173-フットワークが軽い男
「見て見てー、魔法少女グッズ!」
「……は?おい、まさか……テメェ、買いに行っただとか言わねェよなァ?」
「行った」
「ふんっ!!」
「ぎゃっ」
無邪気な少年のように手を広げて、遠路はるばる地球で購入した魔法少女グッズを見せびらかすサソリ、タレスの顔を鷲掴みにして、レオードは空を仰ぐ。
場所は獅子宮。将星レオードの城であり、星である。
そんな獣が跋扈する魔窟に、こっそり地球に訪れていたタレスは、自分の星に帰る前に寄り道した。理由は単純に見せびらかす為である。
無論、レオードは地球行きを許していない。
下手すれば殺される環境に、共犯者を送るわけがない。タレスの独断である。
この陰キャ、行動力の化身であった───…
「いやでもホントすごいんでござるよ!見てくだされこのフォルムっ!!この完成度!紛うことなき本物!こんなにすごいフィギュアが平然と売られてるの、すごくね!?」
「おっそうだな。ところで、俺の許可は?」
「束縛系彼氏は嫌われるよ」
「テメェの行動一つで生きるか死ぬかの瀬戸際に無理矢理立たされてんだよバカ野郎ッ」
「さーせんwww」
「咬み殺すぞ」
「ごめんて」
レオードしては、魔法少女がこちらに来てから対面する予定だったのだ。勿論、タレスを傍に置いて。カリプスはついてきてくれるかわからない為、状況次第で脅して駒にする予定だった。
だが、このサソリは興味関心と魔法少女会いたい欲求を制御できず、単身地球に飛び込んだ。
獅子にとっては大誤算である。
余計なことをしやがってと唸りながら、今更軌道修正を測るレオード。諦めなよと肩に手を置くタレスをいつもの倍強く殴って床に埋めて、思考を巡らせる。
幸い魔法少女と険悪な関係にはならなかったようだが。
それなりに無神経で自分本位の共犯者が、なにか地雷を踏んでいやしないか疑ってしまう。日頃の行いだ。自分にどれだけ信用性がないのか、タレスは胸に手を当てて深く考えるべきである。
「だだ、大丈夫。ちゃんと、あの兄妹以外にも話の通じる異星人はいるって認識してもらえただろうし…」
「ありがとよ!テメェみてぇな陰のバケモンが耐性のねぇニンゲンに会いに行くのは不安でしかなかったがなァ!!マジで自重しろよテメェ」
「バケモノ扱いは酷くない!?」
「おっじゃあ擬態解けよ」
「さーせんした…」
取り敢えず満足するまでタレスをしばいて、レオードは深い溜め息を吐いた。
「……まぁ、今以外に行くタイミングはねェ、のか?」
「そう思うよね?いやぽきも悩んだんだけど、魔法少女がこっちに来てる間にチキュウに行ったら、不在時にぽきに攻め込まれたみたいな勘違いされそうだし……それなら、内ゲバも終わったらしいあのタイミングしかないなって。うん。今しかなかった。ぽき悪くない」
「自分で正当化するんじゃねェよ。そういうのは第三者が判断するもんだ。俺とかな」
「第三者…?」
「はじめまして」
「そこから!?」
購入した“布教用”を執務机の上に並べるタレスを力強く睨みつけながら、レオードはまた、深い深い溜息を吐く。そろそろ執務室の空気がレオード産の空気だけになりかねない。嫌がったタレスは即換気した。殴った。
そんな一コマがありながらも、芸術品のように執務机に並べられたグッズに、さしものレオードも感嘆とした声を漏らす。
「確かに精巧だな……職人泣かせか?」
「クラフタル星人が仕事放り投げちゃうかもねぇ〜。いや彼らもすごいんだけど、日本人がその遥か上を行ってる。魔法少女に対する熱量がすごいんだよね…」
「キメェ」
「やめい」
ちなみに、敢えて推しを作るならば、レオードはリリーライトを選ぶ。選ばれた強者であり、一回死んだ程度では諦めない不屈の精神、そして勝利を掴んだ実績……彼女の全てに惹かれるのもあるが、ズーマー星人は元より強者に惹かれる生き物。名実ともに地球最強である希望の勇者を選ぶのは無理もない。
ムーンラピス?はて。恐怖しか湧かないが。
流石のレオードも残虐無慈悲の魔王を推しにするのは、例の皇帝の存在もあって無理だ。
タレスにとっては最推しだが。
真逆だった。
『マスター、そろそろお時間です』
「おっ、とぉ……そーいや、もうそろカリプス氏の報告を聞く時間ですな」
「ここですりゃいーだろ。シャウラ、テメェらの船はまだもつのか?今のうちに燃料の補充くらい済ませとけ」
『ありがとうございます』
「おう」
人工知能シャウラより、地球に潜伏している同星達との定期連絡を思い出して、タレスが急ぎめに画面のセットや通話の準備を始める、その傍ら……
なにかを思い出したように、タレスが呟く。
「あ、そろそろ来るってさぁ。魔法少女」
「……それをもっと早く言えよ、バカが」
軽い一言にレオードは何度目かの拳を魔法少女オタクの脳天に突き刺した。
叛逆者たちの運命や如何に。
꧁:✦✧✦:꧂
───某日、潤空がアリエスの悪夢改造を始めた真夜中。
