174-モノクロ色のコンスピラシー
「なんっ、陛下!?」
「むっ、どうしたカリプス。口調を正せ」
「なんであんたもそっち側なんだよ!?揃いも揃って俺のこと虐めて楽しいか!?」
「うん」
「ああ」
意気投合する晶とニフラクトゥに、カリプスは舌打ちと罵詈雑言が炸裂しそうになるのを喉元で押し留めた。もし吐露すれば不敬罪で死んでいた。その程度でこの皇帝様が気分を削がれるかは兎も角。
突然現れた皇帝、ニフラクトゥ・オピュークス。
一切の予兆を見せず、気付かせず、地球の上にある舟に乗り込んだ。
ダビーとナシラは椅子から降りて平伏、ピルピル震えて息を殺している。
「っ、スゥー……えっと、皇帝サマだっけ?なんでいんの早く帰って?ラピピに気付かれる前に、さ」
「そ、そうだぜ陛下。いやマジでなんでここに…」
「暇潰しだ」
「あっ、いつもの」
「慣れてる…?」
主君である自分に内緒で地球に潜伏する、呪いを牛耳る黒山羊とその家臣に、そして、なにやら悪巧みをしている金獅子と青魔蠍にちょっかいをかけに行く為に。
蛇は全てを見通す。
故に、具体的な動きまではわからずとも、配下の本音や計画を察知するのは得意である。
金獅子の反骨精神も。
青魔蠍の知的欲求も。
黒山羊の遵法意識も。
配下が何を考えて、どう行動しようとしているのか……ニフラクトゥは、寛容な心をもって全てを見逃している。彼らの行いの結果が、自分を楽しませてくれるのならば。それでいいと。
全てを赦す。
ツマラナイかツマラナクナイかで、叛逆するモノたちの命運は左右される。
「ラピピ?あぁ、ムーンラピスか。彼女に気付かれるのは我としては別に構わないが……カリプス、オマエは困るのであろう?故に配慮した。今、この船の周りに断絶結界を張ってある。暴かれることはない」
「致せり尽くせりでどうも……あの、陛下。弁明を…」
「? 今更なにを畏まる必要がある。いつものレオードの悪巧みだろう?別に構わぬ。あぁ、だが調査資料は我にも見せよ。退屈しのぎに読ませてもらう」
「そりゃあ勿論。寛大な御心に感謝致します」
「うむ」
最強生物であるが故、部下の失態にも内緒事にも寛容なニフラクトゥは気にしない。処罰を下すのは、その配下に見所がなくなった時か、あまりに度を過ぎていていた時、他の配下に示しがつかないなと楽観的に判断した時のみである。それぐらい、ニフラクトゥは裏切りにも寛容だ。
むしろ、どう攻撃されるか楽しみにしているまである。
全てが従い、頭を垂れる存在。全知全能たる蛇に逆らう存在は、大歓迎だ。
将星然り、魔法少女然り、それ以外然り。皇帝は全てを容認する。
「さて、名を名乗れ、魔法少女」
「……“廻廊”のミロロノワール。一応、あなたのご執心のラピピとラトトの同期だよ。戦うのは得意じゃないから、攻撃してこないでね?」
「ククッ、命乞いが早いぞ」
「だって事実だも〜ん」
そして、何故か宇宙船にいた地球人と挨拶を交わして、なにがどうなっているのかを改めて確認する。魔法少女と召使いの接待プレイ、その果ての偶然、捕虜にしたことをカリプスは事細やかに説明した。
あまりのピタゴラスイッチにニフラクトゥは爆笑した。
だってそうだろう。目を逸らしたくなるぐらいの幸運で勝ったのだ。試合には負けたのに。運任せの戦いにも勿論経験があるニフラクトゥでも、流石に笑うしかなかった。
笑われる晶にとってはたまったもんじゃないが。
晶は鏡で殴りたいのを我慢して、あまりにも寛容な……悪く言えば無関心の蛇と対峙する。
「で。お暇な蛇さんは何の用?」
「おまっ、さっきから思ってたが、口調…」
「よせカリプス。こやつは我が敬意を払うに値する強者。そも、魔法少女は勿論、チキュウの民は誰一人として我が支配下にいない。故に咎める理由はないのだ」
「そうかもしんねぇですけど……いいのか?いや普通……やっぱこの人常識ねェわ…」
「真正面でそれ言うのもすごいけどね」
「やってらんねぇんだよ」
「ウケる」
そもそも、ニフラクトゥ自身学のある存在でもない。
その身一つで宇宙の頂点に立ち、何千年と君臨する王に学など必要ない。交代には武力とカリスマ性だけで十分。不必要な雑務など側近がやればいい。側近も不興を買えば死ぬのは目に見えてわかっているのと、王のカリスマ性に惹かれている為問題など起こさない。
暗黒銀河は、皇帝の武力とカリスマ、側近や将星たちの奮闘によって維持されていた。
「さて、用だったか。一番は愉快な同胞たちの悪巧みに、ちょちょいとちょっかいを出す、つもりだったのだが……ここにオマエがいて、気が変わった」
「うん?(ちょちょい…)」
「陛下?(ちょちょい…)」
「? なんだ」
「なんでも」
首を傾げるニフラクトゥに、かつての同期(作中未登場の腐女子眼鏡)が教えてくれた“萌え”とやらを感じた晶だが、すぐに頭を振って脳から追い出した。
血迷っている場合ではない。
兎に角今はこの危機を乗り越えて、地球圏内からお帰り願わなければ。
「ワタシに興味関心?」
