178-夢空を駆ける機関車
車窓から覗く、次々と移り変わる夢の景色。一瞬過ぎる光景だけでも、色彩豊かで多種多様。人の数だけ夢があるなんて素敵な格言は、まさにその通りだったのだろう。
和やかな家族団欒、幸せな思い出、活躍している記憶、その再現、夢心地の美しい非現実……非常に見応えのある夢の連続が、車窓を過ぎ去っていく。
走行速度はそこまで速くないけど、充分だ。
今はかっ飛ばしてすぐに行きたい気持ちはあるけど……ここから先、どれくらい休めるかわからないからね。すぐ戦いになるのかもわからない。だから、多少ゆっくりする時間は確保すべき、ってことで。とはいえ、到着するまで二十分かかるかかからないか、だけど。
意外と近いけど、夢の中だからね。
なんでもありだ。
……時たま視界を過ぎる、物騒だったり悲劇的だったりする光景からは目を逸らして。
普通に怖いのやめて?
「すごーい!」
「クラゲぷかぷか…」
「ねぇ〜」
「おぉ…」
車窓から身を乗り出して外を眺める、ガキンチョたちの感嘆とした声をBGMに、メードに淹れさせた紅茶を啜る。最近になって、漸くヘマしないで作れるようになった……うん、紅茶淹れるだけなのにねぇ。
……中学生組、止めた方がいいのかな。
下手に落ちたら夢の中に真っ逆さま……助けられないよこれ。
「そこー、落ちたら置いてけぼりだよ〜」
「……ライトの言う通り。落ちたのがわかった瞬間、速度速めるからね」
「うぇっ、それはやだ!」
「酷い!」
リリーライトも同じことを思ったらしい。成程、これが以心伝心、か……なんかヤダな。
こっち見てサムズアップするな。
なんだか薄気味悪い(暴論)ので目を逸らす。他の面々はなにしてるんだろ。
男同士で肩身狭く座ってるペローとビルの会話でも盗聴するか。
「オーガスタスの旦那、めっちゃ裏で泣いてたッスねぇ。最推しの前だからって平気そうな顔してたけど」
「老体にはキツいだろ。宇宙に行ける幸運を逃がしたのは確かに惜しいが……つーか、俺らもよく同行許されたな。数合わせだとしてもよ」
「使えるって思えてもらえてる証拠っしょ」
「それだとあのジジイは…」
「やめよこの話」
「そうだな」
聞かなかったことにしよう。
……あいつ、なんだ。宇宙行きたかったのか。妻子持ちなのを考慮しても、危険地帯には行かせたくなかったから置いてったんだけど。まぁ、いっか。地球に誰かしら残す必要はあったんだから。
僕の望みを無碍にする程、あいつもゴミじゃない。
お土産、そうだな。酒でも買って贈るか。多分、推しがプレゼントくれたって秘蔵するか、バカスカ空けて幸福に浸るかのどっちかだろ。
最後はティファリエさんの制裁があるだろうけど。
酒はやめとくか…
「ノワちゃん大丈夫かな?」
「アイツのことだ。上手い感じに取り入って……なんなら笑顔で敵対してくるかもしれねェなァ」
「それじゃあ殺さないとだね」
「今のうちに呪殺しとく?まだ繋がりあるよ」
「つまんねぇだろそれ」
「うんうん」
ブランジェ先輩とカドック先輩、フルーフ先輩はだいぶ物騒な話題で談笑していた。確かに想像できるけど、別にあいつ、そこまで薄情じゃないと思うよ?
