肩を叩いて落ち着かせて、荒くなっていた息をゆっくり元に戻させる。ふむ……この焦りよう、ただの虫の怪獣じゃない?
いや将星仕込みの虫が普通なわけないのはわかってるんだけど。
「……何かあるの?」
「……話した通り、ヤツらは術式が本体じゃ。虫はただの手足に過ぎん。確かに、脅威ではある。この星の民では、太刀打ちできない怪物じゃ。だが……ヤツらは、その身に微生物を飼っとるんじゃ」
「なに、毒でも持ってるわけ?」
「似て非なるものじゃよ……空気中に散布して、寄生し、虫の宿主に変えてしまうんじゃ」
「……自覚症状は?」
「ない。潜伏期間もまちまち。魔力で調べることもできん呪詛なんじゃ…」
つまり、なに?戦ってる間に、気付いたら寄生されてて操られちゃうってこと?繁殖の卵どころか、支配するってヤバめの微生物?怖いね宇宙って。
それにしても詳しいなこの爺さん……第一回の殲滅戦に参戦した?そこで見たのか。猛者だなあんた。
でも、その懸念は大丈夫でしょ。
「それを聞いた上で聞くんだけど」
「なにかね?……あぁ、対処法は、ただ只管に強い魔法で消滅させるしかないぞ」
「それじゃあ安心だ。ほら、窓の外。見てみ」
「むっ……、っ!?」
「なんと…」
方角は、ちゃんと西の方。そこから立ち上がる、極大の光の柱。どうやらあの子たち、虫どころかその周辺にまで浄化の力をぶち込んだっぽいね……
あれなら、寄生する微生物とやらも消滅できる。
魔法少女の浄化は、なにも悪夢を浄化するだけの力じゃない。悪意あるモノを無力化して、モノによっては無へと消し去る力だ。
……自警団とやらにも寄生されてないか、僕の手で一応確認しとくか。
そんじゃあ早速。白羊宮、全域サーチ。あっ、いた。
遠隔浄化、と。いやぁ、宙から落ちてくる光とは。神様降臨でもするのかな?
「今のは…」
「寄生されてた自警団、多分今頃熱出てるだろうけど……アフターフォローはよろしくね」
「お主すごいな?」
魔法少女だもん。