172-枕の所有権を主張します
夜会の後。所帯染みた家事諸々を終わらせ、時計の針が深夜を回った後。漸く寝る支度を済ませて、鍵のかかった寝室の扉を開く、と。
なんかいた。
「なんでいるの…」
「え、えへへ……その、レオードの悪知恵で、鍵開け術は習得済みっていうか」
「仲良いな本当」
アリエスだった。
人様のベッドで既に待機済み。こいつ、枕としての自覚ありすぎでしょ。将星の意地とかそーゆーのどこいった。最初からないとか言うなよ?
今度から寝室の鍵は魔力紋認証にしようと決めながら、クローゼットに干し終えた私服を片していく。年がら年中魔法少女コスではいれないからね。流石の僕も私服ぐらい着るさ。
「もうぬくぬくですよここ」
「準備いいなぁ〜…」
部屋の電気を消して、枕を抱えるアリエスを抱き締めてベッドに寝転ぶ。最近は、これが一番よく寝れる体勢……だと思う。思いたくないけど。
……そっか、宇宙行って全部終わったら、アリエスともお別れなのか……
ちょっと寂しいかな。いや、恋しくなっても攫って枕にすればいっか。僕ってば天才?
……若しくは、死んだことにして監禁するか。いやでもそれは、ちょっと申し訳なさが勝つ。戦争状態とはいえ、その後も拘束する程、僕の良心はあくどくない。
こいつにもこいつの星があって、守るべき民がいる。
……帰ったら帰ったで、不在時の作業とかがいっぱいでてんてこ舞いになりそうだな……そこら辺どうなってるんだろう。
「ふぅ……あっ、そうだ。寝る前に一つ、やりたいことがあるんだけど……ちょっと付き合ってくれる?寝ながらでいいからさ」
「いいですけど、なにを?」
「ユメの話をしたくて、ね」
「?」
僕たちの宇宙攻撃の要は、アリエスの“夢渡り”。どうも概要を聴いた感じ、夢の世界とはいえ結構な危険に満ちている様子。人と人の夢の隙間を通り抜けるんだ。そりゃあ夢の内容次第で生還率は左右されるだろうね。
勿論、脅威は【悪夢】だけじゃない。
僕たちだってよく見るけど……落ちる夢とか、なんだか人生終了しそうな夢とか、謎の大失敗してる夢とかを見るわけじゃん?そういうのを見てる人の夢に入ると、僕らもその夢の世界に振り回されるらしい。落ち続けて通り道に戻れない、そのまま落下死、なんてこともザラにあるとかなんとか……いやリスクありすぎでしょ。
他にも、性格とか倫理観が終わってる人の夢に入ると、残虐な非道に巻き込まれて死ぬとか。それは【悪夢】には分類されないっていう罠。
怖いよね。そう、怖いからね。
予め、ね?
「“夢渡り”の予行練習とか、アリエスに【悪夢】の耐性をつけてもらおうかな〜、とか、色々考えててさ」
「えっ、ええ!?前者は兎も角、こ、後者は……」
「大丈夫、僕を信じて。最悪死んでも、先輩たちみたいに復活させるから」
「……そっちの方が役得とか思ってないですよね?」
「半分ぐらい」
「めぇ〜!」
夢と夢を渡る感覚は、正直言って未知だ。エーテたちは決戦の日に体験してるみたいだけど、生憎と僕は未経験。今のうちに体を慣らしておきたい。
あと、僕らと違ってアリエスはまだ【悪夢】に弱い。
悪夢の世界である魔城で暮らしてる関係上、ある程度の耐性はつけれたみたいだけど。正直、苦手な世界にずっと閉じ込めてたの、今更ながら非道だよね。よく発狂せずに順応できてたと思う。“夢渡り”の特性で慣れてたのかな?
そんなことを言ってれば、当人も今更「あっ」と魔城の在り方に気付いたらしい。
遅くね?
