159-黒山羊さんの受難
いい加減章タイトル考えて分けた方がいいかな?
「だぁ〜っ!めんどくせぇッ!!」
夢ヶ丘の廃墟群───未だ復興されていない、かつてのアリスメアーとの激戦の跡地、その最奥。繁茂する草木が自然の雄大さを感じさせ、退廃しつつある人類の栄えた、生きた歴史がどうしようもない物寂しさを感じさせる。
そんな暗くて、冷たくて、寂しい場所で。
ニンゲンに擬態して地球に潜伏する、一人の将星───“亡羊黒堊”カリプス・ブラーエが、中の綿が溢れたソファに座って、天を仰いでいた。その傍には、彼と共に地球に潜り込んだ少女の召使いが2人、机上に広げられた紙と睨めっこしている。
かれこれ一週間、配信魔法とやらで魔法少女の最強格が行動不能になっているのをいいことに、カリプスは細々と密偵行為を働いていたわけだが。
そう上手くは行かず。
「お金、お金…」
「うーん、日雇いがこんなに……あっ、これはどうです?瓦礫の撤去作業ですって!ここから近いですよ!」
「そりゃ近ぇだろ。ここの復興するって話なんだから」
「……成程っ!」
「はぁ〜…」
侵略活動をするに中って、標的の星について調べるのは当然のことである。何処ぞの皇帝は問答無用で破壊して、全てのセオリーを無視してくるが……今回は、魔法少女を警戒してか、それとも感嘆してか、武力による一斉殲滅は執り行われず。レオードの奸計もあって、わざわざ将星の彼が地球に潜り込んでいるのだが。
カリプス、そして2人の召使いは、情報収集よりも先に解決しなければならない問題に直面していた。
それは衣食住、ひいては金欠問題である。
異星人である彼らが、魔法少女にバレないように地球を調べるには、様々な障害があった。その中でも最大の問題なのが、活動資金の存在だった。
……暗黒銀河の貨幣は、地球の貨幣とは換金できない。
認識操作で誤認させようにも、地域一帯を常に見ている蒼月に捕捉される。故に、自力で地球のお金を稼いで日を凌いでいるのが現状だ。
「……まとまった金が手に入ったのは、デケェがなぁ……このままじゃジリ貧だぞ?」
「妹様奪還、無理無理」
「やっぱり、あの戦いの合間にちゃちゃっと回収するのがベストだったんじゃ…」
「無理だろな」
「無理、無理」
「ですよねぇ」
連れ去っても死ぬのがオチだ。カリプスの存在はあまり重要視されていない為、軽率に制裁を食らって星の養分になるだけである。接触と少しの会話で離脱を選択したのはファインプレーだったといえるだろう。
あと数秒でも一緒にいれば、常に魔法少女たちの戦いを観測していたムーンラピスに捕捉され、決戦そっちのけで駆除しに来ていた筈だ。
そんなわけで、なんとか命を紡いだカリプスは、勝手についてきた従者たちと共に、三人で地球で暗躍……いや、今は現状をどうにか改善しようと、頭を悩ませていた。
ちなみに、日雇いへの抵抗はない。将星と言えど、元はただの戦争孤児なので。
「うーん、困ったなぁ」
「サヨナラバイバイ」
「……ナシラ、お前変な言葉覚えてくんなよ…?」
「是是是!」
「不安だ…」
カリプスに忠誠を誓う、召使い───ダビーとナシラ。陽気な少年のような口調の女の子が、地球でいうレッサーパンダの一族のズーマー星人、ダビー。そして、機械的な言葉遣いをする女の子が、白銀色の毛並みを持つ狼一族のズーマー星人、ナシラ。カリプスの召使い兼護衛である。
どちらも百歳未満の子供だが、その戦闘力はカリプスが自分の召使いとして認めるに値するもの。
肉食系星人の頂点に立つレオードよりも、草食系星人の期待の星であったアリエスよりも、呪いを宿し、あまねく全てから忌避されるカリプスを選んだ変わり者たち。
単身地球に潜ろうとしていた主君に、黙ってついて来た忠臣である。
