14-知らぬ間に崩れる悪夢
新世代の魔法少女によるvsアクゥームの戦績は、負け星ゼロの常勝記録を飾っており、こちらから微々たる調整を加えているとはいえ随分と羨ましい結果になっている。
死にかけ一歩手前で部位欠損も日常だった当時と比べてかなり幸福だと思う。
うん、まぁ……見知った子が痛みで苦しむ様は、あまり見たくないしね。
とはいえユメエネルギーの収拾は順調。うちのリデルが自衛できるまでは元の力を取り戻せる……その程度までは集めることができた。
三銃士様様だね。後で特別ボーナスをあげよう。
……さて、そろそろ本題に入ろう。
「もっとユメエネルギーが欲しい、だー?」
「うむ。まるで足りん」
「自衛はできるだろ。襲われても並の軍隊程度なら夢殺しできる程度には」
「そんなんで満足できるとでも?」
「なんとでもなるはずだ。頑張れ。僕は君の成長を心から応援している。じゃあな」
「殺すぞ」
肩車を強要するロリ女王、リデル。青い髪を食んでまで要求すんな。濡れるだろうが……やめなさい。わかった、わかったから!なんとかするから僕の髪をしゃぶるな!!
ッ、はァ……うわっ、ねちょってしてる……
「では、頼むぞ」
好き勝手言いやがって……元魔法少女こき使ってそんな楽しいか???
そんな経緯もあって、僕は今、アクゥームの製造工場で足りない知能を振り絞って考えている。ユメエネルギーをもっと集めるには、より強いアクゥームが必要だ。
人々の応援の感情、魔法少女の希望、そういった明るい正の魔力も含めて現段階では収集しているわけだが。
かつてのように、悪夢や悪感情といった負の魔力のみを集める方向にシフトして行ってもいいのだけど……まだ、その手段は選べない。
そういうのは困窮時にやるもんだ。今はまだ大丈夫。
さて、ではどうしようか。ただアクゥームを強化すれば済む話ではない。
「確か古文書が……いや、その前に。結構前に前身連中が素材として狙ってた子がいたな……どんな理由だったか。あークソ、消し飛ばした寸前の遺言だったか……ちゃんと聴いとくべきだった」
魔法少女現役時代、人間を殺すのではなく捕まえようと画策していた怪人がいたのだ。旧世代の三銃士の一体で、緑色のカエルにチョッキを着せたフットマンってヤツ。
やたらデカいしやたら臭いし、やたら煩いしで心からの罵声を浴びせた記憶がある。
そいつを逃がさず仕留めた時に、悪夢の強化素材だとか言ってたんだよな……
なんだっけ……せ、なんちゃら……悪夢……て、て……あっ!
「潜在的悪夢適合者!」
古文書でチラッと見たことあるかも!!
確か、人間の中に悪夢を育むだか成長させるだか、その適性がある存在がいるってやつ!リデルの手で蘇生した後なにげなーく読み流したけど、あれさては重要なのでは?
思い至れば即行動。確か禁書庫にあったはず!
転移魔法を駆使してラボスペースから移動。最高幹部と女王以外立ち入り禁止のその部屋で、本漁りを再開。
宙にぷかぷか浮く魔道書や燃やした方がいい禁書等には目もくれず、目的の蔵書を本棚から引っ張り出す。脳みそ死んでるけど、記憶力には自信があるからね……
確か、この辺に……んんっ、違う!背表紙が似てるけど違う!!