「私って、すごい…?」
「はいはいすごいすごい。それじゃ、やるよ」
「あっ、やめっ」
「問答無用」
取り敢えずアリエスを【悪夢】に浸すことにした。割と極悪非道な気がするけど、耐性がつきつつある今のうちに身体を完成させる。こっち側に染め上げてやる。
最悪、他の宇宙人が入って来れない【悪夢】を突っ切るショートカットを選ばなきゃいけなくなる可能性も念頭に置く必要があるんだ。
やって損はない。
本人には選択の余地がない、強引にも程がある人体実験だけど、どうか、許して欲しい。
……別に、悪夢色に染め上げてしまえば、あっちで排斥されてこっちに残るしかなくなるんじゃないか、なーんて悪いことは考えてない。
死んだことにするよりタチ悪いな…
控え目に暴れるアリエスを強く抱き締めて、ゆっくり、害にならない程度にユメエネルギーを注ぐ。一瞬、身体が強ばったけど……まだ平気か。
この調子で、身体を悪夢に慣らす。
勿論、精神も。
「っ、っ…」
「……僕のこと、信じて。絶対、死なせないから」
「っ、はいっ…」
「いい子」
信頼されたもんだ。その信頼には、ムーンラピスの名に誓って応えよう。徐々に徐々に【悪夢】に慣らして、僕の仲間であることを身体に教えこんでやる。
……なんかエッチだな…
んんっ、取り敢えず。拒絶反応出して、身体が破裂とか爆散する前にやめにす……今、やめにした。
今日はこれでいいや。
「明日もね」
「にに、逃げ出したい…」
「僕の部屋で待ち構えてたのが悪い」
「うぅっ、慣れって怖い……」
「それな」
腕に走る黒色の痣……のような模様を撫でて、治癒して元の素肌に戻してやりながら、背中を摩って寝かしつけてやる。僕はスペシャリストだからね。普通は無理だけど、【悪夢】を知り尽くした僕だからできるユメの支配。
【悪夢】に染めるっていっても、見た目は変わらない。
異形になっちゃうからね。ちゃんと可愛い女の子のまま僕の手駒にするさ。
「ふぎゅぅ……ゆ、許しません。絶対にぃ」
作戦的にやらないわけには、ねぇ?ごめんって。今度は痛くなんないようにするからさ。
……でも、これでマーキング擬きはできた。
オマエは僕のモノだ。
落ち着いたのか、息を整えてモゾモゾと動くアリエス。結構くすぐったい、かな……“夢渡り”の予行練習は、また今度でいい、か。
ちょっとお話して、もう寝よう。
明日も早いんだし。
「……ねぇ」
「? はい、なんですか?」
「これからオマエは、皇帝サマとかを裏切るわけだけど。心情的には、どう思ってるの。これから、どうしようとか考えてるの?」
“夢渡り”をして僕たちを宇宙に送り込めば、アリエスは戦犯扱いされるだろう。敵の首魁を、つまり僕を送り込むなんて所業、あっちが許すわけもない。
……かといって、僕が“夢渡り”をするわけにも、ね。
アリエスがやったっていう、ズーマー星人という代表の一人が、地球についている……捕虜になってるとはいえ、その建前が今は欲しい。
勝てば官軍だけど、それはそれ。
……結構前に聞いてはいるけど、また聞いておきたい。心変わりしていないかどうか。
「そう、ですね……陛下に逆らう恐怖は、やっぱりまだ、あります。それに、将星に選ばれた身として、こんなこと言うのは、どうかと思うんですけど……私、大分皆さんに絆されちゃいまして。引き際も、見失っちゃいました」
「……すっごいマヌケじゃん。よく将星になれたね?」
「ちょうど空きができたのと、レオードとカリ兄さんが、その枠に私を推薦してくれて……その資格があるかどうか試された時も、なんとか頑張って」
「やることはちゃんとやったわけだ」
「はいっ」
全部本音だった。心を読んでも、その思考は変わらず。外部から裏切りの司令も、なにもない。アリエスは、ただ本心でここにいる。僕の傍にいることを許容している。
……僕もかなり絆された。どうか、そのままアリエスに裏切られないことを祈るとしよう。
アリエスの望みは、故郷が平穏であれば全てヨシ。
魔法少女との戦争で勝っても負けても、アリエスの星が波乱に巻き込まれるのは変わらない。というか、僕たちが夢を渡る関係上、絶対に巻き込んでしまうのだけど。まあ仕方ないよね。予定では、アリエスの補佐官?だか味方になってくれるヤツの夢に入って現出するんだし。巻き込みするのは致し方ないってわけだ。
……事前連絡とかするべきじゃね?とは思うんだけど、情報が漏れるリスクは無視できない。
菓子折り持ってこう。何族だっけ?鹿せんべいで許してもらえるかな?
「ここでの生活も、その、やっぱり楽しくて……私たちが統括する星だと、どうしても政治メインと言うか。あまりのびのびできなかったので」
「えー?自分の星でこそ、悠々自適に過ごすべきでは?」
「うーん、でも、仕事重視になっちゃいます。私、こんな也でも統治者ですから」
「そういやそうだったな……普段めぇめぇ鳴いてるせいで実感なかったわ」
「ぐすん…」
……まぁ、こいつの辛そうな顔を見ること自体、あんまなかったから、充実していたのは確かなのだろう。ただ、 彼女の母星とやらに不安が芽生えるが。なん、なんだよ。そんな切羽詰まってるの?大丈夫?今君抜けてる状態なのわかってる?経営破綻とかしてないよね?
心配になってきたんだけど……大丈夫?夢渡ったら既に滅ぶ寸前です助けてとかにならない?仮になってても僕は見捨てるよ?
「そこは安心してください。私の補佐官、シェラは優秀な為政者なので。私がいない数ヶ月、きっと星の運営を然と真っ当してくれている筈です」
「謀反されてないといいね」
「そんな度胸ある鹿じゃないです!」
「お似合いだね?」
本当に大丈夫なのかこいつの星……今更ながら、すごい不安に駆られる。僕たち、君の補佐官の夢を目当てに宙に突撃する予定なんだけど?そいつの夢を起点にする予定、今のうちに取っ払った方がいい?
……まぁ、いいか。ダメだったとしても、物理で解決。黙らせてしまえばこっちの勝ちだ。
だからね。
「裏切ったら達磨加工して抱き枕にするから」
「ひゅおっ……いやです何それ怖いです絶対裏切らないの誓いますから想像するのもやめてくださいッ!!本当っ!ひつじちゃん嘘つかないッッッ!!」
「必死すぎてウケる」
「当たり前ですよぉ!!」
「あはは」
やっぱり、真面目くさった顔してるより、プルプルって怯えてる時の方が、僕は好きだな。
すごいいじめたくなる。
命と尊厳の危機にぎゃーぎゃー喚くアリエスで遊んで、満足して寝た。寝心地はよかったけど、今更になって王を裏切る恐怖がぶり返した抱き枕が震えててウザかった。
キッパリしろ。オマエはもうこっち側なんだから。
絶対にニガサナイ。




