160-生きし夢染めへの挑戦状
───夕刻を迎えた某ファミリーレストランは、人知れず修羅場と化した。
大人数用の机に、一際異色を放つ集団が着席する。
「へぇ〜、人間体もカッコイーじゃん?ねぇ、お兄さん。私たちとお茶しようよ。気兼ねなく、敵意なく、楽しんでお話しよ?普通に、さ?」
天使の輪ができた金髪ブロンドを持つお嬢様が、一切の邪心のない、休暇を楽しむ心をもって異星人、カリプスの警戒を解こうと声をかける。
彼女の正体は、世界で初めて夢の覚醒を会得した者。
“力天使”のエスト・ブランジェ───彼女の真の名は、神取叶華。
「すんげぇ胡散臭ェぞ、その言い方。やめろ?」
ファッションで学生帽を被り、古めかしいバンカラ服で着飾った灰髪の少女は、モデルガンを隣の天使に突き付け撤回させるが、上手く伝わらなかった。
番長気質な彼女は、男心をなによりも大事にする女。
“戦車”のカドックバンカー───その中の人。本名は、王生鉄架。
「君とはいっぱい話したかったんだ。ねぇ、宇宙産のあの呪詛について、教えてくれよ。私も地球の呪いについて、教えてあげるからさ?さ?」
「ヤベぇこいつも乗り気だ……」
前のめりになって物騒な話を急かすのは、あまりに長い紅い髪で目元を隠す、見た目だけは陰気な少女。その口はあまりに饒舌で、その目には色濃い殺意が、人類への強い殺意が未だに燻っている。
危険すぎる!封印すべき魔法少女ランキング!栄えある第一位は、この女怪。
“虚雫”のマレディフルーフ───真名、碑罪祀里。
「か〜わい〜!何この子達〜っ!ねっ、ねっ!お名前は、なんていうのかな?」
「いやです!知らない人には教えちゃダメだって、絵本に書いてあったので!ダビーは口を噤みます!」
「へぇ〜!ダビーちゃんって言うんだ!」
「!?」
言葉巧みに誘導尋問して見せたのは、彼女たちの間柄で唯一身バレしていて、変装を求められる世界最高の歌姫。ピンク色の髪を帽子で隠して、サングラスまでした身分を秘匿する彼女は、この場で一番のムードメーカー。
歌って踊って士気を上げる、彼女は最高のアイドル。
“王国”のマーチプリズ───アイドル名は詩嶺ひかり。本名も、詩嶺ひかり。
偽名は詩羽だ。
「なのです?」
「ですです?」
銀狼ナシラと謎の共鳴しているのは、オーバーオールを着た小柄な女の子。不思議そうに首を傾げ合っているが、彼女はまだ、目の前の少女が敵だと認識できていない。
制限のない機関車を乗り回す、彼女は猪突猛進の車掌。
“汽笛”のゴーゴーピッド───笛吹未来。享年11歳の小学生である。
「……なんか、ごめんね?遭遇しちゃって。ワタシたち、適当にブラブラしてただけなんだけど」
「別に、気にする必要はねェよ……見逃して貰えるだけ、ありがたく思わせてもらうさ」
「うん、食事を邪魔するのはよくないからね」
「……あんたらのリーダーなら、勝手に気付いてこっちに来そうなもんだが」
「確かに」
カリプスとの遭遇に珍しくも謝罪したのは、モノクロのツートンヘアを二つに結んだ、地雷系ファッションの黒いワンピースを上手く着こなす毒舌気味の女の子。
趣味は嫌がらせ、ちょっかい、罵倒、口論etc……尚、最近は負け続きの模様。
“廻廊”のミロロノワール───鏡音晶は、不運にも店で遭遇してしまった異星人たちに、わりと本気で申し訳ない気持ちを抱いていた。
“死せる夢染めの六花”───ムーンラピスの支配下へと返り咲いた魔法少女たちは、なんと、今回を機に変身前の姿へ戻ることを許された。
かつては魔法少女の姿のまま生活していたが……
これからは、かつての人間の姿にもなって、二年経った現代を謳歌できる。
ちなみに彼女たちはパチンコ帰りである。順当にダメな大人への階段を登っている。
いや、大人にはなれないのだが。
「……テメェらは、俺らへの殺意薄いよな。あの蒼いのは殺意割増だったが」
「そりゃ、ワタシたちは特別被害に遭ってないし。悪夢のヤツらだったならぶち殺案件だけど……ねぇ?」
「成程なァ」
確かに、まだ異星人は宙から飛来してばかりで目立った実害は出していない。恨む理由も、まぁ特には。リデルの命が危ういだけで、同士が殺されているわけでもない為。わざわざ殺意を芽生えさせる程でもない。
