166-宙の上との交信
温泉での接触から、一夜経って。
特に細工もせずに3人を逃がした僕は、買ってきた本を読みながらココアを啜る。いやまぁ、戦略的には何かしら仕掛ける必要があるのはわかるんだけど……平和気取りのバカ共に批判されるだろうとも思ってやめた。
敵意のある時なら兎も角、日常でそれをやるのはただの虐殺犯。そんなこと言われたくないよ僕。
……先輩も言ってたけど、子供を相手に本気になるのは違くない?ってのはわからなくもない。ほぼ確実に僕より年齢上だけど。地球人ってさ、宇宙規模だと犬猫みたいな寿命だよね多分。
飼育はやだな…
ちなみに今読んでるのは「サウナに負けない」っていう文庫本だ。
「ノワール先輩は大丈夫だったの?」
「五体満足で子供あやしてたよ。あいつ、あの也には輪に溶け込むのが上手いんだ」
「うーんと、世渡り上手、ってやつー?」
「そうそう」
魔城にある図書室で、珍しい奇書があったら読みたいと頭を下げてお願いしてきた蒼生ちゃんと、勉強から逃げて遊びに来たきららちゃん、当然の如くいる明園姉妹を横に会話する。もう平気な顔して異空間に来るのね君ら。
……ちょ、その本読むの?毒々しい表紙だけどそれ。
なんて題名?えーっと、「正攻法にしか見えない卑怯な反撃のやり方」?あの、えっと……なに?誰かに酷いことされたの?
「蒼生ちゃ…?」
「……この前槍術大会で戦った相手がクソ野郎で。この際毒殺でもしようかなと」
「やめようね、僕が代わりに殺しとくから」
「ダメだよ?」
「やめてね」
「はい」
魔法少女が手を血に染めるのはよくないからね。そこで僕の出番ってわけ。一回はほーちゃんを手にかけた実績があるから、もう二度目も三度目も変わらんよ。
……私だけを殺して欲しい?なんだこいつ……そこでも独り占めすんの?
あっ、宇宙人は非人間だから殺人判定外ね。死ねどす。
取り敢えずなんか嫌なことがあったらしい蒼生ちゃんをみんなで宥める。よーしよしよし、大丈夫、槍の達人でも魔法少女には勝てないからね、相手しなくていいんだよ。耐久力も段違いなんだから。そもそも魔法少女になったら生身のパワーも上がるから負けやしない。魔力の影響とか色々作用するんだってさ。
人体改造だよもう。
「暫く動かないの?」
「いつ宇宙に攻め込むのかしら、先輩。こっちはいつでもいいわよ」
「そう急かすな……今はあっちの動きを待つよ」
「ふーん?」
「そっか」
血気盛んだなぁ。気持ちはわかるけど。まだその時じゃないんだよ……時期尚早ってヤツ。あっちが動いてから、特に今潜伏してるヤツらの動き次第で、ニフラ……えっとなんだっけ、えー……そう、ニフラプトゥーの動きとかも変わると思うんだよね。
カリプスの独断ってことではないだろうし。
一応、繋がってはいる筈、だよね?あの性格のことだし報連相はできてるでしょ。ライオン丸に付き従うだけとかできないでしょ。全部憶測だけど、読み違えてはない……と思いたい。
「……地球に固定砲台作って、宙にバカスカ撃ち込めたら楽なんだけどなぁ」
「大惨事の予感しかない」
「お姉さんならできるだろうけど…」
「やめてね」
「こわ〜」
満場一致で却下された。ダメかぁ……んじゃ、大人しく宇宙船探しでもするかぁ……
見つけ次第ぶっ壊してやる。
鹵獲?するわけないじゃん。
いらないもん。
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ところ変わって、夢ヶ丘の廃墟地帯。異星人の監視下にある魔法少女、ミロロノワールこと鏡音晶は、今。傍目に見れば捕虜とは思えない待遇で暇を持て余していた。
時刻は夕方。ダビーとナシラ、カリプスは既に帰宅し、いつもの廃墟でダラダラと本を読んでいる。
三人揃って日本語学習帳を片手に勉強していた。
大変勤勉な異星人である。機械的・魔法的な言語翻訳に頼り切りにはならないようだ。これには晶も諸手を叩いて勉強を手伝った。暇なのもあるが。
ちなみに晶は勉強を苦に思わないタイプである。または無関心。
「……もうこんな時間か」
「今日は何食べるのー?カップ麺?」
「あれ美味いよな。持ち帰りてぇぐらいだよ。夕飯はまぁコンビニでいいだろ」
「なーる」
すっかり場に馴染んでいる。捕虜というよりは地球潜伏監視役である。
