15-悪夢を育む祝福の種
「ビル、少しいいかね」
「あ?どうした」
───禍夢のビル、彼は真面目な仕事人である。
上官であるマッドハッターからの命令を忠実に、それも完璧にこなす男である。犯罪者になってやるというかなり後ろ向きな決意を漲らせた、否、退廃にその身をうかべて死に急ぐ男ではあるものの……その信念や価値観、力にはあの女王さえも目を見張る程。
濃い紫の長髪で瞼に傷のある右目を隠して、今日も彼は夢に満ちた平和の裏を闊歩する。
与えられた任務を果たす為、血濡れた正義は一人歩く。
「潜在的悪夢適合者、ねェ……」
───地味な捜査はお得意だろう?気長な作業にはなると思うが、任せたぞ。
今回マッドハッターから与えられた任務はアクゥームを強化できる素体の捕獲。第二形態の核にするのではなく、アクゥームを更なる位階に引き上げる為の根源とする。
生体コアとでも言うべきか、非人道的な強化計画の為にビルは行動している。
無垢な民を利用するのは心苦しいが、もう今更だ。
それはそれ、これはこれ。やると決めたのなら最後までやり遂げるべし。
……ちなみに、捕獲などと銘打ってはいるが、未だその対象を発見することはできていない。
初歩の初歩、現在は地道な捜索作業の最中である。
「……本当にバレてねェんだな。流石は歪魔法……認識に作用する呪いなんざ、どうしようもねェな」
今のビルは堂々と街中を、一通りの多い歩道をのびのび歩いている。頬や首筋を覆う緑色の鱗肌は見る者が見れば彼が誰なのか特定できてしまうモノだが……そこは魔法を使って誤魔化している。
認識阻害、かつて魔法少女“虚雫”が使っていた魔法。
呪術的な要素のある歪魔法をマッドハッターから教わり授かったビル……そして三銃士は、この魔法を使うことで堂々と生活できている。
ここで更に“色彩”の色魔法を合わせれば完璧な変装まで可能となる。
「有能な無法だな……現役時代にあったら、かなり不穏なエース扱いだぞこんなの……ん?」
喧騒を縫うように進むビルは、一つの魔力反応を察知。
「あいつらは……」
下校中なのだろう。その3人の女子中学生を見て、彼の脳裏にとある情報が浮かび上がる。それは上から齎された敵対組織の一部情報。裏に精通したビルにのみ与えられた魔法少女の正体、そして関係性が書かれたデータ。
マッドハッターに手渡され、すぐに処分した時の驚きは今でも忘れられない。
なにせ同僚の同級生。マジか、嘘だろ。どんな偶然だ。
今までは戦闘面でしか見ていなかった、魔法少女たちの日常に、ビルは目を奪われる。
……自分よりも一回り若い子供が、身を粉にして世界を平和にする。今やその平和を脅かす立場にいるが、若人に正義を強いている世界にビルは歯噛みする。
どうしようもない世界。幸せな悪夢とやらに浸った方がいいまである。
だが、今はそれよりも。
「あのガキ……まさか、適合者か?」
マッドハッターからの捕獲依頼。それを成し遂げる為に伝授された探知魔法が、その中の一人を潜在的悪夢適合者であると教えてくる。
……魔法少女の一人が、悪夢を強化するコアなのだと。
衝撃の事実に少し頭を抱えた後、ビルはどうすべきかと思案する。
「……行きたありばったりでいいか」
捕まえられれば御の字。失敗しても、アリスメアーから狙われていることに気付ける。一度魔法少女を捕らえるとその後の問題が浮き彫りになってくる。
現段階では望ましくない展開。
魔法少女を捕らえて隔離する時期はとうに過ぎている。まだ一人だけだったならより使える魔法少女と入れ替える手段を選べたが、今や三人集まって、その手段を選んだら連携や感情面の問題ができる。
悪の組織としては喜ぶべき展開なのだが、現在の彼らの方針的にそれは望ましくない。
ビルもまだ詳細は知らないが、後々成長した魔法少女の力が必要になるようだから。
どちらにせよアリスメアーの強化も、魔法少女の成長も急務とされている。それならばここで捕らえて強化素材にするなり、奪還させに来て一つの成長、進化を促すなりとできることは幅広い。