やりそうだけども。
それにそんな度胸ないぞあいつ。まぁ、脅されて自分の命と天秤にかければ……でも死んでるんだよね…殺すって脅しは脅しにならんのよな……そう考えると、ゾンビって便利だよね。でも屈しそうだなあいつ。
最悪殴ればいっか。
ちな、ノワとの念話回線は切断されてるから、こっそり情報交換するのは無理だ。なんか繋がんない。なんでなんだろうね。
「右手に見えますわ〜、変形型巨大ロボットを操縦する、ゆめかわ男の子の夢でーす!」
「男の娘じゃん!?萌え〜って感じ」
「性癖なのです……?」
「違うよ!?」
:最低…
:歌姫は俺らが育てた
:性癖植え付けちゃってご・め・ん♡
:ワイらが戦犯
:磔刑
車掌なのかバスガイドなのかよくわかんないピッドが、変な反応示したマーチ先輩が酷い語弊を受けてた。多分、視聴者の影響で汚染されちゃったんだろうけど。
魔法少女の配信ってさぁ、いらないネット知識が手軽に身につけられるからね。
僕だってそうだよ?
魔法複合の<魔加合一>が厨二臭いのは、視聴者の案を採用したからだ。漢字四文字縛りで、絶妙にダサかったりかっこよかったりってのを守るっていうのに。その投票にちゃんと僕は従ってるわけだ。
偉くない?だから決して僕が厨二病なわけじゃない。
全部視聴者が悪い!!
ちなむと、マーチは配信魔法つけっぱで雑談してるよ。あそこだけだけど。
「女王陛下、粗茶でございます」
「うん、おかしいね。何故主に粗茶を出す」
「……? 充分では?」
「ぶん殴るするぞオマエ」
「当たらなければどうってこッ、あぶッ!この私に熱々のお茶を投げるなんて、なんと罰当たりな……!」
「マジで天罰に当たれこの駄メイド」
「避けてやりますよ」
なんであの主従はコントやってんの?自由か?つーか、車内でお茶零すのやめてください。
全く、どうしようもないのしかおらん。
「はふぅ〜……よかったぁ、成功してぇ…」
「頑張ったね。すごいよアリエスちゃん!もっと誇って!自己肯定感爆上げにしよ?」
「無理ですよぉ〜、こんな化け物だらけの巣窟なんて…」
「否定できないぽふねぇ」
「斬るよ」
「や〜!」
……久々にあいつの斬欲みたな。最近也潜めてたのに、なんで……まさか、かわいい妹の前だから我慢して?いやそんな甘えなわけない、か……
いや僕で発散してたな?あとメアリーでも。
僕なんか、日常的に首チョンパされてたな……その度に切断面を上下で見比べて、生身と悪夢製の違いを確認してくるんだ。
サイコパスだよ本当。正気に戻れ。これで精神分析一切問題無しはおかしいって。
「……ねぇ、アリエスちゃん」
そう幼馴染の異常さに辟易としていると、覚悟を決めた顔付きのライトが、アリエスに言葉を投げかける。
なんだ、その真面目な顔付き。似合ってないぞ剥げ。
「ひゃい?なんですか…?」
「……【悪夢】の悪影響、受けてない?あれ、そこにいる幼女とか地球に残った廃人とかの、思考回路ぶっ壊したり汚染したりする代物なんだけど。本当に平気?」
「だっ、大丈夫…だと、思うん……ですけど……」
「ぽふるん、どう?」
「んー、うーん……ぼくの目から見ても、大丈夫、だとは思うぽふけど」
「そっかぁ」
僕の腕が心配ってか?大丈夫だって。僕の施術は完璧、女王二代が狂っちゃうような代物、一切の問題なく扱ってみせますとも。
───確かに、暴走装置は付けたけど。
うん?
「………? 気の所為、か?」
なんか一瞬過ぎったけど、多分大丈夫でしょ。
リリーライトが凄い目ぇがん開いて見てきてるけど……なに、どうしたの。なんかおかしいこと言った?悪いけどわからんぜ?
