158-好きも嫌いも一緒くたに
今までの蓄積とは、早々無くならない。
よく、信頼を失うのは一瞬だとか、たった一つのミスで全ての努力が水泡に帰すっていうのは、なにも間違っちゃいないただの事実。でも、時には例外だってあるもんだと僕は知っている。いや、知ったというべきか。
魔法少女を辞めたあの日。無垢な人類を悪夢へと誘う、裏切り者になった。それはもう、わかりきった事実、なんだけど。非常に喜ばしいことに……こんな僕を、好意的に見てくれる視線の方が民衆の大部分を占めている。バカがいっぱいで困っちゃうよねぇ。そんなんだから足掬われて酷い目に遭うんだよ。まったく……
まぁ、一番の理由は、魔法少女がちゃんと勝って、皆に希望を見せれたのがデカいんだろうけど。
……そんで。身近にも、あんな酷いことしたのに、僕を慕ってくれるバカな子がいるわけで。
その最たる例と、今。
「お姉さん、これは?」
「ん……粗悪品。やめときな」
「わかった」
デートしてます。穂花ちゃんと、二人で。
あれだね、例の一日デート。それが今日ってわけ。
ここは夢ヶ丘の復興促進を前提として開かれたバザー。慈善活動の為の資金調達だけど、そのお金の流れに一切の嘘はないから、正しく機能しているといえる。陳列された品物も、悪くはないんだけど……たまーに粗悪品とか偽物が混じってるから、要注意。ここはそういった職人さんのパワーを感じるから、見分けがムズい。開催側もそこまで良悪を見分けられる目を持ってないから、見抜けないのも仕方がない。魔法少女は魔法があるからあっさりだけど。
店員には聞こえない声量でそれを伝えれば、あまりにも精巧に作られていたネックレスは品物の中に消えた。
……穂花ちゃん、青色好きだったっけ?
つーか、こんなとこ来るんだね。デートにチョイスする場所ではないと思うけど。
「うーん、いいのないなぁ」
「……なにか欲しいモノでもあるの?」
「どっちかと言うと、贈り物かな」
「ふむ」
……贈り物か。それじゃあ、僕が買ってあげるよりも、自分の手で買った方が健全だよね。ここでお姉さんぶってでしゃばんなくてよかった。
僕も、なにか選んでみようかな。
色々世話になってるし。三銃士とか、オリヴァーとか、そこら辺に。
「小物でも見る?」
「そうだね、雑貨屋さんあるかな?」
「地図だと……あっちだね」
「道案内お願いしまーす」
「はいよ」
案内図に従って、両脇に並ぶ露店を冷やかしながら道を進んでいく。あ、今の服かっこいい。値段もそこそこ……悪くないかな。いらないけど。
穂花ちゃんをエスコートしながら、目的の露店へ。
某アニメ映画の小物グッズとか、アンティークな代物、ハンドメイドグッズ……目移りしちゃうね。よくこんなに集めたもんだよ。
「ふぅむ」
「お姉さんいいのある?」
「食指が動かないなあ……あいつらの好みも、把握してるわけじゃないけど」
「そっかぁ」
買う気になれんなぁ。物欲が低いとここまで来るか。
その後もバザーを回ってみたけど、僕も穂花ちゃんも、いい感じのモノを見つけられず。このまま、ここで無為に時間を潰すよりも、他のとこに行った方がいいとなって、露店巡りを終了とした。
残念、地域貢献はできなかったよ。
そのまま通り抜けて、カフェにでも行こうかとなった、その時。
バザーの入り口にある小さなお店を見て、穂花ちゃんが立ち止まった。
「あ」
「?」
「ちょっと待ってて!」
「うん」
返事も余所に走られてしまった。人が多いから、そんな慌てようじゃ危ないけど……まぁいっか。でも、いいのがあったのかな。今までと反応が全然違う……
……ここに突っ立ってるのは邪魔か。入り口だし。
ちょっとだけ脇にそれて、人混みに攫われないよう壁に寄りかかる。
「ふぅ…」
どうしよっかな……暇だな…
手持ち無沙汰にスマホを弄ってみるが、すぐに飽きた。ゲームも入れてないし、ネットニュース見るぐらいでしか使わないし…
枯れてんな僕。これが女子高生の思考か?
相も変わらず終わってる自分に呆れ返っていると、肩をツンツンと突かれた。
なに、 は?
「おねーさん、オレとお茶しない?」
ナンパされた。
顔見知りに。
「……」
「ちょ、無視はやめて?流石のオレも泣いちゃうッスよ、帽子屋の旦那」
「その呼び方まだするんだ…なにしてんの、えっと」
「慎吾ッス。幸佐慎吾」
「ふぅん…」
ペローだった。なにしてんだこんなところで。
うさ耳のない人間の姿に戻って、洒落た私服を着こなす部下が隣に立つ。手にはコンビニのファストフード。うわ油っこ……絶対食べたくない…
てか、そんな名前だったね。覚えてなかったや。
酷いだろうけど、石楠花とか夢之宮と違って、そこまで非凡じゃないんだもん。
「で、なに?」
「いや、普通に見かけて、珍しかったんで。ナンパスポットなんスよここ。有名ッスよ?」
「知りたくなかった…」
「ハハハ」
……ということは、そういう目的で出歩いてたわけか。まったく、健全じゃない。いや、両方ウィンウィンになる結末なら別にいいんだけどさ。ナンパで始まる恋って実際にあるの?あったら驚く自信がある。
止めやしないけどね。
あと、今は不味い。このタイミングで話しかけるのは、悪手だった。
「お姉さん、お待たせ〜……あっ?」
エンカウント。
「誰ですかあなた、お姉さんから離れ……あっ、や、ん?あれ、もしかしてペロー?」
「気付くの早いっスねぇ〜、オレっスよ」
「なんだ、よかった」
ハイライトがない目って、普通に怖いよね……つまりはそういうことだ。まったくさぁ……姉妹揃ってハイライトフライアウェイさせてんじゃねぇーよ。
そんなに僕のこと好きかぁ?