……地球の平穏の為には、ここは問答無用で討伐すべきなのだろうが。
未だに命令されていない今、わざわざ声を荒げる必要もない。
「ご主人様?」
「……こいつらは魔法少女だ。俺の呪いを無効化したのがそこの紅いのだ」
「キュ!?死の森を!?ですか!?」
「バウっ!?」
漸く相手が何者かわかった召使いたちは、即座に拳闘の構えを取ったが……場所が場所だと、カリプスが静止して難を凌ぐ。落ち着けと肩を叩いて、臨戦態勢を解かせる。
黒堊の魔法を退いたとなれば、驚愕する意外にない。
それぐらい、ダビーとナシラにとって“ヤバい”事実なのである。
「ご飯食べに来たんでしょ?戦わないよ」
「安心しな。食事に毒を盛るとかしないよ。アホバカ……ラピスじゃあるまいし、ね」
美味い飯に誓って、ここでは戦わないと、叶華と祀里は誓いを立てる。その真摯な声色に、2人は渋々受け入れて戦闘態勢を解く。それでも、警戒は解かないが……
晶が手渡したメニューブックに、意識が持ってかれる。
「!」
「肉ッ」
「今日は奢ってあげるよー。臨時収入があったからね……気前よく行くよ」
「いいんですか!?」
「いや、必要ねェよ。俺らにだって金はある」
「一飯の恩だと思ってさぁ〜」
「あん?あぁ、飯を奢ってもらったお礼、恩義を忘れるなとかそういうのか。いや嫌だが?俺にメリットねェだろ、めんどくせぇ…」
「えぇ〜?」
なんでこんなことになったのか……呆れた顔で、堪らず額を抑えて呻く。流れに流されたが……カリプスには最早どうしようもない。
……金に余裕がないのは事実なので、集りたい気持ちはあるのだが。将星のプライドが、敵対者としての意地が、それを許すわけにはいかない。
だが。
「ご主人様〜!」
「ん!ん!ん!」
「……はァ、わかったわかった。なら、好きなだけ食え。こいつらの財源圧迫してやれ」
「いーよ、別に。最悪ラピスちゃんに集るし」
「ウケる」
いっぱい食べたいお年頃の子供たちの目線には勝てず、プライドをへし折って申し出を受け入れた。一応、形だけ頭を下げて礼を告げる。
その横で、子供たちはハンバーグとドリンクバー二つを注文。未来と一緒にジュースを求めて旅立った。
……それからの時間は、まぁ有意義な時間にはなったと言えるだろう。鉄架とひかりにダル絡みされたり、祀里に呪い談義を持ち掛けられ、晶に嗤われ、未来と楽しむ子供たちと、その世話をする叶華にバトンタッチをされ……
女世帯に一人は辛かったが……どうにかしてカリプスは乗り越えた。
「はァ……」
ちなみにハンバーグは美味かった。カリプスも分類では草食だが、別に肉が食べれないわけではない。
美味しいを手放すわけもない。
「ん〜っ!」
「〜♪♪♪」
観光客向けパンフレットを見てから、食べたいと思っていた念願のハンバーグを堪能して。満足気に唸るダビーとナシラは、これまた未来に連れられてドリンクバーへ。
全種類のジュースを網羅するつもりらしい。
そんな子供らしい光景に微笑みながら、コーヒーを一口啜って……カリプスは考える。
絶好の機会だ。食事中も観光パンフレットだけでは到底手に入らない情報を、魔法少女たちに聞いた。聞いたが、まだ足りない。これではただの観光で終わってしまう。
カリプスが本当に求めるのは、魔法少女の情報。
もしくは、歴史。一度死んで復活した生き証人たちから得られる情報は、莫大な資産となる。だからこそ、もっと聴きたいことがあるのだが。
これ以上は無理だとわかる。
故に…
「なァ、ちょっといいか」
「んー?なんだ、潜入のお手伝いはしないよ?」
「そーゆーのじゃねェよ……なァ、明日、うちのガキ共と殺し合ってくれねェか?」
「はぁ?」
その提案に祀里は首を傾げ……カリプスの、否、宇宙の弱肉強食の精神を、再び垣間見る。
彼らの、歪んだ在り方を。否、原初に近い在り方を。
「なに言ってんのさ」
「実践で鍛えてやりてェのさ。お前らと戦えば、今以上にアイツらは強くなれる。それこそ、俺の庇護下にいずとも戦えるようになる」
「……嫌だって言ったら?」
「そん時はそん時だ。武力行使で、無理矢理一戦願うさ。殺してでもな」
