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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
魔法少女の日常

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157-寝てる方も悪いは加害者の言い分


 突発的に始まった、女王になったんだから教養を深めて最終学歴を更新しようの会。第一段階として義務教育過程までの分野を一通り読まされて書いているライトは、内心絶叫したい気持ちを顔で表現しながら必死になって鉛筆を動かしていた。

 ちなみに、苦戦しているのは国語と歴史、数学、英語、あと理科。ほぼ全部である。

 休眠状態だった二年間とこの半年、穂希は勉強とは一切無縁の生活を送っていたのが災いした……その隣で、既に熟睡している幼馴染も、状況的には似通っていた筈だが、そこはお察しの通りである。

 世界は理不尽だ。


「う〜ん、ここわかんないから教えて〜」


:教科書みーせて

:ごめん難解すぎてわからん

:そこは2ページ前の公式も使うといいよ

:はえー

:成程


 ただ、これは配信でもある。その特性を活かして、博識視聴者に助けを求めて、問題を解いていく。勉強中に喋るなどは御法度かもしれないが……そこまで真面目な話でもないのでヨシとする。魔城内部の図書室とはいえ、声にも注意しながら。

 数学のわけのわからない問題を解きながら、超熟睡した幼馴染が求める最低限の知識を身につけていく。

 ……隣で本を捲る羊の気配と、それを枕にする幼馴染の寝息が雑念だが。


「すぅ…すぅ……」

「……へっ、へぇ……うわぁ…」

「なに読んでるの?」

「恋愛を…」

「ふぅん」


:かわいい

:日本の奥ゆかしさは宇宙でも珍しいのか…

:好きって素直に言えよ

:文化だからな。大事にしないと

:恥ずかしい…

:↑言えたじゃねぇか

:わかる


 枕になって暇になっている間、暇潰しに選んだ恋物語の怒涛のラブな展開に一喜一憂しているアリエスに、なんで自分だけ苦しい思いをしているのだろうと内心嘆く。

 それもこれも、女王を継承した自分が……否。

 すっかり眠りこける幼馴染が悪い。そこは寝てないで、勉強を教えるとか、なんとかいい感じにサポートするべきではないのか。


 日本固有の奥ゆかしい恋愛観に、初々しい反応を見せる異星人は許した。悪いのは、いつだって。この世で一番の信頼を寄せている幼馴染なのだから。

 集中力は、とうに切れていた。

 先行する悪戯心が、穂希の自制心をぶち壊し。勉強して潤空を見返すんだという決意は、悪夢の向こうへと元気に吹き飛んで行った。

 故に。


「遊びます」

「えぇ…?」


:知ってた

:やろうな、としか

:仕方ないね

:草


 後のことなんて考えない。見るべきは眼前の快・不快、ただそれのみ。それ以外の雑念……勉強しなきゃ、だとか面倒なあれこれは全て無視だ。

 考えてはいけない。

 欲望は正義である。


 困惑するアリエスは、大丈夫なのかこの魔法少女は、と本気で慄く。散々痛めつけられる未来はみえみえなのに、何故実行するのか。それがわからない。

 かつて将星レオードに建国記念日の贈り物で自分の毛を詰め込んだ枕を手渡したり、これ好きでしょと宇宙怪獣の生肉(普通食べたら死ぬ)(悪意のない善意)を渡したりしたアリエスはわからない。

 わからない。


「すぅ…すぅ……」


 安心からか、ぐっすりと眠っているラピス。配信の為に魔法少女になっているその姿は、普段の常在戦場の姿とは掛け離れた無防備なもの。

 アリエスも、穂希も、警戒の対象になり得ないからか。

 穏やかな寝顔を浮かべる、世界で最も報われるべき最大功労者は、ちょっかいをかけられる。

 彼女の誤算は、ただ一つ。

 リリーライトの勉強に対する集中力の低さと、甘えたな精神性を軽んじていたこと。大丈夫だろうと高を括った、いつもの油断である。

 何故学習しない。


「えへへ、かわいいねぇ…食べたいちゃいねぇ…」


:キm

:本能に忠実すぎる…

:自重しなさい

:こらっ


 無防備な頬を撫でたり、引っ張ったり、揉みこんだり、堪能したり。好き勝手に触る様子を、配信にわざと載せてアピールする。この子は私のものですと、他のヤツらにはやらんと行動で主張する。特に、一日デート券なる不純な代物を要求しやがった、実の妹に。