僕は嫌いだよ。
「つーか、2人で買い物?珍しい組み合わせっスね」
「今までがありえなかっただけ……それに、買い物じゃあないからね」
「?」
妹のように思ってる子とデートしてるとか、倒錯してる気がするよね……その後もちょこちょこ会話を済ませて、ペロー、じゃなくて慎吾とはバイバイした。ナンパでいい女引っ掛けるらしい。
チャラ男め…
「最低…」
「……まぁ、そう思うのも仕方ないかもだけど。女だってそれ目的がいるんだから、下手に否定できないよね。僕はよくわからないけど」
「お姉さんはお姉ちゃんがいるから」
「なんで?」
ほーちゃんは別にいらないんだけど……まぁ、いいや。ところでなに買ったの?え、秘密?ふーん……まぁ、別に気にすることじゃないか。
一先ず、もうバザーには用ないし。
移動しよっか。
この後、めちゃくちゃデートした。クレープ半分っ子は悪くなかった。
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「お姉さん、これ」
「うん?これは……ブレスレット?」
「あげる」
デートも佳境に入り、このまま家に送ろうかとなった、そのタイミングで。潤空をデートに誘った張本人、穂花が足を止めて、買ってきたばかりの品物を手渡す。
紙袋に収まっていたのは、ネイビーブルーとピンク色を基調とした、スタイリッシュな印象を与える腕輪。
貰えるというので、早速潤空は左手首に装着してみる。
青色を好む彼女にぴったりで、ピンク色が穂花の存在を強調している。
「さっきのお店の?」
「うん。お姉さん好きそうだなって。ど?」
「……ありがと。いい感じ。どう、似合ってる?」
「もちろん!」
まさか、自分の為に買って貰えるとは思っていなかった潤空は、ちょっぴり嬉しい気分になる。自分から贈り物をすることは多いが、貰うことは逆に少ない潤空。けれど、今回は穂花がわざわざ買ってプレゼントしてくれた。
非常に喜ばしいことだと、潤空は心の中で手を叩く。
手首につけたブレスレットを空に掲げて、夕焼けの色に当てる。赤と青、桃色のコントラストがあまりに美しく、目を奪われる。
「いいね」
「でしょ」
夕焼けに照らされた笑みに、穂花は頬を緩める。
今までは、敵対を理由に見れなかったけど。これからは我慢する必要も、待ってあげる理由もなく。もう一人の姉との時間を堪能する。
自分たちの努力で掴み取った光景を、あの宵戸潤空が、笑顔を見せる、その奇跡。
涙ぐみかけたのは、嘘じゃなかった。
……デートと銘打って、自分の為に時間をかけて貰った甲斐があった。
───そんな微笑ましい光景を見て、下唇を力強く噛んで凝視してくる“姉”の視線からは、目を逸らして。というか気が付かないフリをして。
まだ義姉は気付いていない。
魔法少女に変身してないのと、姉の本気の隠れ具合には普段の察知能力も機能していないらしい。
怖い。
「……お姉さんってさ」
「うん?」
「私とお姉ちゃんだったら、どっちの方が好き?本音で、教えてよっ!」
「えぇ?」
ここで穂花と答えさせたら勝ちである。
正直、傍から見ればわけもわからないが……この姉妹、幼馴染を取り合っている。姉と違って、穂花には潤空への恋愛感情はないが。こっちを見てもらいたい、姉よりも、私を、といった対抗心はある。
小さい頃から面倒を見てくれて、一緒にいてくれた姉にもっととせがむのは、なんだか悪い気もするけれど。
ご褒美は、幾らあってもいいと思うのだ。
……本当に、実の妹にまで殺意を沸かしている姉には、辟易とするが。
「ふむ…」
さて、潤空の判定や如何に。
「───どっちも嫌いかなっ!!」
爽やかな笑顔で、拒絶した。
「えぇ!?」
「なんでっ!?」
「なんでだろうねぇ。で、オマエはなんなの?ストーカー処理必要かな?」
「あっ」
勢い余って飛び出た穂希は、まんまとおびき寄せられて罠にハマり、そのままアクゥームに図書館まで連行されていった。勉強地獄に終わりはない。
そして、ショックを受けた穂花は固まっている。
真っ正面から嫌いと言われるのは、かなり精神的に来てしまったようだ。その反応に、潤空は面白いなとケラケラ笑って、頭を撫でる。
「冗談だよ。あいつが潜んでるのに気付いたから、適当に遊んでやっただけさ。ちゃーんと好きだよ、穂花ちゃんのこと。嫌いになるわけないだろう?」
「でも、魔法少女としての私は?」
「クソ邪魔」
「うぇーん」
「ハハッ」
どっちの方が好きなのかは、決して答えないが。
潤空の表情に、嘘はなく。穂花は安堵しながら、手酷い義姉の胸に飛び込んだ。