「戦闘狂め」
カリプスは、ダビーとナシラに強くなってもらいたい。それこそ、将来的には……自分達将星にも届き得る強さにまで。大きく飛躍して、世界を知ってもらいたい。
閉じられた世界で生きるなど、窮屈で仕方ないから。
魔法少女という、格別未知の存在と対峙して、より上を目指してもらいたい。
地球という環境は、自分の部下を育てるに最適な場所であった。
……殺される可能性は、極めて高いが。
「殺しちゃうかもよ?」
「そいつは仕方ねェ。弱ェのが悪ィんだ。そんぐらいは、俺ら全員分別がある……殺し殺され、生き抜いていくのが俺たちだからなァ」
究極の弱肉強食。勝者こそが正義である世界。それが、魔法少女たちが挑む宇宙の絶対理。
その心構えは、カリプスも、子供たちも共通である。
……暗黒銀河及び周辺を周回する非周期彗星、非合法が無秩序に集まる“ブラックスター”。母星が戦争に敗れて、奴隷に身を窶した異星人が、非合法の品々と共に売られる宙の地獄。そんな悪徳が溢れ返った彗星にあった、とある見世物小屋で哀れにも売られていたのが、ダビーとナシラである。他星に住んでいた同星人、一族の血統は違えど、根源は同じ同胞たちが売られてはいまいか、もし売られていれば、合法的な手段で救出する……そんなことを身分や正体を隠して行っていたカリプスに、助け出された。
後一歩遅ければ、危うくその辺の好事家に買われていただろう。
同種が2人も将星になっている関係上、カリプスは宮は持っているが支配下に置いている種族がいない。
本来なら、そこでアリエスかレオードが管轄する惑星の安全地帯に送り込んで、敵のいない生活を送ってもらう、というのがいつものセオリーなのだが。
どういうわけか、カリプスに恩を感じた二体は、今まで同星に押し付けてきた元奴隷や戦争孤児とは異なり、彼の後ろをいつまでもついて行った。
それこそ、この星まで。
……今ではこの2人を、血の繋がり以前に、娘のように思ってしまう程に。
父親として娘を千尋の谷へと落とすのは、身を守る為の力を手に入れさせる為である。
大事なことなのだ。
「メリットはあるぜ。あんたらは将星以下の幹部の実力を測ることができる。最悪殺しちまえば……こっちの戦力を削ぐことにも繋がるんだからな。やらねぇ理由は、ねェと思うんだが?」
「……どう思う?」
「オレは応じてもいいぜ。ククッ、若手育成は好きだ」
「最年長は伊達じゃないねェ……私は構わないよ。最悪、君と呪い合ってもいいんだろう?」
「そん時は場所を移すぞ。星が死ぬ」
「だろうね」
「怖っ」
存外乗り気な六花の年長者組……そもそもが好戦的で、アクゥームや怪人たちを嬲り続けた女たちが、魔法少女の伝説となっているのだから、わざわざ言うまでもないが。
戦闘への抵抗はない。殺害への忌避もない。
やっていいと言われて、躊躇ってやる慈悲もない。まあ子供を殺してまで勝利を欲するかと聞かれれば、天を仰ぎ言葉を噤むしかないが。
それに。
「ご主人様!ご主人様!コーラすごいですよ!コーラ格別美味いんですよ!」
「シュワシュワ!シュワシュワ!」
「ご機嫌だなおい……うおっ、なんだこれ」
「んふー!」
ここまで地球の食べ物に笑顔を見せる少女を殺せる程、心が痛まないわけではない。
だが。やるしかないならやってみせよう。
魔法少女として、未知の戦力の確認を。研鑽を積んで、上へ登り詰めようとする力を、真っ正面から引き潰すのが魔法少女である。
「ラピピたちには……事後報告でいっか。うん。いいよ。好きにやろっか」
「? なんなのです?」
「明日、そこよガキンチョ共とオレらが殴り合うって話。勝った負けたの報酬は、アレでいいんだな?」
「お前らこそいいのかよ」
「問題ないね。負けなきゃいいんだから」
「んだんだ」
「?」
「?」
ちなみに、報酬とは。
カリプスたち将星陣営は、負けたら魔法少女、ひいてはアリスメアーの捕虜に。魔法少女陣営は、一人でも黒星がついたら……負けた“そいつ”が捕虜になる。
捕虜になるのは誰なのだろうか。
次回のネタバレ
ラピス、宇宙猫になる〜ブチ切れ魔力大爆発まで、残りコンマ六秒〜