メリット・デメリットを天秤に捧げ、ビルは取り敢えず今は動いて後で決めようと結論を投げ出した。
端末で単騎出撃を通達して、受理される前に転移。
魔法少女たちの日常を潰すのは心苦しいが、これも全て未来の為。
「おい兄ちゃん、ちょっといいか?」
場所は繁華街。
事前に目をつけていたアクゥームの核になり得る青年に声をかけて、返答を待たずに魔法を行使。現実を侵蝕する悪夢の魔力を肌身に浴びながら、ビルは悪夢を具現する。
確立した自分の戦闘方法をもって、魔法少女を捕らえる為に。
「《夢放閉心》───禍いの悪夢よ、来いッ!!」
いざ、悪の正義を成し遂げる時。
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悪夢隆起───アクゥームの出現に伴い発生する魔力の不穏な脈動を感じ取ったぽふるんの要請で、穂花たち新生魔法少女は現場に急行。
近場だった為かすぐに来れた3人は、現地到着と同時に襲撃される。
「うわっ!?」
「よォ、礼儀無くて悪ぃな」
「ッ、ビル!!」
「おっと、威勢もいいが───今用があるのはテメェだ、リリーエーテッ!!」
「え!?」
中学生が好んで買いそうな剣のキーホルダーを素体にし生み出されたアクゥーム。片手がその剣となった夢魔は、リリーエーテを集中的に狙って武器を振るう。
その頭部に乗るビルは、蹲踞の体勢で性格悪く嗤う。
危なっかしく斬撃を回避できて安堵するリリーエーテは指を差されて目を白黒させる。
なにせ身に覚えがないのだ。わからないのは当然の話。
「エーテに何の用!」
「ァ?あー、妖精か。黙ってろ……と、言いたいんだが、まぁいいか」
ほまるんの追及に、ビルは暫し逡巡して……彼女たちに残酷な真実を突きつける。
魔法少女、“祝福”のリリーエーテの利用価値を。
「潜在的悪夢適合者───アクゥームの強化素材になる、それがテメェだ」
悪夢を齎す厄災の種。それがオマエなのだと。
:ふぁ!?
:衝撃の新事実
:なにそれ
:さぁ?
:おい
「……え?」
「なによ……その、なんちゃら悪夢なんちゃら、って」
「ほとんど聞いちゃいねェじゃねェか……そうだな、まぁ俺も詳しくは知らないんだが」
「ふわふわしてる……」
頭を搔くビルは、内容を急かす声を手で制しながら以前言われた言葉を振り返る。
「俺らの上司、最高幹部曰く……“潜在的悪夢適合者とは、我々の悪夢を育むモノ。世界を悪夢に閉ざす、その素材に成り得る逸材。捕獲して取り込めば、悪夢の住人を豊かな繁栄に導く核となる存在”……まぁ言っちまえば、テメェは命が尽きるまで搾り尽くせる素材ってわけだ」
「なっ、なんで私が!?」
「適性があるからだよ。ボスから頂戴した悪夢の魔法で、その判断は可能だ───テメェがそうだとわかったのは、ただの偶然だったんだがなァ」
「ッ……」
せせら笑うように人差し指を立てて、滔々と語る。
「条件はたった一つ。シンプルなもんだ。
───魔力の無限生成。それも、常に純粋であり、常に混じり気のない魔力である必要がある……それの発見法は古くから伝わる魔法を使わねェといけねェから、今まではわかっちゃいなかったんだが、な?」
「ダメぽふ!絶ッ対にエーテは奪わせないぽふ!」
「ッ、そうよ!あんたに親友を獲られて堪るものですか!死んでも止めるわよ!!」
「そーだそーだ!」
仲間思いな2人の熱意が、恐怖に沈む心を奮わせる。
:がんばれ!
:負けるな!
:絶対勝てるよ!
:応援は任せろ!
:友情!努力!勝利!
:がんなれー!
「みんな……!」
命を、その身を狙われている恐怖は打ち消された。
一斉に攻撃態勢に入り、抵抗の意志を見せる。誰だって大切な仲間を奪われては堪らない。
その力強い反抗に、ビルは笑って立ちはだかる。
「ククッ、そらそうなるわな……んまぁ、闇討ちせずに、こう堂々と襲われてもらえたこと……負けるその時まで、感謝するんだなァ!」
「負けないよ、私たちは!行くよ!」
「えぇ!」
「うん!」
かくして、友を守る為の死闘が、今───始まった。