「さて、と。ノワール、ちょっと来い」
「うん?」
召使いたちが勉強道具を片付けている傍ら、カリプスが立ち上がって動きを見せる。ちょいちょいと指を動かして晶を呼んで、ついてくるように促す。
素直についていく晶は、背後にダビーたちがくっついて身動きが取れないことに気付くが……これといって逆らうことはしない。何処に連れていかれるのかわからずとも、利用しない手はないと。
廃墟の中を歩く。
「どこ行くの?」
「……お前、俺らの宇宙船がどこにあるか、気になってただろ?」
「おっ、目敏いね〜。ってことは?」
「連れてってやるよ───ちょうど定期報告のタイミングだから、な」
「!」
そうして案内された先。廃墟の最奥で、晶は不可思議な魔力の流れを視認する。その気配は何処か見覚えがあり、少し考えてから、自分が持つ鏡魔法のある特性と一致していることに気付く。
無機質なアスファルトの部屋。窓もないその扉の奥が、歪んでいると。
「転移魔法…」
「いつもは閉じてるんだが、今回は移動するからなぁ……こいつを下手に開けっぱにしてると、お前らのボスにすぐ気付かれちまうだろう?」
「あ〜、多分、残滓とかそこら辺照合してくるの、すごい思い浮かぶわぁ〜。ちな、この少しの開け閉めで察知すると思うよ」
「怖ぇ」
小部屋に足を踏み入れた瞬間、視界が玉虫色の光に一瞬染まって、一転する。転移時特有の揺らぎに身を任せて、少し身体を慣らしてから目を開ければ。
景色は一変、SFチックな空間がそこには広がっていた。
機械類は最低限のみ置かれ、モニターが爛々と輝く……流線美の空間。物珍しげに彷徨わせた視界は、そこが既に宇宙船の内部であると同時に、自分が何処にいるのか漠然と脳に理解させる。
何故ならば、船体から覗ける、小窓の向こう側に───広大な宇宙の星空が、広がっていたから。
いつの間にか、晶は地球を脱していた。
完全に、敵の自由が罷り通る境界線を越えたことを自覚する。
「ほぇ〜」
内心冷や汗を掻きながら、晶は機械を弄る異星人たちを後ろから見守る。矢面に立たされるのか、転移であちらに連れて行かれるのか。
いやな憶測を邪推しながら、無言で待つ。
今更ながら湧き上がってきた緊張感に、なんだかなぁと首を傾げた。
「今から通話を繋げる。ノワール、お前は俺が呼ぶまで、若しくは話題に上がるまで出てこないでいい」
「そんな緩くていーわけ?てか、相手は誰?皇帝サマ?」
「いや、同僚だ」
コンソールを作動させて、また暫く弄った後……画面が大きく揺れ動く。
そして。
『───ハイドーモ。ぽきだよ〜。カリプス氏〜、そこにいらっしゃいますかぁ〜?』
「そのキモい喋り方なんとかならねェのか?」
『酷す』
青い画面に映ったのは、十二将星の一座、“魔蠍狠妖”のタレス・スコルピオーネ……ボサボサの銀髪を伸ばした、褐色肌の陰気な異星人が、ジャージ姿で現れた。
あまりにラフな格好に、晶はそんなんでいいのと宇宙の常識を疑った。
宇宙全体の科学文明の発展に大きく貢献し、この隠密用小型宇宙船を作り上げた、技術畑出身の凄腕将星は、彼の親友である獅子の企みに賛同して、通話を繋げている。
そうして、2人の情報共有……カリプスの集めた情報を提出する。
『で、魔法少女どだった?』
「強かったぜ。まぁ、直接相手したのは一回だけだし……稽古みてぇな感じでこいつらがやったんだがな。それも、あの復活者たちと」
『復活者……蘇った戦士たちかぁ。魅力的だねぇ。ぽきも再現できたりしないかなぁ』
「領分的には俺だけどな」
『そかそか』
主に伝達するのは魔法少女……ではなく、地球の情勢や文化、環境について。星の最高戦力である魔法少女の話はタレスが急かすから多く伝えるだけだ。
星間戦争の主流は破壊と殲滅だ。
タレスのような穏健派()の、惑星の文明を生かす計画はあまり重要視されない。全部ぶっ壊して、生き残ったのが広められる。なまじ、それが今まで成立していたのだが。タレス的には、ハイスピードで消滅していく文化の数々に嫌気が差し、どうにか新しいアプローチで侵略を成功させ収集癖を満たそうとする考えができていた。
惑星交流や、事前調査で文化を調べるのもその一環。