 その時、友人と真面目に勉強していた妹は、突然降って湧いてきた腹のムカムカに戸惑ったが、後にアーカイブを見返して、菩薩の笑みを浮かべて魔法をぶち込んだが。

 そんな未来など露知らず、ぷにぷにと気が済むまで頬を触り続ける。


「うーん、ヨシ」

「? あの、ちょっと…なにを…」

「よいしょ、っと」

「!?」


 挙げ句の果てには添い寝である。しかもアリエスの背をベッドにして。二人分の重みが伸し掛って、若干苦しくはなったが……まだ耐えられる。躊躇いのない魔法少女は、ある意味恐れ慄かれている視線には気付かない。

 そして。寝位置が多少変わっても……ラピスは起床する気配がない。


「ふわもこだぁ……これ、ちゃんとお手入れしてるの?」

「そりゃあ勿論。この髪は一族の誇りですし……こんなに気に入ってもらえてるのに、ぞんざいにするのは、その。私の命を見逃す理由が一個消えそうだなぁ、って」

「保身は大事だねぇ」

「あはは…」


 幻羊一族で一番のふわふわもこもこであると定評のあるアリエスの髪を撫でながら、これ幸いにとラピスの身体に密着する。大目玉を食らう未来が、ほぼ確定的なモノから絶対確定に変わった瞬間である。

 アリエスは枕どころか敷布団になった。

 将星の面影はとうに無い。……最初からなかった?いやそんなことはない。

 また、自分の命が髪の毛にかかっているとわかっているアリエスは、絶対に羊髪を痛めないように日々心掛けて、己の命を魔王から守っている。ちなみに、髪が無くなってもラピスが魔法で生やす為、そこまで心配する必要はなかったりするが、言わぬが花とやらである。

 ……残念ながら、アリエスはラピスの中で枕要因として存在が確定されており、それ以上かそれ以下の別の存在になることはできない。

 永久捕虜である。


「……あれ、もしかして……この状況って、慣れちゃいけないヤツ…?」


 今更である。


「最近は、色々あって……のんびり、できなかったから、ねぇ……あとは、皇帝サマぶっ倒すの、だけど……それはこっちから行けばいいって、あっちが行ってたし……他の宇宙人が攻めてきても、どうにかなるだろうし……」

「あぁ……その、好戦的なのは兎も角、従ってるだけのは手加減していただけると…」

「……あっ、そっか。そういうのもあるのか」

「めぇ…」


:野蛮でごめんなさい

:うちのが好戦的すぎて困る

:これが地球代表の姿か?

:たまげたなぁ…


 無論、その二つを見分けることがどれだけ至難なのかはアリエスもわかっているが。無駄に同胞の数を減らすのは本意ではない。

 それに、地球人が宇宙人を殺しまくると……


「最悪、宇宙規模で討伐しなきゃっていう流れに、なる、可能性もありますし……」

「えあっ、ちょ、聴きたくなかったなぁそんなの!!」

「実際、過去の事例で……“星狩り”と呼ばれていた一族が危険視されて、銀河が複数同盟を組んで殲滅に当たった、っていう歴史がありますし」

「で、でもほら。私たち侵略されてる側じゃんか」

「うぅん、それはそうなんですけど……危険視する人ってとことん食い付いてくるじゃないですか…」

「うわぁ」


 要するにやりすぎ注意である。ヘマをこけば、地球諸共宇宙の残骸になるだけだ。まぁ……最悪、ムーンラピスが全部なんとかするだろうが。その隣で、聖剣をピカピカと輝かせるのがリリーライトの仕事である。

