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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
遥か彼方の宙を目指して
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179-あらゆる命の大天敵


「───アルフェル、いるか」


 “極黒恒星”一の建造物である、魔城の一角。己の根城を悠然と闊歩していた皇帝、ニフラクトゥが、暗がりにある大きな部屋……その奥にある水槽へと歩み寄る。

 天井いっぱいまで高さのある水槽……その手前に。

 一人の少年が胡座をかいていた。


「なんじゃ?陛下。儂、次見る演劇ので忙しいんじゃが。悲恋かドロドロの愛憎劇かで悩んどるんじゃが」

「本当に好きだなオマエは……悪いが、一つ仕事を頼む」

「ほう?」


 老人口調の少年は、白、桃、赤の順のグラデーションで彩られた髪を揺らして振り返る。肩あたりまで伸ばされた神秘めいた髪と、ピンク色の瞳……そして、薄いピンクの装束を身に纏う姿は、完全に“それ”を意識していた。

 その顔もまた、まさに美貌。

 知的生命体から獣まで、ありあらゆる生き物が美しさにガン見するなり振り返るなりして、その目に焼き付ける程の美しい顔ばせを持つ少年は、“星喰い”の頼れる魔性。

 仕事に興味を持つその少年の名は、アルフェル。

 “天魚雷神”。アルフェル・トレーミー。

 魔性の顔ばせと美しい髪を持つ、“十二将星”最強の名を欲しいがままにする怪物である。

 ついでに言うと最年長だ。


「仕事じゃと?」

「あぁ。どうせオマエのことだ。趣味に没頭して、なにも聴いていないと思ってな。リブラ」

「はい」

「お?」


 皇帝の呼び声に応えたのは、頭に紫色の大拉翅(だいろうし)を被ったブロンド髪の女司書。手に持っていた書類……調査資料をアルフェルに直接手渡す。彼が資料を読み込んでいる間、司書の女は眼鏡の位置を調整して、皇帝を仰ぐ。