カリプスたちが潜伏する廃墟、その最奥と繋がっている宇宙船にて。
「はい、UNO」
「んなっ、はァ!?おかしいだろ!?」
「残念だったね〜www」
「チッ、クソが!」
「言葉遣い♡」
「おクソですわよ〜!!」
「あはぁ↑w」
ミロロノワールの中の人、鏡音晶は、異星人と負けたらお嬢様言葉縛りのルールでカードゲームを嗜んでいた。
今のところ、経験値で全戦全勝。
陽キャとして遊びまくった地球人の面目躍如、異星人を全員お嬢様に作り替えた。
勿論、ダビーとナシラはもうお嬢様である。
所作も完璧だ。
「お姉様、次は何をして遊びますの?」
「テーブルゲーム、いっぱい、持ってき、ました!」
「おっ、ナーちゃん日本語上手になってきたね。んじゃ、バックギャモンでもやろっか。ワタシ、このゲームのことあんまり知らないから、公平性はあると思うよ?」
「絶対ぶちのめしますわ」
「お嬢様はそんなこと言わない……ッ!」
「知らねーですわ〜」
ここ数週間の地球生活で言語機能が著しく発達し始めたナシラの頭を撫でて、早く早くと再戦を申し込むダビーも頭を撫でて諌めて、敵意マシマシのカリプスに解釈違いを叩きつけて……捕虜となった晶は、何処ぞの羊同様だいぶ捕虜生活を満喫していた。
退屈しない環境。情報収集で昔話をせがんで、異星人が地球に恐怖すること数回。それを間近で見て、敵対意欲を削いでいける裏工作。寝たい時に寝れて、捕虜なのに遊ぶことも許される。傷つけられることはなく、悠々自適に、やりたいことをやって日々を過ごす……
最高だった。
日中は日雇いで金を稼ぎ、夜中は外で情報収集に勤しむ過密労働をこなしている異星人たちも、息抜きかなにかで晶に話し掛けに来ることが多い。
晶は晶で、皆が不在の間は廃墟拠点の掃除や節約料理の下拵えをするなどで暇を潰していた。
逃げるつもり?
皆無である。
「地球調査、どう?」
「お前に語ることはない、と言いてぇところなんだが……欲しい情報は粗方集めれたな。この星はインターネットも発展してたから、情報収集は容易だったぜ」
「図書館、行きたかったですわ」
「主、お嬢様」
「……ですわ〜!」
「フッ…w」
取ってつけたようなお嬢様言葉に笑いを堪えて、それを忘れずに指摘したナシラの頭を優しく撫でて褒めながら、晶は異星人との交流を深める。
敵対関係も、捕虜と捕獲者の構図も全部取っ払って。
仲が深まれば深まるほど、敵対する時に迷いが生じる。地球人と異星人、異なる星の敵対構図にも、その理論は、甘えた考えは通じる……あのアリエスを見て、晶は一先ず楽観的にそう考えた。
恋愛ゲームで云う攻略中である。
そして、ダビーとナシラが攻略済みなのは最早言うまでもない。
「そーいや、あのオタクくん、地球に遊びに来てたね〜。まさか買い物だけして帰ってくとは……いや、ロボットで侵略ごっこもしてたけど」
「やる気が足りねぇんだよな、あいつ」
「ご主人様、お嬢様言葉」
「この罰ゲームそろそろ辞めにしませんこと〜?いい加減疲れましてよ!!」
「無☆理」
話題転換の度にお嬢様言葉を忘れ、味方の筈の召使いに指摘される。その屈辱にカリプスは屈辱に歯噛みするが、晶たちは何処吹く風。
楽しければそれでいいの精神である。
……その考えが裏目に出るとは、誰一人として、欠片も思っていなかったが。
その後も、楽しい罰ゲーム付きのバトルを繰り広げて、晶は着々と勝利を積み重ね。
カリプスを徹底的に虐めぬいて満足した。
「はい勝ち〜!」
「クッソなんで勝てねェんだよですわ!」
「ご主人様は雑です!もっと淑女らしさを身につけなきゃ生きてけないですよっ!」
「んや馬鹿な。無くても生けてけるわ」
「発音がお嬢様じゃない。やり直し」
「ククッ、面白いな。ゲームとは言え、約束はしっかりと守らねばならぬぞ。もっと精進しろ、カリプス」
「うるせぇーですわ〜」
「言われてんじゃーんwww」
「……」
「……」
「……」
なんかいる。
バッ!と全員の視線が向いた先。囲んでいるテーブルの空いた席に、ここにいてはならない存在が座っていた。
蛇の尾が視界にチラついた。
「やぁ」
朗らかに手を挙げる美青年が、そこに。
「「「「わぁーーーッ!?」」」」
皇帝がいた。
꧁:✦✧✦:꧂
『───もしもしもし!?おい聴こえてんのかクソ陰キャハゲクソ野郎ッ!!』
「禿げとらんが!?てか二回クソって言った!?」
「言ってたなぁ。将来が楽しみだぜ」
「やめろォ!?」
『ッ、レオード、テメェもいるのか……まぁいい、悪ぃが緊急事態だ』
「あん?」
「え?」
突然の遭遇から数分後───焦ったカリプスの報告に、2人は度肝を抜かれることとなる。
その報告とは。
『……陛下が、ミロロノワールを連れて行きやがった』
囚われのお姫様。
「はぁー!?」
「……マジか」
“廻廊”の魔法少女ミロロノワール。仲間より一足早く、宇宙行き。
詳細は明日!