「……んーん。なんでもないよ」
「あっそう。でもまぁ、安心してくれていいよ。泥作りの豪華客船に乗ったつもりで、ね!」
「それ沈むじゃん。氷にも当たるヤツじゃん」
「なんのことだか」
泥だから氷海の冷たさで凍るんじゃないの?豪華客船に乗ったことないから知らんけど。そもそも元の映画、まだ見てないんだよねぇ。
つーか見る暇なかったわ、映画とか。無理無理。
帰ったら見よ。
なんてことがありながらも、“夢渡り”の列車は目的地に接近する。色んな夢を流し見したけど、本当に面白いね。ごちゃごちゃしてて、混沌としてて、統一感がなくて……
迷い込んだら出てこれる自信がない。
……これに近しいのを渡り歩いたエーテたちは、本当にすごいんだろうね。
……ん?
「なに、この音」
微かに、異音が耳に届いた。でも、すっごいか細い……幻聴かってぐらい。
みんなも気付いたのか、全員で耳を澄ます。
音は、徐々に近付いてくる。険しい顔で、警戒を強めて音の発生源を探って。
「……っ!二時の方向!なにか来るのです!!」
車掌の声に従って窓を覗けば───夢奏列車に向けて、大きなナニカが勢いよく接近してきていた。
速いな…
「“戦車”、やれ!」
「あいよ!起きろ、砲塔!!」
「極光装填ッ、行けるよ!」
「てぇッ!!」
車両上部に乗せられた砲郭を一斉に起動、天井に広がる魔法陣の回路に極光を注いで、極光魔法を弾丸に加工した僕特製、とんでも火力の魔法弾を撃ち込む。
夢奏列車の後付け防衛システム、九両上部の砲郭から、極光が迸る。
だが。
「効いてねェ!?」
「なにあれ……透明な、魚?」
「全部透過してるね、あれ」
「わーお」
全弾命中、しかし無傷。大きな怪物───透明な金魚のバケモノには通じず。金魚はバチバチと紫電を迸らせて、勢いを止めずに突進してくる。
面舵いっぱい、表現はおかしいが、ポイントを作動させ進路変更を試みたが、意味はなく。
ぶつかる。
「壁っ───チッ、これもすり抜けるか!」
抵抗虚しく、ガラス細工のような巨大金魚が、真横から列車に衝突した。
……いや、それだけじゃない。
爆発する!
「ぐぅっ…!」
「なん、あびっ!?感電ッ…」
「何処に当たった!?」
「二両目!」
「クソ!」
衝撃に足を取られながら、なんとか座席に掴まって状況確認。どうやら、僕らがいる一両目のすぐ後ろ、二両目に着弾したみたい……クソ、避けきれなかった。
それも爆発まで。魚雷かよあいつ。
……まだ損壊率は目を潰れるレベルだ。切り離すのは、まだ早い。
「あれなに?夢の生き物?あの時のアクゥームみたいな、番人的なヤツ!?」
「いえっ、違います!アレは───!」
エーテの疑問に、床を派手に転がっていたアリエスが、叫ぶ。
「───将星最強!“天魚雷神”の使い魔です!」
おっとぉ、敵襲だったか。
普通にどっかの夢由来の生き物だと思ってたんだが……どうでもいいか。取り敢えず、ここは夢の中。その将星はまだ、夢の中に入れてないみたい。
好都合だが……使い魔だけが、近寄ってきてる。
全部、魔法をすり抜けてくるあの金魚雷だ。よく見ればデメキンじゃんか。
……どっから情報が漏れたんだろ。同盟組む予定の……いやあいつらはちゃうか。あの蛇野郎、予測してこっちに寄越したな?
「アリエス!到着まで後何分!」
「えっ、えとっ、えとえと……五分です!でも、こんなに危ない状況下だと、上手く現実と繋げることがっ、ひぅ、できません!!」
「迎撃一択だね!」
「めっちゃ来てるめっちゃ来てる!!」
「チッ!」
なら、残り五分で───このデメキン共、ちゃちゃっと殲滅してやんよ。
戦闘、開始。