……カリプスからすれば、まだ成長途中の彼女たちは、足でまといの賑やかしでしかないのだが……
そんな本音は心の中で押し止めて、会話を進める。
今後の方針、活動資金の、より効率的な手に入れ方……そして、妹分のアリエス・ブラーエの救出……こっちは、そこまで優先度は高くないのだが。
長々と、答えの出ない議論を重ねていると……ダビーが唸り声と共に手を挙げた。
「くぅっ、こうなったら……ご主人様、ダビーにいい案があります!お聞きくださいっ!」
「……いいだろう、言ってみやがれ」
「ちょっと風俗で稼いできます」
「ナシラ、ぶん殴れ」
「んんん…」
「いびゃぁ!?」
アホなこと抜かした栗色の頭を銀狼に叩かせて、大きな溜息を一つ。突然何を言い出すかと思いきや……まさかの身を切る発言。流石に看過できない内容である。
そも、身を守れるぐらいの強さがあるから手元に置いているのである。身を売らせる為ではない。
懇懇と説明してやれば、名案だったのに〜と心の底から反省してない顔をされた。
「うぅ〜……この星には、ケモナー?っていうモノ好きがいるっていうから、わんちゃんあるかもって〜……あと、そろそろダビーも大人の階段を上るべきってゆーか〜…」
「絶対ロクなことにならねェだろ、それ。やめとけ」
「はぁ〜い」
一定の需要はあるかもしれないが、否定されて然るべき選択である。
悲しみで凹んだダビーを他所に、ナシラはせっせと求人広告を集めて、厳選した紙だけを弾いて片付ける。明日も日銭を掻き集めて、今後の活動資金の当てにするようだ。
……それで納得できるかと聞かれると、顔を顰める以外ないのだが。
「……ハッ、こんな調子じゃ、やるもんもやれねェわな。仕方ねェ…」
そろそろ、士気を上げるべきである。本格的に行動する前準備に投資は必須。最初の三日間は日本で活動する上で必須となる言語や常識の学習に費やし、そこから一週間は情報収集の傍ら、日雇いバイトで働き詰めだった。
英気を養うべきである。
まとまった金はある。活動資金とは別として、一食分、それも三人分以上の資金はある。
時刻もちょうど夕時。タイミングとしては、少し早いが問題はない。
「飯食いに行くぞ」
「っ!ファミレスですか!?ファミレスですよね!?」
「肉!肉!肉!」
「わかってるわかってる。さっさとニンゲンに擬態して、お前ら念願の、食いに行こうぜ」
「はいっ!」
「アオーンっ!」
「ハッ」
野生に戻った遠吠えと歓喜の舞いを笑って受け流して、カリプスは魔法を行使。暗黒銀河一のプログラマーにして機械技師であるタレスに造らせた、“惑星標準種族偽装”を作動させ、黒髪黒目の地球人に擬態する。
と言っても、山羊の角と耳、尾を隠しただけだが。
見た目中学生に変身したダビーとナシラを引き連れて、某ファミレスに足を運ぶのだった。
全ては、いつの日か。自陣営が有利を取れるように……勝利の為に、暗躍できるように。
そして。
「うん?」
「あん?どうした叶華」
「……ううん。なんでもないよ鉄架ちゃん」
「そうか?」
途中ですれ違った、聞き覚えしかない声の持ち主からは目を逸らした。
「ご主人様?」
「……外ではお父さんと呼べ。最悪様呼びでもいい。その呼び方じゃ悪目立ちするからな」
「わかりましたご主人様!」
「主っ!主っ!」
「ダメだこりゃ」
カリプスたち異星人の地球調査は、まだ始まったばかりである───…
「こんにちは!」
「へぇ、ガキ連れてんのか」
「また会ったね、同士」
「なぁにその認定……あっ、呪い仲間?もしかして親近感湧いちゃった感じなの……?」
「うん?誰なのです?」
「お腹減った〜。てかなんでファミレスにいんの?」
「……終わった、俺の人生」
「誰ですか?この人たち」
「?」
残念!魔法少女からは逃げられない!