「その通りだ───ミロロノワール。我が王域に、城に、オマエを招待する」
「えっ」
有無を言わさぬ決定で、鏡音晶が某配管工の助けを待つ囚われのお姫様の色違いになった瞬間である。
色違いを名乗るのは烏滸がましいが。
そうして、せめてもの抵抗で魔法少女に変身した晶を、ニフラクトゥは問答無用でお姫様抱っこして、駄々こねる晶を連れ帰った。
「……ハッ!」
動揺から復帰したカリプスが、一応内通……超絶渋々、仕方なく従っているレオードら同星に報告したのが前話の末尾である。
『チッ、そりゃあ気付くわな』
『ひぃ〜!バレとる〜!ツマラナイ判定された瞬間死ぬ!エリート工学者ぽきの薔薇色人生終わったんごッッッ!!レオード氏は責任取って!!』
『嫌だね』
「クソ野郎が」
『泣〜』
想定内ではあると頷くレオードに、躊躇いもなく中指を立ててやれば、鼻で笑われる。それにブチ切れても相手の思う壷だと、カリプスは一呼吸置いて……
皇帝に、自分がレオードの一味だと思われていることに気付く。
「つーかテメェらのせいで、俺も裏切り者判定されてんぞどうしてくれんだ!!」
「ふざけるなー!」
「なー!なー!」
『そいつは悪かったな。笑ってやるよ』
『本当ブチ切れてもいいと思う。ちね』
「マジでふざけんなよお前…」
『クハハッ!』
心外だった。こっちは妹分が心配で来ているのに、何故こんな目に遭わねばならないのか。カリプスも子供たちも怒声を上げるが、レオードは何処吹く風。
それどころかしてやったりと鼻で笑う始末。
親友だから付き合ってるタレスも、これには御立腹……怒りが届くことはないが。傲慢な獅子は後で被害者全員で袋叩きにすると決め、冷や汗を拭い切れていないタレスが顎に手を添える。
『う〜ん、でも……マジかぁ。ノワール氏、よりによって招致されちゃったかぁ〜。これ、ラピス氏に説明した方がいんじゃね?』
「静かに殺意向けられて殺される未来しか見えねぇぞ」
『それはそう。あの殺意、陛下と対面する時よりも心臓がバクバクするんよね』
「それはテメェがひ弱なだけだな」
『なにおぅ!?』
あなた達か狙う親玉のところに、お仲間がいますなんて伝えられるものか。あの蒼月のことだ。手始めにマヌケなカリプスの命を刈り取って、六花のようにゾンビ化させて使役するに決まってる。アリエスの兄だから多少の慈悲はあれど、流石に生きては帰れない予感がする。
カリプスの未来予想図は、良くて従属、悪くて存在消滅である。
……まぁ実際は、ノワールは死んでも死ねない為そんな心配は杞憂なのだが。制裁の一つや二つ、宇宙の果てまで吹き飛ぶ覚悟は必要かもしれない。
多分そこまでやらないが。
やるならば、徹底的に───枕になっている羊を殺して見せしめにするだろう。今の彼女にそれができるかはまた別として。
そう頭を抱える同星たちを他所に、レオードは窓の奥の星空を眺める。
その先にある、皇帝の御座す帝都に思いを馳せて。
『……おいカリプス。お前、あいつを裏切る気はあるか』
勧誘する。
弱味に漬け込んで、感情を煽って、一蓮托生になるまで追い詰めた駒に、問い掛ける。最早逃げ道は封じられた。あの絶対者にそう認識された以上、それ以外の道を辿って目を逸らすことはできない。
そう、全て。
「……お前、レオード……さては、予定通りだな?陛下がお前の企みに気付くように、誘導したな?俺が、俺たちがお前に有無を言えないようにッ…!」
『さぁて、なんのことだろうなぁ……敢えて言うんなら、俺は本気だってことだ』
「ッ」
皇帝を、その玉座から引きずり下ろす───例え、その奸計で、世界が滅茶苦茶になろうと。取り返しのつかない悲劇が生まれようと。
“金色獅子”は止まらない。
己の欲望に、正直に生きる。望む全てを掴み取り、真の勝者として玉座に座る。
獅子一族、王の末裔であるレオード・ズーマキングは、魔法少女を使ってでも、本気で暗黒銀河の皇帝を、地へと蹴落とすのだ。
『俺はただ、あの皇帝サマを王じゃいられなくするだけ。確かに、格としては俺が劣るがなァ……銀河全体の未来を思うなら、アイツよりも最適だ』
「……テメェが王になるから、か?」
『なりてぇもんだが……ククッ、魔法少女がそれを許すかどうかだな』
全宇宙を統べる王になりたいのは変わらない。けれど、魔法少女の存在を知って、彼女たちの強さを、星喰いにも匹敵する暴の存在を知って……多少、計画を変更した。
やはり、一番見たい皇帝の失脚は大前提として。
魔法少女に味方して、協力して。星のユメエネルギーを食べるという、傍迷惑な食性の怪物から、暗黒銀河を……宇宙を解放する
その為に、レオードは手段を選ばない。
カリプスという貴重な戦力を、話の通じる同胞を、そうみすみすと逃しやしない。
「……どうなっても知らねぇぞ」
諦めの色を浮かべるカリプスは、画面に映る堂々とした獅子の顔を睨みつける。
自陣の勝利を微塵も疑っていない、その獅子を。
『後悔はさせねぇよ───俺は、気分で味方を使い潰す、そんな王サマじゃないんでな』
叛逆の狼煙を、燻らせる。