「あー!!!ねェ!!!」
自力捜索諦めて探知魔法使いまーす!!!あんま魔法に頼りたくなかったけど、これはもう仕方ない。そう自分に言い聞かせて魔法を行使。
あっ、クソだわこの魔法。
視界に点々と散らばる光が収束しては霧散する、つまり全然機能してないゴミになっているのが把握できた。何故どうして。
……ぐぬぬ、自慢の力作が機能不全……ショックだ。
再び仕方なしと諦めて、自力で探すことに専念する……クソ、前もって読んだ本には印をつける魔法とか作るなり使うなりしてればよかった。
そうすればこの百万の本の山から一頁を探す必要なんてなかったのに。
「ふぅ……冷静になれ、僕。大丈夫、きっとある……」
その後も捜索し、禁書庫に充満する気持ち悪い魔力とか瘴気とかを浴びながら……
苦節六時間。
「あったー!!!いだっ」
迷宮みたいに入り組んでいた本棚の奥の奥、普通見ない陰の位置に落ちていた、紫色の古びた本を発見した。
やった、やった……がんばったよ僕……つかれた……
感動で足が縺れて本の山に潰れたけど、なんとか生還。努力は裏切らない。継続は力なり……流石は僕は、やればできる子。
回収できま古文書を手に、片っ端から解放した封印やら障壁やらを元通りに。放置してくと脱走して、この城から庭園の外まで飛んでってヤバいことになるからね。
再始動までのうちの一年は散らばった禁書の捜索に割と時間かけてた……なんてのは、内緒だよ?
流石に面子が立たない。三銃士には話せないよ。
だって、僕が一回庭園ぶち壊して滅ぼしたから、ここの禁書が世界中に散らばったんだぜ?流石に焦って後始末に励むよね。
……さて、読むか。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………んんっ、はァ」
ダメだ、翻訳魔法使わないと読めねーや。やめよっかなこの仕事。
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“お茶会の魔人”マッドハッターが禁書庫で本に埋もれて早六時間、翻訳魔法で地道に文書を読み解く……かつてはある程度読めていたのは死から蘇ったばっかであの世との距離が近かっただけ……その期間、城内ではちょっとしたアクシデントが起きていた。
家事掃除洗濯の全てを担っている帽子屋が不在の今。
お目付け役がいないのをいいことに、無能な幹部補佐が暴走した。
「ハンバーグを作ります」
「やめろッッ!!」
「だめ…だめ……おねがい……」
「死んだわオレら」
「死んだな」
既に黒煙を上げている台所の惨状に見て見ぬふりをする男性陣と違って、リデルとチェルシーはダークマターしか作れないメードを止めんと必死になっている。
IHなのに黒煙。何故。これがわからない。
リデルが物理で殴り掛かるが抱っこ紐に縛られ失敗。
睡魔を引き起こす魔法や睡魔を押し付ける魔法を巧みにぶつけるチェルシーだが、メードは器用に細かく転移して回避回避回避。
最終的に口へ梅干しを撃ち込まれ、あまりの酸っぱさに顔を潰した。
強敵の妨害を乗り越えたメードは、今度こそと自信満々気力漲る勢いで調理を開始。視界の片隅に立ち昇る黒煙はコラテラルダメージ。料理成功の一押しでしかない。
そう信じてやまないメードは、周りの静止なんぞ一度も目をくれず……
「すっぱぃぃ…」
「ぐぬぬ……」
「あーあ」
「もう終わったなここ」
「さよなら」
床に倒れる女子2人を介抱するペローとビルは、早々に諦めて辞世の句を読んでいる……なにせ相手は自信だけはやたらあるメイドだ。一度走り出したら止まらない。
普段は制止役がいるが、何故か今日はいない。
書き置き一つなく行方を眩ませた最高幹部兼お母さんがいない今、メードを止められる者はいない。
尚、今この場で「やらかした」と本気で焦っているのはリデルである。なにせ数時間前に共犯者に色々と要望命令押し付けてきたばかりなので。
バレたら責任問題で玉座から振り落とされる。
なんとか誤魔化す方法を模索しながら、ユメエネルギー過剰供給を目論んだ過去の己を恨む。相手が元魔法少女で夢の世界の知識も少ないから、自分で調べさせて理解度をより深めさせようと思って助言もしなかったのは、本当に痛手であった。
……何故新しい配下たちは魔法少女との戦いよりも悲壮なのか。ここまで危機感ある調理風景を見せる元死体も、なかなかないと思う。
そう若干の諦めで項垂れながらも、リデルは特攻覚悟で無能メイドを止めに駆けた。
跳ね除けられてボールのように弾んだ。
「なにこれ……」
古文書解読から戻ってきたマッドハッターが、倒壊した魔城と床に埋まっている女王、黄昏ている配下たちを見てメードを正座させるのは、それから一時間後。
悪の組織の本拠地は、魔法少女の知らぬ間に壊滅した。