 彼女の手には、均衡を保つ天秤が握られている。


「陛下、あの鏡使いは如何なさいますか」

「うん?あぁ……ミロロノワールは我の賓客として扱う。害するつもりはないのでな」

「御意に」


 天秤を持つ司書───将星、リブラ・アストライヤー。皇帝に忠誠を誓う女将星の一人であり、“天秤崩界”の名を冠する怪物である。

 そんな彼女は、どうやら応接室に閉じ込められた人間、ミロロノワールをよく思っていない様子。

 無論、皇帝の決定に逆らうつもりはない。

 司書にとって、皇帝が全てなので。


「チキュウ、のぉ。随分面白いな……あっ、儂ここ行ったことあるな?」

「は? んんっ、失礼。アルフェル様、それはいつ頃で」

「千年は前じゃぞ」

「悪夢は、どうやって」

「頑張った」

「は?」


 なんて事ないように告げるアルフェルは、よく目が滑る文字の集合体から目を離す。これ以上の閲覧は少し老体にキツかった。びっしり文字で埋めるのはやめてほしい。

 そう眉間を揉んだアルフェルに、リブラは心の底からのドン引きの視線を外せない。

 【悪夢】を正面突破して切り抜けたとでもいうのか。

 年の功とでも言うべきか、とんでもない脳筋法を平然と告げる男に、畏怖の感情が湧き上がってくるが……すぐにそれを鎮めて平静を装う。


「じゃが、魔法少女は知らんのぉ……なんじゃ、こいつら籠絡すればいいのか?」

「オマエ如きの美貌で堕とせる程ヤワではないさ」

「そいつは喜ばしいのぉ……おい如きってなんじゃ。儂の顔面最強なんじゃが???」

「メーデリアの方が美しかろう」

「女の中ではな?」

「黙れ老耄」

「カッチーン、お主は儂を怒らせた」

「あの、お二人とも、真面目にやってくれませんか?何故揃うと遊び始めるのですか」

「昔の癖じゃな」

「慣れよ」

「えぇ…」


 古い付き合いの者同士、上下関係を超越した言い争いに戸惑うリブラ。既に何回も見ている光景で、漸く口に出すことができたが……あまり見たくはない光景だった。

 それはそれとして。


「魔法少女は今、アリエスの“夢渡り”をもって我が王域に強襲を仕掛けてきている」

「なんじゃ、タイムリーじゃなぁ……うん?待て、あやつ裏切ったのか?」

「捕虜らしいぞ。それで、夢の中には入れるか?」

「無理じゃぞ。使い魔は送れるが……妨害でよいな?」

「あぁ」


 役目を理解したアルフェルの手に、魔力で象られた魚が生まれ、くるりと宙で円を描く。

 半透明な、ガラス細工の金魚の使い魔。

 その手を漂う金魚に、アルフェルは命を下す。夢の中を突き進む、魔法少女を潰さんと。

 水槽が震動する。


「行ってこい───…ふむ。魔法少女、のぉ……クヒッ。是非とも、会ってみたいもんじゃなぁ…」


 巨影が覗く大水槽を背に、呵々大笑に哄笑する雷神は、天を見据えた。


 魔法少女たちが襲撃される、一時間前の顛末である。








꧁:✦✧✦:꧂








 夢の中。もう時期目的地に到着する寸前に、巨大金魚に強襲された魔法少女。爆炎を噴き上げる夢奏列車の進行を妨げる、怪物たちと対峙する。

 同じく二時の方向から、無数の透明金魚が飛んでくる。


「うーん、魔法が効かない、斬撃も通じない、結界も全部透過してくる……無理ゲーだね、これ!」

「花の拘束もできない!なんで!?」

「概念勝負の負けね…」

「そんなぁ〜」


 あらゆる障害を無効化する怪物───デメキンのような金魚魚雷に、魔法少女たちは苦戦する。

 得意の魔法も、戦術も、武術も、全て。

 すり抜ける。


ギョッギョッギョッギョッギョッ…


 気色の悪い奇声を上げる怪魚が、隊列を成して列車へと突っ込んでくる。

 防戦一方、なんて言葉もつけられない。

 圧倒的無力。


 だが。


「うおー!?なんでオレっちたちの魔法は効いてんだ!?普通逆だろおかしいだろ!?」

「チッ、理由なんざ、一つしかねェだろうが!!」

「うん……多分、【悪夢】のお陰」

「みたいですね」


 アリスメアー三銃士、そして幹部補佐。悪夢の力を宿す幹部怪人たちの魔法攻撃は、金魚に届いていた。

 その理由は単純明快。【悪夢】の力、ただそれだけ。

 たった数秒のみ時間停止できる足止めの魔法弾、悪夢で切り裂く飛ぶ斬撃、悪夢色の破壊光線、悪夢を拒む万物を徹底的に蝕む不協和音。

 六花やアリエスたちのような成り立てとは違い、彼らの悪夢を行使する技術は既にプロ並み。自分たちを壊さない程度に放たれた魔法の数々が、金魚を撃ち落としていく。

 その隙に、夢奏列車は夢空を駆ける。

 運転に集中するゴーゴーピッドは、その幼い眉間に皺を寄せながら力を込める。


「悪夢を纏わせ…?……無理なのです!なんなのですその高等技術ッ!わけわかんないのです!」

「うーん、流石のオレらも、まだその領域にはいねェか」

「撹乱しようにも、全部無視して突っ込んでくるからね。ガラスなんだから砕けろよ」

「ッ、でも捌ききれてない……!」

「ちょっと怪人たちー!ちゃんとやってよ!このままじゃ脱線事故起こしちゃうでしょ!?」

「もう起きてるようなもんだろうが!!」

「それはそう」


 歯噛みすることしかできない魔法少女たちは、なんとか列車にしがみつき、そこから魔力を流して強化することで爆破ダメージを最小限に抑える。それぐらいしか、できることがないからだが……