 “星喰い”との戦いで、どんな未来が起こるのか。

 それはまだ、誰にもわからないが……最悪にはならないことを、祈るしかない。

 いや、最善の未来を実現するのだ。

 アリスメアーとの最後の対立で、自分たちの存在価値を武力で見せつけた時のように。仲間たちと協力して、その未来を掴み取る。


「う〜ん。大変だなぁ、本当……せっかくだから、私も、夢の国の女王様っぽいことして、なんか、いい感じに貢献できないかなぁ」

「……国の復興、とかですかね?」

「住人がいないんだよぉ」

「そ、それじゃ……あっ、でも土地はあるんでしたよね?結構前ですけど、見学させて頂きました。その、廃墟って感じでしたけど…」

「あ〜、あの瓦礫の山、綺麗にして……有効活用できる、かな?」


 十三代夢の国の女王。あの時は、その場の勢いと対等な立場を欲しての意思決定だったが……力のない肩書きなど意味を成さない。ライトが勇者と呼ばれ、ラピスが魔王と恐れられているのも、全ては過去に積み上げた功績が背を後押ししているからだ。

 ただ強いだけでは、誰もついてこない。

 亡国の女王となった今、女王らしいことを、引き継いだことを先代たちに後悔されないようなナニカを、この手で成し遂げたい。

 生憎、まだその答えは出そうにないが…

 追追、また考えていけばいいだろう。そう納得させて、ライトはラピスの方へと顔を持っていく。目を瞑る前に、その寝顔を堪能する為に。

 目を合わせた。


───そう、目を合わせた。


「……」

「……」

「……」


 瞳孔ガン開きのラピスが、顔の半分を羊毛に埋めたままライトを見ていた。無表情でなにも灯していない瞳には、殺意もなにもないが……明確な、冷たさがあった。

 予想して然るべき現実に、ライトは思わず硬直して。

 背中から冷たい空気を感じるアリエスは、早く終わって地獄の時間と嘆き、本能的にぷるぷる震えるのを気合いで持ち堪える。


 一ミリでも動けば、死ぬ───動物的な直感で、誰一人動けない。


:あっ

:あっ

:ぁ


「ぉ、おはよ…ぉ…」

「……お勉強は?英国王室から取り寄せた教本、ちゃんと読んだの?」

「わぁ、大御所だぁ…その、えっと…えへ?」

「弁明を聞こう」

「人が頑張ってる横で寝てるのが悪くない?お勉強なんてやってられないよっ!!」

「それが辞世の句でいい?」

「や、来世はうーちゃんの背後霊になって一日中おっぱいもみもみえへへへへ」

「低クオリティのエロ同人かよ死ね」

「ぎゃぁッ」


 この後、超強力テープで目をガン開きにされて、魔法で睡眠欲を奪われたライトが、四十六時間ぶっ続けで勉強を強いられて、無事に死んだのは言うまでもない。

 一応、ノルマは達成したが。


「これで私も高校生…がふっ……」


  尚、これから王族が受けるような特別な教育を、何故か先んじて勉強してきたラピスと、そういうのに心得を持つオーガスタスらにマンツーマンで教えられるとは、露にも思わないライトであった。

 ちなみに、自由を手にできたのは一週間後の話である。

 ラピスは普通に寝た。


・強欲魔法で睡眠欲を奪う

・睡醒魔法でより眠気が来ないよう目覚めさせる

・ハートの魔法で勉強に魅了させる

・洗脳魔法で勉強する以外の思考を制限する

その他諸々の処置をもって、穂希を“理想の穂希”に変える下準備は完了です。

失敗しました。

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― 新着の感想 ―
飼い主が言うことを聞かないペットを調教(罰)する場面を見たようだ(笑
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