175-急がば回る暇も無し
“夢渡り”を利用した宇宙進出───アリエスを、完全に悪夢の手駒にすることに成功した僕は、最新版ユメ計画を万全なモノにする為に、魔法陣を弄っている。
勿論、大空に張り巡らせている音響兵器を強化するのも忘れずに。
「ひぐっ、うぎゅぅ…」
「どったのアリエスちゃん。何処か痛いの?」
「ぅぅ…傷物にされましたぁ…」
「えっ」
「ん?」
そんな発言を真横で呟かれて驚くと共に、ほーちゃんの瞳孔ガン開きから目を逸らす。怖い。いや傷物って。なに僕ってばそんな酷いことした?したな。
悪夢色に染め上げたわ。瀕死寸前まで追い込んだわ。
……魔改造の結果?アリエスちゃんは完全にうちの子になりましたがなにか。宇宙人を発狂させる【悪夢】に順応適応できたよ。めっっちゃ頑張った。不可能を可能にしてやったぜ。それはそれとして、ビっクンビっクンのたうち回ってるの、指差して笑っちゃったよね。
ごめん。
「だからその手を引っ込めて欲しいなぁ、なんて」
「悪い子にはお仕置が必要だよね……大丈夫、責任もって私が仇を討つからね」
「お願いしまずぅぅぅ…」
「待って!」
正義の聖剣が僕の腹に突き刺さった。やめて、悪夢製の身体なのっ!実は浄化魔法に弱いの!聖剣パワーで綺麗に浄化されちゃうかもなの!まぁ耐えるんですけどね。
それはそれとして痛い。死体ボディとは訳が違うから。
だからグリグリやめて!やめてってば!お腹裂けるッ!待って貫通してる!?
「ふぎゅぅ…」
「うーちゃん、万能だからってなにやってもいいわけじゃないんだよ?」
「ゔん…」
日常で致死ダメージぶち込んでくるの、マジでやめて。僕が悪いのは千歩譲ってわかるけど。死体ん時よりも頑丈だけど、限界ってのはあるんだよ。すっごい痛い。
……アリエスの魔改造に後悔はない。やんないよりも、ねぇ?
取り敢えずギャン泣きアリエスをギューっと抱き締めて許しを得た。
「迫害されるんだぁ……」
「あっ……うーちゃん!そこら辺ちゃんと考えたの!?」
「そそそそりゃあもちろん!アフターフォローも完璧っ!傍から見ても今まで通りだし、【悪夢】に接触することに問題が無くなっただけだから早々文句言われることはないから安心してっ!ねっ!!」
「だって」
「そ、それなら…」
「───おいうるるー、さっきから何を叫んで……むっ?アリエスオマエ、悪夢に堕ちたのか?そうか、そうか……歓迎しよう。ようこそ、アリスメアーへ」
「即バレしてるっっっ!!」
「いや女王だしあいつ」
「なんなら専門分野…」
「あっ」
「む?」
マジやめろ。迫害だの差別だのを引き合いに出されたら負けるだろうが。
なんて顛末がありながらも、これからも愛用枕を手元に置いておける大義名分を得れた僕。いやぁ、やっぱりさ、やらない後悔よりやる後悔だよねぇ。
引っ付いてきたリデルの頭を撫でて、いつも通り震えるアリエスを小脇に抱え、撓垂れかかるほーちゃんを適当に無視して移動する。
おぶってやれ?嫌だよめんどくさい。
それに…
「なんでそんな私に厳しいのぉ〜…」
呻き声上げて足掴んでくるこいつを、引き摺る形だけどちゃんと運んでやってんだ。なんの問題がある。ないね。ないでしょ。ないって言えっ!