皇帝とそのシンパが行動に移す前に、なんとか平和的に取り込みたい……なんだかんだ皇帝様が楽しみにしている魔法少女との戦いは、銀河圏外で行って欲しい。
……タレス的にも魔法少女の戦いには興味がある。
先日カリプスが撮影した決戦ムービーを見て、より癖が刺激されていた。
『魔法少女アイテム欲し〜。グッズ欲し〜。他のアニメのあれこれもなにもかも欲し〜!』
「強欲だなァ、おい」
ちなみに言うともう二大最強の強火ファンである。自作グッズは既にある。
『……それにしても、やっぱり【悪夢】は【悪夢】だね。こんなに強くても死ぬ時は死ぬ……チキュウは特別だって思ってたけど、やっぱそこは万国共通かぁ〜。うん、なになんなの無敵魔法って。次元操作?無限の魔力ぅ?マジでバカなんじゃないの?ロマンのレベルじゃないか…』
「陛下が持った瞬間手が付けられなくなるよな」
『……待って?えっと、月の使徒様は使えるってこと……だよね?』
「……」
恐れるべき推測に、カリプスはチラッと視線を動かし、超満面の笑顔でサムズアップする最強の同期に思わず天を仰いだ。だって怖いだろう。デタラメ火力の月の魔法に、思うがままの複合魔法、徒手空拳に武器の扱い、最たるは悪夢の支配権。そこまでできる弩級の怪物が一惑星の中に留まっているのは普通におかしい。
最近になって惑星の外に目を向け初めたようだが……
できれば気付かないで、内紛で機能停止してくれた方が戦術的にはベストであった。同胞たる魔法少女が、そんな結末を許すわけがないが。
その魔法少女が持つやさしさに、甘さにも付け入る隙があるが……果たして。
そう頭を悩ませながら、星間通信で直に届けた紙媒体も手に取る。
『……うん?捕虜ゲットしたの?どやって?』
「俺の召使いと、あっちの前時代と賭け勝負して、な……魔法少女の誰か一人でも落とせたら、そいつを捕虜にして持って帰っていいって話にしたんだ」
『えっ、上手くいったの?それで?ちみたちが?』
「はい!頑張りました!」
「努力!友情!勝利!」
『実際のところは?』
「ボロ負けした後に魔法の副産物が運良く脳天直撃して、気絶させられてな」
『はぁ?』
運を味方につけた勝利である。誇っていい。
やられた方はたまったもんじゃないが。痛かったなぁと敗北を思い返しながら、晶は物陰で魔法少女に変身して、画面に映る。
「あっ、おい」
「こんちは〜」
『……ヒョェ、女の子だぁ…絶対陰キャに厳しいタイプの悪役ヒロインじゃん…』
「決めつけ酷くね?」
「悪ぃ…」
自分が話題に上がったからと許可なく画面に入り込んでみれば、初対面の魔法少女が生で動いている光景に、蠍は顔を手で塞ぐ。指は完全に開いているが……
一番のダメージはその性根。画面越しに悪辣さを見抜く心眼は凄まじいモノである。
閑話休題。
突然の魔法少女の登場に、タレスは一旦息を整えてから会話を再開する。
『はー、じめまして。タレスです……お名前を伺っても、ヨロシイでしょうか…』
「ミロロノワールだよ〜。ムーンラピスの同期って言えばわかりやすいかな?」
『ど、同期……ってことはバケモノ…?』
「はぁ〜?あんなのと一緒にしないで欲しいんだけど〜?てか、オタクくんさぁ、なんでヘナヘナしてんの?今までちゃんと話せてた癖に」
『ひぇ……だって怖いじゃん!陰キャは繊細なんだぞ!?カリプス氏っ!なんでこの子拘束してないのっ!なーんで自由に行動させてんのさ!』
「察知されたら怖いだろうが」
『おうぁ…』
オーバーリアクション(素)で恐れ慄いたタレスは、また深呼吸を繰り返して高ぶった気を沈静化。向こう側にいるノワールの性格に辟易としながら、居住まいを正す。
緊張してるのも、卑屈な性格なのも、初対面の相手とは適度な距離感を持つのも、全部見せてしまったけど。
将星としての意地で、魔法少女と画面越しに対面する。
……補足だが、いじめっ子と称されるノワールは、実際そのような悪意を振るったことはない。魔法少女になって本性を露わにして、好き勝手にしていただけである。
なる前から滲み出てはいたが。
一瞬緩みかけた空気を引き締めて、2人は対峙する。
『ふぅ、ふぅ……ヨシ。改めて、将星タレス。是非とも、有意義な時間にしようじゃないか、鏡の魔法少女』
「いーよぉ、よろしくねぇ。青い蠍さん?」
宇宙人との交信は、属性の異なる者たちを通して───今、始まった。