 そんな必死の攻防を繰り広げている間も、金魚雷の数は一向に減らず。幾ら削っても、夢の向こう側から魚たちは飛来してくる。


「ッ、全方位!囲まれた!」


 暇だからとソナー役を熟していたライトが、夢奏列車と同等の速度で走る怪魚たちを感知。先程まで以上の速度で近寄る金魚たちは、確実な殺意をもってそこにいる。

 一体一体が硬く、三銃士の攻撃に一発当たっただけでは撃墜できない怪魚たちが、延べ100体。

 同時に、襲いかかる。


「……」


 そんな絶望的状況を───一両目の屋根に立つラピスは睥睨する。天井点検口からこっそり顔を覗かせるリデルとアリエスは、その頼もしい背中を、ただ見つめていた。

 目的地まで、残り二分。時間は、ない。


「悪夢由来の攻撃しか効かない使い魔……魔法少女殺しもいい所だ。でも、ここには」

「僕がいる」


───悪夢魔法<デモンズメアー・タブー>


 両手を横に広げて、掌に集めた黒紫色の魔力を、放つ。


 波状的に広がった悪夢の光が、流星のように四方八方へ飛んでいく。魔力弾の一条一条は、正確に怪魚を狙い……全てを撃ち抜く。

 視界一周、爆発の連鎖が戦場を彩った。


「す、すごいっ…」

「まだ終わってないよ」

「へ?」


 一瞬で形勢逆転をしても、ラピスは未だ警戒を解かず。

最初怪魚が飛んできた二時の方向を、ジッ……と見つめて動かない。否、次の動きを観察していた。

 なにせ、まだ。

 怪魚たちを生み出していた───自分を増殖させていた本体が、そこにいるから。

 魔眼が射抜く。


「また来た!」


 彼女の目論見通り、二時の方向から怪魚が群れを成して飛んでくる。追加された金魚たちは、妖しい発光を伴って進軍している。目視でわかる。その魔力の揺れが、なにを意味しているのか。

 その大破壊───他人の夢諸共全てを破壊するなんて、見過ごせない所業を防ぐ為に。

 一点集中。


「ピッド、一両目以下の連結を外せ」

「───ええっ、捨てるのです!?まだ動け…」

「いいんだよ。元から、爆弾にする予定で十両編成なんて無駄に長くしたんだから」

「へ?」


 大好きな先輩からの無慈悲な命令に渋々従って、列車の連結部を切り離す。二両目から十両目の車両が、ゆっくり速度を落として置いていかれる。

 その光景を見て、なにもそこまでしなくてもと…思ったライトは、目を見開く。

 よく見れば。


「なんか、魔法石の塊ばっか乗ってない…?」


 一両目、二両目を除く車両には、採れたて(・・・・)の魔法石が、大量に積載されていた。三両目から十両目まで、座る場所なんていらないと言わんばかりの宝石の塊が、煌々と輝き鎮座している。

 その意味を、ライトとピッドは正確に読み取って。

 後方に向けて、咄嗟に障壁を張って───爆光を放った車両から、身を守る。


…ドォォォォォ───ン!!


 それは、文字通りの大爆発。夢の世界を壊さないように調整された爆発の余波が、世界を揺らす。

 夢奏列車は、その爆風を背に浴びて加速。

 制御不能の速度をもって、夢空を駆け抜ける。意図的に進行速度を上げさせたラピスは、ヨシヨシとほくそ笑んで更に命令を下す。


「ひぃっ…」

「アリエス、現実と繋げろ」

「えっ!?えっ?いっ、いや……夢から出るのは、もっと安定した状態じゃないと…!」

「やれ」

「はいぃぃぃ!!」

「よろしい」


 一休みは、夢から出た先の現実でやればいいと。

 無理無理と叫んでいたアリエスを説き伏せ、無理にでも実行させる。泣き言を喚く羊が真後ろで術式を発動させているのを確認しながら、ラピスは行動に出る。

 暴風が吹き荒ぶ車両の上で、優れた体幹を一切崩さず、銃剣を構えて。


 強襲を仕掛ける怪魚たちを無視して、その先を狙う。


「襲撃ご苦労」


───月魔法<ヘッドムーン・スナイプ-改->


 悪夢を帯びた死月の魔弾が、一条の極光となって───怪魚たちの親玉、本体である使い魔を射貫く。額の前面に展開されていた障壁も、全て貫いて。

 一撃をもって、終わらせる。


 ガラス細工の金魚が砕け散ると共に、生み出されていた子分たちも消滅した。


「ヨシ」

「ヨシじゃないよラピちゃ───きゃっ!?」

「説教は、現実でね。まったく……やればできるじゃん。ねぇ?」


 勝利の余韻に浸る間も無く。

 アリエスの奮闘が実を結び。全員の視界が光に包まれ、ボロボロの夢奏列車もまた、やさしい光の中にその存在を溶かしていき……


 夢が覚める。


天魚「カカッ、やりよるな」

皇帝「流石は我がライバル…」

天秤「えっこわ」

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