口うるさい幼馴染を脅迫して黙らせて、研究室を歩く。
昔は転移魔法でしか入れない極秘施設だったけど、今は扉と通路を増設して、暗証番号と生体認証で入れるように改装した。だから、こうして喧しいのが複数入ってくるんだけど……問題はない。
なにせ、より厳重に隠すべき内容は、ここの更に下層、新たに建造した研究室でやるからね……そこは僕以外じゃ入れない。魔城全域を支配下に置くリデルでさえ、そこに転移はできない。
完璧な籠城ができる部屋だ。
この前穂花ちゃんに侵入されたけど。どうやったのかは教えてもらえなかった。
「どこ行くの?」
「キッチン。お腹減ったから」
「じゃあ私も」
「私も食べる」
「あの、私も…」
「乞食どもめ」
おやつの時間だからか、ゾロゾロと集ってくるバカ共を引き連れてキッチンへ。何故か待機していたチェルシーとメード、あと魔法少女×3の分も用意してやる。
なんで当たり前の顔しているの。
男手は何処に?あと怪人共。え?遠征?僕聴いてな……いや言ってたな。オリヴァーん家の別荘に魔法石の鉱脈があるだのがルイユの占いでわかって、パワーあるヤツらで掘りに行ったんだ。ちな、オリヴァーは監督役、ルイユはもし鉱脈がなかった場合、嘘つき判定で土埋めにするから連れてかれたんだっけ。
自由だよねぇ。やりたいことやってる感じ。あの芋虫は気が気じゃないだろうけど。
? 六花-1は何処にいるかって?宇宙に行く前に墓掃除行ってきたよ……自分たちの。ブラックジョークにも程があると思うけど。
「魔法石の鉱脈…?地球にあるの?」
「あるよ。妖精とかがこっちに干渉する前から、人間には見えないけどあったみたい。いや、正確には魔力がないと見えないんだっけ?」
「うむ。魔力持ちには紫色に見えるぞ」
「道理で知らないわけだ……うん?ねぇ、偶に街中とかで見る紫色のシミって…」
「見えないんだから混じるでしょ」
「不純物じゃん」
別に問題ないでしょ。魔力がないと反応しないだけで、強度とかに変わりは無いだろうし。
……ヤケに建物が頑丈なのは、微量に混じってるから?
論文にできそうだな。
「へぇ〜、考えたこともなかった」
「……そういえば、学校も斑点とか筋とかあったわね……塗料だと思ってたわ」
「全然気にしたことなかった!」
「おバカ…」
君たちはそのままでいてね。
穢れを知らないまま、ね……今日のおやつは、前作ったカップケーキとかでいっか。
「わー!」
「手作りですか?」
「研究の合間にね……君らと違って、鍛錬とかはそこまで必要じゃないし」
「なんかムカつく〜」
「嫌なら、単独で僕を倒せるようにならなきゃね」
「無理かも…」
「諦めが早い」
この子達の鍛錬もしなきゃか……いや、もうやってるんだけど。宇宙に出しても恥ずかしくない戦力にする為に、もっと気合いを入れて鍛えなきゃいけない。
死人である僕や、妖精女王の肩書きを得た穂希よりも、この3人を地球代表にしたい気持ちもあるし。
言ってないけど。
……中学生か高校生()が地球の代表面するの、控えめに言っておかしいよね?
まぁ今更か。
「……うん?誰か、電話鳴ってるよ?」
そう諦観しながらフォークを刺していると、指摘の通り聞き覚えのある着信音が聴こえてきた……なんならこれ、僕のだな。ポケットから取り出して、画面を開く。
……見覚えのない名前だな。
「誰だ黒山羊三四郎」
「……多分、カリ兄さん…?」
「あの呪いマンか」
でも交換した覚えないんだけど……いや、アリエスには電話番号教えてるし、それを何故かライオン丸の報告書に記載してたのを見逃してやった記憶があるから、それ経由なのかな?
なんで書いたんだこいつ…
電話会談でもさせる気だったの?便利かなって?バカかオマエは。
「……出るか」
何コールしても絶えずに鳴り響く着信音。もう諦めて、通話ボタンを押してやる。
「もっもし」
「えっ、かわいい……」
「お姉ちゃん黙って」
『───もしもし!ムーンラピスか!?つか合ってんのかこの番号!?』
将星カリプスだった。
なんか切羽詰まってる?メード、番号追跡して……あ、やり方知らない?無能がよ。えっと、ここだと……夢ヶ丘廃墟地帯の近くか……まぁ、予想通りの場所ではあるか。
兎に角、要件を聞こう。
「確かに僕だけど……何の用?」
『ッ、悪ぃな……あんたに言うのもなんなんだが、だいぶ緊急事態でな』
「ふむ?」
いや、敵だよね、僕たち。緊急事態とやらを伝える理由なに?
『うちの皇帝が、ミロロノワールを連れて行っちまった』
な ん だ っ て ぇ ?
「マ?」
「メードっ!!チェルシー!!外ほっつき歩いてるヤツら全員連れ戻してこい!!」
「御意に!」
「ん!」
茶ァしばいてる場合じゃねぇ!!
なん、なんなの?あの皇帝野郎、家で大人しくするとかできないわけ?行くって言ってたよね?なんでオマエから来てんだよ……つーか攫うな。持って帰るな。捕虜だから好きにしていいわけじゃないんだぞ。
……これブーメランだな?聞かなかったことにして。
……でも、マジでどうしようか。あのバカ、なんで連行されてんだ……
「情報ありがとう。なんで教えてくれたわけ?」
『あー…その、だな……お前らはまだ、存在を認識してるだけだろうが……俺が、ライオン野郎とサソリ野郎の仲間扱いされてな?』
「あっ……ようこそこっち側へ」
『うるせぇ……なぁ、お前らまだ共謀してないんだよな?なんで息あってんだよ』
「知らね」
目的は同じだって、アリエス経由でわかってるしね……宇宙に行ったら、ちゃんと対話するさ。その時は、彼らを計算に入れて行動し直そう。
無理だったら倒すけど。
……でも、全自動呪い形成器が対星喰い陣営に付くのは熱いな。
「準備が出来次第、君の妹の能力で銀河まで行くけど……君たちもついてくる?」
『……いや、こっちは別のルートを使う。下手に合流するわけにも行かねぇし……最悪、俺らが的になってやるよ。こうなりゃ一蓮托生だ……アリエスを頼む』
「カリ兄さん!?」
「覚悟決まってんねぇ〜。なに、裏切るつもりは何処かにあったわけ?」
『さぁな』
……薄々思ってたけど、異星人って血の気多すぎない?叛逆に躊躇いが無さすぎる。状況証拠で仕方ねぇ裏切るかなんてなるか?少しは弁明して誤解を解くとかないわけ?戦闘狂すぎるでしょ……
あまりの脳筋さには、もう呆れの声しか出ない。
まぁいいけど。味方になるなら心強い。戦力はあっちが上なんだし。
「聞いてたね?」
「うん。明後日だったけど、短くする?」
「明日にするよ。あのバカの生死は、正直気にする必要はないけど……下手に焚き付けて、皇帝サマやる気満々☆になられたら困る」
「もう手遅れな気がするけど……」
「ノワを信じよう」
「全然信じてない顔」
「へ?」
ソンナコトナイヨ?ボク、ノワノコト、メッチャクチャシンジテルカラ…
あー、忙し。納期短くなったのマジ最悪じゃんか……
急かしてんのか?あの王様。仕方ない、乗ってやるよ。そんで乗り越えてやる。
「傾聴!明日、“夢渡り”で宇宙に行く!お別れとか色々、今日中に済ましてこい!!」
「いきなり!?っ、部屋掃除してくる!」
「どう説明しようかしら…」
「えっ、死んじゃう前提なの?」
「違うから安心してね〜」
「もぐもぐ」
「オマエはいつまで食ってんだ。呑気にしすぎ」
「んぐっ……だって、焦っても私がすることないだろう?別によくないか?」
「ぐぬっ」
無能であることを逆手に取るな、このバカ。これだから王様ってのは…